1幕 再臨
突如現れたチート能力持ちの人間によって、すべて奪われた魔王
目を開けると魔界の雰囲気とは全く異なる場所で目覚めた
「助けて…」
聞き覚えのある声に私の意識は目覚めた
「イヴリン!」
「ひゃ!」
気がつくと見知らぬ部屋のベッドの上に上半身裸で寝ていた。
ベッドの横には驚いて固まってしまったシスター風の女性が居た。
「君は…」
私が出せる限りの声で質問すると、彼女は澄んだ美しい声で私の質問に答えてくれた。
「あ!えっと ここで奉仕活動を行っております。テレーゼ・マリベール…です!お名前は分かりますか?」
名前を言った彼女の表情は一瞬曇ったが、すぐに私のことを気にかけてくれた。
「私は……」
自分のことやこれまで何があったか思い出そうとしたが、私の記憶の引き出しからは何も出てこなかった。
己の名前すら。
「名前…私の名前……」
「無理したら…メ!ですよ」
「わかって…ぐっ!」
「これ!飲んで!」
思い出そうとすると頭が割れるような痛みに苛まれた。悶える私を見かねたテレーゼは、私に薬湯をすすめてくれた。薬湯のおかげか再び眠りについた私が起き上がった時には、ある程度心と体は癒されてた。
「現実…か」
起き上がった私は、部屋を出てテレーゼを探した。私の寝ていたすぐ隣の部屋で物音がしたので、その部屋に入ると香ばしい料理の香りと、キッチンで何かを作っている最中のテレーゼが居た。私の気配を感じた彼女は振り向くと、私に微笑みかけてくれた
「え!もう起きた!?んー私のおまじないが効いたのかしら」
「おまじない?」
「ひみつ!」
「…」
「いやらしいことはしてないからね!?」
「おかげで気分も良くなってきたよ。ありがとうテレーゼ 何かお礼を…」
「き、気にしないで?!私が勝手にやったこと!」
「でも…」
「むぅ…いいからいいから!お話しよ?聞きたいことあるの」
「私もだ」
テレーゼは再びキッチンに向くと料理を続けながら話しかけてきた。
「怪我にもびっくりしたけど、あなた降ってきたのよ?空から。私初めて腰抜かしちゃった」
「空から?」
「うん…」
彼女は私を発見した時のことを語ってくれた。
着物の話になり、私が降ってきた時着ていたコートは今洗ってくれているらしく、窓の外には他の洗濯物とは明らかに雰囲気の違うボロボロになっている赤い皮のコートが、多少の粗さはあれど修復され木の枝に他の洗濯物と一緒に掛かっていた。
「コートは君が?…」
「そー!直すの 大変だったんだよ!って!そうじゃなくて、あなた名前は?」
「すまないまだ思い出せないんだ」
「うーん…そっかぁー…」
自分の名前も生まれた場所も何も分からない。
唯一覚えていることは『イブリン』という言葉と炎に囲われている自分のイメージのみ。
それ以外の記憶はぽっかり抜け落ちて何も思いだせそうにない。
私が部屋の入口で佇んでいると、テレーゼは「そこに座って?」と言って4人用の木製の机の上に料理を運んできた。
「できた! 難しいことはご飯を食べてから! 元気出るよー」
「鳥?」
「そそ!自信作なの!」
「う、」
鶏肉の照り焼きとオニオングラタンスープだ。
先程からしていた香ばしい香りの正体が分かった瞬間、私のお腹の虫は歓喜の声を上げた。
「あ…」
「ふふっやっぱりお腹空いてたのね 遠慮せずたーんとお食べ」
テレーゼとともに席に着いた私は、静かに食事を始めた。
その最中、何も思い出せない鬱々とした気分を紛らわすために、外の木に干されている自分が羽織っていたと思われる赤い皮のコートに目をやった。布ではなく何かしらの特別な動物の皮でできたコート肩の部分には、鉄製の肩当てが付いており隣のテレーゼの着物とは明らかに別物である。素材に使われている皮は魚の鱗のように光を反射している。
「不思議な着物だ。」
「ん?」
「私の着ていた物さ 君のとは全く違う」
「そうね…見た事ない素材だったから直すの苦労したの…布っぽい襟元だけ穴が空いてたから勝手に直したけど…もしかしてあなた…」
「どした?」
「あなたは天使?」
「ははっ…うーんそうだなぁ…どちらかと言うと悪魔…寄りかも」
「ふふっ!そんなことないわ 綺麗な銀色の髪に宝石みたいな赤い瞳…羨ましいな」
照れて俯く男 下を向いた時一瞬見えた彼女の手が気になった。
「その手の包帯は…」
「あ!違う!これは…あの…私手先が不器用で…」
彼女の両手は包帯に包まれており、恥ずかしそうに机の下に隠した。その時突然鋭い痛みを伴った頭痛が私を襲う。
「ぐあ!」
「大丈夫ですか!」
痛みに襲われる中私の頭の中で誰かの声が徐々にはっきりと聞こえてくると同時に、テレーゼの声が掻き消えてゆく。
「…ま。…さま。…おうさま!。」
気が付くと私はレンガ造りの街の中に居た。そこでは回りを歩く人の顔が全員ぼやけていたので、私は夢だと確信した。だが夢にしては自分の目の前にいる、大きな角の生えた女性の姿がはっきりと映し出されていることに違和感を覚えた。
「痛っ…うぅ」
台所らしき所で1人孤軍奮闘している彼女に話しかけようとしたが声が出ずに意識が朦朧としてきた
『 …きて!』
私は突発的に少年の言葉に反応したが、聞き覚えのある声に意識がその場から引き戻され、気が付くと食事をしていた部屋の床に倒れていた。
「……て……おき……おきて!」
目の前には血相を変えたテレーゼが必死に声をかけてくれていた。
あまりの様子の豹変ぶりに私はすぐに上半身を起こした
「だ、大丈夫ですか!?」
「…う」
「もう少し安静にしてらして?」
「…問題ない」
その痛みを忘れようと私が席に着こうとしたとき、教会の外から何やら数人の人の声が聞こえてきた。その声はこの辺をピクニックしに来た様子と全く違う悪意のある会話が聞こえてきた。
「おら!でてこい!ここらは魔人様の領地だぞ!勝手に小屋なんか建てやがって誰に許可得てんだ!」
荒々しい口調が外から聞こえてくる
テレーゼは少し怯えた表情になるが、すぐに顔つきを変えた
「なにかしら…ちょっとここに居て?」
「いや…なにか様子がおかしい…私も行くよ」
「でもあなたまだ体が」
「もう大丈夫私のことは心配しないで」
声はこちらに近づいてきている。このままではテレーゼの身に危険が生じるかもしれないと感じた私は彼女と共に外へ出た。
掘っ建て小屋のような教会の横にあった花を荒らしていた5人の男達に、テレーゼは強い言葉で彼らを叱った。
「あ、あなた達!何をしてるんですか!」