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快楽の国ルダス一座の座長

 サーカス、歌劇、夜の秘め事。

 傾国の娼婦と呼ばれた母が作り上げた「ルダス一座」は、この世のあらゆる快楽を提供する旅の一座。


 一座の座長として女王のようにふるまう母は奔放でいて気高く、母を求めて男たちはこぞって金を積み上げた。

 ルダスが動けば、虜となった大陸中の男たちが動く。ルダスは単なる旅芸人一座でありながら、畏敬の念を込めて「快楽の国ルダス」と呼ばれ、座長の母は「女王」と見なされていた。

 しかし、その母は突然一座から去った。


『イレーネちゃんへ

 母は世界中の美少年、美青年、美中年、美老人の味見をする旅に出ます★

 ルダスのことはイレーネちゃんに任せるから、よろしくね!

 いつでもイレーネちゃんが大好きな母ビクトーリヤより』


 と、書かれたふざけた置手紙を一枚だけ残して。



 ◆



 母上突然の出奔から2年が経過したある日、周りに何もない寂しい平野で野営をしていたら、謎の男達が6人ほどで訪ねてきた。


 彼らは、一晩ルダス一座で夢を見たいと言っているらしい。


「それで、彼らはどこの人達なの?」

 私はシルクのクッションにゆったりと身を預けながら、謎の客人に目的を聞いてもらったルダス一座の護衛長ローベルトに問いかけた。


「やってきた者達はグリーネスト商会に所属する商人と名乗っています」

「グリーネフト商会? 聞いたことないわね……」

 そう言いながら首を傾げると、改めて今までの記憶を巡らす。

 けれどもグリーネストなんて名前の商会は、聞いたことがない。

 私は執事服を着た初老のジークに視線を向けた。

 ジークは、このルダスの主に裏方と言える仕事を行う者の長であり、ルダス一座の最年長だ。

 彼なら知っているかと思ったが、そのジークも首を横に振った。


「ジークもしらないんじゃ、お手上げね。彼ら、信用できるの?」

 ローベルトに改めてそう尋ねると、彼はその長いまつげを伏せて黒い瞳を陰らせた。

 いつみても、男にしておくにはもったいないと感じてしまう美青年ぶりである。


「正直、どう判断していいものか……。ですが、もうこの仕事はそう簡単には断れないかもしれません」

 苦々しくいうローベルトに私も眉根を寄せる。


「なぜ? 変な輩をルダスの子達に近づけさせたくないわ。第一、こんな野営地で仕事の依頼なんて、怪しすぎるじゃない」

 そう、私達一座は現在スプリーン王国の王城に向けて移動中。

 移動中に立ち寄る町や村で興行することもあるけれど、今いるのは何もないただの平野だ。


 野営のために天幕を下ろしたこの場所で、私たち一座の娯楽を楽しみたいという話を素直に信じるには怪しすぎる。

 だいたい何故ここに私達が来ていることを知っていたのだろう。たまたま通りかかってみつけただけ?

 野営の天幕自体は、円形の布を何重にも重ねたしっかりした作りのもので、何個も建てられている上に色も緑に赤に黄色に紫と色鮮やかだ。

 遠目で見ると確かに目立つので、それを見つけたということだろうか……?

 と言っても目に入る距離に村や町がないことは確認済み。町や村が近くにあれば、私達だってこんなところで野営をしていない。


「この仕事はすでに請け負っていることになっているからです」

 疑問符を浮かべる私にローベルトがそう言った。


「え? どういうこと? 私そんな仕事受けた覚えないけど」

 仕事を受けるか受けないかを決めるのは、座長である私の仕事のはずなんだけど。

 今受けてる仕事は王都で行われる第二王子の成人の儀の余興を行う仕事だけのはずで、そのために王都に急いで向かっているのだ。

 他に仕事を受けた覚えはない。


「それが、ここに来たグリーネスト商会の者達は、ビクトーリヤ様にすでに前金を渡されているようで」

「は? お母さんに!?」

 私は思わず、ふかふかのクッションから身を起こして声を荒げると、同じ天幕にいる若い女の子達が不安そうに肩を揺らしたのが分かった。

 あ、やばいやばい。

 いつもの余裕しゃくしゃくの色っぽいイレーネさんでいなくちゃ……。

 私は改めて、めちゃくちゃ私落ち着いてますけど? という顔を作ると、ローベルトが話を続ける。


「ええ、前座長のヴィクトーリヤ様がすでにその仕事をお引き受けになって、前金を頂戴しているということのようです」

 え、まじで?

 嘘でしょう?

 という気持ちで注意深くローベルトを見るけれどどうやら嘘じゃないらしい。

 ローベルトは真面目な顔で私の顔を見るばかり。


「ふふ、まったく。ビクトーリヤは相変わらず自由な人ね」

 と鈴を転がすような柔らかい声色が聞こえてくる。

 声のした方を見ると、ルダス一座の『おもてなし』を担当する夜組の長のデボーラ姉さんが艶やかな薄いピンク色の唇に弧を描いて笑っていた。

 肩紐だけの裾の長いドレスの胸元には、あふれんばかりの膨らみが。

 毛先だけくるりと巻いた亜麻色の髪を指先でいじっているだけで色っぽい魔性の女性である。


 しかし、デボーラ姉さん、これは笑い事じゃない……。

 だって、どうしてここで母の名が。

 ふつふつと怒りが湧いてきた私は、先ほどからローベルトの話を心配そうに聞いていた幹部以外の子達に視線を向けた。


「悪いけれど、しばらく内密な話があるから、ほかの子達と別の天幕で待機していてくれる?」

 私は微笑みながらそういうと、女の子達は頷いて天幕から出ていく。

 私の天幕は外側に分厚く丈夫な布を3枚重ねており、防音機能が期待できる作りになっている。

 女の子達が去っていったのを確認すると、私は大きく息を吸い込んだ。


「勝手に一座から出奔したくせに、なんで仕事受けてんのよ! あんのヤロぉおお……!!」

「イレーネ様、そのようなはしたない言葉遣いはいけませんぞ。それに、ヴィクトーリヤ様は女性なので、スラングを使うとしたら『あのアマ』になりますねぇ」

 荒ぶる私の前で涼しそうな顔でそう返すジークに私はキッと睨みを効かせる。


「だってこんなの! こんなの落ち着いてられると思う!? ていうか、お母さんここにいるの!? 戻ってきたってこと!?」

 私が矢継ぎ早に気になることを口にすると、ローベルトは哀れむように私を見て首を横に降った。


「いえ、ヴィクトーリヤ様はグリーネスト商会に方に手紙だけ託されただけのようで、お姿はありませんでした」

 そう言ってローベルトは一枚の書状を取り出した。

 私はひったくるようにしてそれを受け取ると、中身を開ける。

 母の名を語る誰かが、手紙を書いたのではないかと思ったけれど、その手紙の丸みを帯びた独特の筆跡は間違いなく母のものだった。


『拝啓可愛い娘イレーネちゃん

 元気にしてますか? 母はとっても元気です!

 美味しい食べ物や美男を見つけてはつまみ食いの毎日で、とっても充実した日々を送ってます。

 それでね、道中に可愛い坊やを見つけたの。イレーネちゃんも絶対気に入ってくれると思って、ルダスに招待しちゃった!

 坊やのこと、よろしくね。

 貴女のことを愛してやまない母ヴィクトーリヤより』


 年甲斐もなくテヘっと笑って、ペロって舌を出している母の姿が脳裏によぎった。


「あんのアマァアアア!!!」

 私は手紙を握りつぶしてぐしゃぐしゃにしてから放り投げた。


「ジーク殿の指摘を受けてすぐに正しいスラングを使われるイレーネ様は流石ですが、やはりそのようなはしたない言葉遣いは……」

 と苦言を言ってきたローベルトの襟をつかんで首をガクガクと揺らす。


「だって、見た? あの手紙!!」

「とてもヴィクトーリヤ様らしいお手紙でしたね」

 私に揺すられているというのに、ローベルトは平然とした顔でそう言った。


「らしいにもほどがあるわよ! あの人本当に、何にも変わってない! あの人が出奔してから、私がどんだけ苦労したか!!!」

 私はそう叫びながら二年ほど前、突然置き手紙とともに母が出奔した出来事を思い出した。

 いつもの母の悪い冗談なのだと思っていたら本当にいつまでたっても一座に戻ってこなくて……。

 

 もともと母についてきていたルダス一座の女性達の多くは一座を去り、稼ぎ頭がいなくなったルダス一座の経営状況は悪化。

 母は能天気な性格だったけれど、人を惹きつける魅力がある人だったし、なんでもできた。

 踊りも音楽も話術も美しさも、もちろん夜の技だって、全てが申し分なく完璧な人だった。もともとこのルダスだって、とある国の国王が母に与えたものだ。

 母の美しさと技芸に惚れ込んだ王が、母のために与えた国。

 それなのに……突然の出奔!


 そして空いた一座の長の代わりは私のような小娘だ。

 踊りも音楽も小さい頃から教えられているので、できないことはない。

 容姿も、金髪緑眼の母似の容姿は美しいとは言われる。

 でも、でも、私は……。


「イレーネ様が、私どものために頑張ってきたことは、一座のものは皆知っています。ヴィクトーリヤ様が受け取ったという金銭を彼らに渡して、この話を断るという手もありますよ」

「ローベルト……」

 彼の優しい言葉に頷きそうになった。そうできたら、どんなにスッキリするだろう。

 でも……。

 私はローベルトの襟元から手を離して、顔をあげる。


「いえ、この話は断らない。一度ルダスとして受けたものを断るなんてできない。それに、あの人達、もうこんなところまできてしまったのに返すわけにはいかない」

 そう言って、天幕の外で待ってる男達のことを想う。

 母の紹介でやってきた者達は人数にして6人ほどだと聞いた。

 私たちがいるこの辺りに泊まれるような町や村はなく、広い荒野が広がっているばかり。

 こんな何もないところで、彼らをおいかえそうものなら、ルダスは無慈悲であるという悪い噂が立つ。


 これまでのやり取りをニコニコと好好爺然とした態度で聞いていたジークに視線を向ける。

「ジーク、旅人の方々に喜んでいただける料理は用意できそう?」

「備蓄も十分にございます。問題ありません」

 料理、洗濯、掃除と言ったルダスの生活を支える『昼組』のまとめ役のジークの報告に私を頷くと、次にデボーラ姉さんを見る。


「おもてなしはいつでもできるわよ。踊りに歌に、望むものを望むままに。もちろん、夜のほうも」

 そう言ってデボーラ姉さんは色っぽく笑う。

 最後に目の前のローベルトを見ると、彼もお好きにどうぞと言う顔で頷いた。


「彼らを迎えるわ。グリーネスト商会の皆様を快楽の国ルダスにご招待しましょう」





新作を始めました!

だいたい書き終わっているので、こまめに更新できると思います。

楽しんでいただけると幸いです!

よろしくお願いします。


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