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「ただいま、おっさん」
武器を購入してきたが全部影に突っ込んであるので手ぶらで帰ってきた。
「…昼間はお前以外は基本的に仕事に出てるからいないんだよな。おかえり、兄ちゃん」
煙の匂いを纏ってカウンターにやってきたおっさんに挨拶してジョッキで飲むジェスチャーをする。
「今日も昼から飲むんだな。てことはまた夜から出るんだよな?はいよ」
受け取ったジョッキごと冷やして喉を潤す。
「まぁ多分な。にしてももう燻製始めたのか?」
「ベーコンだけな。腸詰はこれからだ。…にしても昼にいる客は珍しくてつい話しちまうな。そういえば兄ちゃん名前は?」
既にお馴染みになってきた茹で焼きの腸詰を受け取って答える。
「ヴァンだよ。宿なのに宿長とかねーの?今更だけど」
「うちは俺が覚えられない程客を取れる部屋がないからな。何かあればギルドに行くし。あ、俺はグラードだ。よろしくな、ヴァン」
レッサーボアの腸を洗浄しているのを眺めながら一応予定を伝える。
「俺はまた日が落ちたら狩りに行くけど明日は多分そのまま依頼に出てくる。恐らく帰ってくるのは夕方以降だろう」
顔を上げずに返事が返ってくる。
「そんなハードなスケジュールで平気なのか?まだこの辺りに慣れていないんじゃないのか?」
「昨晩行った範囲だから問題ない。…多分な。それに明日の依頼はギルドのご指名だ、仕方ない」
ここでようやくグラードも顔を上げる。
「ギルドの指名依頼とは、ヴァン、実は高ランクだったのか?」
「そんなことねーよ。一応まだGランクだ、ほら。それよりお代わりくれ。ベーコンもな」
冒険者証を見せるがまだ半信半疑の様子でジョッキにエールを注ぎ、ベーコンを取り出して焼き始めるグラード。
「ギルドがオーク共を狩れる俺はGランクにしておきたくないから指名依頼を受けさせてランクを上げるんだと。だから明日の依頼を熟せばランクアップだ。だから夜のうちに下見に行くんだよ。昨日みたいにな」
嘘だけどな。
ようやく納得したのかベーコンを出した後はまた腸の洗浄に戻ったようだ。
小腹も満たしたところで早々に寝ることにした。実は朝にたらふく血を飲んだ為、空腹だった訳ではないのだ。
夕方、目が覚めて昨日と同じように下に降りると昨日よりも賑わっているようだった。
「おう、起きたか。ヴァン。昨日ので味を占めたのか盛況なんだ。今日も酒を冷やしていってくれるか?」
どうやら今いる客は冷えたエールを飲みに来たようだ。視線を感じつつ昨日と同じようにカウンターの奥に行き、樽ごと冷やす。氷柱もセットなのも同じだ。
「ありがとな!仕事頑張ってこいよ」
仕事って程でもないと思いながら手を振り宿を出る。
今日も南門に行き、兵士から怪訝な顔をされつつ詰所を抜けると日もすっかり落ちて目も覚めてきた。
「さて、今日はどうするかな。武器やら防具やらで散財しちまったしまた稼ぎたいんだが昨日ほど上手くはいかないだろうし…。どうしたもんかね?」
(でしたら今日は出来るだけ山に近付いてみてはどうでしょう?マスターが封印されてても気付かれないほど山には魔力が濃い様ですから特殊な魔物なんかもいるかもしれません)
「俺はまだ生まれて数日なんだがね…。まぁヘルメス先生が言うなら向かってみようか。朝には戻らなきゃいけないから程々で済ませるが」
独り言のように呟きながら草原を超えて森に入っていく。槍は森では邪魔になる為まだ影の中だ。
「そういえば俺のステータスってどうなったのかね?「ステータス」」
ヴァン レベル12
種族 吸血鬼
HP 580 MP 2100
力 110 魔力 350
スキル
魔力操作 体術 短剣術 気配隠蔽 気配察知 真祖
称号
異世界神の加護 真祖吸血鬼
(随分強くなりましたよね、マスター。いえ、真祖吸血鬼なら当然とも言えますが…)
「俺にはあんまり実感はないがな。普通はどんなもんなんだ?」
(同じレベルならHP、MPは人間なら100台です。力と魔力も30くらいですかね…)
どうやら本格的にチートのようだ。種族特性だけでなくステータスも破格らしい。
「レベルも順調に上がってるし我ながら行く末が恐ろしいね。唯一スキル関係は普通かな?」
(数日でこれだけ得たのが普通ではないです。とは言えスキルは覚えるだけなら意外となんとかなりますが使い熟すのが難しいのです)
スキルにはレベルがないため、同じスキルを持っていても余り比べ物にならないようだ。
「そう言えば真祖のマスクデータ、特殊眷族作成は使ったことないよな。これってどういう効果なんだ?」
(特殊眷族はマスターの血を分ける能力です。血を媒介にして既存の生き物を吸血鬼種にして従えたり、直属の従魔にしたり出来ます。また、特殊眷族には爵位を授けることが出来ます)
「なるほど。俺を祖とする眷族達…。ファミリーが出来るわけだ。そして力を与えれば傘下も出来る…か?」
(その通りです。それが吸血鬼種の最たる強味でしょう)
どうやら俺はまだこの身体を使いこなせていなかったらしい。それでも十分に強いんだがな。
「それで特異な魔物を探しに、なんて言った訳だな?面白いじゃないか」
まだ見ぬ魔物を求めて森を進むが依然として山には辿り着かない。時々ゴブリンが現れる程度で槍の練習にもなりやしない。
星が木の上では輝くが葉に隠れて届かない森の中では暗闇だ。変わらず見えるこの目は夜の住人たる故だろう。
そんな中珍しく狼の群れに囲まれた。
「見えなかったし気配も感じなかった。コイツら…強い、かもな」
(シャドウウルフ…の亜種ですね。山からはまだ離れているのに珍しいと思われます)
後方から突進してくるのに気付いた直後、周囲の狼達も距離を詰めてきた。
「くそ、狩りに遠征してきたってか!?」
槍を取り出しながら横っ跳びに避けて狼の頭を踏み包囲網から抜け出す。
その後も半円を描く様に隊列を組み、正面にいた一頭がまた正面に来る。
「…ヘルメス。特殊眷族の作り方は?」
(相手を屈服させてから血を吸い、血を流し込みます。それに耐えられたら眷族となります)
「いいだろう!やってやる!」
こちらの脚力の方が強いらしく速さは優っている筈だが連携によってそうは感じられない。
肉を切らせて骨を断つように、カウンターでしか相手の数を減らせない。しかし驚異的な再生力をもって着実にシャドウウルフの群れは数を減らしていた。
そして残り3頭にまで減らし、周囲には誰のだかも分からぬ程の血が飛び散っていた。
「もう少し早くやるつもりだったがこれで終わりだ!」
飛び散った血には少なからずヴァンの血が混じっている。その血を混ぜて操り槍状になった血が高速で狼達に向かっていった。
数多の槍を躱しきれず2頭は倒れ伏し、初めに正面にいた一頭も両後脚を貫かれ止まった。
「おい、あとはお前だけだ。従うなら助けてやる。どうする?」
最後の一頭は山の方を向き、慈愛に満ちた様な遠吠えをあげ…力尽きた。
「くそ、そんな吠えたらそりゃあ死ぬだろ!?」
最後に吠えたのが応援を呼んだのか分からなかったため、全てから血を啜り、影に落とした。
最後の一頭が影に沈んだ時、離れたところから物音がした。
(応援が来たか?いや、コイツらならこの距離で音なんぞ鳴らさない筈だ…)
槍を構えて物音がした方向に近付くと子狼がいた。
「子に向けた断末魔だったか…。しかし子供は意味を理解できずに来てしまったんだな。…丁度いい」
「悪夢」
子狼に幻覚を見せた。俺にシャドウウルフ達が殺されるところをだ。
子狼は震え縮こまってしまったが目だけは此方を見ている。
「従え。獣なら弱肉強食が分かるだろう。親のようになりたくなければ受け入れろ」
子狼の首筋に噛みつき、血を吸っていく。
…生き血を吸うのは初めてだが旨いな。親たちよりは薄いが良い喉越しだ。
テイスティングしたところで痙攣し始めたので今度は自分の血を流し込む。
一歩、二歩と下がって子狼を見下ろしていると毛が一部色が変わり、漆黒に紅のメッシュの毛並みになった。
(あるじ、したがう)
「そうか、受け入れたか。ならばお前は俺の最初の家族だ。…名前がいるな」
自分達につけたように空中に血色の魔力で文字を綴る。
「お前はチェラだ。おいで」
ゆっくりと立ち上がって近寄るチェラを抱き上げる。
(私、チェラ。よろしく、主)
「お前、メスだったのか!」
思わず叫んでしまったところ、チェラはスルリと降りて俺の影に潜った。感じる思念によると心地良いらしい。
(ブラッドウルフ、シャドウウルフの亜種が更に吸血鬼の因子を取り入れて個を確立させた様です。唯一の種になるか、眷族を増やすのか…楽しみですね。マスター)
「あ、あぁ。そうだな。ひとまず目的も果たしたし戻るか…。間に合うか怪しいな?いやそれより俺は一児の父、か?」
ぶつぶつと呟きながら森を歩く様は大層怪しいものだった。