第一話『慣れない朝』
とりあえず、学校に行かなければいけない。そう思った僕は、学校へ行く準備を始める。
そこで問題発生だ。僕は、女の制服を持っていない。
どうしよう、とあたふたしていると、壁にかかったスカートが目に飛び込んできた。
あれ……女の制服なんて持ってなかったはずなのに……。僕は更に混乱する。
落ち着いて、部屋をもう一度見回すと、男の制服が見当たらなかった。
なぜか、「なるほど」と思った。僕の性別が変わると、僕の持ち物などの性別も変わるのか、と謎の感心を覚えたのだ。
僕は、壁にかけられた女の制服を身に纏おうと、ハンガーに手をかけ、持ち上げる。
なぜかとても重く感じた。女の制服ってこんなに重いものなのか……?
いや、そんなはずがない。僕は、女になることで、男のときほど、体に力が入らないということがわかった。
だからさっき、ベッドからうまく起き上がれなかったのか……。
手に持ったハンガーから、制服を取り、袖に腕を通した。
そこまでは、いつもの着替えと何ら変わりないような感覚だったが、胸のボタンを止める段階で、いつもとは違う感覚を覚えた。
ボタンによって、物理的に胸が締め付けられる感覚だ。いつもこんな感じなのか……と少しぼおっとしてしまった。
シャツが着られたら、次はスカートだ、と僕はスカートに手を伸ばす。
それを手に持った途端に、体中に罪悪感が蔓延った。なんだか、性犯罪をおかしているような……。
円形に広がり、乱れなくプリーツが刻まれたきれいなスカートに元男の僕が股を通す。
――なんだろう、このふくざつなきもち。
スカートを履き終わると、僕は興奮やら罪悪感やら背徳感やらが滅茶苦茶になった何とも言えない気持ちに支配された。
ところで時間は大丈夫だろうか。僕は壁にかけてある時計に目をやる。7時20分、出発まで40分といったところか。
僕は洗面に向かうため、部屋のドアを開け、階段をことこと降りていく。
家は僕一人。親は、昨年の夏、交通事故でふたりともいなくなった。
今となっては、あまり何も感じなくなったが、昨年の夏休みはずっと引きこもる生活になってしまったほどだった。
洗面所に来ると、まずは鏡を見た。
――やっぱり女だ……。
顔に並んでいる整ったパーツはどう見ても男ではなく、女の顔を成していた。
中身が男だから言えることだが、鏡に写っているのは相当かわいい子だ。
この顔が別人だったら、多分好きになっているだろう。それくらいかわいかった。
顔を洗い終えると、いつものように適当にパンとコーヒーを用意し、軽く朝食を済ませる。
ここまでで15分、あと25分で出発だ。
事件が発生してしまった。大事件だ。
尿意を催してしまった。
第一、方法がわからない。その次に、構造がわからない。
とりあえず、トイレの中には入ってみたものの、恥ずかしさのあまり服が脱げなかった。
なぜ、制服を着るときあんなに気にならなかったのか、今考えると不思議でしょうがない。
頑張って着た制服だったが、同じように頑張って脱いで、後は、パンツのみという局面になった。
そういえば、パンツも女物の可愛らしいものをいつの間にか着用していた。
こんなもの買った覚えがないな……、と思ったが、先程勝手に思いついた、持ち物も性転換の法則に当てはめて考えると、そこまでおかしい出来事ではないような気がしてきた。
恥ずかしさと尿意は最高潮に達し、額に汗すら浮かぶ焦りの中、僕は尿意を優先させることにした。
つ、ついに……。
なんとかトイレを済ませ、手を洗い終わったところだ。
なんだかとても疲れてしまった。スピーチを終えたときのような緊張からの解放感や、正体不明の達成感などから、さらにうっすら汗をかいてしまった。
いつもなら、1分くらいで終わるトイレも、5分ほどかかってしまった。出発まであと20分だ。
そういえば、学校ってどうなってるんだ? とふと疑問に思った。
男としての僕が、学校の名簿に登録されているのは確かなのだが、女としての僕は、一体学校に行っても大丈夫なのだろうか。
侵入罪とかで警察のお世話にだけはなりたくないが……。
そういった手続き関係は、持ち物も性転換の法則でどうにかなっているだろう。
僕は自分の部屋に戻り、カバンとその他必要なものをもって、もう一度階段を降りる。
女としての僕が、学校ではどういう立場なのか、手続き等色々確認したいことがあったので、今日は少し早めに家を出ることにした。
玄関に向かい、靴をはくために腰をかける。
今までも感じていたのだろうが、ここで改めて、自分のお尻がものすごい肉厚になっていることを確認した。
いつも履いている靴を手に取ると、なんだか少し小さいような感じがした。
無理やり履こうと足を強引に入れようとすると、なんと靴はジャストサイズだった。
女は、足が小さいんだったか……。足に痛みを感じることなく、ピッタリと履きこなすことができた。
さて…………。
「いってきます」
誰もいない家に外出の宣言をしたところ、返ってきたのはやけに高いかわいらしい女の声だった。
玄関のドアを開け、足を外に踏み出し、ドアを閉め、鍵をかける。
なんだか新学期の初登校のときのような気持ちだ。
勇気を出し、僕は学校への通学路を歩み始めた。




