お客様の事情
このままいくと、女王ぶってるけど全然それらしくないことがばれる!
私は縋るような気持ちで、何かしらアラがないかとペンダントの裏側を見ると、何かが彫られていた。
古代文字のとある一節。
これは……。
「そ、それはなりません! それは貴方様の……!」
彼の連れの一人がここに来て止めに入った。
彼が連れてきた従者の中で一番の年嵩の白髪のご老人だ。
できれば、このネックレスを受け取る前に止めに入って欲しかったものである。
「いや、もうこんなものいらない。それは俺には必要ないものだ。ここで手放した方が……都合がいい」
男はそう言うと、真っ直ぐ私を見つめた。
「これなら、文句ないだろ? これ以上ふっかけるつもりはないよな?」
彼の冷静な声に、私は目を細めてこの目の前の坊やを値踏みした。
高価すぎるネックレスに掘られたとある古代文字の一節。
珍しい赤髪に、青空のような瞳。
今でこそ酔っ払って生意気な小僧という印象が強いが、先ほどまで盛り上がっていた宴で見せた食事のマナーは完璧だったし、仕草の一つ一つもとても洗練されたものだった。
彼の従者の立ち振る舞いさえも、きちんと教育された動きで、常に坊やを守るために気を張っているような雰囲気。
それに加えて、彼もその従者も商人にしては体つきがしっかりしている。
剣術を習うもののそれだ。
おそらく彼は……。
一つの答えが見えた。
気づかなければ、放置できたのに。
気づいてしまったのなら放置できない。
ルダスにとって無関係ではいられない相手ならなおさら。
彼のそのすんだブルーの瞳がまっすぐと見つめてきたので、私はこの厄介そうな問題に足を踏み入れる覚悟を決めた。
「いいわよ。相手をしてあげる」
私はそう言って、クリスの顔に両手を添えて引き寄せた。
「な、何をっ……ん!」
そしてそのまま暴れる彼の唇を奪う。
突然口づけをしだす私を見て、彼はめちゃくちゃ目をひん剥いた。
私は入念にキスをしたあと、もう大丈夫そうかなって思って口を離した。
呆然としたような顔のクリスに微笑む。
「おやすみなさい、坊や」
私がそういうと、クリスはふっと気を失うように床にどさりと倒れる。
そして、それを見ていた彼の従者が、一斉に動いて私に剣を向けた。
「いやね。ただ眠らせただけよ。そうでしょう?」
と言って、クリスの状態を確かめにきた老人に目をやる。
白髪のご老人、確かグンテと最初に名乗っていた渋いお方は、ぐったりしているクリスの脈や眼球を見ると頷いた。
「……確かに。眠っているだけのようじゃ」
そう言ってグンテはほっと息を吐き出す。
周りの空気も少し和らいだ気がしたので、私は本題に切り出すことにした。
「わかったのなら、この物騒なものを下げてくださる? そして、このペンダントのことで、話があるの。拒否権はないわよ。これ、返してほしいのでしょう?」
私が静かにそういってペンダントを掲げる。
グンテが頷いて右手を上げると、従者たちは剣を下ろした。
「私たちルダス一座が、何のためにスプリーン王国の王都にまで急いで向かっているかご存知? もうすぐ第二王子の成人の儀が行われる。その際の余興を頼まれているからよ。私たちにとっては、とても大事で大きな仕事なの」
私はそう言って、少し前のことを思い出していた。
母出奔後、一時期ルダス一座は今後活動ができないぐらいに落ちぶれた。
母は、座長であり、一座の稼ぎ頭でもあったからだ。
母と一晩ともにするためだけに人が一生遊んで暮らせるほどのお金を落とす者もいる。
そんな母の崇拝者達は、母出奔後は一座で夜を楽しむこことはなくなった。
それにより、一座の収入が大きく減った。
それからというもの、私がどんな思いで、一座存続のために身を粉にして働いたか……!
まずは母とともに去っていたベテランたちの穴を埋めるべく、人を集めた。
そして西に娯楽を求める声あらばすぐさま出向いて営業し、東に悩める者がいると聞けば、癒しを与えて宣伝に奔走した。
残ってくれた一座のみんなとも気持ちを共有しあって、母の穴を埋めようと一丸となって努めてきたのだ。
そして、とうとう国の王太子の成人の儀での催しで芸を見せるような仕事を貰えるまでに盛り返してきた。
そう、盛り返してきたところなのだ!
それなのに、まさか新生ルダス一座の名声を広める絶好の機会である成人の儀自体に、何か問題が起こりそうだなんて……!
「その十五歳の成人の儀の主役である第二王子の髪の色は、夕日のような赤茶色、瞳の色は済んだ青空のような明るいブルー。体格は大きくて剣術の腕も相当たつとか。……あらいやだ。私の足元に、ちょうどそんな人がいるのだけど……」
そこで一度言葉を止めて、白髪のグンテの顔を見る。
表情一つ動かさないようにしているようだけど、瞳孔がかすかに大きくなってる。動揺している証だ。
「はてさて、一体なんのことやら……」
といっそわざとらしくさえ聞こえる口調で白髪のグンテさんが言うものだから、さらに目を細めて彼らを見据えた。
「ペンダントに刻まれた古代文字は、スプリーン王国の王族のみが使える継承魔法の呪文よね。これを身に着けられる身分の者なんてかなり絞られる。ただの旅芸人の女がそんなの知らないとでも思ったのかしら」
私がそういうと、老人が警戒するように私を見返した。
しかしまだ口を割らない彼らに、私はゆったりと微笑んで見せる。
母がいつも大事な商談をすすめるときに浮かべていた、絶対的強者の笑み。
「さっさと白状したほうがあなた達のためよ。ご存知でしょう? この一座の別名は、『快楽の国ルダス』。座長の私はこのルダス国の女王よ。貴方達がここにいる限り、私が法なの。女王の前での嘘は大罪。心して答えて。貴方達の目的は何?」
しばらく睨み合いのような状況だったけれど、まず老人が観念したようにふうと息を吐き出した。
「ルダスの女王よ、これまでの無礼に侘びを。しかし、我らの事情を話せば巻き込むことになるが、それでも良いでしょうか?」
そう言って、挑発的な目線をよこしてくるジジイ。何を今更。
本当は巻き込むつもり満々で、ルダスにきたんじゃないのか。
しかし私は完璧な笑みを貼り付けて肯定を示してみせると、白髪の爺さんは人払いを願い出た。
どうやら事情とやらを話してくれる気になったらしい。