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幕末大江戸奇譚  作者: 村上蘭
4/34

喜三郎の事






  四




   季節は、春から初夏に向かっている。この、


  漁村に似つかわしくない垢抜けた格好の男が


  砂に足を取られながら浜を歩いていた。男の、


  背中には旅で必要な物を入れてあるのだろうか


  風呂敷包みを丸めて網を掛けたそれを襷にかけ


  右肩には振り分けの荷物入れの他に、腰には竹


  製の水筒と煙草入れを下げている。いずれにし


  ても、軽装で随分と旅慣れたような風体の男だ


  が、どう見ても堅気では無さそうである。男は、


  袷の着物の胸に入れていた手ぬぐいを出して額


  の汗を拭いた。俯いた頭を、上げた刹那に菅笠の


  下の顔が見えた。四十前、と言う所か歳は取って


  いたが若い頃は随分と女を、泣かせたのではな


  かろうかと思われる程に端正な顔をしている。


  男の名は、喜三郎と言い生業はあちこちの貧乏


  な村に出向き、まだ年端も行かないその家の娘


  を江戸で一番と言われる遊郭の吉原に連れて行


  き金と引き換えに娘を渡す女衒と言われる者の


  一人で有る。




  「さて、ひと先ず挨拶だけでもしとくか」




   喜三郎が、この村にやって来た目的はもちろ


  ん若い娘を見受けしに来たのであるが、目当て


  の家に行く前にいつもの事だが済ませておかな


  ければいけない事があった。この辺りを、縄張り


  にする地廻りの親分に挨拶をしておく事だ。喜


  三郎は、まだ若い頃ずっと以前になるがこの根


  まわしをせず後々厄介な事になった苦い経験を


  持っていた。




  「失礼致しやす、こちらはこの辺りを取り仕切


  る山十の親分さんのお宅でござんすか」




   あちらこちら、聞きまわって喜三郎が地廻り


  のやくざ清五郎の家にたどり着いた時には辺


  りがもう薄暗くなり始めていた。応対に、出て


  来た男は歳の頃三十前後というところだろう


  か喜三郎の型通りの口上を聞くと「ちょいと、


  お待ちを」と言って奥に消えたが直ぐに戻って


  来ると喜三郎に告げた。




  「親分が、お会いになると申しておりやす」




   薄暗い廊下を、喜三郎は男の後についていっ


  た。通された所は、奥の六畳間で部屋の障子の


  前で膝まづくと男が言った。




  「源治ですが、お客人をお連れ致しやした」




   障子越しに、野太い声がした。




  「おう、源の字か早く客人に入って貰え」




  「へえ」




   喜三郎と、一緒に部屋に入ると源治と名乗っ


  た男は、直ぐに部屋から出て行ったが、廊下に


  息を殺して控えている気配を感じた。清五郎と


  名乗ったこの親分意外に用心深い性格の様で


  ある。「中々、油断ならねえ」と、清五郎の布袋


  さんの様に突き出た腹を見ながら喜三郎はそ


  う思っていた。六畳の部屋に置いてある行燈の


  明かりが明るく感じる所を見ると、外はすでに


  宵の口をとっくに過ぎている様だ。今になって


  喜三郎は旅の疲れが出て来たみたいで早々に


  切り上げ、今夜の宿を探さなくてはと清五郎の


  盃を貰いながらそんな事を考えていた。   















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