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第13話

「えっ……と」

 突然名前を言い当てられ、シェリアは言葉につまった。

 肯定するべきか否定するべきか。相手が何者なのかも分からぬ今の状況では、判断のしようもない。


 うろたえて周りを見回すが、もちろん助け舟を出してくれるような人物はいなかった。周囲は二人のやりとりに注目して、ただざわついているのみだ。しかし幸いなことに、目の前の男が告げた名前が周りにまで聞こえてしまったわけではなさそうだった。


「だから、そう警戒すんなって」

 あっけらかんと男は言うが、それも無理な話だろう、とシェリアは心の中で反論した。

「俺の名前はジークレスト。以前に遠目であんたを見かけたことはあったんだが、こうして面と向かい合うのは初めてになるな。――以後お見知りおきを、聖女様」

 茶化すように、ジークレストと名乗った派手男は騎士風の優雅な礼をしてみせる。シェリアは周りの目を気にして、慌てて男を止めに入った。


「あ、あの。やめてください、こんなところで」

「お忍びで来たんだから――ってとこか?」

「まあ……、その」

「聖女様直々にいらっしゃるとは、一体どんなご用件なんだかね。よかったら俺にも教えてくれないか」

「せ、聖女聖女って、連呼しないでくださいっ」

「でもあんた、聖女は聖女なんだから聖女と呼ぶほか仕方がない」

 シェリアが慌てているのを面白がって、ジークレストはわざと何度も「聖女」と口に乗せる。これにはさすがのシェリアもむっとした。

「シェリア、と。名前で呼んでください」

「ほーう、そりゃあ光栄だね。言っとくが俺は遠慮しないタチだぜ。シェリアと呼べというなら本当にそう呼ばせてもらう」

「どうぞお好きに」

 シェリア自身、シェリアスティーナなどというもったいぶった長い名前はあまり好きじゃない。美しい響きだ、とは思うが、その名で呼ばれる度に、相手との間に見えない壁がそびえ立つ気がしてしまうのだ。


「んで、シェリアは」

 ジークレストはぐいっとシェリアの肩に腕を回して引き寄せた。

「な、なんですかっ。離して下さいっ」

 ……壁がそびえ立つ気がするのだが、だからといってこれはこれでどうにも遠慮がなさ過ぎるのではないか。シェリアは目を白黒させて抗議した。

「んー? 別にいいだろう、愛称で呼び合う仲なんだから。あ、シェリア、なんかいいニオイがする」

「呼び合ってません! 私は呼んでません!」

「遠慮せずに、俺のこともジークって呼んでくれて構わねえよ?」

「結構ですっ」

 腕の中でわたわたともがくシェリアを見下ろし、ジークレストは面白そうに笑った。

「美しさは噂に違わねえが、どうも性格の方は、噂どおりというワケでもないみたいだな」

 ジークレストの腕の力が一瞬緩められた隙を見計らい、シェリアはさっと身を翻した。

「そんで、意外と純情でお堅そうなシェリアちゃんが、何の用でこんな所へ来たんだって?」


 じろり、とシェリアは真正面に向かい合った男をねめつける。

 ――異常なほどに気さくに接してくるこの男は、一体何者なのか。ここまでの会話とも言えぬ会話ではまだ名前しか分かっていない。だというのに、このジークレストという男は、さっさと話を突き進めようとしているのだ。

 確かに、こんな場所に一人きりで途方に暮れていたのは事実。だがこの男を信用して、頼りにしてもいいものか。


(良くない)

 即座にシェリアは答えを導き出した。


 とにかく怪しい。いろんな意味で怪しすぎる。こんな男に事情を話すくらいなら、すぐそこの道端であぐらをかいて座っている若者に助けを請うほうが良さそうだ。

 そんなシェリアの心情を汲み取ったのか、ジークレストは両手を挙げて降参の構えを取ってみせた。

「なんか警戒されてるよなー、傷つくわー」

 こんな軽い男に警戒しない娘がいたら見てみたいものだ。

「まあ、かの聖女サマがこの国の軍隊に興味ないってのもわかるけどな。しかしこの軍服にジークレストの名前をもってしても、カケラも響くもんがないってのは、さすがにちょーっと切ないような。俺のこと知らねえの?」

「す、すみません」

 どうやらそれなりに名の通った人物らしい。だが数日前に聖女になったばかりのシェリアが知っているはずもない。――とはいえ、この白い軍服。見覚えがある。思い出せ、思い出せ……白い軍服……。


「――あぁっ、神聖騎士団の!」

「お?」

「……軍服、ですよね。それ」

「……まあ、外れてはいない。うん、その通りだ。それでよしとしよう」


 ジークレストとしては、自分が何者かというところまで言い当ててほしかったようだ。しかし、多少不満げではあるものの、それほど気に留めている風でもなかったので、シェリアはほっと胸をなで下ろした。


 年に数度行われる祈祷祭で、神聖騎士団がパレードを行っているのを見たことがある。その時の騎士たちは、全員白い軍服を着用していたはずだ。それがシェリアの記憶にもかすかに留まっていたのである。パレードよりも食い気に走っていたシェリアには、それ以上のことは何も思い出せなかったが。しかしそんなシェリアとて、王国軍隊の大まかな仕組みは分かっているつもりだ。


 このジークレストが所属しているというのが神聖騎士団。

 この国の花形となる騎士団で、権力も実力も兼ね備えた者のみが入団を許されるという精鋭の中の精鋭集団だ。かつてイーニアスやネイサンがそうであったという準騎士も、この神聖騎士団に連なる地位の一つだったとシェリアは記憶している。

 他にも騎士団はもう一つあって、それが正騎士団。

 こちらは神聖騎士団と比べればいささか地味だが、それでも有望株の集まりであることには変わりなかった。

 町娘たちは、一般的に、どちらかといえば正騎士団の騎士たちと恋に落ち結婚するという夢物語を目指している。神聖騎士団は貴族の娘たち専用とでも言おうか。平民には手の届かぬ存在なのだ。それに比べれば正騎士団の面々の方が、町中を巡回することもあってお近づきになりやすかった。ただし、かつてのシェリアに騎士の知り合いなど一人たりともいなかったのだが。騎士など、どの道遠い存在には違いないのだ。


 王国の騎士団はこのように二つの精鋭集団で形成されているが、他にも兵団というのがあるらしい。今この辺りにいる兵士たちのほとんどは、こちらの所属だろう。

 地位の降格を言い渡されたイーニアスも、現在はその兵団の一兵士として活動しているらしい。志願すればどんな平民でも大抵は受け入れられるのが兵団だ。

 その波の中へイーニアスを放り込んでしまったことは、何度考えても許しがたいとシェリアは考えていた。――そう、今日はその話をするためにここまでやって来たのだ。


「あれ?」

 そこでふと、シェリアは不思議に思った。兵団の訓練場に、神聖騎士団所属のジークレストが何故姿を現したのだろうか。

「あの、ジークレストさんって」

「ジークでいいって。それよりも、シェリアの用事を済ませよう。付き合うぜ、どうせヒマだからな」

「いえ、でも」

「さすがの箱入り娘でも分かんだろ? こんな所で一人うろついてちゃマズいって。――ほらほら、お兄さんに相談してみなさい。案外何でも出来る男だぜ、俺って」

「ううう」

 シェリアは悩んだ。イーニアスを探してる、などと白状しても良いものか? ジークレストが神聖騎士団に所属しているのなら、イーニアスとは元同僚だったということになる。聖女の手によって一兵士に格下げされた仲間のことを耳にして、この男はどう思うだろうか。そう考えると、素直に目的を告げるのはなんだか戸惑われるのだ。だが、自分一人ではイーニアスと出会うことも儘ならないのはすでに十分実感しているし……。


 ――ええい、ここであれこれ悩んでいても仕方がない!


「私、イーニアスという人に会いに来たんです。ご存知ですか?」

「……イーニアス」

 その名を聞いた途端、ジークレストは傍目にも分かるほどサッと真面目な顔つきになった。もともと派手な男なだけに、真面目な顔をすると妙な迫力がある。

「なんだ、聖女様はまだアイツにご執心なのか」

 はっきりと、侮蔑の色が含まれる声音だった。その声を聞いてシェリアは一瞬息を呑む。やはり早まったか。しかし怯んでいる暇さえ惜しいと、再び自らを奮い立たせた。

「知っているんですね。なら、話は早い。彼は今どこにいるんでしょうか。できれば二人きりで話がしたいんですが」

「まだそういうこと言うか? アイツはあんたに興味ねえんだよ。もういいだろう、あの時散々アイツを踏みにじるようなことしたんだからな。さすがに、そっとしておいてやってくれ」

「ち、違う。そういう意味で興味があるんじゃないですっ。四ヶ月前のことも、ご存知なんですね。それなら」

「もちろんご存知ですとも。俺はアイツを結構気に入っていたんでね。――なんだ、ホリジェイルを処分したって聞いたから、あんたも案外反省するとこがあったのかと思ったんだが」

「その件と関係しています。私、イーニアスを元の身分に戻したいと思っていて。そのことで直接彼に話がしたかったんです。勝手に辞令だけ突きつけてハイこの件は一件落着、なんて、そんなやり方嫌だったから」

 たたみ掛けるように言葉を繋げると、ジークレストは押し黙ってシェリアを見つめた。

「もうこれ以上、彼をどうこうしようってつもりはありません。誓って。彼が望むのなら、今回を最後に二度と彼の前には姿を現さない」

「――ふーん、なるほど」

 突然気の抜けた返事を寄こされ、シェリアは戸惑った。……ど、どうなったのだ。


「まあ」

 まあ?


「こーんな別嬪なお嬢ちゃんのお願いとあっちゃあ、無下に断ることもできねえよなあ、男として」

「……は?」

「よしよし、俺に任せなさい。すぐにイーニアスんとこ案内してやるからな」


 突然ふざけた調子に戻って、ジークレストは再びシェリアの肩を引き寄せた。こんな大男と肩を組んでは潰れてしまう。シェリアはなんとかジークレストを引きはがそうと躍起になったが、びくともしない。

「ば、場所だけ教えてくれれば十分ですから!」

「そう言うなって。――アイツは今、俺がとある場所に呼び出してんだ。とりあえず俺も行かなきゃならんだろうよ」

「え?」

 ジークレストが、イーニアスを呼び出している?

 驚いて、シェリアはジークレストの顔を見上げた。すると先ほどまでの侮辱の色はどこ吹く風で、なんだか楽しげとさえ言えるような表情をしているジークレストの顔が間近にあった。


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