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「しもつげむら」   作者: 新開水留
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[19]

「お前さん方はもしかして、玉宮や紅の家が、何の為に自らの身の内に式を飼っているのか、それすらも聞いたことがないのか?」

 問いただす三神さんに対し、津宮さんは感情が抜け落ちたような顔で、

「…はあ?」

 そう声を漏らした。今さら何を言っているんだ、そういう気持ちなのだろうか。意外なほどに冷静な口調で、津宮さんはこう続ける。

「さっきあんたが言った通りだろう。もともと大昔、この村にいた姉妹にはとんでもない霊能が備わっていた。小夜さんたちはそれを受け継いだのだろ。つまりは遺伝だよ」

 すると三神さんは珍しくイライラした様子で、首の後ろを掻きながら言った。

「一体何百年前の話をしとるんだ。お前さんが言うとるのは伝承の発端の話じゃないか。ワシが聞いておるのは何故、小夜さんとおことさんが今もって式神を飼い続けているのかという事だ! あれらは決して人の味方なんぞではないし、ましてや遺伝なぞしない、術者が命を懸けて行う奇跡の御業なんだぞ!」

「危険なことくらい知ってるさ!毎日小夜さんが平らげる食事を用意しているのは他でもない。この私なんだ!」

「良いだろう。お二方がこれまでおことさんや小夜さんに対し、誰よりも近くで生きて来たと自負するのであれば敢えて聞こう。なぜ、そこにいる秋月が定期的にこの村に訪れていたのか、お二人は説明ができるかね」

 三神さんがそう言った時、水中さんは初めて背後の秋月さんを意識したように体をビクつかせた。彼女が秘めていた本音を吐露する間も、秋月さんはずっとそこにいた。だが水中さんが秋月さんの存在に気が付いたのは、今だった。水中さんは顔を真っ赤にして俯き、そして津宮さんは三神さんから矢継ぎ早に発せられる質問に、ただただ混乱している様子だった。

「秋月はおことさんに頼まれ、彼女の代わりに、カナメ石にとある呪術を施していたのだ。何かそれに近いようなことを聞いたことはないか?」

 水中さんがゆっくりと顔を上げて、三神さんを見た。

「…修繕のことですか?」

 三神さんは頷き、「その通り」と答えた。

「ただの修繕ではないぞ。井戸の手入れや掃除、単なる補修作業であれば水中さん、あんたが任されていたはずだ。だがそこの秋月は半年に一度、ある呪物を用いてカナメ石に霊的なる修繕を施していたのだ。村を訪れているのも、浜辺に店を構えているのもその為だ」

 呪物? 僕はどこかでそのフレーズを聞いたことがある…。

 津宮さんの見開いた目が、秋月さんを見た。その表情から察するに、彼もまた水中さん同様、真実を知らされていなかったように僕の目には映った。

 玉宮家がそうであるように、まるで村の玄関口を守るように不自然な立地に建てられた、海に浮かぶ喫茶店。三神さんと初めて店を訪れた、不自然なこのタイミングで下告村へ向かうよう依頼されるに至った、秋月さんと村の関係。それらの答えは、この時の三神さんの言葉に集約されているように思えた。

 紅家の裏庭にある井戸の修繕、全ては、その為だったのだと。

「本当は、年に一回で良いはずだった」

 と、秋月さんが自ら切り出した。

 顔を覆っていた両手で頬の涙を拭い、気丈に振舞いながら彼女はこう続けた。

「だけどここ数年、おことさんが年齢を重ねるにつれて、力のバランスが崩れ始めたの」

 力の、バランス…?

 秋月さんの目が、僕と辺見先輩を見た。

「この家に初めて来た時、気付いただろ? この家が、正面から見て右側に傾いているってこと」

 確かにそうだ。僕は気のせいかと思っていたが、やはりこの家は少しだけ傾いていたのだ。

「本当は、奥側へ傾いていくんだ。右ではなく、奥へね。その意味は、分かるよね?」

 玄関の前に立って正面は、短い廊下の向こうにダイニングキッチン。

 その右側には今僕たちのいる、和室。

 その隣室は、玄関から見て奥側。おことさんのいた部屋があり、さらにその奥にあるのは、庭だ。

「井戸、ですね」

 辺見先輩の答えに、秋月さんは頷いて、言う。

「私とおことさんでなんとか戻そうとするんだけどね、術を使う人間の癖なのかな。手前に引き戻せずに、どうしても右側に傾いていってしまうんだ。それほど、相手の力が強いってことなんだけど。なんとかかんとか、それこそ先生がいつも用立ててくれる呪物の力も借りないと、もう太刀打ちできない所まで来てるんだよ」

 思い出した!

 秋月姉妹の営む喫茶店、そのレジカウンターに、三神さんは紙袋に入ったそれを置いた。何が入っているのかと尋ねた僕に、三神さんはこう答えたのだ。『俗に言う、呪物の一種だよ』、と。

「相手というのは…誰なんですか?」

 辺見先輩の問いに、秋月さんは唇を結んで、視線を外した。

「カナメ石だ」

 代わりに、そう三神さんが答えてくれた。

「長年この村で紅家とともに生きてきた水中さんが、よもや伝承を正しく受け継いでいないとは、このワシでさえ夢にも思わなんだよ。水中さんはおそらく、カナメ石を誤解している。津宮さん、あなたもそうだ。カナメ石は霊能をまとった単なる即身仏ではない。いわば、まだ生きているのだ」


 生・き・て・い・る?

 

 三神さんは言う。

「毎年十月に執り行うこの村の祭祀は、そもそも井戸の下の魔物を鎮めるためではない。村に伝わる伝説としての魔物ではなく、実際は、姉妹の先祖によって殺されたカナメの呪いを鎮める意図が秘められている。その昔、村中の人間を全て呪い殺さんばかりに霊力を放出し続けて死んでいった男の力を、今日に至るまで抑え込んで来たのが小夜さんたちなのだ。もちろん祝いの祭事などではない。だからこそ、裏神嘗(ウラカンナメ)歪神嘗(イビツカンナメ)と呼ぶのだ。…この村は当時、下告村(しもつげむら)と呼ばれるよりはるか以前はこう揶揄されていた。…死を告げる村。しつげむら、と」

 水中さんが、全てを理解したように、震える両手で顔を覆った。

「あの姉妹はずっと、カナメの呪いから村を守り続けているんだ。水中さん、あんたはそうと知らず、村の均衡を崩そうとしていたのだよ。カナメ石の結界を解けば、確かに彼はただの死体に戻るかもしれない。だがそれと同時に、今も生き続ける呪いによって村人全員が祟られて死ぬぞ。だからこそ、今でもこの村には若人を留まらせないでいるのだ。先人の残した苦肉の策と言えよう」


 カナメもまた、魔物なのだよ…。



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