6幕 危機
自分の記憶を解く鍵と思われる 魔天禄伝説 と呼ばれた本をナイールから受け取ったサンドロ
そこには記憶とは別に気になるものが…
場所は戻りボンゴ村 ナイールの家
お風呂を借りたあと私は頭を抱えていた。
1ページ10行の文章で構成された魔天禄伝説は、15ページ程にまとめられており、必ず右側のページに挿絵が描かれていた。表紙には主人公の魔王が、携えている剣が金細工によって形作られている。
ナイールに朗読してもらったが、内容は童話のようだった。
「コイツ…」
「お風呂どうだった?」
「あぁ気持ちよくて疲れも吹き飛んだよ」
「ハハッサイマを入れててよかった。何か思い出せたことはあるかい?」
私はナイールに本を借りて挿絵を見ていた。とある挿絵に描かれた人物に目を付けた。
思わず声が出た私を気にして、ベッドの横で椅子に座って一服していたナイールが声をかけてきた。
「これを見てくれ。」
本の真ん中ほどのページを開いて、ナイールに見せると彼女は首を傾げた。
「知り合いかい?」
「このキャラクターは昼間来た男と同じ名前だ。彼女もバラッドと言う名前で鎌を使うらしいんだ。」
「前見た時は気づかなかったが魔族の仲間の1人のようだ」
一通り見終わった私にひとつの疑問が浮かんだ。
「そもそもこの著者は誰なのだ?普通どこかに名前が書かれてるはずでは?」
本の中身や背表紙等を見ても、どこにもそれらしい人名は記されていなかった。
「珍しい物が好きだったうちのじいちゃんが、街の骨董商の人から買ったんだけど、おじいちゃん自身も本の内容に関して詳しいことは分からなかったみたいで。」
本の内容は、魔王と仲間達の冒険譚が墨で描かれた挿絵と共に記されていた。
魔王は仲間を集め、世界の危機を退けたと書かれているが、私自身もちろんその記憶はなく、物語の中のサンドロは人間達に慕われている様子だった。
「そうか…。今ここに本の事情を知ってる者は居ないのか…」
「私より妹の方がその本のこと良く見てたから何か知ってるかもしれない。」
「生きてるならば助けに行かねば…」
「今から行くかい?」
「そうしたいが…」
バラッドの居場所が分からなければ動くことも出来ない。
それに私はまだ、この異世界と思われる地に来てまだ数日程しか経ってない。テレサの所でどれ程眠っていたかは分からないが…
まずは異世界のことを調べる必要もあるな。この近くに何があるのかくらいは把握しておきたい。
「奴らが居そうな場所ならだいたい分かるよ。」
「本当か!?」
「だけど条件があるんだ」
「なんだ」
「あたしも妹を助けに行く」
「十聖天は危険な組織なんだろ?今の私にキミを守れる保証はないぞ」
「大丈夫さこれでもあたし腕っ節はあるんだよ。」
そう言って、ナイールは暗い壁の方に歩いてくと彼女は自分の身長程ある、大きなブーメランを手に取った。
「なんだその大きさ…。扱えるのか」
「相棒の緋影さ。しばらく使ってなかったけど200メートル圏内なら確実に当てられるよ。」
彼女のブーメランに対する自信にも驚いたが、自身の身長程ある巨大なブーメランを、軽々と振り回せる腕力にも驚いていた。
私はしばらく考えた。
彼女には危険を冒してほしくない。しかし断ったとしても、無理やり着いて来そうな女性だ。
それに腕っ節にもかなり自信があるようだし、今簡単な魔法さえ使えない私より有能なのではないだろうか…。
「サンドロ。私は妹とノートを取り返したい」
「あぁ分かっている」
「もう誰かを助けられなかった って後悔したくない。」
「おじいさんと妹さんのことか。」
「うん。足でまといにはならないから。頼むよ」
私が彼女の立場であっても同じことをするだろうか。仲間を守るために…。とりあえず頭を下げさせるのは辞めさせた。
「見ず知らずの私にどうしてそこまでする 私は魔王と呼ばれている…悪人かもしれんのだぞ」
「困ってる人の話を真剣に聞いてくれる人に悪い奴は居ないさ」
自分を知るため旅を始めたが…。 やはりまだ私は甘い男のようだ。困っている者につい手を差し出してしまうのだ。それが今日会った他人でもな。
私はベッドから立ち上がりため息をついてから彼女に話しかけた。
「はぁ…分かった。だが何があっても自分は死んでもいいなんて考えるな。必ず村人達のためにここに戻ってくるんだ。危険だと思ったらキミは逃げろ。いいな」
「ありがとう。」
「準備が出来たら行こう。」
ナイールの支度は5分程で終わった。
リビングに移動したがあっさりしすぎて驚いてしまった
「もういいのか?!」
「荷物は少ない方が動きやすからね。はい、これあんたの分のポーション。 」
「あぁ。すまないな。」
小瓶の中は緑の液体と少量のサイマの樹皮が含まれていた。私はそれを胸元のポッケに入れていると、ナイールは私が昼間使っていたリビングにある机の上に小さな紙に書き置きを残していた。
〖 デートしてくる 〗
「デート?そんな事書いて出ていいのか?…。」
「電話してくる。」
「電話?」
「これさ。」
昼間使ってた板をポケットから出してナイールは言った。
「離れててもこれと同じ物持ってる者同士なら話せるのさ。」
「便利なもんだな。」
「十聖転の物だけど背に腹はかえられないし便利だから使わせてもらってるよ」
「なるほど。」
そうして私とナイールは村を出ると、6キロ程先に見える小高い丘を目指し歩き始める。丘の上にある櫓から近辺を一望できるため、ナイールに提案され向かうことになった。
丘は私が農夫達に運ばれてきた獣道の向かい側にある広い整備された砂利道をナイールと歩く。
「街まではどのくらいだ?」
「リリーズまではこっから歩いて2、3時間くらいかな。櫓にも寄るからもう少しかかるかも」
「結構歩くな。」
「このくらいでだらしないねぇ。あたしらはこれに荷車引いて毎日歩いてんだよ 」
「強い人達だ…」
ナイールと会話しながら歩く道は未だ日が昇っておらず、脇を広がる木々は少し不器用な雰囲気を出している。
「十聖転は多分街の中心にある寺に居るはずだよ。」
「寺?」
「あぁ。そこで自分達の考えを便利な物を餌にして信者を増やしてるはずさね。」
「なるほどな。」
「まぁ教えを説いてるのは雇われた人間か、組織の下っ端だろうけど 幹部らが動くのはまぁ稀さ」
「ということはその寺という場所にバラッドが居るとは限らんわけか。」
「噂だと地域毎に寺の地下研究所に幹部が定期的に見回りに来るみたいだから、もしかしたらまだそこに居るかもしれないね。」
「バラッド…。」
「元々仲間だったんならきっかけさえあれば思い出すさ だから不安そうにしない」
「そうだな 仲間なら大丈夫さ」
「それでよし!」
私は歩きながら仲間達のことを考えていた。
考えていても思い出せるわけじゃないが、何か気持ちが少し楽になるような気がした。
しばらく歩いていると嫌な気配を感じて足を止めた。
「待てナイール。」
「ん? なんだい」
「何か居るぞ。」
微弱な魔力を感じた私がナイールに声をかけ耳を澄ますと、脇にある暗い林の中から犬のような獣が5匹出てきた。
「ガゥゥ…」
「なんだコイツら。」
「なんでこんな所にモンスターが。」
「ガゥ!!」
「来るぞ!」
「任せて!」
5匹の犬のようなモンスターは私達に襲いかかってきた。
「くっ! こんなヤツら」
「どきな!」
ナイールは背中のブーメランを片手で投げると、すべてなぎ払った。
「なっ!」
「へへっ。どう?強いでしょ?あたし」
「あ、あぁ。驚いた。 」
彼女は倒れた獣に背を向け私の方に笑顔を見せてきた。
しかし再び林の方から1匹現れ、ナイールに襲いかかってきたので、私は飛びかかってきたその獣の首を片手で掴んで粉砕した。
「なんだこの獣共は」
「ケルベロスだね。死肉が奴らのエサで…普段はこんな所に出てこないはずなのに。」
「嫌な予感がするな。」
ケルベロスは煙のように消え去った
「よし、先に進もうかね」
私を先導するように歩いていたナイールは、なにか思い出したかのように足を止めて私に話しかけてきた。
「そういえば、あんたさ得物は持ってないのかい?」
「今はないな。 」
「魔天録のサンドロは、何も無い場所から大きな剣を出してたらしいよ?」
「出し方が分からん それに状況が似てるだけで記憶が無い今となっては決めつけるわけには…」
「あんただと思うけどねぇ。魔法も使えないのかい?」
「使うと疲労が溜まり昼間のようにしばらく動けなくなる」
「難儀だねぇ。」
会話しながら話していると、何度かモンスターに襲われたが、右手の林の中に丘と物見櫓のような物が立っているのが見えた。
「キミが言ってた物見櫓だな。そろそろ街か?」
「うん。 街の警備兵が居るはずだけど。休憩中かな?」
「人の気配はないぞ? 」
「さっきのケルベロスと言いなんか嫌な予感がする… 」
ナイールは櫓の周りを見渡し、誰も居ないことを確認すると櫓を駆け上がっていった。
「あれは…!」
「どうした!何が見える!」
「あんたも登ってあれを見てみなよ」
櫓に登った私が見たのは、平和だったであろう塀に守られた田舎街が黒い雲から降るモンスターによって、地獄のようになっている。
「助けに行くぞ!」
「あんな大群にあんた死ぬ気かい?!」
「善良な命がなくなるのを見たくないんだ…」
私は櫓を飛び降りて街の方へ走って向かった
「…あんたは魔王なんかじゃないのかもしれないね」
ナイールは櫓からハシゴを使って降りると急いでサンドロを追った。