肉が食いたい
――肉が食えるレストランがある。
その話を聞いて、僕は自分の耳を疑った。ここ十数年、動物性タンパク質といったらほとんど虫の類ばかりだったから。
その昔は普通に食えていた哺乳類や鳥類の肉が最高級の食材になったのはいつの頃からだったろう? 今では世界的に生産制限までされている所為で、自由には食べられなくなっている。そんな未来が来るのじゃないかと一部では騒がれていたことはいたけど、まさかこんなに早くやって来るだなんて。
その理由は簡単だった。肉類は生産するのに、とんでもないコストがかかるからだ。これは食べた物の何割が肉になるのかを考えてみてくれれば直ぐに分かる。ある研究結果によれば、温室効果ガスの排出量を最も増やしている原因は畜産なのだという。
世界中の発展途上国が経済成長をし続ける中、この問題は国際会議でも大きく取り上げられるようになっていき、遂には家畜の生産量の制限という事態にまで至ったのだ。
そしてその代わりにタンパク源として注目されたのが虫の類だったという訳だ。
当然、多くは加工されていて、見た目はグロテスクではない。それに、ダイズとも組み合わせて、肉類の触感や味を再現した食品も多く出回っている。
が、それでもやはり本物の肉には敵わない。あの味が懐かしくて堪らない。もっとも、思い出補正もあるだろうけど……。
当然、肉類の値段は高騰し、今では高い金を払っても買えるかどうか分からない。買う為には、抽選に勝たなくてはならないからだ。
肉が食えるというそのレストランの話を聞いたのは、そんな状況下だった。僕が自分の耳を疑ったのも分かってもらえるのじゃないだろうか?
時折、駆除された害獣のジビエ肉が運良く出回る事があるらしいけど、そのレストランはどうやらそれとも違うらしい。
美味しそうな肉汁が溢れ出ている。食欲をそそる良い匂い!
そのレストランの席に着いてもまだ半信半疑だった僕の目の前にまごうことなき肉が運ばれて来る。
僕は目を丸くした。
そして、その時に僕はある友人を思い出したのだった。あいつがこれを知ったなら、どれだけ羨ましがるだろう?と。
そいつとは小さな頃に知り合ったのだけど、その頃からかなりの面倒くさがりだった。おもちゃの矢が太ももに刺さった事があったのだけど、医者に行くのが面倒くさいとそのまま放置したなんてとんでもないエピソードまである。あの時の矢じりは、きっと今でもあいつの太ももの奥深くに刺さったままなのじゃないだろうか?
学校を卒業する間近でも、そいつは「絶対に俺は働きたくない」なんてずっと言っていて、就職活動を嫌々やっていた。
「もし、何のストレスもなく生きていけるのなら、俺は家畜だって全然構わないね」
そんな事を口癖のように繰り返していたのをよく覚えている。
そして、そいつは半年ほど前に久しぶりに会った時には「遂に働かなくても良い手段を見つけたんだ」なんて馬鹿なことを言っていたんだ。
一体、どんな手段かは分からないけど、流石に収入は少ないはずだ。僕みたいに肉にありつけはしないだろう。
「しかし、不思議ですね。どうやってこの肉を調達したのですか?」
ご機嫌で肉を頬張りながら、僕はこのレストランを紹介してくれた人にそう尋ねた。食べた記憶のない肉で何の肉かは分からなかったけれども、そもそも肉を食べたのが遠い昔だから、忘れているだけかもしれない。
「なぁに、意外に現代でも家畜ってのはいるものなのですよ」
ニヤニヤと笑いながら、その人は僕の質問にそう答えた。
“家畜ってのはいるもの?”
変わった言い回しをするな、と僕はそれを聞いてそう思った。そしてその時だった。肉を頬張っている僕は、カチッ!と堅い何かを噛んでしまったのだ。なんだろう?とそれを取り出す……
「……なにしろ、家畜に志願するような馬鹿者もいるくらいですからね」
その人はそれからそう続けた。
にやにやと笑いながら。
僕はその場で、固まっていた。
何故なら、
口の中から取り出した、その堅い何かはおもちゃの矢じりだったからだ。面倒くさがりのあいつが引き抜かなかった、あの太ももに刺さったおもちゃの矢じり。
あいつがよく言っていたセリフを思い出す。
「もし、何のストレスもなく生きていけるのなら、俺は家畜だって全然構わないね」
“――あいつは、本当に家畜になっていたのか!”
それから、食べたばかりのその肉を、僕は全部吐き出してしまった。
もし、こんな時代が来たら、僕は「肉が食いたい」と月に一度くらいは言うと思います。