おぼろげな予感
七
暑い盛りの、街道沿いを奇妙な二人連れが歩
いていた。男の方は、まあまあ普通の旅人姿で
あったが問題は連れの娘の姿だ。長い髪を、
引っ詰めそれを細い紐で括っているだけで着て
いる物と言えばボロボロの上っ張り一つだけ
で下穿きなどしていないので時折腰の辺りの着
物の合わせ目が、風に揺れるたび大事な場所の
女の陰りがちらちらと見え隠れするものだから
通りすがりの旅人たちがクスクス笑ってすれ違
うのだが、その若い娘は別に恥ずかしがる様子
も見せず歩いていた。連れの男が、もう我慢な
らんと言わんばかりに立ち止まると娘の方に振
り向いて言った。
「お前、恥ずかしくねえのか」
「・ ・ ・ ・ ・ ?」
この人は、何を言って居るのかといった顔つき
で夏は喜三郎を見た。
「解んねえのか、お前のその腰の辺りからチラチ
ラ見えてんだよさっきから」
喜三郎は、娘の腰を指差しながら言った。
「ああ、これの事かそんなら大丈夫だ。おら、
子供の頃から海に入る時は素っ裸だしな、今日
はまだましな方だぞ上っ張り着てるからな。ア
ハハハ、村の男衆もおらの裸なんて子供の頃か
ら見てっから慣れたもんだ」
あきれ顔で、喜三郎は娘を見ていた。
「アハハハ、じゃねえだろお前は良くてもそん
な恰好で宿場に入ってみろ風紀を乱した角で
たちまち役人に捕まっちまうぞ。大体、お前の
家にはもっとましな着物は無かったのかよ、
これから旅に出ようって娘によくそんな恰好
で出したものだなお前の親父も」
喜三郎の、その言葉を聞くや夏はそれまで
顔に浮かべていた笑みを消すと喜三郎に詰
めよりその胸ぐらを掴むと言った。
「お父っちゃんを、悪く言うな飲んだくれの博
打好きでもおらにはたった一人の親だぞ。そ
れにおっ母ちゃんが死んで家にある金になる
物はみんな食べ物と変えっこしてしまった。
だから、おらの家にはなーんも無えんだよ」
喜三郎は、掴んでいる夏の手を振りほどき
ながら思っていた。家にいる時は、押し黙っ
ていたからてっきり内気な娘かと考えていた
が、こりゃとんだ食わせ者だ。裸同然の、格好
でも恥ずかしがる風でも無いしいっぱしの男
の胸を掴んで啖呵まで切ってやがる。だが、
今はそれはどうでも良い事で、兎に角この娘
の身なりをどうにかしないといけねえと思案
を巡らせたが、結局宿場の外れにあった古着
屋に娘を連れて行く事くらいしか思い浮かば
なかった。古着屋の女将に、適当に見繕ってこ
の娘に着させてやってくれと言って、店の外
に出ようとした喜三郎だったが振り向きざま
に女将に告げた。
「それと、見繕う着ものはこの店で一番安いの
で良いからな。じゃ、頼んだぜ」
四半刻程して、夏が店から出て来たがその
姿を見て正直喜三郎は驚いていた。
「こりゃ、ビックリだ。馬子にも、衣装とは良く
言ったもんだ色は黒いがいっぱしの町娘に見
えらあ」
あらためて、娘の顔を見ると確かに日焼け
した色黒に騙されて居たがジックリ見ると目鼻
立ちが整い特に頬の辺りから顎にかけての線
が細い、そう言えば清五郎も確かそんな事を言
って居たなと今になって思い出していた。
「俺が、まだ若い時分あの娘の母親を漁師の源
三と取り合った事があったんだぜ。ま、とどの
つまり源三の嫁になっちまったんだが今思い出
してもいい女だったぜこの界隈ではだれもが
知ってる別嬪だったからな。ほらよ、何とか小町
とか言うじゃねえかあの女はそんな感じだった
んだぜ」
娘の、顔立ちの良さは母親譲りって訳か海女を
生業としてたからかもしれないが肩幅の広いの
がちょいと気になるが、胸のふくらみや腰のくび
れ尻の形が何とも男をそそるものがあった。
「こりゃ、もしかしたら上玉に大化けするかも知
れねえな」
喜三郎は、別の意味で少し夏の事を見直してい
た。しかし、それはそれとして今夜泊る宿場を決
めなければならなかった。沼津宿か、その先の三
島宿にするか喜三郎は思案したが結局三島宿に決
めた。三島宿の先には、箱根の山越えが待ってい
る。朝一番で、出立しても箱根峠を超えるのは難
儀なことは解っている。少しでも、箱根に近づい
ておいた方が得策と考えたのだ。喜三郎と、夏は
夕暮れ近くには三島宿にたどり着いた。