私の世界
私の中の世界は誰にも分からない。
それと同じように、人の世界は、私には分からない。
私の世界は誰かの世界と繋がっている。
繋がっている誰かの世界の影響で、私の世界の色合いは変わっていく。
仮に相手の世界が崩壊しないとしても、自分の世界は崩壊していくことがある。それは、同じ物事に対して湧いてくる二人の感情は同じではないからさ。
どうして違うか分かるだろうか。
なぜならそれは、分からないことだらけだからさ。
もし私が野に咲く花ならば、
その人は山に咲く花。
もし私が冷たい海に泳ぐ魚ならば、
その人は暖かい海に泳ぐ魚。
どうしても越えられない壁があった。
あちらの世界の色、こちらの世界の色、
それだけでは、私の世界は狂ってしまうと確信した。それは、願ってもみないことだった。
私は彼の訴えを拒むべきだったのか。
私はそうは思わない。
彼に色を少し分けてもらって、私の色をあげたらきっと世界は良くなる、
その人の世界も良くなる、
と確信したのだ。
私たちの世界は秩序の色で満たされてるのに、その中で秩序が打ち立てられないのは、
現実に秩序の色があまりにも足りないせいだろうか。
私たちの世界は、現実と繋がっているから。
きっと、誰かの悲鳴の色は、誰かの悲鳴の色と混じり合うために悲鳴をあげている。
まるで剥き出しになるまで引き延ばしたような電話のコードを繋ぐように、みんな誰かを求めている。そこに秩序たるものは排除されて。
黒で塗り固められた全くの白紙の世界たちの、もがいてももがいても、暗闇の中で必死に伸ばす手の先は、冷たい氷柱。
私たちもそれに負けまいと参加する。
かろうじて秩序を保ちながら、私たちは幸せを、守れているのだろうか?
私たちが幸せと信じてやまない、幸せを。




