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幕末大江戸奇譚  作者: 村上蘭
3/34

夏の運命






  三




   この辺りは、波多崎はたさきと呼ばれ昔から伊豆いずの数


  ある浜の中でも一、二を争う程の好漁場こうりょうばと評判


  が高かった。源三は、もうずっと以前になるが


  この漁場で縦横無尽じゅうおうむじんに魚を追いかけ、誰よりも


  漁獲ぎょかくを上げていたのであったが、それも遠い昔


  の話になってしまった。今は、博打の方に娘を


  身売りさせるおろかな老いぼれでしかない。




  「まあ、大体話は解った。つまり、あれだどこ


  かの間抜けが賭場とばに出入りしてその挙句あげく大負け


  してその方に娘を取られるってえ訳だ」




   そう、言ったのはこの近辺の浜を一手に取り仕


  切る網元の惣兵衛そうべえだった。その、惣兵衛の前にきょう


  しゅくしてすわっているのは、夏の叔父の留吉だった。




  「へえ、大まかな話はそんな感じですだ」




   留吉は、あの騒ぎの後に源三の家で一部始終いちぶしじゅう


  を聞いた訳だが、海で夏の話を聞いた時の嫌な


  予感が、当たってしまったという事だった。源三


  の、賭場での負けは十両でご丁寧ていねい証文しょうもんまで取


  られているという始末しまつだった。




  「それで、相談てのは俺にその十両を肩代かたがわり


  してくれってんじゃないだろうね」




   留吉は、恐縮きょうしゅくして下げている頭をますます低


  くして答えた。




  「へえ、そのまさかの話でして網元しか頼る人


  がいなくて出張でばってきておる始末でして、正直


  なところ源三の事はどうでもええんです。身か


  ら出たさび、と言うやつなんでそれよかめいっ子の


  夏が可哀かわいそうで」



   網元は、くせ難題なんだいを持って来られると眉間みけん


  深いしわが寄るのだが、今日は特にその皺の数


  が上目遣いに惣兵衛を見た留吉の眼には普段ふだん


  より多く感じられた。




  「留吉さんよ、出来れば相談に乗ってやりてえ


  所だが、それは出来ねえ話だな」




   そう、聞いた留吉は網元ににじり寄った。




  「ど、どうして出来ねえんだべか」




   惣兵衛は、眉間の皺を元に戻すとゆっくりと


  なだめるように話し出した。




  「これは、内々(ないない)の話しと思って聞いてくれ。お


  前さんも、漁師だからわかっているとは思うが


  今年は年の初めから不良が続いているのは


  知っているだろう」




  「へえ・・・・」




   留吉は、神妙しんみょう面持おももちで返事をした。




  「俺の家も、今年は物入ものいりが続いてそれに不漁ふりょう


  がかさなりやがった。そりゃ、俺も夏の事はまん


  ざら知らねえ訳じゃねえから助けてやりてえの


  は山々なんだが無いそでは振れねえってとこなん


  だが、もう一つは源三の事だ。昔の、源三なら


  無理してでも貸してやったかも知れねえが今の


  源三ありゃだめだ。一度、浜でやっこさんがフラフ


  ラ歩いているのを見かけたんだが、その時の源


  三の眼ありゃあ漁師の眼じゃねえ根っからのあそ


  び人の眼になっちまってた」




   留吉は、もう何も言えなくなっていた。網元


  の、家の事情もうすうすうわさで聞いていたし今の


  漁場の状態も痛いほど解っていた。それに何よ


  り源三がどうにもならないくずになっているのは


  長い付き合いの自分が一番知っていた。




  「あの源三に、十両と言う金を貸してやった所


  で借金が倍の二十両になるのが落ちってとこだ


  ろう。それとも、留吉さんお前さんが貸した金


  の保証人にでもなってくれるかい、それなら話


  は別だがね」




   矛先ほこさきが、自分に向いて留吉はギョッとなって


  かぶりを振っていた。自分だって、かつかつで


  暮らしているのは源三のところとそう大差ない


  のだ。そんな、借金を自分が背負せおったら先行き


  家がつぶれるのは眼に見えている。



  「・ ・ ・ ・ ・」




   惣兵衛は、吸っていた煙管きせるの頭をコンと火鉢ひばち


  のすみにあてて中の灰を落とした。




  「返事が、無いならこの話しはこれで終わりと


  いう事になるけど、それで良いかい留吉さん。


  夏にとっては、可哀そうな事になるけど源三と


  言う男を親に持った夏の運命さだめとあきらめさせる


  しかないね」




   念を、押すように惣兵衛は言った。網元の、


  屋敷からの帰り道で留吉はふと足を止めた。


  留吉は、自分を責めていたが仕方が無いってこ


  とは百も承知だった。姪っ子、可愛さに首を突


  っ込んだ格好だったが結果こうなる事は自分で


  も解っていたような気がする。屑の父親に、ふ


  がいない叔父を持った夏が哀れであった。留吉


  は、思い足を引きずる様に梅の待つ我が家に向


  かってふたたび歩き始めた。









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