軍基地との別れと気絶
「次は負けないよ」
戦闘が終わってから、ゲナウとシュネルはそう言った。
そのことに、星也たちは少し驚かされた。一番隊のなかでも上のレベルという地位についている二人にとって、新入者に負けるなんてことは屈辱的なことだと思っていたのだ。
二人の力が強いというのは、嘘ではなかった。前に述べたように、桜田兄妹は、四つの厳重地区の年齢制限のない大会で圧勝しているのだ。その時の準決勝の相手チームでさえ、桜田兄妹に一弾も当てることができなかった。
そんな二人に弾を当てた。しかも、桜田兄妹相手に結構な接戦だった。三つの銃をつかうという作戦は、翔が複数銃を扱うのが得意という特徴を利用して、足を撃たれた分のスピードを補うというものだったのだが、結構な無理があったのだ。
まず、ゲナウとシュネルが薫に気がつかないようにしないといけない。そのためには銃を薫がおいてまだ撃ち続けているという風に見せなくてはならなかったのだが、銃をおいていくことで薫が見つかったときに反撃するときの銃が旧式のものだけになってしまう。
次に、廃ビルの中に都合のよいものがそろっていなくてはならなかった。銃を立たせておく煉瓦や、作戦が完了したときに銃を手元に寄せるためのロープ。
あと、銃のタイプも都合がよすぎた。レーザー銃には自動コントロールシステムだけでなく、連射システムもあったのだ。このシステムは、ボタンを一度押せば弾がなくなるまで撃ち続けてくれるというもの。このシステムがなければ、カモフラージュを成功させることはできなかった。
しかも、その作戦を試行する間は、翔が一人で二人の相手をしなくてはならなくなる。これは結構きつい。
この戦闘で勝てたのは、結局回りを利用した戦い方を思いついた桜田兄妹の頭の良さと、運のおかげでもあったのだ。
「絶対に銃の部隊に入るのよ? そうすれば、思う存分戦うことができるし」
シュネルがにやりと笑いながら言った。つられるかのように、桜田兄妹も笑う。
「もういいか? そろそろ時間なのだが」
ケント・ニスが時計をみながら言った。
「あ、はい。お疲れさまです」
ゲナウがそう言いながらお辞儀をする。
「じゃあ、もう行くぞ」
エレベーターに向かい、先にケント・ニスが歩き始めた。
シュネルとゲナウは、エレベーターが閉まるまでこっちを見ていた。
地下二階も訓練場かと思ったら、違った。
地下二階は、いわゆる事務所のようなところだったのだ。
「じゃあ、それぞれの所属したい隊を言いなさい」
机に座ったケント・ニスがそう言った。しかし、星也たちは首を振る。
「少し家に帰って相談をしてから決めたいと思います」
星也たちの設定は、テラの遠い親戚。身分証明書は入隊時に提示すればいいので、本当の星也たちの正体はまだばれないですんでいる。
テラには、所属したい隊を選べといわれたときに一度相談しに帰ると言い、研究所に戻ってそのまま地球に帰れば大丈夫と言っていた。テラはかなり信用されているらしく、事前に大目に見るように頼んでいたのだ。
「そうか、じゃあ、早めに決めるようにな」
ケント・ニスはそう言いながら立ち上がった。星也たちをテラのいる駐車場まで送るつもりらしい。
「え、いや、もう覚えたから自分たちで駐車場まで行けますよ」
星也がそう言うと、ケント・ニスは苦笑いをした。
「いや、最後まで見送ることが俺の仕事だからね。さぼることはできないよ」
そう言いながらも、星也たちをおいていってしまうのではないかと思うぐらい速く歩きだした。
「おつかれ。どうだった?」
帰り道。行きよりも込み入っていない道路は、もう紅色に染まりかけていた。しかし、どの方向を見たって夕日は見えない。紅色の光を発しているのは、他ならない地面だからだ。
「「すごかった」」
桜田兄妹が、まだ興奮冷め切れぬようすで返事をする。テラはその様子を見てにっこりと笑った。
「ふふ。これで心おきなく地球に帰ることができるわね」 元々グラウンド星の滞在日数は三泊四日と決まっていたのだ。
もう少し長くしておけばよかったと、少し星也は後悔した。
「私としても、研究に協力をしてもらえて助かったわ」
テラが鞄の中からなにか取り出した。
「はいこれ。軍の食堂で売っているデザートよ。おいしいから食べてみたら?」
それは、饅頭のように丸く、グラウンド星人の目のように青かった。大きさは、肉まんより少し小さいぐらい。地球には、青い食べ物には必ず着色料をつかっている。しかし、グラウンド星では青い食べ物もたくさんあるらしい。
保温質の紙でくるまれていたおかげで、まだ温かいということが手に取ることでわかる。星也たちはそれぞれ受け取り、かじってみた。
何かわからないが、温かくて甘い味が口に広がった。甘すぎず、どこかほっとする感じがする。中心にはクリームの触感のする黄色いものが入っていた。それはなめらかで口当たりがよく、どことなく懐かしいような感じがする。
「おいしい?」
テラにそう言われて、星也たちはふと思った。テラにはよくしてもらっているのに、なぜ自分たちはスパイ行為なんてしているのだろう。もし自分たちの報告書のおかげで地球が勝ったりしたら、お世話になったテラの母星は敗者になってしまう。もしかしたら、星也たちがグラウンド星に来たことが問題になって、テラは責任を問われることになるかもしれない。
気がついたときには、もう研究所についていた。気持ちに整理がつかないまま、星也たちは車を降りる。
「おかえり」
車のすぐそばに、ロートとヴァルトが近づいてきた。
「思っていたよりも早かったわね」
ロートがそう言う。テラは笑った。
「まあね」
しかし、星也にはテラが迷っているような、焦っているような顔をしているかのように感じた。
また、微妙な間が入る。
そして、テラの顔がさらに悲痛なものに変わったことを、星也たちは肌で感じた。
気のせいか、ロートとヴァルトの目がハンターのものになったように感じる。
「じゃあ、さっさと部屋に入りましょう」
ロートとヴァルトが手を伸ばし、勲と星也と翔と薫の肩に手を置いた。
その瞬間
「「「「!?」」」」
肩から、全身に衝撃が走った。一瞬にして動けなくなり、倒れ込む。
「みんな!?」
自分たちが倒れる鈍い音とともに、美路の叫び声が聞こえた。
「はい、あなたも」
ヴァルトがそんなことを言いながら、美路に近づく。美路は抵抗をしたが、結局ニ対一になってしまい、同じように倒れ込んだ。
意識が朦朧として、視界がかすんでくる。
ロートのヴァルトを見ると、二人は笑っていた。
そして最後には、テラの苦しそうな顔が見えた。