Ⅲ話 邂逅
燃え上がる真夏の炎天下。
目の前で倒れて流れる俺の愛しのオアシス(みず)――……
神社の灰色の地面は瞬く間に黒くなって広がり、シミをつくる。
そしてついにもう、黄色い筒からは何も出なくなった。
俺はこれ以上ないってくらい泣き叫んだ。
泣きながら祠に歩み寄り、しゃがんで空になった水筒を手にとった。
さっきより軽くなって、もう一滴も出てこない。
「ふーっ、久しいな。もうかなり変わってしまった」
俺はしゃがんだまま見上げると、白い服を着た男性がいた。
神話に出てきそうな、全くTPOに合わない服……
年はかなり若く、大体俺くらい……でも背が高い。先輩か?
しかも金髪で目が青い、外国人だろうか?
多分彼があの祠の穴から出てきて俺を突き飛ばしたのだろう。
「あー、悪ぃ、さっきは悪かった。まさか泣き叫ぶ程痛かったとは……」
こちらに気づいたのか、彼は軽く謝った。
俺が泣き叫んでいたのは、体が痛かったからじゃない。
大事な、残り少ない水を突き飛ばされたせいでこぼしてしまったからだ。
それに、この神社には水道というものが無い。
だから水を確保する場所がないのだ。
俺は喉が渇いた上に、大声で泣き叫んだので喉の痛みが増した。
水、水……水が欲しい――
「おい、大丈夫かよ?」
外人らしき男性は、普通に日本語で話しかけてきた。
「ふざけんなー!俺の……俺の水があぁーっ!」
俺は再度大粒の涙をこぼし、枯れた声をあげた。
いくら初対面の相手とはいえ、いくら謝られたとはいえ。
もう俺は憤りを隠せない。
「悪かったって言ったろ!?な……なんだよ、大体なー!お前が出入り口の祠に立つから……!」
「出入り口って何だよ!?ふつー祠から人間が出るなんて思わねーよ!」
俺は彼の言っている意味が分からず、つい感情的になってしまった。
「な……っ!?俺は人間じゃねー!大天使だ、だ・い・て・ん・し!ラファエラ!」
彼は自分の胸板をドンと叩き、胸を張って言い張る。
あぁ、だからそんな格好を……
「ラファエラ……って、アホかぁっ!大天使はラファエルだろ!?」
たまたま知っていた前に読んだ神話だ。
「それより、俺の水ー!」
俺は怒りに身を任せ、彼の太い腕にしがみついて怒鳴った。
「ぎゃあぎゃあうるせーな!あぁ、人間界に来て早々トラブルかよッ!?」
俺は自分が天使だと思い込むおかしな人だと認識して、呆れた。
「とにかく、俺はこれから箱根の温泉に行くんだ!有給取れたんだーっ」
「おい、近くのセブ●イレブンで『いろばす』奢れー!俺の水!あれが最後の0.5dℓなんだぞー!」
「たかが水だけでうるせー!」
これじゃあまるで、どっちがジュースを奢るかみたいな先後輩の口喧嘩だ。
「おい離せー!」
ラファエラと名乗った男は、鬱陶しそうに俺を払いのける。
「わ……!」
俺は払いのけられ、バランスを崩し、あの祠にぶつかる。
「え……っ、あ!?」
強く頭を打ち付けたかと思うと、足に地面の感覚が無かった。
……おち……た?
「やべぇ!」
彼は祠の穴に落ちた俺を見て、驚愕していた。
ダメだ、落ちる――――!
「ぎゃあああああああああっ!」
俺は泣きながら暗く、深い、深い、不快な穴へ吸い込まれていった。
祠の穴ってこんなに深かったっけ!?
「しまった……天界の道を塞ぐのを忘れてた……」