商談
お爺さんが人払いを要求したので、護衛のローベルト以外のルダスの子達には外に出てもらった。
ここにいるのは私とローベルト、眠りこけてる坊やご老人、そしてもう一人、銀髪の青年の5人。
意外だったのは王子御一行のうち、3人も外で待つように言われたことか。
「別に貴方のお仲間が何人いても良かったのよ?」
「これで良いのです。あまり聞かれたくない話がございましてな」
ふーん?
仲間にもきかれたくない話があるってことか。これはこれは予想よりも厄介な話になりそう。
「そう、色々と込み入っているのね。それじゃあ、早速話してくださる? あなた方の事情というのを」
私がそう促すと、お爺さんが目を瞑りここまで来た経緯について話し始めた。
◆
現在眠りこけているクリス坊やは、読み通りスプリーン王国第二王子のクリスティアン殿下、十五歳。
十五歳のクリスティアン殿下には五つ上の兄上ユーリアス殿下がおり、現在その兄上と王位継承争いの真っ最中。
ここに来た理由を簡単にいうと、次の後継者争いで命を狙われここまで逃げて来たらしい。
「おかしいわね。王位継承争いなんて、そんな話初めて聞くわよ。確か、スプリーン王国の次代の王陛下は、第一王子のユーリアス殿下でほぼ決まっていたでしょう?」
そう言って私は眉間に皺を寄せる。
私は6ヶ月前、第二王子の成人の儀の余興を引き受ける際の商談でスプリーン王国に滞在していた。
その時は継承争いの影も形もないぐらい実に平和な国だった。
「よくご存知ですな。その通りです。クリスティアン殿下におかれてもゆくゆくは臣下として下り、ユーリアス殿下をお支えする予定でおりました。しかし、4ヶ月ほど前から劇的に状況が変わったのです」
四ヶ月ほど前か。私が立ち去った後だ。
何か荒れるような事件があったのかな。
「何があったの?」
私がそう尋ねると、お爺さんではなくその隣に座っていた青年がにっこりと微笑みつつ口を開く。
「三大貴族の一角のケイマール伯爵家がクリスティアン殿下こそが王にふさわしいと主張して後ろ盾となりました。それに合わせて、同じく三大貴族の一角であるカルバネア伯爵家がユーリアス殿下を支援することを表明し、国内の派閥を二分する大きな争いに発展しようとしているのです」
「何故、ケイマール伯爵家は第二王子の後ろ盾になると表明したの?」
「第一王子が、第二王子に毒を盛られたのです。その際、ケイマール伯爵家の一族の一人が巻き込まれまして。お二人とも一命をとりとめましたが、とても危険な状態でした」
青年がそういうと、爺さんも頷く。
スプリーン王国の三大貴族の一角であるケイマール家は、国の第一宰相を輩出する超上級貴族。能力もさることながら、国への忠義心の厚さも本物と聞く。
同じ王家の者だとしても、王家に害をなしたということで第一王子が睨まれる結果となったわけか。
しかもケイマール家の者も巻き込んだというのならなおさらだ。
「クリスティアン殿下は、ああ見えて王国内では人気があります。もともとあまり評判のよくない第一王子より第二王子を次期国王にという話もありました。そして今回の事件で、卑劣な手を使って実の弟を手にかけようとした第一王子よりも第二王子を国王にという機運が高まってしまったのです」
なるほどね。実の弟に毒を盛ったという醜聞は良くない。
でも、第一王子さすがにバカすぎない?
もともと第一王子が国王になると決まっていたのに、わざわざそんなことをするなんて。
第一王子には、たしかにいい評判は聞かないけど……。
私が以前、スプリーン王国で正式に余興を引き受けるとなった際に、次の国王は自分です、みたいな得意げな顔をした第一王子がいたのを覚えてる。
私のことをめちゃくちゃエロい目で下から上までたっぷりと見ていたっけ。
髪の色は今ここで眠っている殿下と同じ夕日のような橙色だけど、顔の印象は似ていない。
意地悪そうというか、神経質そうというか。まあ、エロ目だったからかもしれないけど、あまりいい印象はなかった。
「第一王子は本当にクリスティアン殿下に毒を持ったの?」
「ユーリアス殿下の部屋に、使われた毒と同じ毒がございました。状況的にも、ユーリアス殿下しか毒を盛れない状況です。しかし、ユーリアス殿下は否定してはおります」
「まあ、否定はするわよね」
そう相槌を打って、続けてと視線を向ける。
「次の王を第二王子にするという話が浮上したことで、焦燥を覚えたユーリアス殿下は刺客を放つようになりました。息子の命の危険を感じた王妃ベリアンテ様が、国外に逃げるようにとおっしゃられてここまで参ったのです」
第一王子は開き直って弟を確実に殺そうとしたわけか。
確かに、弟がいなくなれば継承争いは起きない。
まあ、その後の治世はままならないだろうけど。
そして、そんな色々と込み入った事情を抱えた第二王子御一行が、何故ルダスに来たのかがわかって来た。
ベリアンテ様か……。
なるほど、それで色々理解した。スプリーン王国のベリアンテ様と母は友人関係にあった。
そこから母に話が飛び母が私に押し付けた訳か。
しかし、それは悪手な気がするんですけど母上。
「貴方達の目的は、このまま王子を保護して国外へ脱がすことでしょう? 残念だけど、私達はこれから成人の儀のためにそのスプリーン王国のお城に行くのよ。……まあ、中止になるのかもしれないけど、それでも行かなければならないわ」
私達が、成人の儀が事前に中止になることを知ってるのもおかしいので、どちらにしろ入城しなければならない。
そうなると、ルダス一座を隠れ蓑にして国外に逃げるというのは無理がある。
だって、私たち今からスプリーン王国の王都に向かうし、通り道に第一王子の直轄領であるグリンセル領を通る予定だ。
敵地ど真ん中を通ってく感じなる。
「もちろん、承知してます。だからこそ、お願いしたいのです」
そう余裕の表情を浮かべる青年にどういうことと視線で先を促す。
「スプリーン王国の法律では、成人になれば本人の意思で相続の破棄を申し出ることが可能になります。クリスティアン様はその成人の儀の際に、王位継承権を破棄するおつもりです。そうすれば、王位継承問題も解消され、それを発端とする内乱を止めることもでき、兄王子の気持ちも落ち着くだろうと……そう殿下はお考えなのです」
えー? そんなんで気持ち落ち着くー?
まあ、でもクリス殿下的には、こっそり城に戻って何食わぬ顔で成人の儀に参加して、王位継承権を破棄したいってことね。
それなら、確かに。これから余興ということで城に向かうルダスの中に紛れるのが一番かもしれない。けど……。
それに、そうなれば成人の儀の余興が中止にならずに済む。
この仕事は今後のルダスを左右する大きな仕事だったから、できればやり切りたい。
「なるほどね。坊やの事情は色々わかったわ。けど、それを手伝う旨味はいかほどなのかしら?」
私は長い足を組み直して不敵な笑みを浮かべてそう言った。
王族の問題ともなれば、リスクも高い。成功報酬はそれなりに弾んでいただかないとね。
私の言葉にお爺さんが懐から何か家紋が彫られた短剣をかざした。
「わしはグッドガル家に代々仕えておりますグンデと申す者です。王子の身を守るためにお側におります。無事にクリス様を成人の儀までお連れくだされば、グッドガル家から望みのままの謝礼をさせていただきます」
目をすがめて、グンデが掲げたペンダントに彫られた紋章を見る。確かに、間違いなくスプリーン王国の三大貴族の一角グッドガル家の家紋。
両王子の母親であり王妃であるベリアンテ様はグッドガル家の姫だものね。
この派閥争いで中立的な立場でいられる三大貴族だ。
「なるほどね。……それでは、貴方は?貴方もグッドガル家?」
色々と事情が見えて来た私は先程から何考えているのか読みにくいニコニコ顔の青年を見た。
「私は、アレクシス=ケイマール。ケイマール伯爵家のしがない六男で、先の毒殺未遂事件の折には巻き込まれて毒を盛られたものになります」
ケイマール家?騒動の渦中の伯爵家じゃないか。
ちょっとばかり驚いたけれど、どうにか顔に出さずにアレクシスに微笑みかける。
「へえ、貴方が。大変だったわね。でも、ケイマール家は、第二王子が国王になるのをお望みなのでしょう? どうして彼らと一緒にいるの? 殿下は、継承権を破棄するおつもりのようだけど?」
私がそう確認すると、アレクシスは困ったように微笑んだ。
「私は、年齢が近いこともあり、小さい頃から友人として殿下の面倒を見ておりました。弟のようにも感じております。彼が、そうしたいと思うのなら、友人として彼がなさりたいようにして差し上げたいのです」
ふーんと思いながら、このアレクシスという人を見る。
年は、二十歳程か。男にしては少し長めの艶めくプラチナのような銀の髪、思慮深そうな紺碧の瞳。
温和な顔で笑っているけれど、何を考えているのか読みきれない。
クリス坊やが、やんちゃで太陽のような美男だとしたら、彼は優しげで儚なそうな月のような美しさがある。
彼らがルダスにいてくれたら、女性客がわんさか来るんじゃなかろうか、なんて妄想を途中で切り上げて、わたしは口を開いた。
「そう。貴方のような友達思いの友人がいて、クリスティアン殿下は幸せ者ね。それでは、席を外してもらった連れの方々は、グッドガル家の者たち?」
「おっしゃる通りでございます。……ですが、裏切り者がいるようでして、ここまで逃げてきましたが至る所で刺客と遭遇しました」
だから、席を外してもらったのか。
あの護衛の中に、兄殿下の手の者が混ざっているってことね。そこまでして弟を殺したいらしい。
わざわざ継承権を破棄しに行くっていうんだから、そこまでしなくてもいいと思うのに。
まあ、継承権を破棄したとクリスが宣言したとして、それはあくまで形式的なもの。
やろうと思えばいつでも神輿として担ぎ出せる。
第一王子としては死んでもらった方が安心できるのは事実だ。
「どうか、我々にご助力を」
グンデはそう言って改めて頭を下げた。
正直面倒な案件だけど、ベリアンテ様には私もお世話になったことがある……。
今回の成人の儀の余興の仕事を引き受けることができたのも、彼女の後押しがあったからこそ。
そして礼金についても三大貴族から出るとなれば、相応のものを貰えるだろう。
それになによりこれからこの目の前で寝転んでる第2王子の成人の儀の余興のために行くっていうのに、もし何かあったら中止になる。そんなのはすこぶる嫌だ。
私はチラリと視線を横に向ける。そこには、ローベルトがいた。
彼は私の視線に気づくと、お好きにどうぞって感じで涼しげな顔をする。
結構危険なことだと思うし、護衛のローベルトたちの負担が大きくなりそうだけど、そんな顔するなら……好きにしちゃうよ?
私は改めてグンデとアレクシスを見やった。
「いいわよ。あなた方をルダス一座の者として歓迎してあげる。快楽の国ルダスの良き住人である限り安全を保証するわ。でもそのかわり昼も夜も働いてもらうから。私達と行動を共にするということは、ルダス一座の一員になるということ。王侯貴族としては扱わないから、覚悟してね」
しばらくはただの移動だと思っていたけれど、これからとても忙しくなりそうだ。