ifマッチ売りの少女 ~内政チートでバッドエンド回避~
松枝 木葉、三十二歳、職業、商人。
現在、ユートランド・アピア。いつもいつも虐待されているであろう十二歳、職業、マッチ売りの少女。
いやいやいやいや、ありえないでしょ、これ。
なにこれ、は?異世界転移?私トラックに轢かれても、神様にあってもいないんですけど!?
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話はさかのぼること二十分前。
わたし、こと松枝 木葉は主要街道である六道の端を、地球と呼ばれる場所から落ちてきたとされる【漫画】を読みながら、おんぼろ馬車でガタゴトガタゴトと走っていた。
私がいる世界はルーズランドと呼ばれており、文明が進んでいるとされる地球の裏側にある世界だ。
ルーズランドの各国首脳は転移陣を通して地球に隠密を送り込んでいるらしく、よく地球からの流れ物が売られていることがある。
私も結構本などを買って読んでみたのだが、地球には魔法が無いらしく、よく魔法がある世界に転生してしまった主人公が、チートと呼ばれる不正な力を使って成り上がる、みたいな話を見かけた。
こちら側の人間にしてみれば魔法なんて日常的にあるので憧れ等といった感情はないが、チートという不正な最強能力には憧れる。私たちの世界の人間があっち側に行ったら、それこそチートなのだろう。
その代わり、地球にはこちら側にはない魔法、科学というものがあるらしい。
その技術力は素晴らしく、地球がこちらの世界より文明が進んでいると言われる由縁だ。
しかし、地球からの流れ物で私が好きなのは、漫画と童話だ。
特に童話の【マッチ売りの少女】。少女が不憫すぎて泣けた。最後のシーン、少女が天使に迎えられるところ。天使の意味を知るためだけに新しい本を買いに行ったほどだ。あんな健気な子を家に入れないとか最低だろ、あの父親。
閑話休題
今、六道を通りながらも漫画を読んで現実逃避していたのだが、そろそろ現実を直視しなければならないらしい。私の目の前には六人ほどの盗賊がいる。
「げひぁひぁひぁひぁ、これはこれはいいところに来たなお嬢ちゃん」
「俺たちと一緒に来るか金目の物を置いてくか」
「どっちかえらびなぁ」
うわ、もろ地球の本に書いてあった盗賊と言う事が一致してる。
地球にもこういう奴らがいたのかな?
さて、数十秒後...
あっさり討伐。
一人旅してる行商人なめんなよ!っていうことで、私はこっちの世界でも大体最強です。
そりゃあ、まあ、一人気ままな旅暮らししてるんでね。強くなくちゃやっていけんのですよ。
私が盗賊を討伐した後そんなことを考えていると、急に地面に大きな転移陣が現れた。
「えっ!なにこれ?大型転移陣?すっげ、初めて見た。って、ん?これ私範囲に入ってない?えっ、えっ、ちょっとまっ」
私の意識はそこで途切れ、話は冒頭部分に戻ってくる。
つまり...私は一文無しでマッチ売りの少女の世界に放り出されたってことだよ!なんだよ、文句あっか?ああん?
粋がってみるものの、やはり転移陣など現れない。
まわりには赤レンガの家が連なり、ところどころから上がっている煙が空を覆っている。
自分のものとなった小さな手に乗っているのはマッチの束だけだ。
つまりこのままじゃバッドエンド。ど~しよ~
何とかしてわらしべ長者式に成り上がりたいものだ。
それはすべてここからの行動、一挙一動にかかっている。
死という未来が確定されているという点では元の世界よりも危険な世界だ。
モンスターや化け物より怖いのは人間である。
さて、一商売人から一代限りの商人貴族まで成り上がった私の手腕、見せてやるとしますか!
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まずやらなければいけないことは、このマッチをマッチ以上の価値あるものに変えることだ。
幸いにも、あちら側で使えた技などはすべてこちらでも使えるようになっている。そして私の最も得意な技は《エンチャント》だ。この《エンチャント》を使ってマッチに何かを付与すれば一儲けできるはずだ。
しかも、マッチ売りの少女的に行けば、おそらく少女はお父さんに「マッチをすべて売ってこい」と言われただけのはずである。楽勝だ。
私が付与しようと思っているエンチャントは、【炎増大】と【長持ち】。
炎増大はマッチや松明についている炎の強さを強くするエンチャント。あちらの世界では洞窟探検などの際によく使われている、冒険者ご用達の付与術だ。
次に長持ちはその名の通り効果時間や耐久力などを底上げして長くするエンチャントだ。
効果は地味だが極めると結構使えるエンチャントで、あちらの世界でこれを極めることができたのは私一人だけだ。
この二つさえあれば一瞬で売れると思う。
しかし、私はこれでは納得できない。ということで、マッチの束を複製。からのそちらのマッチにも先ほどのエンチャントを掛けていく。ここで重要なのが【長持ち】を【永久化】に変えることだ。
この【永久化】こそ【長持ち】の究極版であり、その効果は【長持ち】の上位互換、効果時間や耐久力などを底上げして永久化するエンチャントだ。
私はこれで貴族の仲間入りしたと言っても過言ではない。
今もあちらの世界ではこっそり抜け出して強制転移させられた私の代わりに、従業員たちが必死に永久化エンチャント付きの武具や防具を売りさばいているだろう。
マッチへの【炎増大】と【永久化】の付与を終えた私は、無名という久々の感覚に酔っていたのだろう。
魔法の無い世界でそんなやばいものが出回ったらどうなるのか、全く理解できていなかったのだ。
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どうしてこうなった・・・
今私の目の前では百を優に超えるであろうおばさん方がマッチ一本をめぐり争っている、というシュールな光景が広がっている。
理由は簡単、私のマッチの有用性が一瞬で街に広まったからだ。
それもこれもすべては十分前にあんなことをしたからだ、と私は思うが今はそれよりも目の前のお客様たちをさばききってから。そう考え行動に移す。正しいと思ったことを考え、する。わたしがこの世で最も気に入っている言葉だ。
今はその言葉の通りに目の前の人だかりをどうにかしよう。
結論から言うと、私がすべての客をさばききれたのはあれから一時間後の事だった。
途中でこっそり複製すれば全員分いきわたるんじゃね?と気づき、そこからはあっという間だった。むしろそれまでの五十分間を返してほしい。
さて、私が約一時間十分前に犯してしまった過ちだが、それは【永久化】付与マッチを売るという事だ。
私は最初から持っていたマッチと、複製したマッチにエンチャントを掛け終わった後、どこか露店でも開けるところはないかと歩き回っていたのだが、売るのはマッチだけという事に気付き、一軒一軒家を回りながら売っていくことにした。もとは三十を過ぎたおばさんでも、今は十二歳の可憐な少女。
そんな少女がやつれて今にも倒れそうな姿で「このマッチを買ってくれないと、またお父さんにぶたれちゃうんです」と言いながらマッチを売りに来たら、どんな相手でも買うしかなくなるだろう。お腹の中が真っ黒黒である。―――――所詮この世は金と打算よ~、はっはっはっはっは!
そんな感じで初めは【長持ち】付与マッチを売っていたのだが、これが売れること売れること。始めて数十分でもう在庫がなくなるくらい売れたのだ。本来ならそこで、もう一度複製して【長持ち】マッチを売ればよかったのだが、そこは異世界で商人貴族となったがめつさ故か【永久化】マッチを売り始めてしまったのだ。しかも、結構長持ちするマッチを売る不思議な少女がいるという噂が広まっていたのか知らないが、私が【長持ち】から【永久化】に持ち替えた瞬間におばさんたちが群がってきて、さらにそのおばちゃんたちがおばちゃんを呼びという、それこそ|《永久化》《無限ループ》コースに入ってしまい現在の状況だ。
大体わかっただろうか?まあ要約すれば私が今とてつもなく疲れているということだ。そう理解しておけばいい、うん。
気づけばもう真夜中を過ぎ空が白んできている。つまりは、「マッチ売りの少女」的バッドエンドは回避できたということだ。
そう思い一安心すると、急に体から力が抜けていった。
いつの間にか緊張で力んでいたらしい。そんなことを考えながら、私は座っていたベンチに体を預け、意識を夢の中へと引きずり込むのだった。
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気が付いたら視線の先には知らない空があった。
そんなテンプレを頭の中で夢想してから十秒後。ようやく脳みそが昨日在った出来事を思い起こしてくれた。
そう言えばトラックに轢かれてもないのに異世界召喚されて、神様にも会わずにバッドエンド回避したな~と。ついでに昨日寝る寸前まであったマッチと金が入った袋がなくなっているのにもそこで気付く。
「ぬあっ!?か、金が・・・ない?」
・・・どうやら認識はしても理解するのに数秒かかったらしい。
仕方がないので(無防備にベンチで寝ていたがための自業自得ともいう)家に帰ってぶたれないようにするためにもお金を稼ぐことにする。
「ぬぅぅぅうん」
とは言っても、ここは異世界。
昨日のようなバランスブレイク商品を生み出さないためにも、何とか新たな商品を生み出さなければならない。どうしたものやら...
考えながら、ふとポケットに手を入れてみると、そこには昨日途中で入れておいた【長持ち】マッチが手に当たる。
どうやら神はまだ私を見放していなかったらしい。
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え?マッチがあったんだからやることは昨日と同じだろって?
いや、もちろんそれでもいいんだけども、よく考えてみれば昨日【永久化】マッチを売った時点でこの町でのマッチの需要だなんてほとんどない。あるにはあるかもしれないが、大の為には小を見捨てることも必要だ。つまり、たくさん儲かるためには新しいものを売った方がいい、という事だ。
そして、何を売るかだが、これでも私は「マッチ売りの少女」愛読者。マッチ売りの少女を読みながら、私だったらこうするな~とか、これこうすればもっと儲かるんじゃね?とか考えていたわけだ。
そんな奴が本当にその世界に入り込んだら何をするかぐらいわかるよね?
ま、昨日とは違う内政チートとしゃれこみますか。
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「ふう、結構疲れるね」
誰もいない空き地で一人、黙々と作業をしていた私は終わると同時にそんな言葉を吐いてしまう。
身体の使い方は同じ人間なのだから「マッチ売りの少女」ユートランド・アピアと松枝 木葉でそう変わらないのだが、魔法を使ったり力仕事だったりすると、この体での仕事は結構疲れる。
体格差が違う。魔力量が違う。体力が違う。
違うことだらけだ。でも、いや、だからこそ、唯一残った私の物【知識】で勝負していかなければならない。
とは言っても疲れるのは疲れるんだけどね、本当。
さて、私が何を作ったかというと、その答えは 「ライター」だ。
あっちの世界にもライター(地球のライターを基にしたもの)があったし、今の私は永久化マッチと複製がある。
元さえ作れば簡単に大量生産できるのだ。あっちの世界でも思ったことあるけど、この能力ってほんとにチートだと思う。
ライターを作った、というのは言葉にしてみれば一言だが、実際に作ってみるとこれが予想以上に疲れる。なんたってまずライターの外枠を作るのから始めなければいけないのだ。これが一番大変で、まずはこっそりどこかの資材置き場から「鉄」をくすねてきて、そのあとその鉄を熱で柔らかくしながら形を作る。もちろん熱の温度は普通に人が焼けて爛れる温度だが、そこは付与術で何とかして・・・、という風にやって、やっと外枠が二時間で完成。あとは永久化マッチを中に固定して、ふたを開けば炎が出てくるようにする。下の方に空気を循環させるための空気穴も入れてっと。
これでマッチを使わなくても火種が起こせるライターの完成だ。
昨日マッチを買ってくれた人には申し訳ないが、もう一度ライターでも買ってもらおうかな、ぐふふ。
結論から言おう。
ライターは産業革命でも起こったかのような勢いで町中に広まった。
その過程でユートランド・アピアを虐待していたことが判明した父は牢屋にぶち込まれ、私は孤児院に引き取られることになった。孤児院でもらった私の部屋で今までの出来事をすべて記し終えたところで、再び私の足元に大型転移陣が現れ元の世界に帰ることができた。こんな感じだ。
ただのマッチの束を持って家から放りだされたアピアの人生は、莫大な財産とともに幸せな方向へ転がり始めるだろう。
私のちょっとした冒険とも言えないような旅は終わりを迎えた。
帰って来てから開いた「マッチ売りの少女」は少し違う、見覚えのある物語に変わっていた。
お読みいただきありがとうございました。
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