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森を抜けるとそのあとは早足で進んでいった。門でも碌に会話もせずに進みギルドに着くと一目散に階段を上がるセラにヴァンも追従した。
「ギルド長!戻りました!」
書類仕事をしていたベンザが顔を上げ、
「おう、セラ。戻ったか。…その様子じゃあイレギュラーがあったみたいだな。まぁ座れや。ヴァンもな」
息を整えたセラがソファに座りその隣にヴァンも腰を下ろす。次いでベンザが対面に座ったところでセラから切り出す。
「報告します。今朝、ヴァンさんに護衛を依頼しオークの集落跡の確認及び後始末に向かいました。昼頃には現地に着いたのですが、そこには夥しい数のゴブリンがいました。それも3割以上がメスという異常事態だったため撤退しました」
「3割以上がメスだと!?ただでさえ繁殖力の強いゴブリンがその三倍以上のペースで増えるというのか…」
「ギルド長、現時点で三倍です。そのメスが多いという形質が受け継がれるならネズミ算式に増えていきます。…それもネズミよりも早く。向かう途中にも多くのゴブリンに遭遇していたので既に影響が出始めていると思われます」
「うぅむ。森から溢れ出すのも時間のも問題だな。膨大な数のゴブリンが餌を求めて暴れれば森の生態系が崩れるのも時間の問題…ヴァンがやけにオークに出会ったのもこれが原因か?それにそれだけ数が増えれば上位種が生まれる可能性も上がる、か。…よし、緊急依頼を出す。セラ、下に行って準備してこい。そうだな。ランクはE以上、内容はセイル山麓の森のゴブリンの殲滅だ」
どうやらあの山はセイル山というらしい。
「かしこまりました」
セラは一礼して退出していった。
「ご苦労だったな、ヴァン。護衛任務は完了だ。本来の目的とは少し違うがおかげで重大な情報が得られた。…しかしよくセラを連れて戻れたな?あいつは斥候の能力はなかったはずだ。それだけの数のゴブリンから隠れに逃げるのは難しかったと思うんだが」
ヴァンは肩を竦めて答える。
「確かに行きは面倒だった。多くのゴブリンに遭遇したのは彼女のせいと言っても過言ではないだろう。まぁ流石に帰りは魔法で対処させてもらった。詳しくは後で彼女に聞くといい。それより今の森はおかしいらしいな?ゴブリンはさっき言ってた通りだが昨晩はシャドウウルフの亜種らしい群れに襲われたぞ。これも森では珍しいらしいな?」
「問題はゴブリンだけじゃない可能性もあるのか…。中央山脈全体かセイル山の周囲だけか、周囲のギルド支部に確認をとらにゃいかんな。情報感謝する」
「礼には及ばんよ。さて、俺ももう行っていいか?さっき言ったように昨晩から行動しているんでな。依頼完了の手続きやらをして撤収したいんだ」
「昨晩からか…。なんだか冒険者らしくない奴だな。普通は不利になる夜から動く奴なんかあんまりいないんだがな。まぁここまで人型のモンスターさえ湧かなければ夜にも利点はあるか」
見当外れの答えに曖昧に頷き席を立つ。
「俺は基本的に朝からはギルドには来ない。緊急依頼とやらがあるなら早めに教えてくれ」
言うだけ言ってギルド長室を後にした。階段を降りるとすぐにセラに声をかけられた。
「ヴァンさん!依頼達成とランク昇格の処理をしますね。…はい、これでDランクとなります。それから報酬が大銀貨1枚と銀貨5枚になります、ご確認ください」
渡された革袋の中身がしっかりとあることを確認する。
「なあ、なんでこんな硬貨数枚をわざわざ革袋に入れるんだ?コストがかかって仕方ないんじゃないか?」
「それは昔、大量の報酬を受け取った冒険者が闇討ちされることが続出したことがあったからです。…冒険者の方は大抵依頼の後はお酒を飲みますからね。それから経費で革袋に入れて渡すことになったんです。袋の大きさだけ大きくても銅貨を仲間と分ける為だったりしますし、結構被害も減ったそうですよ」
「なるほどな。…そうだ、従魔登録を今頼めるか?」
「かしこまりました。…ここで出しても問題ない大きさですか?」
「ああ。子狼だから大丈夫だろう。…チェラ出ておいで」
カウンターに手で作られた影からチェラが這い出てきた。…小型犬サイズから中型犬サイズになっていたためヴァンは驚いたが
「わふ!」(主!血、全部飲んだ!あと美味しくなかったけどゴブリンちょっと食べた!)
「お、おう。これが従魔のチェラだ。登録してくれ」
「まあ!可愛いですね。チェラちゃん、この板に魔力を流してもらえますか。できるかな?」
かなりスムーズに魔力を流すチェラを見ながら
(ヘルメス?チェラ、こんなに大きくなかったよな?魔物ってこんなに早く大きくなるものなのか?)
(魔物は戦闘種族の特性として成長が早いですが流石に普通はこんなに早く大きくなりません。影の中でマスターの魔力を浴び続けていたこと、血を大量に飲んだことが原因でしょう。マスターが魔力を使って名付けた時に言葉が流暢になったのと同じようなものですよ)
一応の納得をしたところで従魔登録が完了した。
「はい、この従魔証がチェラちゃんのものです。基本的に冒険者証と同じですね。色は飼い主と同じになります。従魔のどこかにつけるか飼い主が持っていてください」
ひとまずヴァンが預かることにし、影にしまった。
一通り終わったことでチェラは足元に降りて体を擦り付けた後に再び影に潜った。
「ありがとな。ところで緊急依頼はいつから出るんだ?この街の冒険者が同じ時間に集まるなんて無理だろう?」
ヴァンは辺りを見渡しながら言った。
「そうですね。今回は他の依頼をさげて各自に討伐に向かっていただく形になる筈です。明日の朝には張り出されるはずなのでヴァンさんも…今晩からでもいいのでご参加ください。普段の常設依頼より高めになる予定ですのでゴブリンを捨て置かずに右耳を回収してください。周囲の動物の生態系回復のために今回は死体の処理は必要ありません。…繁殖力さえなければゴブリンがもしアンデット化してもさして問題ありませんから」
どうやら死体は処理しなければアンデットになる可能性があるらしい。ここまで問題のある行動をしてきた訳ではないが一つ新しい知識を仕入れるのだった。
「随分と迅速な対応だな。まぁ状況を考えれば妥当か。わかった、早ければ今晩から対処しよう。…行くならば俺は南東方面から見てくる」
ヴァンは自分が生まれた場所が気になっていた。あまりにもこの異常とタイミングが合っていたからだ。
それだけを言い置いてギルドを後にした。
…グラードにチェラのことをなんと言うか考えながら。