死の魔女
文学にしたけど童話ちっくかもしれません
【あなたが私を殺してくれるのですか?】
――そこで彼女に逢った日、彼女はそう俺に言った。
まるでそれを何よりも待ち望んでいるかのように、静かにそう告げたのだった。――
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その砂漠の真ん中には、一人の魔女が棲んでいると言われていた。
命在るモノが近づけば必ず死が訪れる、死の女神と呼ばれる魔女の城。
城の周りには草一つなく、虫一匹いない不毛の荒地と砂漠が広がるのみ。
時折吹く風の音と、降り注ぐ雨の音、それだけがその城に届けられる音。
命ある音は一つとして、その城には響くことはないらしい。
砂漠のすぐ近くにある村の人々は、魔女を怖れ、自分達に害が及ばないことを祈る日々を送っていた。
生まれてこの方、魔女の姿を見たことなどない若者達でさえ、村の年寄り達に物心付いた頃からずっと魔女への恐怖心を植えつけられ、ただただ砂漠に近づいてはいけないのだと思っていた。
そんな中、当時の国王が領土拡大の為に国中に向けてこんなお触れを出した。
【砂漠に住む魔女を殺した者に、望みのモノを何でも与える。
賞金、名誉、爵位、好きなモノを選ぶがよい】と・・・
国中の人々がこのお触れを見て、我先にと私欲に塗れた目をして砂漠へと向かった。
そして、魔女の城には誰一人生きたままたどり着くことはなかった。
そうして、国民の大半を失った王国はそのまま滅びの道を進んだのだった。
支配者が変わっても辺境の村の生活は変わることなく回っている。
砂漠の近くの村は変わることなく、村人は砂漠を見据えて暮らすのみ。
そんなある日、一人の青年が砂漠の前に立っていた。
「やめといた方がいいよ・・・死にに行くだけだよ。
村の伝承には、何百年か前に国民の大半が挙って魔女を殺しに向かったけど、誰一人砂漠を越えることなく命を落としたって伝わってる。
あそこは生きたものが近づいちゃ行けない場所なんだよ。」
「俺もいろんな伝説や噂で聞いてきたから、もちろん知ってるさ。
それでも好奇心は抑え切れなくてね。
死んだとしても自業自得ってことで、おばさんは気にしてくれるな。
食料と水、ありがとなー。」
青年は砂漠の村を出るときに、何人もの村人から止められたが、それでも砂漠へ向かうことを諦めなかった。
何が彼を突き動かすのか・・・
彼の中には、別に魔女の命を奪いたいとか、何かを手に入れたいとか、そういう気持ちは存在していなかった。
ただ、本当に魔女の城がそこにあるのか、魔女とはどんな姿をしているのか、砂漠の向こうに本当に城なんかが存在しているのか、ただ見てみたいという深い好奇心だけが存在していたのだった。
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長い間冒険者として各地を旅してきた。
それなりに腕にも覚えはあり、冒険者の中では割と名前は知れ渡っている彼であった。
そんな冒険者達の間でも、この魔女の砂漠だけは禁忌の場所とされていた。
「行くなと言われると行きたくなるのが、冒険者って者だろ。
さて、どんなモノが見れるのか楽しみだ。
好奇心の果てに死ぬなら、それも本望ってもんだろ!
それが、俺の生まれてきた意味になる。」
砂漠に入って3日経った頃、足元に先人達の遺体だったと思われる骸骨がそこかしこに見え隠れしていた。
風で舞い上がる砂漠の砂が、ほとんど覆い隠しているが、数は数えるだけ無駄に終わると思われた。
それほどおびただしい数の骸骨がこの砂漠には埋まっているのだ。
おそらく砂漠に入った大半の者が進む方向を見失い、ここで力尽きているのだろう。
「さすがに地図が存在しないから、どれだけ進めばたどり着くのかわからんが・・・周辺国の形と所在地、大きさから推測すると方角はあってるはずだ。
惑わせる魔法の類もかかってないように思うんだけど、なんでこんなに彷徨ってる奴らが多いのか見当もつかんな。
何か違う魔法の作用でもあるのかね。
まぁいいや・・・とりあえず砂漠の中心は恐らく、このまま4日ほど進めばいいと思うんだけど、俺の予想が間違ってたら水と食料切れで餓死確定かな。
この俺が餓死って、昔の仲間達が聞いたらちょっと笑える冗談だよな。」
方角を確認しつつ何もない砂漠を歩く彼は、とても楽しそうであった。
彼を突き動かすのは、いつもただ己の好奇心のみ。
別に金を稼ぎたいと思っているわけでも、有名になりたいと思っているわけでもなかった彼が、この世界で手に入れたのは小さな国の王よりも莫大な財産と知名度だった。
しかし彼はそんなものに頓着することなく、気ままに世界中を未だに歩き回っている。
財産はそこかしこに預け、必要な分だけをいつも持ち歩くだけ。
預けた相手に、一定期間戻ってこなければ全て譲渡するという証文を渡すほど、金銭に感心がなかった。
そんな彼がどうしても行ってみたかった場所、それが今歩いている砂漠の真ん中にあるという城・・・死の魔女が棲むと言われる城だった。
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「なん・・・だ?
今空気が一瞬変わった気が・・・!?・・・うそだろ・・・」
日差しと風を避ける為に目深に被っていたフードと砂から口を保護する為に覆っていた布の隙間から見た景色、それは彼を驚愕させるに足る光景であった。
一面砂に覆われた不毛地帯を歩いていたはずの彼の目に前に広がる世界・・・そこは緑溢れる森林と湧き上がる水に満たされた泉。
そして、その先には蔓薔薇が装飾のように施された石造りの城。
そこかしこからは小鳥達が歌を奏で、泉には魚が泳ぐ姿が見える。
それは砂漠のオアシスどころの光景ではなく、深い森の中にある自然の楽園に見えるほどの光景であった。
「俺はとうとう砂漠の真ん中で気でも失って死ぬ前の夢でも見てるのかね・・・
まぁいいや、それならそれでこの夢を楽しまないと損だな。」
すでに自分が死んでしまう直前なのかもしれないという現実よりも、せっかくのこの夢を楽しもうと思える彼の思考に驚く者が今現在近くにいないことがいいのか悪いのか・・・
ただ彼は楽しいこと、興味があることにのみ突き動かされ、自分の好奇心を満たすことだけが生き甲斐とも言えた。
だからこそ、彼はこの場所にたどり着けたのかも知れなかったのだが・・・
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「あなたが私を殺してくれるのですか?」
夢のような光景の森を歩いていた時、彼の耳に不意にその声が聞こえた。
その声は何よりも待ち望んでいた者が来たという希望に満ちた響きであり、魂の叫びのように彼の耳には聞こえた。
声のした方を振り向くと、そこにはまるで一枚の絵画のように、森の木漏れ日の中で佇む女性が立っていた。
足元まで緩く波打つ髪はどこまでも白く輝く銀色、瞳は血よりも濃い深紅に輝き、肌は透き通るような薄桃色をしていた。
「君が、死の魔女・・・かな?」
「外の人々が私をなんと呼んでいるのかは知りません。
ただ私はここでずっと・・・私を殺しに来てくれる人を待っているだけ・・・
私の呪いを解き放つことが出来る方が訪れるのを待っているだけ・・・」
「呪い?」
「もう、何年経ってしまったのかわかりません。
私の愛した国も、愛した人々も、何もかも死に絶えてしまった・・・
私はただ、私の時を動かして、私を殺してくれる人をここで待つだけ・・・
私に下された罰という名の呪いは、私の時を止め、私の城を結界に封じ込め、外の人々から隔離した。
ここに入ってこれるのは、私に何も害意を持たない小動物と自然現象、そして私に敵意を持たない私を殺せる人だけ・・・
あなたが私を殺してれる人ではないのですか?」
淡々と感情を表すことなく語る彼女の言葉に、彼はただ聞くだけだった。
彼は別に魔女を害しようと思ってここに来たわけでも、何かをしたいと思ってきたわけでもない、ただそこに本当に魔女がいるのかどうか知りたいだけで来たのだから。
「俺は別に、君を殺しに来たわけじゃない。
だからこそここに無事に辿り着けたんだと思う。
君を害したいという気持ちがなかったからこそ、君に出会えたんだろうな。」
「では、あなたは私を殺してはくれないのですね?」
感情がほとんど現れない彼女の表情の中に、わずかに落胆の色が見えたのは間違いなかった。
「そんなに君は死にたいわけ?」
「私はもう、ここでいつ終わるのか知れない日々を過ごすのが恐ろしいのです。
この長い長い死のない世界は、私からあらゆる感情を奪って行ったはずなのに、恐怖と哀しみだけが取り残されてしまった。」
深紅の瞳から静かに透明な滴が零れ落ちた。
それはまるで宝石のように陽の光を受けて輝き、大地へと染み込まれていく。
「だったら俺と外の世界へ行こう。」
ポロポロと流れる彼女の涙の滴を拭い、彼はそう行って彼女に手を差し出した。
「ですが私は・・・ここから出られません。」
「それは君が一人だからじゃないかな?
君にかかった呪いがどんな物かわからないけど、二人なら出ていけるかもしれない。
なんでもやってみないとわからないもんさ。」
そういって彼は手を差し出したまま、口角を上げて片目を瞑った。
そんな彼の言葉に、彼女は恐る恐る手を差し伸べたその時、世界は再度一転した。
「うっわ・・・なん・・・だ?」
温かい彼女の手の感触はあるが、眩い光に包まれて彼は目が開けられなかった。
そして、光が収まったあとゆっくりを瞼を上げたそこには、楽園のような森林も泉もなく、果てしない緑の野原が広がっていた。
そして、自分の目の前にいる自分が手を取った魔女と呼ばれた女性。
白銀だった髪は金色に、深紅の瞳は紺碧に、肌に色は健康的は薄桃色へと変貌していた。
その姿に彼は呪いが解けたことを確信し、笑ってこう言った。
「俺が生きる今という時間に、おかえり・・・君の名は?」
「ただいま・・・私の名は・・・」
恋愛要素なくてすいません!!
誤字脱字あったらごめんなさい。