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危機的状況においてまた一段、別次元の驚きに胸が爆ぜるのを感じた。と同時に、納得する部分もあった。三神さんは色々と詳しすぎるのだ。村の内情に関しても、外の世界にはほとんど広まっていない伝承の裏表についても、異常なほど知り過ぎている。だが彼の生業を思えば、立ち会う現場は土地そのものであり、範囲としては日本全国にまで及んでいる。彼の年齢と実績を考慮すれば、さもありなんと受け入れる事もそう難しくはない。しかし改めて聞けば、やはりかとも思ってしまう。
…三神さんも、この村の関係者だったのだ。
「簡単ではないなぁ」
あくまでも軽妙な口調を崩さず、三神さんは言う。
「カナメの放つ呪いを押さえ込んでいる小夜さんたちの封印は、強力な思念を永続的に重ね続ける荷重式の多段階圧迫法なのだ。おことさんがいない今…」
講釈垂れてる暇なんかないぞ!
三神さんの言葉を遮って坂東さんが声を荒げ、次いで、
「津宮ぁ」
と、玉宮さんが辛そうな声を上げた。津宮さんは風呂敷からアルミホイルに包まれた食べものを取り出して、玉宮さんの傍らに跪いた。
そこへ、秋月さんがめいちゃんと共に玉宮さんの隣へと移動する。秋月さんは、椅子に腰かけたまま立ち上がる事も出来ない玉宮さんの左手に自分の右手を重ね、治癒の施術を開始した。そしてすぐさま、
「うん?」
鼻腔を刺すような臭気を感じ、秋月さんが顔を上げた。めいちゃんが両手で鼻を押さえる。
「失礼するよ」
津宮さんがアルミホイルを開け、玉宮さんが中のものに喰らいついた。
それは、いまだ濡れたように赤黒い血に光る、獣の生肉であった。
冬場とはいえ長時間室内に放置され、あまつさえ匂いを放っているそれは、決して新鮮とは言えないのかもしれない。しかし玉宮さんは、魔物と恐れられし片鱗を垣間見せた。津宮さんが差し出したそのアルミホイルの中身に、手も使わずにガブリと噛り付いたのだ。タイミングが今でなければ、誰もが恐怖に声を上げた瞬間だっただろう。だがしかし、顔面を蒼白にしながら人目をはばかるように目を閉じ、赤味の生肉を頬張る玉宮さんの姿は、やはりどこか悲しく僕たちの目には映った。運命に抗いながらも必死に生きようと、村の存続を背負い続けた裏神嘗の申し子なのだと、まざまざと見せつけられたような気がした。
ふと、玉宮さんが目を開けて秋月さんを見た。顔を伏せ、治癒に専念する彼女の頭を数秒見つめて、
「お前…」
と、玉宮さんが呟いた。
何かが来た。
波のような、うねる空気が足元に這い寄り、それは僕たちのいる部屋で一気に膨れ上がる。
何が起こったのか、何をされたのかも分からなかった。
言うなれば、一瞬にして部屋の中が温水プールの水で満ちた、そんな感覚だった。
手足の自由を奪われ、息苦しい程の重圧に誰もが前後不覚に陥った。
「隣の部屋まで来たぞ、オッサン!」
突如坂東さんがそう叫び、眼鏡を額の上に持ち上げた。
その時、僕は信じられないものを見た。
坂東さんがこの場に似つかわしくない行動に出た。目を、閉じたのだ。
だがその瞬間、眉間に刻まれた縦皺がパクリと横に裂け、中からギョロリと蠢く瞳が現れたのである!
坂東さんは異常なる重圧の中でゆっくりと前に一歩足を踏み出し、眉間に開いた第三の目を隣室へと向けた。
バチチッ!
一瞬、小さな稲妻を思わせる音とともに室内を赤い閃光が走り、僕たちに纏わりつく重苦しい空気を切り裂いた。隣室まで来ていた何者かの気配が、裏庭へ後退するのが分かった。
坂東さんは両膝に手をつき、こめかみに大粒の汗を浮かべてあえぐような呼吸を繰り返している。
今、自分が見たものが信じられない。この世に、本当に第三の目を開く人間なんかいたのか!
「一瞬しか無理だ、俺の力じゃ強烈な呪いの力には対抗できない。…種類が違い過ぎるんだッ」
吐き出すようにそう言った坂東さんは、今にも前のめりに倒れ込みそうな程疲弊しきっていた。
第三の目。誰もが易々と触れる機会のあるものではない為、便宜上そう呼びはしたものの、本来『第三の目』とはスピチュアルの要素が多分に含まれている。いわゆる『第六感』とか『覚醒』の意味合いで多く使われ、精神世界における別次元の段階と捉えられがちである。しかし坂東さんのそれは、物理的ではないという一点に置いて似ているものの、もっと単純な能力だそうだ。
幽界眼(幽眼)と呼ばれるその目は、局所的に開いた霊道であるという。
つまり、彼の額に開くその目は坂東さん自身のものではないのだ。何故そこに開くのか、そこから覗く目は誰のものかという疑問はいまだ解明されないものの、坂東さんが幽眼を開く時、その奥に潜む何者かもまたこの世を見ているということだ。まるで有名なニーチェの一節ではないかと訝しむのは容易い。しかし実際自分の目で見てしまうと、とてもじゃないが笑い話になど出来ない。
「一瞬でも十分だ、助かった」
三神さんがそう言い、MA-1の懐から法具である数珠を握って取り出した。




