この中に裏切者がいる!
日が暮れる前にと早めに移動を切り上げて、野営の準備に掛かる。
そう時間がかからずに、西日が差す中カラフルな円形の天幕がいくつも広がりはじめた。
みんな手馴れたものである。
野営の準備が滞りなく行われたのを確認すると、その天幕の一つに顔を出す。
そこには、夕ご飯の用意をしているアレクシスを見つけた。
ほかの料理番をしているルダスの子達を下がらせて黙々とにんじんの皮を剥くアレクシスの近くに寄る。
「さっそくだけど今夜、勝負に出ましょう。いつまでも危険な人を野放しにはできないもの」
私がそう問いかけるとアレクシスはその柔和な笑顔を浮かべた顔をあげて私を見る。
「勝負ですか?」
「聞いたわよ、ルダスに合流する前まで、王子を3人体制で守っていたそうね。3人体制なら、一人が裏切り者でも二人掛かりで取り押さえられるから」
「その通りです。3人体制でクリス様をお守りし、どうにかここまで無事にこれました」
「そうね。でも、いつまでもそれだと面倒でしょう。だから、勝負に出る。まずは貴方達の見張りを外してもらう。そうすれば、裏切り者は動くかもしれない」
「たしかに、そうかもしれませんが、そうすればクリス様の身が危険では?」
そう言っていつもの笑顔を浮かべてはいるが、眼光が鋭い。
坊ちゃんの危険に敏感のようだ。
「問題ないわ。うちの護衛は優秀よ。隠れて側にいてもらう。裏切り者が襲ってきたときに、取り押さえてみせるわ」
私がそういうとアレクシスは、アレクシスは手に持って居た人参と包丁を置いて、顎に手を置く。
しばらくして考えがまとまったのか、頷いた。
「……なるほど。わかりました。貴方の番犬のローベルトという方は、かなり腕が立つようですから、信頼しましょう。ですが、グンデ殿はその話を了承してくださらないかもしれません。小さい頃から面倒を見ていたのもあって目に入れても痛くないという可愛がりぶりです。危険だとわかって囮のようなことはさせません」
「そうね。だからグンデではなくて貴方に言ってるのよ。クリスが、護衛なしで寝所に居させる流れを私が作るから、貴方はそれをグンデに納得させて欲しいの。お願いできるかしら?」
「わかりました。たしかに、いつまでも追われるのは疲れましたので、ここで勝負に出るのは悪くありません。協力しましょう。ですが、殿下の身は必ず守ってくださいね」
「当然よ。その点は心配しないで。心配するのは、裏切り者がなかなか出なくて焦れったい思いをすることぐらいね」
「貴方がそうおっしゃるなら、信じます」
そう言ってアレクシスはふっと微笑を浮かべると、再び人参を手に取って皮むきを始めた。
話はこれで終わりとばかりに私もその場を離れようとおもったのだが、アレクシスのの包丁さばきが思ってよりも手馴れて居るのを見て目を丸くする。
この人、大貴族のお坊ちゃんなのに、料理なんかするのか。
「手馴れているのね。料理が趣味だったりするの?」
「ええ、最近、料理を始めたんです。特にお菓子作りにはまっておりまして」
「そう、良い趣味ね。ルダス一座の生活の基盤を整える仕事を行う昼組の長を後で紹介するわ。ジークというの。あなたのこと気に入りそう」
ルダスでは、夜伽や芸を見せる者達を夜組。そのほか裏方職を専門に行う者達を昼組と呼んでいる。ジークはその昼組のトップだ。
毎日の食事はもちろん、備蓄の管理から、一緒に旅する馬の世話なども含めて生活の全般を担当してくれる。
「ああ、その方でしたら、すでに挨拶はしましたよ。執事服を着ていらっしゃる方でしょう?グンテ殿と同じぐらいの年齢のようですが、落ち着いた雰囲気のカッコいい方ですよね」
そうそう。もうジークったらすでに目をつけていたか。
アレクシスは手先とか器用そうだし、昼組と相性が良さそう。
「そう。もう挨拶は済んでいたのね。良かった。貴方への仕事は主にジークの仕事をお願いすることになると思うからよろしくね」
私はそういって、その場を離れた。
ーーーーー
ルダスの昼が移動のために費やされるとしたら、ルダスの夜のほとんどは練習のためのもの。
踊り、音楽、歌唱、詩歌、手技……。
ルダスに必要なさまざまなことの練習だ。
ここ最近は、スプリーン王国の成人の儀のための催しの練習にあてられている。
ふわりとした薄手の長い布を身にまとって、蝶のように舞うルダスの踊り子達を見ながら、成人の儀の催しについて考える。
当初の予定と違って、王子を連れてくる流れになった。そのためいくつか流れを変更する必要性が出てくる。
城についたと同時に王子を返すだけでは、王子を最後まで守れない。
成人の儀の開催ギリギリまで身柄の安全を確保しないと……。
「だーかーらー俺は覚えてないんだって!」
今後の予定を組み直して居た私の耳に、その予定を狂わせた張本人の声が聞こえて視線を移す。
踊り子達の踊りを肴にお酒を飲んでいたらしいクリス坊や御一行の面々だ。
君の成人の儀の踊りがすでに主役に見られている状態だけど、もうそんなこと気にしていられないのでしょうがない。
そんなクリス坊やは昨日私と何かしたかもしれない疑惑で、護衛の人たちにからかわれているらしい。
王族の第二王子だというのに、臣下との距離が近い。これが、天真爛漫系愛され王子ってやつなのだろうか。
きっと、臣下だけでなく、民にも分け隔てなく接する性格なのだろう。
だからこそ、兄王子より弟王子を国王になんていう声が出る。
今日一日ルダスの仕事を手伝わせて見たけれど、最初に私にぶつくさ文句を言っただけで、あとはまじめに働いていた。
王子としてちやほやされていた割には素直な性格をしている。
私はクリスから視線を外して再び踊り子たちに顔を向けるとパンパンと二回手拍子を打った。
少し早いけど、と前置きを置いてから踊り子たちの練習を切り上げる。
これからやることがあるからね。
ちょうどその目的の人物たちが踊り子の踊りにつられて見物に来ているみたいだし。
そう思いながら私はニッコリ笑ってクリス御一行に歩み寄る。
「今日は、たくさん働いてもらったつもりだったけれど、まだまだ余裕そうね?」
私がそう声をかけると、談笑中のクリス御一行がこちらに顔を向けた。
ほとんどにこやかなものだったが、クリスだけムスッとした顔で私を睨む。
私はそんな生意気なクリスの方に歩み寄る。
「あら、なんだか不服そう。言いたいことがあるならおっしゃい」
「別にない」
というので、私はクリス坊やのその不機嫌そうにしている鼻を摘んだ。
「んが、な、何すて……」
鼻を摘まれくぐもった声のクリスがそう抗議の声をあげたので大人しく手を離す。
「私の前でその仏頂面を見せるのは禁止よ。わかった?」
そう言って鼻を開放すると、クリスは不満そうに鼻を鳴らしたが無視して周りの護衛に視線を向ける。
「皆さんとは改まって挨拶するのは初めてね。グンテさんから聞いてはいるけれど、改めてお名前を伺ってもいいかしら」
私がそう言って、王子の護衛の3人一人一人に目線を合わせる。
先ほど王子と楽し気に会話をしていたけれど、この3人の中に裏切者がいるのだ。