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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

騎兵戦線

騎兵戦線「草原の光」

作者: あると

騎兵戦線「草原の丘」の続きになります。

銀の群れが襲いかかってきた。

あやふやな国境線をふれ合わせている隣国。今や敵国となったの国への行軍途上であった。

縦列に長く伸びた槍兵の隊列に、次々と穴が開いていった。応戦する間もない。虫に食われるように、兵士たちは倒れた。数ヶ月前まで交易に使われていた街道が、兵たちの血で汚れていった。流された血は細い川となり、大地を潤した。

虫は、騎兵だった。

銀色に輝く甲冑を着込んだ戦士。馬にも銀色の馬甲が着せられていた。強烈な存在感が草原を揺るがす。蹄のひと掻きで地面が揺れ、土がはじけ飛んだ。

「たすけ――」

銀騎兵の長槍が槍兵の鎧を貫いた。その衝撃で兵士の身体は地面に投げ出された。倒れた兵士を、後続の蹄が踏み潰した。

「密集隊形だ」

生き残った小隊長のかけ声で、周囲の兵士たちは、開いた穴を埋めるように固まった。

槍を構える。騎馬に対する防御であり、攻撃手段だった。突進してくる馬の力をそのまま貫通力へと転換する。

だが、槍兵たちの反撃は不十分だった。普段ならば、穂先を柔軟に動かして狙いを定めるところだが、突然の襲撃に動揺していた。

銀騎兵は、自分たちの防御力に絶大の自信を持っていた。槍を恐れていない。穂先を鎧の表面で受け流した。騎兵の長槍が兵士たちを薙ぎ倒していった。

撤収のかねが鳴る頃、血の川には、大小のいびつな岩ができていた。

どこかで野犬の遠吠えが聞こえた。


「斥候は何をしていた!」

馬厳の拳が卓を叩き壊した。

先行した槍兵隊が、銀色の騎兵により壊滅的な打撃を受けたとの急報を受けた。主立った隊長は、至急集合するようにとの指示が付け加えられていた。

馬厳は、遊撃隊を率いている。中隊長としての任である。本来、彼は部下を持っていない。そのような身でありながら、今回の侵攻計画に組み入れられたのは、数ヶ月前に発生した国境防衛に一役買ったからだった。この国境侵犯を理由に、宣戦布告がなされていた。

「斥候は出ていたようだがな。帰還せず、だ」

副官は馬孫だった。国境防衛戦では守備隊長だった彼も、馬厳と同じ理由で今回の陣に配置されていた。

防衛戦での銀騎兵は、手強い敵ではあったが、精強とまでは言えなかった。槍兵隊を殲滅するほどの実力を持っているとは考えにくい。

当時の技量では、である。

数ヶ月の訓練で、力をつけたのか。

違う。おそらく武具を最大限利用する術を身につけたのだ。

銀の鎧。

草原ではあり得ないほどの重厚な鎧であった。機動性が落ちるのを覚悟しての導入だ。防御を主体とした戦術を確立し、短期間で実戦に耐えられる訓練を施した。そうとしか思えなかった。

馬厳の脳裏に、草原の丘の上で見た騎馬の姿が浮かんだ。西方生まれの人種の特徴である、金髪の人間だった。

「あいつか」

馬厳は、華の国に力を貸したと思われる人間に見当をつけた。ただの閃きだ。だが、間違いはないと本能が告げた。

「出るぞ」

「本気か?」

「偵察だ」

「威力偵察だろ」

馬厳はにやりと笑って、背を向けた。

馬孫は傍らの兵士に、会議は欠席する旨を伝え、馬厳の後を追った。大隊長を無視した馬厳の行動に頭を痛めつつも、戦いに逸る心は抑えられないでいた。


銀色の照り返しが眩しい。陽光を浴びた鎧は、遠目にも見つけやすかった。堂々とした隊列を組み、獲物を迎え討つ気迫が漂っていた。

「挟む」

敵もこちらも、ほぼ同数の騎兵二百だった。違いは重装と軽装。防御と機動性だった。

馬厳は正面からぶつかることも考えたが、騎兵の実力を測るには不十分だ。重騎兵に対するのに、正攻法で挑むのもまた危うかった。

隊を二つに分ける合図を出した。馬厳は右に、馬孫は左に向かった。それぞれが百騎を率いることになる。

向こうも気づいたようだ。一塊りになって、馬孫の隊へと向かっていった。倍する数で押しつつもうというのだ。

定石通りの動きを見て、馬厳は併走する小隊長に指示を出した。


馬孫の百騎は、銀騎兵の直前で左右に割れた。馬孫ともう一人の小隊長が、それぞれ五十騎の先頭を駆ける。

銀騎兵は一瞬躊躇ったものの、馬孫の小隊に槍を突き立てた。

遅い。

馬孫は防御に徹し、銀騎兵の長槍をいなしながら駆け抜けた。無視された小隊は、銀騎兵の脇を駆け抜けた後、小さな円を描いて方向転換した。うまく曲がりきれなかった騎兵が何騎かいたが、主力は銀騎兵の横腹に突っ込んだ。

固い。

銀の鎧は厚い。勢いに乗った小隊長と数騎が、銀騎兵の鱗を数枚落としただけで、ほとんど効果はあげられなかった。返り討ちのほうが多い。

別の小隊が銀騎兵の後方に現れた。馬厳から直接指示を受けた小隊だ。銀騎兵の後尾に鋭く突きかかった。

背後からの攻撃は予想していなかったのだろう。銀騎兵の十数騎が崩れた。

銀騎兵は大きく曲がりながら、追撃兵をかわそうとしていた。重い鎧が仇となっている。方向を変えるのは苦手なようだ。逃げ場を求めて、銀の輝きが緩やかな丘の上に向かった。そのとき、彼らの鎧をときの声が震わせた。

丘を越えてきた馬厳の小隊だった。三つの小隊の動きで、銀騎兵たちが丘に向かうように誘導していたのだ。

馬厳を先頭に五十騎が駆け下りた。高低差を利用した逆落としが、銀騎兵に叩きつけられた。

砕ける。

何体もの銀騎兵が圧力に抗しきれず横倒しになった。重い鎧で立ち上がるのもままならない。馬甲をつけた馬の下敷きになる者もいた。緩い坂だったからこの程度ですんでいた。急峻な斜面であったならば、犠牲はもっと多かったはずだ。

馬厳と三隊は銀騎兵を取り囲み、槍を突きつけた。馬厳の戟が正確に銀騎兵の胸甲の隙間を刺し貫き、兜を弾き飛ばしていった。軽騎兵たちも、機動力を味方に銀騎兵を翻弄して隙をついていた。

しかし、しぶとい。

銀騎兵は円陣を組み、かろうじて防御態勢を整えていた。

馬厳は頃合いを見て合図を出し、包囲網を緩めさせた。開いた穴から銀騎兵が撤退を開始する。後は追わなかった。追撃は味方の危険も伴う。

「とどめを刺せ」

倒れたままの銀騎兵たちを、一騎ずつ突き殺していった。

馬厳は短時間の戦いを顧みた。

敵の指揮は甘かった。咄嗟の判断にも遅れがあった。

機動力を生かして、続けざまに攻撃を与え続けることで、敵隊長の思考と行動の遊離を図った。わけもわからず、負けを知ったことだろう。最後は味方の損耗を避けるために、あえて逃がしてやった。

おおむね理想どおりの結果だ。ただ、自分の預かる兵の質は多少物足りなかった。借りた騎兵に文句を言うのは我慢するしかないが、許されるのなら、自ら訓練を施したいところだった。

馬厳は馬上から戟を突き立てていった。こういうことは部下だけに任せない。隊長が率先することで、部下に躊躇いをなくさせるのだ。兵士には必要なことだった。

「待て」

馬孫の槍を戟で絡め取った。

「どうかしたか?」

馬厳は馬を下りて、動かない銀騎兵の傍らに膝をついた。

「あたりだ」

銀の兜から金髪がのぞいていた。剥ぎ取ると、血に濡れていた。額を切っているだけのようだった。大した怪我ではない。

「生きている。運のいいヤツだ」

あの時見た丘の上の西方人に違いない。何か情報が得られるかもしれなかった。異国の人間がここにいること自体、大きな収穫でもある。

鎧の繋ぎの革紐を切り、銀の甲冑を脱がした。馬に乗せるのは、身ひとつで充分だ。

「ん?」

馬厳は抱え上げた身体の軽さに拍子抜けした。骨も細い。こんなやつが騎兵というのはおかしな話だった。兵士というよりは、参謀か目付か。しかし、ただの一中隊に配置されている理由がわからなかった。

後で問い質そう。そう思ったとき、馬厳は違和感に気づいた。

「こいつ――女か?」

突き出た尻が丸みを帯びていた。柔らかかった。股の間にも、あるべきものがなかった。

「悪かった」

意識がない女の身体をまさぐったことに対して、馬厳は少なからず罪悪感を抱いた。

愛馬の嘶きが非難の声に聞こえた。


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