真実と別れ
ガラスケースをでた後、テラは意外なものを取り出した。
「それって……瞬間移動装置!?」
戦前の地球で使われていた瞬間移動装置。それは今は、グラウンド星に技術が奪われないようにと、地球では使わないようにしている。そう星也たちは思っていた。
仮定ははずれていたのかと、すこし落胆する。そんな様子を見て、テラは言った。
「あ、これはグラウンド星の道具じゃないわよ」
その言葉の意味が分からずに、全員がテラを見る。するとテラは、「後で説明するから」と言った。
「そう言えば、さっきの会話、聞かれちゃったんじゃないの?」
ヴァルトがスクリーンを使って話しかけてきたとき、向こうもこっちがなにを言っているのかわかっていたようだった。それはつまり、あの部屋のどこかにマイクがあったということ。
しかしテラは、それをいとも簡単に否定した。
「あぁ、あなたたちの声を集めた録音テープをすりかえて流して置いたから、大丈夫よ」
テラは星也たちの声音データを使い、星也たちが泣き言を言っている会話を作ったのだそうだ。
そのことはすごいと思うが、せめて泣き言ではないもっとましなものを作ってもらいたかった。
テラの持っている瞬間移動装置は、棒状のものだった。これをさわっている人は全員一緒に移動するという使い方。
星也たちは全員片手で瞬間移動装置をつかんだ。
「じゃあ、行くわよ」
テラがスイッチを押す。すると周りの景色にだんだんと亀裂が入り、分解されたと思ったら下へと落ちていった。そして周りにまた光が集まりだし、形をなしていく。気がついたときには、星也たちは一つの暗い部屋の中にいた。
電気はついておらず、部屋の様子は外の家や街灯の光によってかろうじてみえるぐらい。中心には向かいに並ぶ二つの大きな革張りのソファーがおいてあり、その間にはガラスのテーブルがある。その向こう側には、テレビの類のものが置いてあった。
「ナイト! 来たわよ!」
テラが叫ぶ。すると、テレビの横にあるドアが勢いよく開いた。
「いらっしゃい。待ってたよ」
ナイトはすでに準備をしていたらしく、前に見た時と同じような格好をしていた。もしかしたら部屋の中でもこのままなのかもしれないとふと思ったが、そんなことはないだろう。
ナイトが部屋にはいるのと同時に部屋の明かりがついた。テラはソファーにすわり、星也たちにも座るように促す。
「じゃあ、五分ぐらいで説明でもしようか」
ナイトがそう言うと、テラはうなずいた。
そして星也たちに向き直り、口を開いた。
「まず、私たちはあなたたちがスパイの役目を担っているということは知っているわ」
星也たちは目を丸くした。
「え……し、知ってるって……」
「知っている上で、観光に協力したの」
「え、じゃあ……戦争のことも?」
「えぇ。知っているわ」
星也と勲と美路は口をパクパクさせた。桜田兄妹は固まっている。
「え、なんで……」
「別に、私たちはグラウンド星の味方ってわけじゃあないって言うことよ」
「え、でも母星じゃないの!?」
星也は知らず知らずのうちにどなってしまった。しかしテラはそこのことを怒ることもなく続ける。
「実を言うとね。私たちクオーターなの」
クオーター? それは地球で言うアメリカ人と日本人の間にできた子の子供ということだろうか。グラウンド星にも人種ってあるんだな。と一瞬思ったが、すぐに話の流れ上そういうことではないとわかる。
「地球の、アメリカ人が私たちの祖母よ」
そういえば、テラの顔は白い。初めてあったときはそれがグラウンド人の特徴なのだとばかり思っていたが、いま考えてみれば、どちらかというとグラウンド人は黄色っぽかった。
なるほど、クオーターだから地球の肩を持つと言うわけか。さっきよりは納得がいく。
だけど、それで十分だとは言えない。いくらクオーターとはいえ、四分の三はグラウンド人だし、第一地球の血が入っているとはしてもあんまり意味はないのではないか。親も、友達も、知り合いも全員グラウンド人なのだから。
「別に、血が入っているから地球に味方をするってわけじゃないわよ」
星也たちの考えを見透かすかのように、テラは続けた。
「ただ、純グラウンド人じゃないおかげで、グラウンド人の考え方がおかしいと気がついたからよ」
「考え方?」
「そう、考え方。道徳とも言うかな。グラウンド人は、自分の目的に率直なのよ」
星也たちは首を傾げた。目的に率直。それはつまり、自分のしたいことをするということなのではないのだろうか。それは地球人も同じだ。昔、食料を育てるための土地がほしくて、他のところに戦争を仕掛けたり、自分たちの生活水準をあげるために他の国を植民地にしたりと、自分たちの欲望からなる目的に忠実に動いている。
「目的に率直というのはね、欲望に素直ということじゃないの。目的のためなら、欲望よりもそちらを優先させる。別に、欲望がない訳じゃあないのよ? でも、いくら自分はこれをしたいと思っても、目的が達成させられないのならそのことをしないのよ」
星也たちは、それぞれグラウンド星で会った人たちのことを思い浮かべてみた。店員は、顕微鏡を見ている星也たちに向かって「それはリコールされた」と忠告した。あれは、自分の商売を忠実にこなすためのものだったのだろうか。あの公園のお菓子屋が入れた茶々は、お菓子を食べる人たちの雰囲気をあげてお菓子をよりおいしく食べてもらうためのものだったのだろうか。ケント・ニスの説明が丁寧で、所々親切だったのは、それが自分の「教育者」という仕事をこなすためのものだったのだろうか。
いろいろな人を思いだしていると、ふと一人の顔がでてきた。ヴァルト。ヴァルトは最初、人の良さげな笑顔で接してきた。だけどあのガラスケースでの会話から考えてみると、ヴァルトは星也たちのことを嫌っていたようだった。あのときは演技上手なのかと思ったが、本当は、嫌いだから話しかけたくも優しくもしたくないのだが、目的、つまり星也たちが観光をしている間油断するようにするために、自分の欲をきっぱりと捨てきっていたからこそできたのではないだろうか。
「だからこそ、非道になる」
「え、なんで?」
「たとえば、地球では選挙をするときに、収賄とかの問題がでたりするでしょ?」
たしかに、テレビでよく「収賄の疑いが…」とか言っている。仕組みやルールの改良によってやりにくくはなっているものの、やはり権力がほしいひとは収賄などをしてしまうようだ。
「それって、自分が当選して権力を得たいという欲望からやっちゃうことでしょう? そう言う欲も、グラウンド人にあるのよ」
権力の欲というものは、どんな生物にも均等にあるものだろう。権力がなければ殺されてしまったりする生き物もいるわけだし、生物の一番の欲「生きる」に近い欲なのかもしれない。
「この場合、目的は当選することになる。すると当選したい本人は、どんな手を使ってでも相手を落選させたい。地球人の場合は、ここで収賄などをして自分の格をあげようとするわけだけど、グラウンド人の場合はーー殺すのよ」
星也たちは耳を疑った。当選したいから殺す。それはあまりにもオーバーすぎるのではないだろうか。
「もちろん、今言ったのは特例。いくら目的を果たすためとは言っても、ルールを破ったら逆に果たせなくなってしまうもの。だけど、我慢をするだけで、本心では殺したいと思っているの。いくら相手が親しい相手だったとしても、それは同じ」
星也たちは身震いをした。そんな考えの人が集まったら、ルールがない限りものすごい世界を作り出してしまうのではないか。
「そんな人たちが戦争をする。どうなるか予想してみて?」
星也たちの頭の中に、戦争の風景が生まれた。兵士だけでなく、一般市民まで容赦なく殺していくグラウンド人。いくら泣きわびいても、「降伏する」とその町の人々が集まって主張しても、戦争に勝てない限り殺し続ける。そんな人たちに地球が攻撃されたら、あっと言う間に人々は亡くなってしまうのではないか。
そういえば、軍施設の中に核兵器も入っていた。地球にも核兵器はまだあるが、よっぽどのことがないかぎり絶対使わない。かつてのアメリカと日本のように、どうしようもなくなったと思ったときにだけ使うだろう。しかしグラウンド人はそんな武器もどんどんと使っていく。後で苦しむ人のことも、考えずに。
「地球だったら、戦争が終わったときには条約とか結ぶでしょう? そして負けた国が植民地となったり、賠償金を大量に支払ったりいくつかの領土を相手に渡したりする。グラウンド星も、最初は植民地ですますけど、もう一度抵抗をしてくるなんてことをしたら、下手したら地球人を皆殺しにしてしまうかもしれないの」
星也たちは、歴史を学ぶ中で非道だと感じる部分をたくさん知ってきた。だけど、ここまでひどいものはあっただろうか?
「今、厳重地区の外がどうなっているか知っている?」
地球がコロニーになった後、グラウンド星は地球の恵みをいくつかもらって行ってると聞いている。しかしそのことは違うとでも言いたいのだろうか?
「厳重地区の外、日本はあなたたちが知っているとおり。だけど、日本の外は違う。海に隔たれた土地にいるのは、監督者として派遣されているグラウンド人と、何億もの奴隷として扱われている地球人よ」
全員が真っ青になった。それは、あまりにも自分たちの知っていることと違いすぎる。
「地球人に与えられている自由な時間は、睡眠と食事のみ。その二つでさえ、睡眠は五時間、食事はそれぞれ一五分しか与えられていない。仕事の合間に休憩はあるけど、それは三時間に五分のみ」
「で、でも、地球人はだんだんと憎しみがなくなっていったって……」
勲が言いたいのは、教科書の内容についてだろう。教科書にそう書いてあるのだから、そのことについて伝えた人がいるはずだ。
「それは、グラウンド人が持つ特殊能力が関係するのよ」
星也たちは混乱した。グラウンド人が特殊能力を持っているなんて、初耳だからだ。
グラウンド人と地球人の体は本当ににている。グラウンド星には同じ宇宙間に別の生命体もいるが、そんなものとは比べものにならないぐらいだ。今見つかっている生命体には、昔の地球での宇宙人のイメージのたこのようなキノコのようなものもあれば、ほとんどアメーバ状のもの、犬や猫に似たようなものなどといろいろとあるのだが、それぞれかぶっているものはない。本当に、からだの形から内臓まで似ているのは、奇跡と言えるほどにめずらしいのだ。
星也たちは、グラウンド人と地球人の違うところを考えてみた。すると、それはすぐに何かわかった。目だ。
「この目。地球人と違って瞳孔がないのは、虹彩がその分発達しているからって、星也の教科書にはのっていたわよね」
星也が神妙な顔ををしながらうなずいた。
「たしかに、それはあっているわ。そして目に入った余分な光は、小さな光の粒となって跳ね返しているということも」
星也たちは改めてテラやナイトの目を見た。青い目。そこから発せられている小さな光は、星空を連想させられる。テラの方はすいこまれるような澄んだ色をしていて、ナイトの方はなにがあるのかわかないような深い色をしている。
「でも、その光の粒っていうのは、ただの光じゃないの」
そういいながらテラは、自分の鞄を引き寄せた。
「このことは、グラウンド星が宇宙進出をするまでわからなかったんだけどね。この光には、洗脳効果があるのよ」
鞄をガサゴソといじりながらテラはさらりと言う。星也たちはあんぐりと口を開いた。
「どんな生き物でも、知能を持つ限りはこの洗脳効果が効く。グラウンド星の技術が思っていたよりも高くないから、なんで戦争で勝ち続けているんだろうなんて思っていたでしょう? それの八割が、このおかげよ。あ、あとは、意志の疎通が言葉を使わなくても目を見ればできるというのもあるわ。同じ目を持つ人同士だと、洗脳効果が意志を伝える役に立つらしいの」
星也たちは妙に納得した。軍の設備やレベルはすごいとは感じていたとはいえ、やはり地球の技術があれば勝てないことはないのではと思っていたのだ。
そういえば、テラがヴァルトやロートと話していた時に、妙な間があったなと思い出す。
「え、じゃあ、私たちはなんで洗脳されていないんですか?」
美路が言った。たしかに、自分たちは洗脳されているとは思えない。
テラは鞄からなにかを取り出した。
「それは、これ。見覚えがあるでしょう?」
テラが持っていたのは、小さな丸い青いガラスのようなものがたくさん入っているケース。
星也たちは小さく「あっ」とつぶやいた。グラウンド星の地下から発せられる光が目に有毒だからとつけられた、カラー付きのコンタクトレンズだ。
「実は、地の光には有毒性はないの。第一、地球人が密航とはいえ戦争以外の理由できたのは、あなたたちが最初。そんなもの、調節できるわけがないでしょう? これは私が密かに研究をした、洗脳効果を消すためのコンタクトレンズ」
そういいきってから、そのケースを星也に渡した。
「これを、手みやげにするといいわ。これさえあれば、地球にも勝てる可能性はでるもの」
よく見ると、ケースの中には小型のメモリーカードが入っていた。きっと、このコンタクトの作り方を説明してあるものなのだろう。
「じゃあ、そろそろ時間だぞ」
ナイトがそう告げた。そういえば、もう五分はたっている気がする。
「じゃあ、私はここまでだから」
テラが立ち上がり、手をさしのべてきた。星也たちも同じようにし、その手を握りかえす。
「また会えるかしら」
テラはそう言って笑った。
その言葉を聞いて、星也ははっとした。ここで自分たちがかえれば、真っ先に疑われるのはテラだ。
表情を見て意味を悟ったのか、テラは笑いながら続けた。
「大丈夫。食事を運び入れようとしたら、無理矢理脱走させられたと言っておくから」
たしかに、テラは一人で星也たちは五人。無理矢理逃げたというのは、通じないわけでもないかもしれない。しかし、やはりテラが無事でいられるのかが心配だった。それに、今考えてみれば星也たちが軍基地に行けたのもテラのおかげ。ここで帰ったら、その信用をなくすことになる。
「……困ったら、連絡してね」
星也がぼそりとつぶやく。
「助けに、行くから」
するとテラが、本当にうれしそうに笑った。
「ありがとう」
星也に近づき、上目目線で見上げる。そして肩に手を回して、しっかりと抱きついた。びっくりして目を見開いている星也をみて微笑みながら、その頬に顔を近づけ、キスをした。
肩から手を離し、はにかみながら笑う。
「アメリカ流よ」
その言葉につられるように、星也も笑った。
桜田兄妹が、ひやかしの言葉をかける。ナイトが星也に近づき、他の人に聞こえないように小さく言った。
「俺はカズコンだけど、テラと結婚しようとおもっているわけじゃないから」
星也の顔が一気に赤くなる。その様子を、みんなは不思議そうに眺めていた。
「はい、じゃあこれを持って」
ナイトが瞬間移動装置を取り出した。
テラをのぞく全員がそれをつかむ。
「絶対に、勝ってね!」
周りの景色が分解去れ始めたときに、テラがそう叫んだ。
その声で振り返ったときには、そこにはもう、テラはいなかった。
だけどみんな、テラの満面の笑顔を見た、そんな気がした。