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1/3 本能寺の変の解釈をめぐる概況

 織田信長。

 お堅い学術書や歴史関連書から創作――小説・ゲーム・アニメ・ドラマから仮面ライダーのフォームチェンジ用素材まで――に至る幅広い分野でおなじみの、国民的知名度を誇る人物です。

 そして彼が明智光秀によって討たれた本能寺の変もまた、広く知られているところです。その一因に、『なぜ光秀は信長を襲撃したのか?』が分からないところがあるのは論を待ちません。

 かつては天下取りの野望説と怨恨説が主流でしたが、全国の大名全てが天下統一を狙っていたわけではない(というかそもそも天下=全国になったのは羽柴政権期である)こと、怨恨説は江戸期に執筆された書物がネタ本であること、この2点が文献研究の進展により明らかになったことから、さまざまな黒幕説――列挙するのが面倒くさいくらい多岐に渡るので省略――と単独犯行説が競っている状況です。

 近年はこれに四国説が加わりました。知らない方のために概略を述べると、

『四国の長曽我部ちょうそかべ家と織田家は、摂津や四国北東部・淡路に勢力を持つ三好みよし家を共通の敵として、織田家を上位とする友好的な関係を結んでいた。そのあいだを取り次いでいたのが光秀と、その家臣の斉藤利三さいとう としみつであった。

 だが、三好家が織田家の幕下に入ったため、長曽我部家の膨張政策を抑制しようとした信長の方針転換により関係が悪化し、取次である光秀と利三は面目を失った。織田家重臣としての地位も失うと考えた光秀と利三は信長を襲撃した』

 というものです。これに、播磨を根拠地とする中国方面軍司令官(もちろん当時の用語ではありません)・羽柴秀吉による三好家への後援――その任務の性格上、瀬戸内海東部が安定することが望ましい――が加わって、重臣間の軋轢あつれきと対抗も原因になったのではないかというバリエーションもあります。

 ですが、これも決定打とは言えないと思います。どんな説も決定打がない理由は簡単、光秀あるいは利三――彼は公家の山科言継やましな ことつぐが記した日記『言継卿記』で“謀反随一”と評されています――が襲撃理由を告白した史料が無いからです。

 公家の吉田兼見よしだ かねみが記した日記である『兼見卿記』によると、変5日後の安土に朝廷からの使者として赴き、光秀と会っています。その時になんと、兼見は光秀に謀反の理由を聞いているんです。

 が、日記には『聞いた』と書かれているのみ。とても書けないような――貴族の日記は本人の備忘録かつ子孫への先例集であるため、他人が読み返すことが前提です――ヤバい人名が出たのか、はたまた書き記す気にもなれなかった下らない理由なのか……

※蛇足の私見ですが、単独犯行だと考えてます。理由は、現実に与えた影響はともかく、叛乱の規模としては小さなものだからです。

 そそのかした人物はいるかもしれません。が、『信長軍の合戦史』(渡邊大門編 2016年)で木下真規氏が言及しているとおり、織田一族はおろか主だった家臣が誰も明智に与していないのです。そんなしょっぱい手際の奴を“黒幕”と呼ぶのはちょっと大げさすぎませんか?


-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-◇-


 本著『本能寺の変 史実の再検証』(盛本昌広 2016年)は、上記のような概況を踏まえ、世間に流布している通説を、一次史料(同時代に記された史料)と二次史料(後世に記された史料)を使って再検証してみようというものです。

 その意図は『まえがき』で早くも発揮されます。本能寺は変の以前から信長に接収されて、彼が京に滞在する際の屋敷として整備されていた。だからこの出来事は“信長京屋敷の変”か“信長本能寺屋敷の変”と呼ぶべきだとおっしゃるんです。

 だから本作のタイトルも『本能寺は変!』にしたわけですが、まあこれはもはや人口に膾炙かいしゃした歴史用語なので、本能寺というキーワードに差別的表現が含まれてるとか、本能寺関係者(ご存知の方も多いと思いますが、現在の本能寺は秀吉によって移転させられています)が名称の変更を世の中に訴え出ないかぎりは変わらないでしょう。

 それはともかく、本著は通説を覆す再検証を行っています。次回はそれらを簡単にご紹介しましょう。

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