解答篇
「本当ですか、碓氷さん。大した話もしていないのに、たったこれだけの時間で分かったんですか」
粟本青年の驚きぶりは、前人未踏の地で新種の生物を発見した学者のようだ。
「あ、ああ。まあでも、何というか、これはあくまで僕の根拠のない仮説だからね。机上の空論というか、ゲーム――そう、連想ゲームみたいなものなんだ」
「連想ゲーム、ですか」恋する青年は小首を傾げる。蒲生は無言のまま、にやにや顔で友人と後輩を交互に眺めていた。ゲームの行方を楽しむ実況者のように。
「実はね、随分はじめに粟本くんが重要なヒントを示していたんだ」
「僕、ですか」自分の顔を指差す粟本青年。碓氷は一つ頷くと、
「ほら、映画の話をしただろう。レディースデイだから映画代が安くなると」
「はあ、確かに言いました。でも、それならむしろ外出したい理由になりませんか。だって、彼女は映画が好きなんだし」
「そう、あくまで彼女がレディだったらね」
碓氷のグラスに残っていた氷が、カラリと音を立てて溶け出した。粟本青年は虚をつかれたように黙り込んでいる。
「もし、彼女が男だったとすればどうだろう。見た目は女とはいえ生物学上は列記とした男の自分が、性別を偽り女性を対象にしたサービスを受ける。そのことに罪悪感を感じていたんじゃないかな」
「彼女が、お、男だった、ということですか」
魚のごとく口をぱくぱくさせる粟本に、碓氷は苦笑しながらゆっくりと告げた。
「言っただろう、あくまで連想ゲームだと。彼女が粟本くんの誘いを断った理由が水曜日にあったと仮定する。まずは水曜日に関連することを思い浮かべるのが自然だ。彼女がまったくの個人的約束、あるいは一種の信仰めいたもの以外の理由で水曜日の外出を控えているとすれば、日常の中にある何かしらの存在が彼女の外出を阻んでいる可能性が高い。奇しくも、今回は粟本くんが事前にヒントを提示していた。そう、水曜日といえばレディースデイ。もしこのレディースデイが、彼女にとって不都合なものであったとすれば? 女性のための日が彼女のためにならないのなら、それは彼女がレディースデイの対象外だからに他ならない――僕が考えたことは、それだけさ」
一週間後。粟本青年からの報告を携えて、蒲生は碓氷を仕事帰りのラーメン屋に誘った。
「喜べ、碓氷。俺たちは見事、恋のキューピットの役目を果たしたぞ」
勢いよく背中を叩かれ、碓氷は軽く咳き込んだ。
「どういう、意味だよ」
「結論を言えば、お前の推理は半分当たりで半分外れだったんだ」
木製の椅子に腰を下ろし、蒲生はとんこつラーメンを二つ注文する。空のグラスに水差しから水を注ぎ込みながら、
「確かに、粟本が恋焦がれる相手はレディースデイが原因で水曜日の外出を拒んでいた」
「え、本当に」蒲生の言葉が予想外だったのか、碓氷は上ずった声を出す。
「本当だ。だが安心しろ。彼女は確かに彼女だった。つまり、生物学上も立派なレディだったのさ」
深々と息を吐き出した友人を、可笑しそうに見やる蒲生。
「それでだ。彼女がレディースデイの水曜日に会いたくなかったのは、どうやらダイエットのためらしい」
「ダイエット?」
「レディースデイには、レストランやカフェとかでも女性向けのサービスを展開しているだろう。彼女は、レディースデイであらゆる食事やスイーツがお得に楽しめるが故に外出を控えていたのさ。食欲のブレーキが利かなくなって、見境なくあれこれ食べてしまうから。そして、そんな自分を異性に見られることがどうしても恥ずかしかった」
「そんなことだったのか」
碓氷は腑抜けた声を漏らしながら、
「じゃあ、粟本くんは改めて水曜日以外の日にデートを申し込んだのか」
「それがな。あろうもことか、あいつは水曜日のデートに彼女を誘ったのさ」
「そりゃまた、どうして」
「ここがあいつらしいんだがな。どんなふうに口説いたと思う? 『好きなものを好きなだけ食べることが、どうして悪いことなのさ。僕も、きみと一緒に美味しいものをたくさん食べたいし映画も観たい。だから、水曜日は一緒に映画を観て食事でもいかがですか』」
碓氷は口元を緩ませると、グラスの水を一気に呷る。それから、ついでのようにぽつりと加えた。
「水曜日は、キリストの復活に向けて四旬節中が始まる日。四旬節中の最中には断食が行われる――ま、ハッピーエンドで何よりだよ」
今週末は疲れて執筆・投稿できなさそうだと思ったので、繰り上げました。
タイトル的にも今日公開したかったのです。
ネタを固める時間がなかったため、かなり強引というか雑な仕上がりになった感が否めませんが……。




