彼の死
そして、彼は死んだ。壮絶な苦しみの果て――彼は死んだ。
「・・・」
私の目の前には、もうこれ以上痩せようがないほど極限まで痩せ衰え、骨と皮だけになった彼の骸が横たわっていた。
もう、私に泣く気力も残ってはいなかった。悲しむ余裕すらも欠片も残っていなかった。
「・・・」
彼の見るも無残なその姿を目の前にして、私は何も感じることができなかった。とにかく疲れていた。疲れ果てていた。私は生も根も尽き果てていた――。
「・・・」
壮絶な苦しみの果ての死でありながら、しかし、その最後はあまりにあっけないものだった。
死とはこんなものなのか・・。私が想像し、思い描いていた死はそこにはなかった。重く、恐ろしい、悪魔のようなその姿はそこには微塵も存在しなかった。それはあまりにあっさりと軽く静かだった。
「・・・」
静かだった。ただ静かだった。彼は静かにそこに横たわり、私の心はがらんどうみたいに空っぽだった。
「御臨終ですね」
死は、医師と看護師がやって来て、定型的な確認がなされただけだった。それは、惨めな私を見て薄らわらっているようにすら見えた。
「終わった・・」
終わったのだと、私は感じた。それだけだった。今感じられるのはそれだけだった。終わった。とにかく終わった。それだけしか考えられなかった。
ほっとしている自分がいた。ほっとしていた。私はほっとしていた。認めたくなかった。でも、私は心の底からほっとしていた。
彼の壮絶な苦しみが終わった――。
そして――、私の苦しみが終わった――。
彼はもう、動かなかった。彼は静かに冷たくなっていた。
とにかく今は何も考えられなかった。とにかく疲れていた。堪らなく何もかもが疲れ切っていた。
私は病室を出ると、廊下の長椅子でそのまま力尽き、倒れ込むように寝た。そういえば、何日まともに寝ていなかっただろうか。それを思い出せないくらい私は彼の病気と共にいた。そんなことを考えながら私の意識は、消えていった――。
眠りから覚め、鉛のように重い上体を起こし、痺れた頭でなんとなく、少しだけ頭がすっきりとした、そこの部分で、あらためて彼は死んだのだと、そのことを思い出して、私は泣いた。
涙がポロポロと流れてきた。でも、私の心は静かなままだった。何も感じなかった。寂しさも悲しみも何も不思議なほどに何も感じなかった。幼い時に亡くした飼い犬の死の方がよっぽど悲しく寂しかった。でも、涙だけは次々溢れてきた。




