4幕 正義の魔物
テレサの教会を後にした魔王サンドロは記憶の断片を思い出し、記憶を失う直前に部下が口にした十聖転という謎の組織を探す旅に出ることに。
だがその道中テレサの教会を襲った暴徒達に捕まってしまった。
しかし彼らにはなにかワケがあるようで…
農夫達は私が口にした十聖転という単語を聞いて暗い表情になった。
やはり何か知っているようだ。
「教えてくれ。そうすれば私は力を取り戻し、君たちの力になれるかもしれん」
「…実は旦那にお願いというのはその十聖転の事なんです。」
「なに?」
「まぁ、あんたそこに座んなよ。疲れてるだろ?お茶持ってくるからリラックスして話そう」
そう言うとナイールはキッチンでお茶の用意を始めた。
私は一言礼を言い、居間の端に置いていたアンティーク調の椅子に腰掛け、ろくろ状の背もたれに体を委ねた。
「いい椅子だ」
「へっ。だろ?うちのじいちゃんが作ったのさ。」
ナイールはキッチンでお茶を煎れながら、私の言葉に反応した。
「ほぉ。あなたの祖父が」
「そうさ。古いものが好きでね義妹と一緒に物の歴史やら色々聞かされたもんさ。」
「妹さんが居るのか」
私が話を広げようと思い、彼女の妹の話を尋ねるとその場が静かになった。私がまずい話題だったと思い、謝ると「いいんだ。その話がしたいしね」と言いお茶を持ってきた。
「はい、どうぞっ」
褐色で健康的な腕で木製のトレー持ってきたナイールは、私の前に置かれている樫で作られたような机に、取っ手の付いたティーカップを丁寧に置いた。
「おぉ!ダージリンか…これは…毒とか…」
「入っちゃいないよ…」
先程無理やり連れてこられたことによる警戒心が解けておらず、私は彼女の入れてくれた紅茶に何か仕組まれていないかおそるおそる香りを嗅いだ。
「ん、なんだ嗅いだことのない。まさか…」
「いい加減はっ倒すよ? まぁ、香りは珍しいだろうね。あたしらの特製だからね!」
「なるほど…ではいただきます…。」
私は彼女の淹れてくれた紅茶を口に含んだ。
その瞬間私の口の中は爽やかさで満たされた。
「これは…」
「どうだい?美味いかい?」
ナイールはニカニカと笑うと、私の目の前の椅子に腰をかけて、私が紅茶を飲む様を嬉しそうに見ていた。
「爽やかさと程よい渋みの中にもある深み…。ふむ…これは…美味しい!」
「あ…あはは…そんなに喜んでくれるなんて…なんか照れるねぇ。」
私が紅茶を楽しんでいると、1人の農夫が私に詰めよって来た
「旦那ぁ、話を戻してもいいですかい…?」
「ん、あぁ。 すまないなお茶なんて久しぶりだったものでつい…。」
「しっかりしてくださいよぉ」
「んむ、では話を続けてくれ。」
話を聞いた所、十聖転とは平和を願う者達が集まった非営利団体だったらしい。
だが最近組織の長が殺害されてから雰囲気が変わったようだ。武器を所持する市民の殺害、幼児の誘拐、そのほとんどは平和を願うためと言っているが、活動内容は正気とは思えない。
「ひどいな。国はどうしている。」
「国外からのスパイ、危険人物の処理、はては敵小国を壊滅させたりしてるんで下手に手出しができない状況なんです…。あんなもん自分勝手な正義を掲げた魔物っすよ。」
「なるほどな…。それで君たちの頼みとはそれがどう関わってくるのだ。」
私は、ティーカップに手を伸ばし残りを味わおうとしたが、彼の話に夢中でいつの間にか飲み切っていたのを確認すると、再びカップをテーブルに置いた。ナイールは私のティーカップを持つと横で言った。
「種の作り方を教えろ。って言われてね。種を育てた義妹は4日前連れ去られちまった。」
「なんだと」
「連れ去られる前あたしはアイツらに種のことを教えるつもりだったのさ。危険に巻き込まれてほしくなくて」
「ふむ…」
農夫達は悔しそうに涙を浮かべている
「ノートを渡そうと言ったけど、妹の奴あたしより頑固でね、あんな危ない連中に万能薬の作りかた教えるくらいなら家族の縁切ってやるって。バカだよね。」
ナイールは妹の話をし始めると、目元が潤んできていた。
「…そしたらさ、2日くらい前に突然きた十聖転の下っ端。あんたが吹っ飛ばした奴か、アイツらに連れてかれちまったよ。」
「彼女は大丈夫なのか?」
「わかんない。本物のノートを置いて出てっちまってそれからなんにも。けど相変わらずアイツらからこんなメッセージが届くよ」
ナイールはポケットからさっきの光沢のある板を見せてきた。
そこには何か文字が書かれていた。
「ん、なんて書いてあるんだ。」
「え?あ、えっと。 『新種の制作ノートをよこせ』って。頑固だからなぁ。まだ教えてないんだろうさ。けどこのままじゃ妹が死んじゃう…」
「4日前…か。 」
「うん」
私の質問にナイールは袖で目元を拭うと、板に書いてあった文書を読んでくれた。
彼らから送られてきたメッセージを聞いた私は、先程から気になっていた種について質問してみた。
「その種?新種とはどんなものなのだ?」
「あんた、体がいつの間にか楽になってないかい?」
「…そういえば…。疲れていたはずなのに。疲労感が全くないな。」
拳を握ると力がちゃんと入ることが確認できた。
ここに着いた時には身体中痺れて、立つことすらままならなかったのにだ。
私の疑問にナイールは笑って教えてくれた。
「そう万能の野菜 サイマ を飲んだんだからね。」
彼女は「これさ」とキッチンに干されていた、野菜を掴んで持ってきた。それはさっき村を訪れたとき畑に生えていた赤い瓜のような植物だった。
「これが今作れるのは私たちだけ。傷薬から建物の材料。何にでもなるよ。洗脳することもね」
「洗脳?!」
「あぁ。どこで聞いたか知らないけど、その洗脳薬の作り方を書いたノートをあたしらから奪い、人を好き勝手しようとしている輩が居る。」
「十聖転か…」
ナイールは静かにうなずいた。
そんなものがもし彼ら十聖転の手に渡ってしまえば、その先は…いい想像ができなかった。
彼らのやっていることを考えると、ナイールの妹も良くない状況に居るのは間違いない。最悪の状況も考えてよいだろう
「洗脳薬の作り方は妹しか知らないんさ」
「なんてことだ。」
私が現状に絶望していると、1人の農夫が話を始めた。
「4日前にあっしたちは、なんとかそのノートや村長、村人達にこれ以上被害が出ないよう、ここらを縄張りにしていた十聖転の下っ端であるドルネロに話を付けに行ったんす。でも、引き換えに協力しろと…そうすれば村人を襲うことはしばらく待ってやる。と言われて」
その話を聞いてナイールの顔付きが変わり、驚愕した表情になった。
「な、あんたら!なに勝手にやってんだい!聞いてないよそんなこと!」
「あっしらはバカだしサンドロさんみたいに強くもないんで、言いなりになるしかなかったんです。こそ泥みたいなことばっかさせられました。だけど…村の家族達や…ナイールさんらがあいつらに、殺されちまう前に何かないかと必死に考えました!!!」
「あんたら。」
涙を流しながら訴えた農夫の言葉によって、その場が静まり返った。私は何も言えることはなかった。彼らの行動にも共感できる。だが、ナイールの仲間たちを心配して発言した気持ちも理解できた。沈黙を破ったのはナイールの静かな一言だった。
「バカだね。ほんと。人様に迷惑までかけて。」
「す、すいません。どうしても村を守りたくて…」
「もういいさ。もう、いい。分かった。ノートは捨てる。」
ナイールの一言に農夫達は衝撃を受けていた。
私も彼らが驚くことに釣られて驚いてしまった。
「そ、そんな大事なものを簡単に捨てていいのか!」
「そうですよ!早まらんでください!サイマがある事で救われる人も居ますし、何より村の今後はどうするんですか!」
「人の命や信念より大事なもんはないさ。悪者の手に渡るくらいなら消した方がいい…。義妹もそうするはずさ。大丈夫 これからもぼちぼち野菜を作ってけばいい。前みたいにね」
キッチンの角の床板を調べていると、ナイールは1畳ほどの床下倉庫に手を居れ、そこからボロボロのスケッチブックのようなものを取り出した。
表紙にはナイールか妹が書いたと思われる可愛い少女キャラクターが、⦅最強のしょくざい⦆と言っている様子が描かれていた。
「さて…火ある?」
「あ、いやおれはない。」
「そうか。ならここで…」
「おやおや。これはこれはもったいないことしてるねぇ。」
ナイールがコンロの火を入れようとしたその時、玄関から人の声が聞こえ、その場にいる全員がそちらには振り返った。
編集中