軍基地見学と医療担当班
翌朝。星也たちは興奮していて、少し寝不足だった。
それもそのはず。今日は、あの「世界一強い」と呼ばれる軍が見れるのだ。
星也たちは入隊希望者として見学に行くので、カメラを持ち込むことはできない。なので、校長からもらったスパイグッツのアクセサリー型ビデオや腕時計型カメラなどをたくさん身につける。目にもコンタクト型コンピュータをつけて、目線だけで文章を打てるようにした。
服はテラから渡された軍服だ。深い紺色の長袖長ズボン。これは、一番下っ端の隊員のものなのだそうだ。胸元にはグラウンド星の代表軍である印の刺繍。この星の地球で言う十字架の、丸の中に四隅がとがっている黄色いものが描かれている。このマークは「地と光に感謝」という意味があるらしい。つまり、この丸はグラウンド星そのものを示すのだ。光もそのままの意味。
グラウンド人は、この当たり前のことに異様に感謝をしているらしい。宇宙よりも先に、具体的に調べることの出来た地中には、自分たちが生きていくことの出来る秘密が見つかった。それを知って、昔のグラウンド人は地に感謝した。それはだんだんと信仰に近くなり、宇宙まで手が伸びて、グラウンド星のある宇宙にはいくつかの種類の星があり、その中でもグラウンド星のように地の中に光がある星にしか生命体がいないことがわかってから(グラウンド星のある宇宙は地球のある宇宙とは違い、生命体のある星がいくつかある)、その信仰はグラウンド星中のすべての人が持つようになったのだそうだ。
星也たちは軍服を着たら、違和感を感じた。その違和感の正体に気づくことは、星也たちにはできないだろう。なぜなら、この服の素材がいつも着ているものと全く違い、着心地の悪いものだったからだ。今地球で使っているのは、合成繊維のもので、着心地は絹のようによく、暑い日は涼しく、寒い日は温かくしてくれるのだ。だから、地球では夏でも長袖を着る人が多い。長袖を着ても暑くないからだ。昔地球でも使っていた素材ならば桜田兄妹が気づくだろうが、さすがにグラウンド星にしかない素材についてはわからなかった。
軍基地には車で向かう。やはり、グラウンド星では瞬間移動装置はあまり発達していないようだ。昔の地球ならば、車よりも瞬間移動装置の需要が高かったため、交通渋滞などは起こらなかったのだから。
つるりとした車体が果てなく群がっている様子は、まるで水面に出来た無数の泡のようだった。
軍基地に近づくにつれ、車の数は減っていった。かわりに、同じ形のマンションのようなものが目立ち始める。
「軍に入隊した人は、このマンションに住むのよ」
テラは言った。あまりにも入隊者が増えたため、通勤時の交通渋滞が問題になったのだそうだ。
横を住宅が並ぶ道路を一〇分ほど行くと、軍基地らしきものが見えた。
金属の柵。見た目から、これには電気が流れていると思われた。きっと、軍内への侵入者を防ぐためのものなのだろう。
それにしては、入隊希望者の試験が甘いものだなと、星也たちは思った。電話一本入れただけで「じゃあ明日見学にくるように」と言われるとは驚きだ。
門の前で車を止め、門の横にあるカメラに話しかける。
「こんにちは。テラです。入隊希望者五名、連れて参りました」
「よし、では全員の顔が見えるようにしろ」
立体ではなく画面に移っている人がそう言った。テラはその言葉を合図にボタンを押し、オープンカーにする。
「ん……よし、いいぞ。入れ」
画面に映っている人の許可のあいずと共に、目の前の門が開いた。
「よし、じゃあ次は医療担当班の部屋へいくぞ」
門に入り、車からでるとすぐにこの男性が話しかけてきた。
銀の短髪をオールバックにしていて、いかにも軍人と言う雰囲気が漂っている人だ。しかし、この人は予想に反して教育長だった。その名の通り、隊員の教育を行う人。
まあまあ位は高いらしく。服も星也たちが着ているのとは違ってぴしっとしている。肩や腕に金のラインが入っていて、襟には教育長の証である銀のブローチがついている。しかし、これでもまだ中あたりの位らしい。
この人の名前はケント・ニス。グラウンド星ではテラのように名字を持たないのが主流なのだが、軍人の、しかも中ぐらいの位となると訳が変わるらしい。人数が多いので、名前がかぶるのだそうだ。だから名字とは言っても、ファミリーネームのことではない。ただ単に見分けをつけるためだけにつけるので、その人の子孫に受け継ぐなんてまねはしないのだ。
ケント・ニスはさっきからズンズンと歩き、説明し、次の場所へという動作を繰り返している。質問の間がないので本当の教師なのか疑いたくなるが、ケントの説明は質問が必要なくなるぐらいに分かりやすい。もしかしたら軍では、分かりやすく時間のかからない教師を必要としているのではと思った。
「失礼します。入隊希望者の見学にきました」
ドアの前にたち、ケントがマイクに向かってそう言うと、「どうぞ」と言う声と同時にドアが開いた。
「この部屋に入ってください」
部屋にはいるとすぐに、どこからか声がして、すぐそばのドアが光り開く。どうやら消毒室のようだ。中にはいると、四方八方から霧のようなものが噴出される。特殊な消毒液のようで、噴出が止まりドアが開いて外にでたときにはすでに乾いていた。
消毒室をでると、そこは研究室だった。
さまざまな薬品や治療器具のようなものがならんでいる。こういうものが好きな薫は、すぐに飛びつき、無我夢中で見回っていた。もちろん、こっそりと写真を撮ったりするのを忘れてはいない。
星也たちもそこらへんにおいてある資料をのぞいてみてみた。さすがにグラウンド星で使われている言語のため、読むことができない。仕方なく、星也たちはそれぞれ分担して資料の写真を撮った。
「へぇ、君はこういうものに興味があるの?」
薫が無我夢中に薬草が並んで植えられているコーナーを見ていると、一人の男性が話しかけてきた。
薄い黄緑色の髪は肩につくぐらい長いが、同じ肩まで長さがある桜田兄妹とはちがい、前髪をつくらずただまっすぐにのばしただけのような髪は真ん中で横に分けている。目には薄いフレームの眼鏡をかけていて、優しそうな雰囲気が漂っていた。
服は白衣。この服装から、どういう職なのか見当がついた。
「あぁ、彼が医療班長のヘル・フォンだ」
ケント・ニスがそう言うと、ヘル・フォンはにっこりと微笑んだ。
「こんにちは。入隊希望者なんですよね。ぜひ、医療班に来てくださいね」
そう言いながら、ヘル・フォンは薫のことをちらりと見た。きっと、興味がある人は特に大歓迎と言うことなのだろう。
すみませんが、入る予定はありませんよと心の中でつぶやきながらも、星也たちも笑顔を作った。
「よし、もうここはいいよな。じゃあ次はいよいよ訓練所へいくか」
そんな和やかな雰囲気を壊すかのように、ケント・ニスは言った。
思わずみんなの笑顔が、苦笑いへと変わった。
すみません。今回は、かなり内容が短くなってしまいました。