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文乃さんの…曾祖母?
玉宮さんが?
僕が驚いて見やるも、玉宮さんは特にこれといった表情も浮かべず、目を細めて何か別の事を考えている様子だった。僕は三神さんに視線を戻し、聞いた。
「この村の出身なんですか、文乃さんは…」
実際に、この村で文乃さんが過ごした期間はごく僅かなのだという。
だが彼女の存在自体は村でもよく知られ、次期玉宮の当主として期待されるだけの霊力を、幼少より発揮していたそうだ。
下告村は、閉鎖的な村であったがゆえに近親婚を否定していた。血が濃くなりすぎると、己の保持する霊能をかえって制御できなくなると考えられていたようだ。しかし、両家の当主は代々村を守る役目として一切の外出を禁じられ、恋愛を楽しむ余裕などなかった。そこで行われた婚姻の形式は主に見合いであったが、これも伝承の一つとして固く守られてきた事柄の一つに、当主は必ず女性でなくてはならないとされてきた。その為、当主の子として生まれた娘は早くから婚姻関係を結び、女児が生まれるまで出産を繰り返したそうだ。若くして女児が生まれてくれば御の字、努力実らず男児が生まれた場合は、その後何度でも妊娠を迫られたそうである。その点、小夜さんは幸運だと言えた。娘である那周乃と名付けた娘を産んだのは、彼女がまだ十八歳の時だったそうだ。
「待ってください」
と、辺見先輩が三神さんの話を遮った。
「まあ、待ちなさい。お前さんの言わんとしていることは、分かっておる」
「だって」
「何故、若くして娘を産んだ小夜さんが、今もって当主であり続けるのか。そうだな?」
そうなのだ。失礼ながら僕は、この村を訪れて玉宮さんや紅さんと出会った時、姓が違う為に姉妹であることに気が付かなかったし、彼女達が結婚していることすら知らなかったのだ。そんな玉宮さんが十八という今の僕より若い年齢で子供を産んでいたのなら、何故いまだに暴食を繰り返さねば身に危険の迫る式神など、体内に宿す必要があるのだろうか。
「娘である那周乃さんが成人を向かえたと同時に、小夜さんが村の外へ逃がしたんだよ」
答えたのは、津宮さんだった。
「小夜さん、いいかな?」
津宮さんは傍らに腰かける玉宮さんに、話をする了承を得ようとした。だが玉宮さんは答えず、別の考え事に意識を取られたままだった。やがて津宮さんは一瞬だけめいちゃんを気にする素振りを見せた後、そのまま説明を続けた。
「小夜さんが三十八、那周乃さんが二十の時だ。その後小夜さんは、お守りの家としての責任をとって、今の姓である玉宮さんという男性と結婚した。最初の旦那さんは、この時既に他界されていたんだ。だけど、その玉宮さんとの間には子が出来なかった。本来であれば、因習に乗っ取り那周乃さんを呼び戻すのが筋だったんだが、小夜さんはそれを頑なに拒んだ。何故なら那周乃さんは村から出される時、既によその街の男と間に子をもうけていたんだ。それが周りに知れれば当然村の習わしに引きずり込まれる。小夜さんのこの母心は、当時村中で大騒ぎとなった。そうだね、水中さん」
水中さんは話を振られて顔を上げるも、その表情はどんよりと暗かった。その理由は、昨日今日村の存在を知った僕にでも、容易に想像する事が出来た。
「四十年以上前の話さ。当時私は年端も行かない子供だったが、こん時の小夜さんを見て、格好良いと思ったもんだよ。ただ、ねえ…」
カビの生えた古臭い村の掟よりも、『子供の将来を思いやった母心』と言えば聞こえはいいが、水中さんの立場からすれば嫉妬を禁じ得なかっただろう。当主の子であったから容易に村から出る事が出来たとすれば、代々紅家の補佐役として生きることを義務付けられてきた水中さんにとっては、歯噛みする思いも当然あっただろう。
津宮さんは水中さんの心の傷を抉ってしまった事を後悔しつつも、静かに話を続けた。
「その後、那周乃さんはよその街で子供を産んだ。その子の名前は聞いていない。ただね、不思議なことが起ったんだ」
「ワシが話そう」
三神さんが手で制し、津宮さんの話を引き継いだ。本来であればこの村の出身である津宮さんや水中さんから語られる話が最も信憑性が高いのだが、何故だか津宮さんは少しほっとしたような顔で頷き、身を引いた。
三神さんは言う。
「年齢的な話をするのは野暮だと思うが、小夜さんの娘である那周乃さんが子を産んだのは二十歳の時だと、ワシも聞いている。そしてその時生まれたのが、新開くんたちが良く知る、西荻のお嬢の母上だ。彼女もまた二十歳の若さで、文乃嬢を産んだとされる。ええっと、何年前になるのかな?」
「文乃さんは、今年で二十四歳だそうです」
僕の返答に、
「二十四年…。もう、そんなにか」
と、津宮さんが独り言ちた。
玉宮小夜さんは十八で子を産んだ。
その娘、那周乃さんが二十で子をなした。この時小夜さんは、三十八。
那周乃さんの娘さんがやがて二十歳で子を産む。この時小夜さんは、五十八。
現在その時生まれたとされる文乃さんは、二十四歳だ。つまり玉宮小夜さんと紅おことさんの姉妹は、今年で八十二歳ということになる。確かに、文乃さんの曾祖母という話は年齢的な点だけで言えば破綻しない。
「だが、年月を経てこの村に戻って来たのは、那周乃さんの娘さんではなく、那周乃さん本人と孫である文乃嬢だったのだ」
三神さんの言葉に、それが何故なのかとは誰も聞かなかった。
聞かなくても、大体の想像はつくからだ。
「那周乃さんの思惑としては、お守りの家を高齢でつとめ上げる母、小夜にさんに対する親孝行だったのだと思う。だが、今更になって小夜さんはがそれを受け入れるはずもない。西荻のお嬢が数年しかこの村にいなかったのは、その為だ」




