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この恋の終わり方  作者: ロッドユール
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突きつけられた現実

 ついに彼は立ち上がることが出来なくなった。医者はすぐに入院しろと言った。だが、彼はそれを拒んだ。最後の最後の、ギリギリのギリギリまで彼は絵を描こうとした。

 彼は、あの絵のところまで行けなくなった。でも、彼は毎日毎日、部屋の中で絵を描き続けた。家の中で、彼はがむしゃらに絵を描いていた。彼は様々な絵を思いつくままにあらゆるところに描いていった。キャンバス、スケッチブック、ノート、そして、描く物がない時は、部屋の襖や壁にも描いていった。苦しむ時間の方が長くなっていたが、それでも絵を描き続けていた。横になりながらでも、何かに憑りかれたみたいに描いていた。

 その目は、鬼のようであり、その表情は執念で獲物を追いかける獣のようだった。

「・・・」

 私はその姿に、どこか狂気めいたものを感じた。

 しかし、病状は進行し、一人でトイレに行くことも難しくなっていた。それでも、ぎりぎりまで彼は絵を描こうともがいた。痛みにのたうち、日に日に動かなくなる体を引きずるようにして、それでも彼は絵を描こうとした。

 調子の悪い日はどの姿勢になっても痛いらしく、様々姿勢を変えては彼は絵を描き続けた。絵を描くことが生きることで、それをやめてしまったら、それは死に飲み込まれることなのだと、彼の必死の死への抵抗に見えた。

「ううっ」

 だが、そんな彼もついに倒れた。その倒れ方は、もう自分で自分を支えられない、そんな倒れ方だった。

 彼の想いとは裏腹に、体がもうついて行くことが出来なかった。彼は彼の意志とは関係なく、救急車で病院に運ばれ、そのまま入院した。

「なんでこんなになるまで、ほっといたんだ」

 医者には怒られた。しかし、私たちにどうしろと言うのか。もう治療は無理だと医者が言ったのではなかったか。

 彼は病院のベッドで日々寝ているだけの生活になった。それは、死を待つばかりの日々。もう治療はできない。死は確定していた。それは逃げられない決定だった。

 入院すると、彼は、あっという間に衰え、別人のようになった。頬はコケ、顔は青白く、目に生気がなく、表情に力がなくなった。

「・・・」

 こんなにも変わってしまうものなのか。私はあまりの変化の大きさと速さに驚く間もなく、現実を見せられる。

 病気とは、死ぬとは、こういうことなのか。それが今、私たちに突きつけられる現実だった。ドラマや映画のような美しい死など、そこにはなかった。生々しい人間の死があるだけだった・・。

「何か食べる?」

「いや、いい」

 彼は食欲もなくなっていった。彼は日に日に恐ろしいほどに痩せていった。筋が浮き出るような痩せ方だった。

 入院してほんの数日で、彼はベッドの上で身動きもままならなくなっていた。寝返りもしんどそうな状態だった。今まで数々私が救われてきたあの彼の独特の朗らかさもなくなっていた。逆に、暗く沈む彼の影が、どんよりとベッドの上にドロリと垂れ下がり、その暗さに私も浸食され、その陰の中に飲み込まれてしまいそうだった。

 ほんの数か月前まであんなに元気で、私と希望に胸を膨らまして未来を語り合っていた彼が、今はもう先のない、やせ衰えた死を待つばかりの完全に無力な人間になっていた。

 こんなにも、こんなに変わってしまうものなのか。そのあまりの現実に、私は今目の前で起こっているはずのこの事実を受け入れることが、いや、認識することすらができないでいた。

「紙とペンを・・」

 だが、それでも、彼はそんな状態でも何か絵を描こうとした。弱弱しい筆致で、私が買ってきたスケッチブックに何か描き始める。しかし、それはもはや絵になっていなかった。筆圧が上がらず、もぞもぞとした落書きにすらなっていない、何か意志のない生物ののたくった跡のようだった。

 ポロッ

 そして、彼は、握っていた鉛筆を落とした。

「・・・」

 彼は、その床に落ちたボールペンを見つめた。その目は、目の前のその現実を受け入れられないといったように、呆然としたまま固まっていた。

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