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森から出て街に着く頃には既に門が開くところだった。朝一番の時間にはどうにか間に合いそうだ。冒険者証を見せ、門を通過すると影から、
(主、ニンゲンいっぱい。主の群れ?)
(いや、俺の群れじゃない。俺は紛れ込んでいるだけだ)
事実種族から違うので間違いではない。もっともこの国、街は多種族が生活しているが。
(これから仕事だからしばらく影から出るなよ。…そういえばチェラは何を食うんだ?)
(お肉!)
(ウルフ種は基本的に肉食です。あとは魔力と…血、でしょうか)
一つ頷き、影に少し魔力を満たしておいて後で生肉を食わせる約束をする。チェラと思念で会話しつつギルドへ向かった。
「ヴァンさん、おはようございます。此方の準備は整っていますが、ヴァンさんの方は如何でしょうか?」
いつもの受付嬢が声をかけてくる。
「俺はいつでもいけるが、誰を連れていけばいいんだ?」
軽く周りを見ても此方に注目している人は見当たらない。
「私が行きますよ!これでも元冒険者の魔術師なんです」
軽く目を見張り探るように見ると他の人より少し魔力が多く感じられた。自分の魔力量が多過ぎるせいで少々多いくらいでは気付かなかったのだ。
「軽い自衛が出来るなら構わない。その格好で森に出られるのか?」
受付嬢の格好はいつもの格好と変わらずギルドの制服のワンピースだ。
「冒険者ギルドの制服は有事に備えてある程度動けるように低級ながら魔法が付与されているんです。一人で森で探索は無理でもついて行くくらいなら大丈夫です」
「なるほど。了解した。ならよろしく頼む」
「はい。改めまして、冒険者ギルド職員のセラです。よろしくお願いします」
連れ立ってギルドを出て南門へと引き返すように向かう。
道中馬車を馬ではなくチョ○ボのような魔物に引かせているのが目に入った。
「街の中に従魔を連れいることは出来るのか」
「所属ギルドに登録していれば持ち主の責任で街に入ることも許されますが…ヴァンさんはお一人ですよね?」
「昨夜手懐けてな。今は影の中にいる」
ヴァンは事もなげに言うがセラは驚いてヴァンの影を見つめた後に声を潜め、
「ヴァンさん…。あまり大きな声で言わないでくださいね?隠して街に入れるなんて見つかったら捕まっちゃいますよ」
「ああ…。知らなかっただけで隠すつもりはなかったんだ。戻ったらでいいから登録を頼む」
その後も雑談をしながら歩き、門を潜り草原に出た。
「南門から出るのは久しぶりです…。本当に森に近いですよね。ヴァンさんが午後から出て次の日には戻っていたんですから森の浅いところに集落があったんですよね?」
「いや、森に入ったのは確かに午後だが夜からだ。行きはほぼ走っていたからそこそこ距離があるぞ。ちなみに森を出たのは朝だ」
「え、ヴァンさん、一人で夜の森に入ったんですか!?確かに人型の魔物は夜は寝ていますが必ず数体は起きていますよね?そんなところに走って行ったんですか?」
「ああ、その数体が集落を離れて寄ってきたんで殺そうとしたら1匹逃げ出したんだ。それを追いかけて行ったら集落があったんだ」
これにはセラも呆れた様子で、
「夜の森でオークを集落まで追いかけるなんてどんな体力をしてるんですか…。昼の森で走るだけでも難しいのに、本当に今まで冒険者じゃなかったんですか?」
ヴァンは肩をすくめて答えず歩きだした。
「あまり詮索するのはどうかと思うぞ。そら、早く行けば夕方には戻れるだろう。行くぞ」
セラも追いかけるが、
「待ってくださいよ!あれ、もしかしてお昼は抜きですか!?」
喚きながらも着いてくるセラの言葉は無視して進む。自分がそんなに食べなくても平気だからとあまり気にしなかったのだ。生まれて数日にも関わらずすっかり身体に馴染み始めているヴァンだった。
森の中を目印もなく歩いていくヴァンと追いかけるセラ。時折現われるゴブリンは全て遠くから氷の槍で仕留めて捨て置いていた。
「はぁ、はぁ。ヴァンさん、全く止まらないですね…。ゴブリンの討伐証明は要らないんですか?」
「討伐証明とはなんだ?」
立ち止まって振り返り問いかける。
「知らなかったんですか…。だからオークも狼も全身持って帰っていたんですね…。ゴブリンなどの食肉や素材に適さない魔物は体の一部分、ゴブリンなら右耳ですね。それを持ち帰ることで討伐した証拠を見せるんですよ。他の冒険者は全身を持ち帰るなんてそうそう出来ませんから」
「そうか…。なら耳は持って帰るか。今度からそうしよう」
常識があったりなかったりする自覚はあるので素直に聞き入れることにする。今倒したばかりのゴブリンの右耳をナイフで削ぎ切り、影に落とす。
(ゴブリンは血も大して旨くないしいいかと思ってたけど依頼を受けなくてもいいなら小遣い稼ぎにはなるかな?)
(主、影にゴブリン入れて?血、飲んでみたい)
不意にチェラから声がかかる。
(旨くないぞ?そういえばゴブリンの肉は食うのか?)
(ゴブリンは美味しくないからあんまり食べたくない…。でも血は味見してみたい。なんか美味しそうに見えるようになった)
仕方なくゴブリンを丸ごと影に沈めると、
(そこまで美味しくない…。でもなんか力が出てくる感じがするから飲んでみる)
「結局ゴブリンも丸ごとしまうんですね…。その影、どれくらい入るんですか?」
チェラには適当に飲ませておくことにして、
「さぁな。いっぱいまで入れたことないから分からんがいくらでも入るんじゃないか?」
と、適当に答える。
(マスターの魔力量に比例して大きくなりますが現在も微々たる範囲しか使われてませんので常識的な範囲でならいくらでも入るかと思われます)
思わぬところで自分の性能に対する理解を深めたところで再び歩みを進める。
「ほとんど止まらず進んでますがまだ遠いんですか?」
「あと三分の一程だ。休んだ方がいいのか?…いやそうだな。そういえばこれは護衛依頼だったな。休憩をとるとしよう」
そう言うと、セラは木を背凭れに座り込んでしまう。
「確かに久々に森に出ましたけど現役の時もこんなペースで進んだことはありませんでしたよ…。普通はもっと警戒しつつゆっくりと進むんですからね。魔物に出会した時に疲れていては大変ですから」
魔物の気配も感知出来て体力も相当にあるヴァンにはピンとこない話だった。
「それにしてもここまでで三分の二程度ということは山の麓程は遠くないんですね。ゴブリンも随分多かったですしどこかいつもと違いますね…」
「そうなのか?俺はあまり詳しくないがこんなものじゃないのか?」
「この森は普段は山の麓まで行かなきゃ魔物はそんなに多くないんです。なのにこんなに遭遇するなんて…」
考えても仕方ないので流してしまうがどうやら今は普通ではないらしい。
「まあいい。普段を知らない俺には判断できないからな。それよりそろそろ動けるか?」
休憩もそこそこに出発してしまう。どうにも他人と行動するのが落ち着かなく感じる。これは種族的なものなのか、それとも前世の影響なのかは知識はあっても記憶のないヴァンには判断が付かなかった。
それからもゴブリンを魔法で突き殺しては耳を削ぎ取ることを繰り返し、何のために槍を買ったのか分からなくなった頃に元オークの集落に辿り着いた。
「なに、あの数のゴブリンは…。ゴブリンの集落?いえ、ゴブリンにあの大きさは必要ないわ。後から入り込んだのね。それに何、あのメスの数は…」
オークたちの住処は屋内に収まらないほどのゴブリンが蠢いており、その半数は盛っていた。
「ご理解いただけて何よりだ。ここまで案内、護衛したんだ、これで無事戻れれば依頼完了かな?」
「え、ええ。そうね。急いで戻ってギルドに報告しないと…」
「そんなに異常か?空いた住処があれば他の人型の魔物、いや他の魔物が入り込んでもおかしくはないだろう」
「ええ、それだけなら普通にあることよ。今回も少数であればそのまま討伐して建物を焼いてくるように言われていたの…。そのために火の魔法が得意な私が来たんだけど、一晩でこんなに集まるなんて異常だわ。それにゴブリンは本来は9割がオスの筈なのに見える範囲だけでも3割はメスだわ。もしかしたら建物内にもっと…。ただでさえ繁殖力が強いのにこのままメスが増えたら爆発的に数が増えてしまうわよ」
「なるほど、特異個体…というより特異種族か。この辺りでは普通じゃない魔物が多いのか?昨晩もシャドウウルフの亜種に襲われたぞ」
「なんですって!?…その件も含めて報告が必要ね。急ぎ戻りましょう」
二人は息を潜めて後退していった。しかしヴァンだけならまだしもセラは隠密能力が高くないようだった。
「それにしてもあんた。それで気配を抑えてるつもりか?来るまではどうでもよかったが今は致命的だな。…ちょっと待て。「闇纏」…昼間だが薄暗い森の中だ、効果はあるだろう」
そういってセラに闇に紛れ込ませるイメージで魔法をかけた。
「ヴァンさんは多芸なんですね。この魔法があるから夜の森に入れたんですか。ありがとうございます。行きましょう」
帰りは速度を少し緩めながらもほぼ休憩なしで戻って行った。そのお蔭か日が落ちる前には森を抜けることが出来た。