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本日のお客様ご一行


「いやっ! やめて! 触らないでっ!」

 耳をつんざくような甲高い声が、お客様をお迎えしたルダス一座の宴中に響いた。


 しまったと、声を聞いた私は微かに眉をひそめる。

 その声の主は酌取りの仕事をさせていたエレナと言う女の子。

 彼女は顔を蒼白にさせて今にも目の前の男を刺し殺さんとばかりに手にフォークを握って震えていた。


 フォークを向けられた男は、グリーネスト商会の会長の息子でクリスと名乗った今宵のルダスのお客様の一人。

 顔の作りは良いが生意気そうな彼の目に戸惑いが浮かぶ。


 先ほどのやり取りを少し見ていたが、クリスはルダス一座で女を楽しむのを遠慮している彼の連れの男達に、もっと楽しめと声をかけようとしたところだった。

 俺も楽しむからと、その時近くにいたルダスの女の肩を抱いて、わざと軟派な態度をとろうとしたようである。

 そしてその時たまたま近くにいたのが、皿を下げに来ていたエレナだったのだ。


 運のなさに私は額に手を当てた。


 お客様のスキンシップはルダスでは日常茶飯事ではあり、多くの子達はうまくあしらえる。

 でも、エレナは別。

 かなりの男嫌いで、本人の強い希望があって簡単な給仕仕事で異性に慣れさせようとしているところだったのだ。

 でも……やっぱりまだ、エレナは表に出すべきではなかった。

 この状況を引き起こしたのは、私の甘さだ。


 フォローに入ろうとしたところで、先ほどまで呆然としていたクリスの表情が変わった。


「何故、そんなに怯えるんだ! 俺が何をした!? 俺は何もしてないだろ!?」

 わめくようにクリスは言うと、いっそ憎しみすら感じられるほどの鋭い視線をエレナに向ける。


「何故、何故なんだ……!! 俺は何もしてない! どうしてそんな目で俺をみるんだ! お前も! 兄様も!」

 と大声で叫んで、怒りの形相で立ち上がったクリスは右手を振り上げたけれど、振り下ろされる前に、ルダス一座の護衛が止めてくれた。


「お客様、ルダスの女に手をあげることは禁止されております」

 そう言って、世の女性が羨む輝かんばかりの黒髪を揺らして涼しい顔で止めてくれたローベルトに、内心喝采を送る。

 ローベルトはほんと、いつも最高のタイミングで来てくれる。

 とりあえずの難は去ったけど、解決したわけではない。ここから先は、座長として私がやらねば。


「お前……! 離せ! 私を誰だと思っている!」

 クリスは腕を振りほどこうとしているが、なかなか難しいようで身じろぎしながらローベルトを睨みつけていた。


 私は、腕を取られて動けないでいるクリスのもとまで歩み寄って、クリスの頬にそっと手を添えて私の方に顔をむけさせる。

 まだ二十歳前ぐらいだろうか。

 澄んだブルーの瞳が、生意気そうに私を見下ろす。


 それとともにクリスが一緒に連れてきた商会の従業員だという輩から警戒する視線を感じた。


 クリスに何かあればいつでも対応できるように構えているみたい。

 こんな坊やになんとも過保護。

 一体この坊やは何者なのだろう。商人と名乗っているけれど、上級貴族のボンボンかな……。


「あの女に用がある。そいつを俺のとこに連れてこい」

 そう言って、坊やはエレナを見てから私に視線を戻した。

 夜の相手に、エレナをご所望ということだろうか。

 でもエレナはだめだ。


「彼の腕を離してあげて」

 私がそういうと、ローベルトは無言で腕の拘束を解いた。

 そして改めて、母直伝の研究に研究を重ねた微笑みを顔に貼り付けると、坊やのくせに私より頭一つ分背の高いクリスを見上げる。


「お痛はだめよ。坊や。……でも、こちらに不手際があったのも事実ね」


 私はそう言って笑うと、彼の頬に当てた手を下に滑らせた。

 首筋を撫で、そして鎖骨のあたりを沿って、その坊やのくせに以外と逞しい胸のあたりまで滑らせる。

 彼はかなりびっくりしているようで、目を見開いて、私になされるがまま固まっていた。

 指先で撫でた感じ、悪くない体だ。

 張りのある若い肌。17歳ぐらいかもしれない。


 これなら、うちのベテランのデボーラ姉さんの好みドストライク……。

 私がちらりと、天幕沿いで静観していたデボーラ姉さんに視線を移すと、いつでもいいけるぜ! とでも言ってそうな頼もしい笑顔を私に返してくれた。

 よし。


「酌取りの子達は、まだ夜の技は覚えていないの。貴方のお相手は、ルダス一座が誇る大輪のバラのような美女で」

 と言って、デボーラ姉さんを紹介しようとしたら、ものすごい勢いで坊やが私の右手を掴んだ。

 血走ったような目で、私を見下ろす。


「いや、さっきの女がいい。あいつは俺を拒否した! だから、分からせてやるんだ!」

 と、クリス坊やは息巻いた。

 わからせてやるって、何をわからせてやるつもりなのか。

 このエロガキめ。

 

「あの娘はダメなの。夜の技を覚えていない」

「夜の技なんて、どうだって良い! だって、あの女、俺は何もしてないのに、いきなり叫んだんだぞ!? だから、なんで叫んだのか理由を聞かないと、納得できないだろ!?」

 彼は血走った目でそう言った。


 まったく、これだからエロいことしか考えられない年ごろの……え? 

 ……理由が聞きたいだけ?

 エロいことが目的じゃなの?

 私はてっきり今日の夜の相手にエレナを求めてたのかと……。


「……うちの酌取りの子が突然叫んだ理由が知りたいだけなの?」

「そうだ。最初からそう言ってるだろ」

 そう言って、しょぼくれた顔をした。

 その顔はひどく幼く見えたけど、本気で言ってるっぽい。

 なんか、ごめん。

 エロイことしか考えてないの私の方だったみたいで……。


「そうだったの。それなら教えてあげるわ。あなたが突然彼女の肩を抱いたりしたからよ。びっくりしたの。それだけよ」

「は? なんでそんな肩を触っただけでびっくりするんだよ」

 なんか勘違いしちゃってごめんね! みたいな気持ちで優しく教えてあげたら、この小僧がまた生意気そうな目をで私を見下ろし始めた。

 その目は完全に、何バカなこと言ってんだって目をしてる。

 こいつ。殊勝な態度ならばまだ可愛げがあるというのに……。


 私は、クリスの股間のあたり目指して目にもとまらぬ素早さで手を動かした。


「ちょ! な、何すん……!」

 そう言って彼は可愛らしい声を上げてたじろぐと、彼の股間のあたりをギュッと掴んだ私の手を払う。

 勢いでつまらぬものを触ってしまった。


「ほら、あなたもびっくりして叫んだでしょう? 同じことよ」


「いや違うだろ。俺は肩だし、お前、俺のその、その、本体に手を出しただろ!?」

「あらやだ。坊やの本体ってそれだったの?」

「ち、違うけど!」

 と顔を赤らめて抗議する坊やを見ながら、首をひねる。

 うーん、やっぱり思ったよりもこちらのお客様は幼そうだ。

 十五歳ぐらいだろうか。もっと下だとしたら、ルダス一座で夜を楽しむ年齢に達していないことになる。


「あなたおいくつ? まだルダスの夜を楽しむのには早くはないかしら」

「成人年齢には達してる! お、女のことだって分かってる。ルダスの夜の楽しみ方だって、俺は知ってるし! ……なんだったら、お前が、た、確かめてみるか?」

 と、ちょっとだけ恥ずかしそうに、クリス坊やはおっしゃった。


「確かめるって、何を?」

「何って、おまえ、だから、ルダスの夜の楽しみ方をしってるかどうかを、だよ!」

 今度は慌てたように言うクリス坊やに、私は憐みの眼差しで見つめた。


 それってつまり夜の相手に私をご所望ってこと?

 やれやれ、坊やったら。私はこれでもルダスの座長よ?


「あら、ルダスの女王に相手をしてもらいたいと言いたいの? 言っておくけれど、高くつくわよ? 一介の商人が賄えるものではないわ」

 私は余裕の笑みを浮かべてそう返す。彼はグリーネスト商会という聞いたことがない商会の者だと名乗った。

 それが本当なら、大きく金額をふっかければ断る方向になるだろう。

 ルダスの女王の値段は安くない。


「構わない。金なら用意できる」

 え、用意できる気でいるの?

 暗にお前には払えないでしょう? という意味を含めて先ほどの言葉を言ってみたのに……。

 いや、しかしハッタリの可能性もある。


「へえ、用意できると思っているの? 安く見られてるのかしら。ではそのお金、見せてもらえる?」

 私がそういうと、彼は首にかけていたものをシャツから取り出し、それを突き出した。

 首飾り?

 彼の手には赤い宝石のついた金の飾りものが乗っている。

 生意気にも奴は受け取れとばかりに顎をしゃくるので、渋々彼からブツを受け取り、息を飲む。


 それは、子供の手のひらサイズの大きな金色のペンダントだった。

 中心には大きな赤い宝石がはめられている。

 よく磨かれた宝石の価値はさることながら、それを縁取る金の装飾の細やかさの見事なこと。


「これでいいだろう? 宝石はルビー、他は金でできてる」

 なんでもないことのように彼はそう言った。

 その輝きの滑らかさや重さから言って、チェーンに至るまでメッキではなく本物の金でできているのは間違いない。


 ……確かにこれなら、人が一生遊んで暮らせるほどの価値がある。

 一晩の夢のために使うのには十分過ぎるほどの一品だ。


 じっとりと額に嫌な汗が浮かんだ。

 ヤバイ。こんなものを渡されたら、私、夜の相手、しなくちゃじゃない?

 でも、私、私は……。


 ゴクリと唾を飲みこんだ。


 私は確かに、『傾国の娼婦』と言われた母の後をついで、ルダス一座の座長となった。

 けれど、母のような妖艶な夜の技も、経験も、何も持ち合わせていない。

 母の突然の出奔後、崩壊しそうだったルダス一座を守りたくて、私は世の中の色ごとの酸いも甘いも知り尽くした『設定』でここの座長をしている。

 でも、それはあくまで『設定』だ。


 見た目だけは金髪緑眼の母に似てるので、なんかプロっぽい雰囲気出てるけど、見せかけだけ……!




まだ一話しか公開してないのにブクマが…!

いつも応援ありがとうございます!

励みになります!


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