告白と仲間
教室に戻ると、勲が星也に近づいてきた。
「なんだったんだ?」
「ん・・・・・・秘密」
こう言えば、勲はそれ以上追及してこない。それが、星也にとってありがたかった。
一時間目から四時間目まで、とりあえず何も起こらずに過ぎた。
失敗したことと言えば、たまに授業見学にテラが入ってくるので、驚いて理科の実験中に試験管を落としたり、美術の時間中にタッチペンを大きく振って、写実的な絵が抽象的なものへと変わってしまったことだけだ。
昼、昼食をとった後、星也は勲たちとはなれ、テラと話すために人気のない倉庫へと向かった。
「で、どうだった? 学校」
「ん。結構面白かったわよ」
テラは、今も興味深そうに、周りにある文化祭や体育祭で使う道具をいじっている。
「じゃあ、学校見学は今日で終了か?」
「そうね。明日の学校の時には、図書館へ行ってみるわ」
星也はホッとした。
「じゃあ、グラウンド星に行くのは・・・・・・」
「うん。だいたい一週間後ね」
グラウンド星を想像してみる。観光は楽しそうだが、新しく課せられた仕事、『スパイ』が気を重させた。
しかし、星也は知らなかった。
この学校のほとんどと言っていいほどの場所に、翔と薫が盗聴器を仕掛けていることを。
それを使って、今の会話を聞かれていたことを。
放課後。星也は校門の外まで勲たちと歩いていたら、忘れ物をしたことに気が付いた。
「ちょっと忘れ物しちゃったから取ってくる。先に帰ってて」
皆にそう言いながら、教室に向かう。
「ちょっと、何を忘れたのよ」
「・・・・・・あの、写真」
「はぁ!?」
教室を空けると、意外なことにまだ残っている人が二人いた。二人とも、机に固まって何か話している。
最初、星也はそう思ったが、歩きながら重大なことに気が付いた。
二人がいる場所は、星也の机。持っているものは、あの写真。
「ちょっと!?」
「「あ、星也が来た」」
そして、その二人は・・・・・・桜田兄妹だ。
「ねえ、何でいるの!? さっき校門のところで別れたよね!?」
「その後、先回りしたの」
「勲たちも、置いてきちゃったけどもうすぐ来るはずだよ」
開いた口がふさがらない様子の星也をみながら、二人でにやっと笑う。
「「これ、なーんだ?」」
手には、あの写真。今教室の中にはテラもいる。本当は教室から逃がせば見つからないのだろうが、今は前後両方のドアが閉まっている。さすがに「誰もいないのにドアが開く」なんて怪奇現象じみたことをすれば、大騒ぎになってしまう。
「か、かえせ」
「「あれー、星也くんってば、何時の間に彼女できたの? 好きな子ほうって置いて」」
星也が近づき写真を取ろうとすると、翔と薫が交互にパスをするので、なかなかつかまらない。
星也のこめかみに、青筋が立った。
「ふっっっっざけんなぁぁぁぁ」
星也が切れることはほとんどない。しかし、このときばかりは我慢の限界だった。
叫びながら星也が持ち上げたのはーー机。危ないことこの上なし。
星也の手から放たれた机は、まっすぐに飛んで翔と薫の間を通り過ぎた。
「「あっぶなー。勲ー、取り押さえてよ」」
教室には、いつの間にか勲とーが戻ってきていた。
「・・・・・・はいよ」
勲が教室に入り、星也の肩を抑える。星也も弱いほうではないのだが、学校一力の強い勲に取り押さえられたら動けない。
しかし、少し遅かった。星也は、もうひとつの机を投げたところだった。
そして、その机は・・・・・・翔の持っている、写真を弾き飛ばした。
「やばっ」
そう叫んだのは、テラ。急いで教卓の陰に隠れようとしたが、遅かった。
机と一緒になって床を転がった写真は、びりびりに破れた。
「「あれ、星也と一緒に写真に写っていた子じゃない?」」
桜田兄妹が、テラを見ながら言う。
「おまえ・・・・・・見かけない顔だな。隣の学校のやつか?」
勲だけ、前までそこにいなかったはずのところに人が現れたということに気が付いていないらしい。
星也は、やっと正気に戻ってあわてた。
「あ、うん、そうなんだよ! この学校の見学を・・・・・・」
「あ、もしかして、昼に話していたグラウンド星がどうちゃらって、この子の事?」
「この子って、グラウンド人?」
桜田兄弟を除く全員が、凍った。
数十秒間の間、誰も動かなかった。いや、桜田兄妹だけは、面白そうにテラのことを眺めていた。
「・・・・・・ちょっと、来て」
星也が、テラをつれて教室から出ようとする。
「えー逃げるのー?」
「説明しろよー」
桜田兄妹から上がる、非難の声。
その声を聞いて、勲がはっとした。
「グラウンド星って・・・・・・おまえ・・・・・・」
勲が言いたいことは、テラ以外の全員にわかった。今朝の、あの重大な発表についてだろう。
「・・・・・・ごめん、後で説明する。いつもの時間に」
星也はそういいながら、テラを教室から押し出し振り向いた。
「また後で」
そう言った星也を見る目は、好奇心と不安の感情がさまざまに混じっていた。
☆★☆
「ねえ、いったいどうするつもりよ」
テラは、さっきから不安そうな顔をしている。
「事情を、皆に説明しようと思う」
「はあ!?」
テラが驚くのは、正しい反応だ。下手したら法律違反で捕まるようなことを、他の人に言うなんてありえない。
「大丈夫。あの四人の口は、ものすごく堅いんだ」
「でも、絶対とは言えないでしょ?」
テラは、さっきから不安そうに星也を見上げている。
まあ、確かに星也も絶対とは言い切れない。事が事、時期が時期だ。星也は、保険をかけてみようかと思った。
「・・・・・・ねぇ、あの、グラウンド星に観光に行くってのさ・・・・・・」
「ん?」
「人数増やせない?」
テラが、怪訝な顔をする。しかし、すぐに理由が判ったようだ。
少し考え込んでから、顔を上げた。
「できないことはないわよ」
「じゃ、じゃあさ、四人増えるのは・・・・・・」
「可能ね」
テラが、ここに来てやっと安心した。星也が何をしようとしているのか判ったのだろう。
「かわりに、ちゃんと説得するのよ」
「うん・・・・・・」
しかし、星也が説明しようと思っているのは、そのことだけではない。課せられた仕事についても、話そうと思っている。
これは、四人に説明する前にもう一人に承諾を得る必要があるな、と星也は考えた。
☆★☆
「もしもし、校長先生ですか」
星也は、校長先生に電話をかけた。前に「もし何かあった時に」ということで教えてもらってたのだ。
「おお、星也くんかね。どうしたのかい」
「いや、ちょっとグラウンド星について、相談したいことがあって・・・・・・・」
手には立体投影装置、耳にはイヤホンをつけているので、本当に対面してしゃべるような感覚で話すことができる。
「ほお、言ってごらん」
「あちらへ向かう偵察の人数を、増やしてもいいですか」
「・・・・・・なぜかね」
「グラウンド星の人と一緒にいるところを、友人に見られてしまったのです」
返事はない。表情も固まっている。
「それに、そのばれてしまったやつらは、運がいいことに、偵察の時に役に立ちそうなやつらだったんです」
「もしかして、それは・・・・・・」
星也の秘密がばれてしまうほど仲がよく、能力が高い人物は、そんなに沢山はいない。
「はい。生徒会のメンバーです」
校長が、思案するような顔をする。いつもの杖は映ってないので、しっかりと何を考えているか推し量ることができない。
「・・・・・・それで、そのなかの誰なのかね」
「全員です」
少し困ったような顔をした。しかし、すぐにその顔は元に戻る。
「・・・・・・判った。君達は、北海道にでも研修旅行へ行ったことにしておこう」
「ありがとうございます」
丁重にお辞儀をして、校長が通話をきったのを確認し、電話をしまう。
これで、問題は説得することのひとつに絞られた。
☆★☆
テラを連れて家に帰り、殺菌室で主に手と足を洗う。ここでも、テラは興味深そうにあたりを見回した。
星也の家は、大昔の武家屋敷を模しているので、珍しい平屋だ。原料も、今では高級になり使われていない木。一般家庭には普通に入れられているドアの自動ドア化もされておらず、非常に古くさいものになっている。自分の部屋まで行くと、畳の上に置かれている電話の前に座った。
「何それ?」
テラが、興味深そうに覗き込む。
「家庭用電話だよ」
そう答えたら、着信音がした。
画面に表示されている名前は・・・・・・「後藤勲」だ
「もしもし、星也か」
目の前に、勲が等身大で映る。正座していて、眉間にしわがよっていることから、緊張していることが窺える。
その後一分ぐらいで、生徒会メンバー全員がそろった。
「じゃあ、説明してもらおうか」
星也は、一呼吸してから話し始めた。
話す内容は決めていた。なぜ、テラといるのか。校長は、このことを知っていること。グラウンド星に行くこと。
そこまで話したら、テラを部屋の外へと追い出した。完全遮音装置をつけ、会話が聞こえないようにする。
「「何やってんのー。聞かれたらやばいことでもあるのー?」」
「うん。実は、更に重要なことがあるんだ」
皆が、ごくりと唾を飲んだのがわかった。
「さっき校長も知っているといったけど、その時、これを黙秘する代わりに、あるひとつの条件を飲んで欲しいと言われたんだ」
「条件、ですか?」
「そう。それが・・・・・・」
「『グラウンド星で、偵察をしてくること』だろ」
自分の台詞を勲に先に言われ、驚いて振り向く。
「今朝、しゃべったと言ったよな。多分、時間的にしてあの発表の後なんだろう。あのタイミングでこの話ときたら、偵察しかない」
星也は、しばらく固まったまま勲を眺めた。
五秒ぐらいしてから、はっと気が付き話を進める。
「うん。実はそうなんだ。でも、話はそれだけじゃない」
皆が、頭の上にはてなマークを浮かべて星也を見る。
「みんなも、グラウンド星に一緒に行かないか」
一緒に行くことで、この話を他の人に漏らせないようにする。一応「偵察」という仕事があるとしても、法律違反には変わりないのだ。
話に乗らなければ終わりの、賭けのような話だが、星也はみんなが断らないと判っている。
この四人は、自分に負けないほど好奇心旺盛だと知っているからだ。
案の定、四人は目を輝かし始めた。
「グラウンド星か・・・・・・」
「「いきたーいっ」」
「いいんですか!?」
「じゃあ、全員行くって事でいい?」
「「「「うん!!」」」」
星也はほっとした。これで、心配はなくなった。
「くれぐれも、今日話したことは周りの人にばれないように!!」
星也は念を押して、電話を切ったのであった。