脳筋魔導士、弟子入り志願~魔力はないけど筋力はあります~
「俺を弟子にしてくれ!」
太陽がちょうど真上に登りきった頃。穏やかなはずの森に、野太い声が響く。
木々に囲まれた中、ポツンと佇む小さな小屋。その扉の前にいるのは1組の男女だった。
声の主の男――アリクトは、跪き、両手を地面につき、頭を地面に擦り付け――つまるところ、土下座。傍に置かれた、身長ほどもある太い木の棒のようなもの。そして黒ずくめの衣装に、つばの異常に広いとんがり帽子から、かろうじて魔導師のようにも見える。しかしぱっと見からでもわかるガタイの良さが全てを台無しにしていた。
「はあ……」
頭を抑えながら思いため息を漏らすのは、アリクトを冷めた目で見下ろす魔女――マリユだ。
小柄な少女らしい体を包むのは、アリクトと似たような装束。しかし彼と違い、どこかそれらしい雰囲気を醸し出していた。
「正直感心するわ。よくもまあ、何度も断ってるのにしつこく食い下がってくるわね」
「――ッ! じゃあ弟子に――」
「却下に決まってるじゃない」
マリユはにべもなく言い放つ。
途端、子供みたいに輝いた表情が、一気に沈んだ。
大げさなくらいの落ち込みよう。しかしマリユがこの姿を見た回数は、とっくに両の手では数えられないほどになっている。つまるところ、見慣れた光景。それでいて呆れた光景でもある。冷めた目で見下ろしていたところで、アリクトは顔を上げマリユを睨みつけた。
「くそ! なんでなんだ!」
「 はあ……。何度も言ってるじゃない。あなたには魔力が一切ないのよ。魔法を使うには魔力を消費する。その魔力がないのだから、あなたが魔法使いになるのは不可能なのよ」
「そんなわけないだろ!」
なおも認めようとしないアリクトに、マリユは再びため息を漏らす。
マリユとて、見た目こそ少女だが、立派な魔女の一人だ。その人にどれだけの魔力を持っているかなんて、一目見ればわかる。そのマリユが確信しているのだ。アリクトには魔力がないと。
しかしアリクトは頑なに認めようとしないのだ。
「俺にも魔法は使える!」
「魔力がないから無理よ」
「でも実際に使えている! ほら、今日もその証拠を持ってきたぞ!」
アリクトは視線を背後に向けた。つられてマリユの視線もその先へ。
その瞬間、マリユの表情が固まった。
そこにあったのは、大量の死体。ネズミ、猫、犬、鳥、その他様々な動物が、むごたらしい姿で山積みにされている。
それに加え、異常なのはその大きさだった。明らかに、人よりも大きい。マリユなら見ただけでわかる。あれは、魔物だ。
「マリユが何度も断るからな。今回はいつもより多く持ってきたんだぞ!」
ムカつくくらいにいい笑顔を浮かべ、胸を張りながら。誇らしげに握られたその杖の先端は、赤く染まっている。その魔物をアリクトが殺したのは明白だった。
「…………」
しかしマリユは俯いだけだった。アリクトからはその表情は窺い知れない。彼から見えるのは、マリユの小さな体がプルプル震えているということだけだ。
それがマリユのどんな感情の表れか。残念なことに鈍感なアリクトはそれに気づかない。むしろ、やっと話を聞いてくれると勘違いし、嬉々として言葉を並べていく。
「確か魔物は魔、つまり魔法でしか殺せないんだったな! でもどうだ! 俺は魔物を殺せているぞ!」
「…………」
「俺に魔力がないのなら、魔物は殺せないはずだ! でも殺せている。これはつまり俺も魔法が――」
「使えてるわけないでしょうがぁぁああ!!」
「ぇえ!?」
突然叫び出したマリユに、アリクトができたのは素っ頓狂な声を出すことだけだった。さっきまで俯いたままだったその顔は真っ赤に染められ。アリクトはつい、一歩後ずさる。
「何度も言っているでしょう!! あなたには魔力がないの! それだってあなたのその杖でボコしただけでしょう!」
「で、でも確かに死んで――」
「あなたにあるのは魔力じゃなくて筋力よ! き! ん! りょ! く! アリクト、あなたはただの脳筋よっ!!」
「グハァッ!」
その一言はマリユが思っていた以上に威力があったらしい。アリクトは地面に倒れこんだ。だがマリユが申し訳なく思ったかといえばそんなこともなく。むしろフンと鼻を鳴らしながら、相変わらずの目つきでアリクトを見下ろしていた。
しかしアリクトもただではやられない。幾度となくマリユに弟子入りを申し込み、断られ続けたメンタルは伊達じゃなかった。少しよろつきながらだが立ち上がり、まっすぐマリユを見つめ返す。
アリクトも、強気でいくべきじゃないのかと、最近考えていたところだった。今まではこちらが頼む側だったこともあり遠慮していたが、今のままじゃ受け入れてくれる気がしない。
だからアリクトも負けじと鼻を鳴らし、反論する。
「だが! 魔物は魔法じゃないと殺せないのも事実だろう! これをどう説明する!」
「わかんないわよ!! 悪い!!??」
「悪くないです!!」
アリクトの撤回は早かった。でもしょうがないと自分に言い聞かせる。なぜなら、マリユの手には彼女の杖が握られているから。彼女が一言呪文を発すれば、アリクトは丸焦げにもなれば、溺死もするし、感電もする。
むしろよく撤回したと、アリクトは半ば現実逃避気味に自画自賛していた。
「はぁ……はぁ…………ふぅ」
そんなことをしている間に彼女の怒りも少しは治ったらしい。感情むき出しの荒い息遣いはなりを潜め、代わりに漏れ出す落ち着いた吐息。
アリクトも胸をなでおろすが、完全に機嫌を直したわけではないらしい。即座に飛んできな鋭い視線に、アリクトば背筋をピンと伸ばした。
「はあ……とりあえず、私が言いたいのはこれだけよ。……はぁ」
「あーっと……それで、弟子入りの話は……」
「へぇ……あなた、まだその話できるの? すごいわねえ……」
マリユはニヤリと笑った。アリクトの背中を寒気が走り抜け、ヒュッと喉がなる。
「で、なんの話だったかしら……?」
「な、なんでもない! 今日は帰る!」
そう言うが否や、アリクトば回れ右をして走り出した。そのまままっすぐ行けば森を抜ける。その強靭な肉体は見た目通りで、足も早かった。あっという間に見えなくなった背中を眺めながら、マリユは何度目かもわからないため息を漏らす。
「はぁ……疲れた……」
アリクトがいなくなると、森は急激に静かになる。よっぽど彼が騒がしかったのだろう。小鳥のさえずりも、風が木の葉を揺らす音も、マリユの耳には先ほどよりもたくさん飛び込んでくるかのようだった。
「…………」
だからこそ、マリユは憂鬱になる。
「これ、私が片付けるのよね……」
アリクトが放置していった魔物の死体の山を眺めながら、マリユは肩を落とす。
これも割と毎回のことなのだ。魔物の死体を証拠だといって持ってきて、マリユが弟子にはしないと追い返す。で、残るのは魔物の死体だけ。
魔物の死体の処理は、魔力が関係するだけあって普通の死体よりも手間がかかる。
だからこそ、マリユはもう一度ため息をついた。
「あぁ……めんどくさいなぁ……」
それは自然の慰めか。つい漏れ出したマリユの嘆息を、そよ風がかき消した。




