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幕末大江戸奇譚  作者: 村上蘭
9/34

木賃宿の一夜








   九





   「お二人で?」




    古びた帳場の前で、上目遣いに木賃宿の親父


   が喜三郎に尋ねた。




   「そうだ」




    そう、返事をすると宿の親父は机に置いた宿


   帳を記しながら素っ気なく言った。




   「薪代は、お二人で八十文ですが」




    支払いを、済ませて上がり框に座り水を絞っ


   た手ぬぐいで簡単に足を拭いた二人は、六畳間


   程の広さの部屋にある囲炉裏端に陣取った。周


   りには、二人と同じような旅の者が旅装を解い


   たりしていたが、奥の部屋では人足風の男達が


   博打に興じて時々奇声を上げたりしている。喜


   三郎は、飯茶碗の中に持参していた干し飯を入


   れその上に大根の干したものを乗せると、囲炉


   裏から鉄瓶を取りお湯を掛けて夏に渡した。




   「おい、飯を食ったら早く寝ろよ明日は夜明け


   前にはここを出るからな」




    そんな事を、言われなくとも空腹を満たした


   夏は旅の疲れも相まって薄暗い部屋の囲炉裏


   の日を見つめている内にいつのまにか寝てし


   まっていた。夜半、夏は何かの物音で目を覚ま


   した。それは、闇の中でうなされている喜三郎


   の声だった。




   「ウーウー ・ ・ ・ ウー」




    暗い中で、しばらくその声を聞いていた夏だ


   ったが余りに苦しそうな様子を見かねて体を揺


   らすと喜三郎は眼を覚ました。




   「 ・ ・ ・ ・ ・ 」





    不審な、顔をしている夏をチラッと見た喜三


   郎だったが顔を戻すと天井を見つめ何か思案


   している風だった。喜三郎は、今回の旅では何


   か解せぬものを感じていた。どこの、宿でも床


   に就くと同じ夢を見てうなされるのである。そ


   もそも、楼主から病気で死んだ遊女の穴埋めに


   若い娘を用立ててくれと言われ奥羽の女衒仲間


   に、当たりを付けて貰って目星の娘の所に赴い


   たもののそこからが何かしら奇妙な事が続いて


   いた。娘の家を、探して行ってみると昨日まで


   元気でいたのに急に病気で寝込んでいたり神隠


   しにあって行方知れずになってしまったと聞か


   され結局一人の娘も買えず無駄足になった。


   喜三郎は、女衒の生業を始めて二十年近くにな


   るがこんな事は初めてで使いっ走りの頃から、


   今まで上玉に当たらないことはあっても娘が見


   つからないという事はまずなかった。それで、


   あきらめかけていた時に居ず辺りに借金のかた


   になっている娘が一人いると聞いてやって来た


   のが、隣にいる夏だった。その夏に、面立ちが


   どことなく似ているその昔関わりのあった一人


   の娘を喜三郎は思い出していた。




   「あの娘が、祟っている ・ ・ ・まさかな」




    それは、喜三郎が女衒の使いっ走りから初め


   て仕事を任され北の方に旅立つ前の夜の事であ


   った。女衒を、取り仕切る頭領から呼ばれて部


   屋まで行った時の事だ。




   「喜三郎、解っているとは思うがこの稼業で食


   って行くつもりなら女に情を掛ける事は一切な


   らねえぞ」




   「へえ ・ ・ ・ 」




    喜三郎は、素直に頭を下げて返事をした。




   「詰まるとこ、冷酷非道にならねえとこの商売


   はつまづくって事だ。解るか、娘っ子を人と思


   っちゃならねえ今からはお前の食い扶持を稼ぐ


   商品と思う事だ」




   「へえ」




    喜三郎は、そんな解りきった事をくどくどと


   言われ少し辟易して聞いていた。頭領に、恩義


   を感じているの本当の事だし野良犬の様な暮ら


   しをしていた自分を拾ってくれて女衒に必要な


   証文の書き方や、面倒事の始末の付け方など楼


   主との交渉も一から教えてもらっていた。こう


   して、曲がりなりにも女衒の一人として仕事が


   出来そうなのも全て頭領のおかげなのだが正座


   している足が痺れてきた事もあってそろそろ部


   屋に戻って明日の旅支度をやりてえと心の中で


   考えていた。頭領の、付き人をしながら女衒の


   仕事をこなして来た喜三郎は自分では一人前の


   つもりでいた。少々、いやかなり天狗になって


   いたのは否めなかったが後々その甘い考えが原


   因で苦い経験を味わう羽目になるのである。


   蒸し暑さが多少緩んだ木賃宿の外にたむろする


   うるさい虫の音もいつの間にか静まりかけては


   いたが、朝告げ鳥の鳴き声が聞こえるには早い


   刻限で思案に少し疲れた喜三郎は目を閉じ時間


   を掛けず眠りの中に入って行った。    














   

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