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幕末大江戸奇譚  作者: 村上蘭
2/34

放蕩のつけ




  二





   船着き場に、着くと三人は漁村ぎょそんを見下ろす高


  台にある網本あみもとの屋敷に、この日の獲物を持って


  行った。サザエや、アワビなどが殆どだったが


  梅と夏の二人がって来る物は、大きく形の良


  い上物じょうものが多いうえに若い夏は誰も潜れないよう


  な深場に潜れるので、他の者が獲れない一廻まわ


  は大きい物ばかりなのだ。それ故、網元の受け


  も良く手間賃てまちんも他の海女達より幾分いくぶん高く貰えて


  いた。叔父おじが、網元に貰った中から夏は手間賃


  をもらう訳だが、親子がなんとか暮らせる少ない


  がくの手間賃ではあるが、それでも夏にそう不足ふそく


  は無かった。獲物えものの中には、傷が付いていたり


  と売り物にならない物もある。そういう物は、


  叔父夫婦と分け合い夕食に使ったりしていた。


  貰った手間賃を、自分で縫った銭袋に入れ腰ひ


  もに結び付け傍らの魚籠びくを持ち家路を急いだ。




  「お父っちゃんの、酒の肴にアワビでもさばいて


  やんべ」




   父親に、酒を飲んで欲しいとは思わない夏だ


  ったが、その酒を如何にもうまそうに飲んでいる


  父親の姿を見るのは嫌いではなかった。源三と


  夏が、住んでいる辺りも他の漁村と同じく海か


  らそう遠くない場所に在る。身を寄せ合うよう


  に、小さな家が密集している所だった。その狭


  い路地の、奥まった所に夏の家はあるのだが


  見ると入り口の板戸いたどが開いている。




  「お父っちゃん、また閉め忘れて出かけたか」




   そう思いながら、夏が家の中に入るとドキッ


  として立ち止まってしまった。薄暗く、小さな


  土間に見知らぬ男たちが二人立っていた。一


  人は、目つきが鋭くせて背の高い男でもう


  一人の方は、対照的に背が低く太って顔など


  はテラテラとあぶらぎっている。着物の、合わせ目


  から匕首あいくちつかが見えていた。人相風体で、一目


  で堅気かたぎではないと解った。




  「やっと、お姉ちゃんのお帰りかい」




   そう言うと、夏をジロジロと品定めするよう


  な眼で頭のてっぺんから足の先までめるよ


  うに見て、ニヤニヤと薄ら笑いをしているのは


  太った方の男だった。夏は、体に自然と鳥肌が


  立っていたが、逃げ出したくても自分の家だけ


  にどうする事も出来なかった。おもむろに、痩


  せた方の男が狭い板張いたばりの部屋で借りて来た


  猫のようにうなれている夏の父親に向かって


  言った。




  「じゃあ、源三さんよ俺たちはこれで帰るけど


  娘にはよく因果いんがふくめとくんだな。まかり間違


  っても、逃げ出すとかの妙な了見りょうけんは起こさねえ


  こった。もし、そんな事しやがったら草の根分け


  ても探し出して見つけた後は、どうなるか解っ


  てるよな」




   男は、ギスギスとした声音こわねおどし文句を告げ


  た。うな垂れながら、「へえ」とだけしか答える


  事が出来ない父親と男のやり取りを土間の隅


  で見聞きしていた夏だったが、男たちがようやく家


  から出て行ったのを確かめると源三に言った。




  「お父っちゃん、あいつらは何だ。因果を含めと


  けってどういう事だ」




   源三は、夏の問いには返事せず黙ったまま一


  点を見つめていた。




  「なあ、何で黙ってんだ話してくれ」




   突然、源三は土間に降り地べたに頭をすりり付


  けるように土下座どげざした。




  「すまねえ、おめえを博打のかたにしちまった」




   大声で、わめき突っ伏したまま顔を上げる事が


  出来ない源三だった。




  「・ ・ ・ ・ ・」




   源三の、突拍子もない様子にうっかり手の力


  が抜け、夏は持っていた魚籠びくを落としてしまっ


  た。土間には、落ちた魚籠から中に入れていた


  物がゴロゴロと転がりだしそこら中に散らばっ


  てしまっている。騒ぎを、聞きつけた近所の者


  が何事が起きたのかと三々五々(さんさんごご)集まりだしたの

  

  だが、様子をうかがっているものの声を掛けるのを


  はばかって只々見ているばかりであった。















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