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冷泉天皇の第二皇女、円融天皇の女御でまた花山天皇の同母姉である尊子内親王の短い人生を描いてみた

(もっと)()人間(じんかん)に留めおくこと(あた)わず

――冷泉皇女尊子内親王


一、尊子内親王誕生と斎院卜定

 もしこの世にかぐや姫が実在していたとしたら、それは冷泉天皇の第二皇女、(そん)()内親王をおいてほかにないだろう。

康保三年(966)、まだ父帝が帝位につく一年前のことであった。

 東宮憲(のり)(ひら)親王のもとに、光り輝くような第二皇女が生まれた。御名を尊子と定められた。まだ御産屋の煙も消えやらぬころ、尊子がはじめて御几帳の内に抱き出されたとき、その姿は、雪の上に落ちた月の光のように白く、いかにも愛らしく美しかった。

細い手をかすかにさしのべ、灯火の光を追うように動かすさまを見て、人々はひそかにささやきあった。


「これほどの御光でなくて、どこにかぐや姫の名残をさがせましょう」と。


父・東宮は村上天皇の第二皇子で、生後わずか二ヶ月にして皇太子となった。母は藤原懐(かい)()外祖父は藤原師(もろ)(すけ)の長男にして、やがて藤氏長者・太政大臣ともなる(これ)(まさ)である。尊子の他に、同じ懐子を母とする二歳年上の姉・宗子と、二歳年下の弟・(もろ)(さだ)親王が生まれた。この弟はのちに花山天皇として即位することになる皇子である。ご容貌のみならず、その出自においてもこの上なく高貴な姫君であった。


そのまたとない気品を見て、父・東宮も|外祖父・伊尹も大きな期待を抱き、いずれ后となるべき姫君として、大切に(かしづ)いていた。

 

 翌康保四年、父親王が冷泉天皇として即位するとともに、内親王宣下。その次の年(968)、意外なことに、尊子が天皇の代替わりに交代される()()(さい)(いん)(ぼく)(じょう)されることになった。数え三歳の尊子が、まだ言葉もさほど知らぬうちに、神に仕える内親王として選び出されたのである。

 

 斎院卜定の日、()(しん)殿(でん)の前庭には、(おん)(よう)()たちが星と()を読み、(しん)()(かん)(うら)()らが(きっ)(こう)()いて、神意をうかがおうとした。

 「冷泉の御代の斎院は、第二皇女尊子と定むべし」

 そう(そう)(もん)されるや、参内していた()(ぎょう)たちのあいだに、かすかなざわめきが走る。

 

 斎院となるべき内親王は、賀茂の神に身を捧げ、宮中の華やぎから遠い、清浄の生活を送らねばならぬ。しかも、その身は幼ければ幼いほど、長く神に仕えることになる。

 まだ母の懐を離れたこともほとんどない三歳の姫君が、早くもその道を歩み出すことになったのであった。


二、斎院とは何かを聞く幼い尊子

 斎院に卜定されたと聞いても、三つになったばかりの尊子には、その言葉の重さが分からなかった。

 ある日の夕暮れ、御簾の向こうで女房たちがひそひそと語り合う声が耳に入る。

 

「これより尊子さまは、賀茂の斎院におなりあそばすのだとか」

「まだ、あんなに幼き御身にて」

「幼きほどこそ、ながく神にお仕へ申すことができましょう。東宮の御代よりの、たいそうありがたい御事でございます」

 尊子が小さな手で()(ちょう)の端をつまみ、そっとのぞき見ると、年長の女房があわてて笑みをつくって近づいてきた。

 

「姫さま、斎院とはのう、賀茂の神さまのお側に仕え申す、いと清らかなる御役目でございます」

 

「かも、の神さま……」

 

 尊子は、その言葉をまだうまく舌にのせられぬまま、首をかしげた。

 

「では、父上や、母上とは、ともにはおられぬの」

 

 女房は一瞬言葉に詰まり、すぐにやわらかな声で取り繕う。

 

「折節はお逢ひなさることも、きっとありましょう。

されど姫さまは、ほかの誰とも異なる、神さまのお側の、いと特別の御姫君におはします」

 

「とくべつ……」

 

 尊子は、自分の小さな掌をじっと見つめた。どこがどう特別なのか、見たところ何も変わらない。

 けれど、その夜から、御帳台の中には、新しい香が焚かれるようになった。白木の几帳には、まだ色も匂いも淡い几帳の帷が掛けられ、「これは斎院さまにふさわしき御しつらえ」と、女房たちは口々に言った。

 

 尊子は、母の懐に抱かれながら、そっと問いかける。

 

「母上。わたくし、神さまのところへ、参るのでございますか」

 

 懐子は、幼子の髪にゆっくりと手ぐしを通しながら、溢れてくる涙を必死に隠しながら、短く息をついて言った。

 

「さようでございます、尊子。されど、それは恐ろしきところではございませぬ。都の北のほとり、清き川のほとりに、神さまのお社がある。その近くの御所にお移りになり、身を清めて、お歌や言の葉にて、内裏と神さまとの橋をお務めになるのよ」

 

「はし……」

 

 橋とは、川の両側をつなぐものであると、尊子も知っていた。

 内裏と神と、自分の小さな身ひとつでつながねばならぬのだと、その重さまでは分からぬままに、胸の奥でなにかがきゅっと固く結ばれたような気がした。


三、斎院への初旅と母との別れ

 斎院への出立の日、夏めく日差しが常よりも爽やかに見えた。御殿の前には、葵と桂の青さで埋まり、牛の角にも葵の葉を結ぶ牛車が静かに待っていた。

 几帳には淡い藤色の帷が掛けられ、「これは斎院さまの御車にてはべる」と、女房たちは口々にささやき合った。

 

「まあ、あれに乗るの」

 

 尊子は、母の袖を離れて一歩前に出ると、目を輝かせて牛車を見上げた。

 

「母上も、ともにお乗り」

 

 はしゃいだ声で振り返る尊子に、懐子は一瞬だけ言葉を失う。

 すぐに笑みをつくり、小さくうなずいた。

 

「参りましょうね。川のほとりまで、お供いたしますよ」

 

 尊子は安心したように、女房の手を引いて牛車へと駆け寄った。

 御簾の内には、清らかな白の帷に、葵の葉蔭がさやさやと映り動く。座席には(あさ)(つき)の柔らかな(しつね)が敷かれ、幼い身を支えるための小さな几帳台が用意されていた。

 

「ここに、お座りあそばせ」

 

 女房にうながされ、尊子は牛車に乗り込む。すぐ隣に、母も続いて乗り込んでくるものと思っていた。

 だが、懐子は車の外で足を止めたまま、なかなか帷の内に身を入れようとはしない。

 

「母上?」

 

 尊子が首をかしげると、懐子は無理に笑みを浮かべながら几帳の端に手をかけ、そっと顔だけを差し入れた。

 

「尊子。この車は、神さまのお側にお仕えなさる姫君だけの御車にございます。母は、ここまで」

 

「ここまで……」

 

 尊子は、意味がすぐには呑み込めず、母の顔と車の内とを、何度も見比べた。そして、突然、牛車の縁をつかんで、飛び降りようとした。

 

「母上、行き給はぬならば、わたくしも参りませぬ」

 

 懐子は慌てて尊子の肩を抱きとどめ、座の上に押し据えて、静かに言った。 


「ここよりは、尊子ひとりして、神さまの御もとへまいります。されど、いと恐ろしきことはございませぬ。御側には、つねに女房どもお仕え申しております。母も日ごとに、こちらより祈り申します」

 

「ひとりは、いやにこそ……」

 

 尊子はおのずから声を高くした。さきほどまで「特別なお出かけ」のようにしか思っていなかった旅が、たちまち、見知らぬ深い森のなかへ踏み入るように、恐ろしきものになった。


「今日よりは、尊子は賀茂の神さまのお側の姫として、父帝と神さまとをつなぐ橋でいらっしゃる。よろこんで御もとへ参るのだよ」

 

「父帝と神さまとをつなぐ橋……」

 

 自分が父帝の代わりに神様に仕えるのだ。その時になって初めて、尊子は自分の役目がわかったような気がした。母の顔を見上げながら、涙声で、

 

「母上。わたくし、よく橋になりますか」

 

 懐子は、その問いに、しばし答えられなかった。

 やがて、娘の額にそっと唇を寄せ、低くささやく。

 

「なりますとも。尊子は、わたくしの子にて、また神さまの御子ですもの」

 

 その言葉を最後の支えにするように、尊子は唇をかみしめ、こくりとうなずいた。

 御簾が静かに降ろされる。外の光がしだいに薄れ、牛車の内は香の煙とともに淡い闇に包まれた。

 

 牛の鈴が鳴り、車がゆっくりと動き出す。

 尊子は、母の気配を追うように、帷の向こうに向かって手を伸ばしたが、その指先は何もつかむことができない。

 

 都の音が遠ざかり、やがて、聞いたことのない川のせせらぎと、風に揺れる木々のざわめきが耳に届きはじめた。

 そのときになってようやく、尊子は、自分が本当にひとりで神のもとへ向かっているのだと思い知り、胸の奥底から、静かな不安がこみあげてきたのであった。


四、斎院での最初の作法

 賀茂の川音が、かすかに聞こえるあたりで、牛車はようやく止まった。

 御簾が持ち上げられると、そこには都の内裏とは違う、低く静かな建物がひっそりと並んでいる。木立の向こうには、朱の鳥居がいくつも連なり、その先に神の社があるらしかった。

 

「ここが、尊子さまの新しい御所にございます」

 

 年配の女官が、ゆっくりと頭を下げた。

 髪には白いものがまじり、顔には深い皺が刻まれているが、その眼差しは驚くほど澄んでいる。


「かぐや姫さながらのお姫様にこそ」


尊子のお顔を一目拝見するなり、老女房は思わず感嘆の声をあげた。


「賀茂の神様もさぞお喜びのこと」


尊子は恥ずかしさのあまり返事もできないでいると、老女房は言葉を続けた。


「わたくしは、歴代の斎院さまのお側に長く仕えてきた阿古と申す。今日よりは、尊子さまのお作法をお教えする役目を仰せつかりてはべる」



「あこ……」

 

 尊子は、初めて聞く名を、たどたどしく口にした。

 

「ここでは、都の御殿とは少し違う仕方で、お暮らしあそばします」

 

 阿古は、尊子の小さな手を取って、廊の上へと導いた。

 板敷はよく拭き清められており、踏みしめる足の裏には、ひんやりとした木の感触が伝わる。

 

「まず、神さまのお名前を口にするときは、手をかくのごとく」

 

 阿古は、自らの掌を胸の前で静かに合わせてみせた。

 

「賀茂の神さまをお呼び申すときは、『賀茂の大神さま』と申すべし。御歌をお詠みなさる折も、まずは心を静かにおさめさせ給ひて、かく息をととのへさせ給へ」


 尊子も、真似をして両手を合わせてみる。

 小さな指はまだそろわず、隙間から光が漏れた。

 

「それから、斎院さまは、日ごとにお身を清めてお過ごしあそばさねばなりませぬ」

 

 阿古は、尊子を御帳台の方へと案内した。

 内裏の華やぎとは違い、ここには色を抑えた几帳と、白い布で包まれた御調度ばかりが並んでいる。

 

「お召し物も、色を少なく、清らかなものに限らる。お食べ物もまた、慎むべきものが多うはべるが、いずれ一つずつ、お教え申さむ」

 

「なにゆえ、いろをへらすの」

 

 尊子が問うと、阿古はゆっくりと微笑んだ。

 

「色を減らして、心の色を濃くするためにはべる」

 

「心の、いろ……」

 

 尊子には、その意味はよく分からなかった。それでも、阿古の声が、不思議と胸に心地よく染みわたっていくのを感じる。

 

「都の御殿にては、紅や紫の色どもにこそ、姫君たちを飾り奉りつらめ。されど、ここには、神さまに見たてまつらするは、お顔や御衣の色にはあらで、心ばかりにこそはべる。さればこそ、斎院さまは、ひときは静やかなる御装ひをなさる」

 

 尊子は、自分の袖を見下ろした。

 さきほどまでまとっていた、淡い色の重ねが、急に遠く感じられる。

 

「では、ここでは、わたくしは……きれいでは、なくなりはべるや」

 

 思わずこぼれた幼い問いに、阿古はふっと目を細めた。

 

「いかでか、さることはあらむ。斎院さまほど美しき御方、この世にはおはしまさじ。色を減らしてこそ、尊子さまのまことのお美しさ、いとよう見えるものにこそはべれ」


 その言葉を聞いて、尊子はようやく、少しだけ肩の力を抜いた。

 都から遠ざけられたのではなく、神に近づくための装いを教えられているのだと、幼いながらも感じはじめる。

 

「さあ、まずは、賀茂の川の水で、お手を清めさせたまへかし」

 

 阿古に導かれながら、尊子は新しい生活の一歩を、そろそろと踏み出していった。


五、冷泉帝譲位と斎院留任

 尊子は、阿古に導かれながら、幼い身にはあまりに大きな務めを、少しずつ覚えていった。

 朝な朝な賀茂の川の水で手を清め、やがては自ら祝詞にも似た言の葉を覚え、ただひとえに父君の御代が安らかに続くよう、神前に祈りつづけた。

 

 しかし、賀茂の社に届く都の噂は、やがてその祈りとは異なる方へと流れていく。

 冷泉天皇は、幼きころより心が乱れがちであったが、即位後もその御気色は静まらず、しばしば狂気じみた御振る舞いがあったと、人々はひそひそと語り合った。


 冷泉天皇は村上天皇の第二皇子で、生母は皇后・藤原安子である。外祖父・藤原師輔の強い後ろ盾によって、同年生まれの第一皇子・広平親王をさしおいて、生後わずか二か月で立太子した。そのため、広平親王の外祖父である藤原元方は深い怨みを抱いたまま病に倒れたと伝えられる。のちに、帝の御心を乱したのはその元方の怨霊であると、陰陽師たちがささやきあったともいう。

 

 そのためか、在位わずか二年にして、冷泉天皇は位を退き、皇太弟であった守平親王が即位して円融天皇となった。同じく懐子を母とする尊子の弟・師貞親王は、この円融朝に立太子し、のちに花山天皇として即位することになる。


ある初秋の朝、賀茂の森にも、都からの風が少し騒がしく吹きこんだ。

 斎院の御所の廊を行き来する人影がふだんより多く、女房たちは声をひそめては、何事かささやき合っている。

 

「都では、帝が御位をお譲りあそばす由」

「守平親王が新たな帝となられるとか」

 

 尊子は、阿古の袖をつかんで見上げた。

 

「阿古。父上は、もう帝ではなくなられるのですか」

 

 阿古は一瞬、言葉を選ぶように目を伏せ、ゆっくりとうなずいた。

 

「そう聞き及びました。けれど、帝であられずとも、尊子さまの父君であることに変わりはございませぬ」

 

「では……」

 

 尊子の胸の奥で、ひらりと一枚、何かが翻る。

 斎院の務めは、もとより一代の帝に一人と決まっている。父の御代が終われば、自分もまた、都へ戻ることになる──幼いながらにも、そう聞きかじっていた。

 

「では、わたくしも、都へ帰れるのでございましょうか」

 

 尊子の声には、抑えがたい期待がにじんだ。

 

「母上のところへ。師貞のところへ。わたくし、もう一度、内裏の庭を走ってみとうございます」

 

 阿古は、そのまっすぐな瞳を見つめ、長く息をついた。

 斎院の卜定は、本来、帝の代ごとに改められる。それが古きならわしである。だが、都からもたらされた新たな沙汰は、尊子の小さな願いとは異なるものだった。

 

「尊子さま」

 

 阿古は、いつになくあらたまった声で口を開いた。

 

「都より仰せくだされたところによれば──尊子さまは、そのまま斎院の御務めをお続けあそばすようにとのことにございます」


 「そのまま……」

 

尊子は、阿古の言葉をそのまま繰り返し、しばし呆然と立ちつくした。

 

「でも、帝が替わられれば、斎院も……」

 

「それが常のならわしでございました」

 

 阿古は静かにうなずく。

 

「けれど、今度ばかりは、さようにはならぬと決まったのでございます。尊子さまは、冷泉院の御代よりすでに神さまに仕えなさり、いよいよその御心も清らかにお育ちであるゆえ、新たな御代においても、そのまま賀茂の斎院として、お務めを続けられよとのことにて」

 

「新しい帝さまにも……」

 

 尊子の胸に、喜びと戸惑いとが、複雑に入り混じって渦を巻いた。

 斎院として選ばれ続けることは、誉れであると、阿古も、神祇官の卜部も言うだろう。

 けれど、尊子にとっては、それは同時に、都への帰り道が、ひとつ遠ざかることでもあった。

 

「では、わたくしは……まだ、母上のところへは帰れぬのですね」

 

 かすれた問いに、阿古はそっと尊子の肩に手を置いた。

 

「尊子さま。神さまは、尊子さまを手放したくはないと仰せなのです。内裏と賀茂とをつなぐ橋として、もうしばし、この森に留まってほしいと」

 

 橋、という言葉に、尊子の喉がきゅっと締めつけられる。

 母の袖の中で聞いたあの言葉が、ふいに胸の奥で蘇った。

 

「わたくしが、ここにいれば……父上の御代も、弟の御代も、神さまがお守りくださるのでしょうか」

 

「そう信じて、お祈りなさいませ」

 

 阿古の声は、森の静けさのなかに溶けていった。

 尊子は、賀茂の川の方角を見やりながら、小さく、けれどはっきりと頷いた。

 都への道が遠のいた悲しみを胸に秘めたまま、それでも父と弟の御代を支える橋であろうと、幼い心に新たな誓いを結んだのであった。

歳月は、森の木々の年輪のように、静かに重なっていった。

 尊子は、賀茂の社の朝夕のしじまのなかで、祈りの言葉を少しずつ変えていく。

 新たに即位された円融天皇の御代の安泰に添え、弟・師貞皇太子の治世の到来をも、ひそかに心に描きながら、日ごとの祈りを捧げた。


六、外祖父伊尹が薨去

 その祈りが、やがて四年の歳月を重ねたころ、天禄三年(972)の真冬のある日、雪に埋もれた賀茂の森に、都より重い報せが届く。

 

「太政大臣殿、伊尹公、御他界あそばされた由にございます」

 

  阿古が低い声でそう告げたとき、尊子はしばらく、その意味をうまく掴めなかった。

 

「伊尹公……そとは、母上の父君にて、あらせられますね」

 

「さようにございます。尊子さまの外祖父にて、長くこの世の政を導いてこられたお方」

 

 賀茂の森の静けさのなかで聞く「太政大臣逝去」の報せは、幼き尊子の胸の奥を震わせた。

 

「母上は……」

 

 尊子が言いかけると、阿古はかすかに首を振る。

 

「都からの文には、『懐子さま、たいそうお嘆きにて、御心も沈みがち』と記されておりました。父君を失い、御身を支える柱をひとつ折られた思いにておわすのでしょう」

 

 尊子は、母の細い肩を思い浮かべた。

 幼いころ、あの肩に顔を埋めて眠った夜の感触が、遠い夢のようによみがえる。

 

()()()さまは、母上を、そしてわたくしたちを、長くお守りくださったのでございましょうか」

 

「さようにございます。師輔公の長男として、摂関の座を受け継ぎ、やがて太政大臣となられたお方。」

 

 尊子は、手を胸の前で静かに合わせた。

 これまで自分が祈ってきたと思っていた「父君の御代」「()()(みかど)の世」「(おとうと)(こう)(たい)()の行く末」が、みな外祖父の広い背の上に支えられていたのだと、遅ればせながらに気づく。

 その背がこの世から消えたとき、都の空はどれほど心もとなく感じられることだろう。

 

「母上のお心が、あまりに沈みすぎませぬように。弟の御代が、外祖父さまの遺された徳によって守られますように」

 

尊子は、いつもの祈りに新たな言の葉をひとつ加えた。

  

賀茂の森を渡る冷たい風は、何も答えぬまま、ただ、まだ若い斎院の黒髪を静かになでて通り過ぎていった。


外祖父・伊尹が世を去ったのち、都から届く風の匂いは、どこかこれまでと違っていた。

 賀茂の森にあっても、尊子の耳には、摂関家の内々のことが、さざ波のように伝わってくる。

 

「太政大臣殿の御逝去によりて、殿上の力の(はかり)も、いささか傾き候よし」

「伊尹公の弟君、兼通公が、異例の内大臣に御昇進のよしにて候ふとぞ」

 

 女房たちのささやきを聞きながら、尊子は、ふと阿古に尋ねた。

 

「では、母上は、これから、どなたをお頼みなさるのでございましょうか」

 

 阿古は、尊子の問いを予期していたかのように、静かにうなずく。

 

「都よりの文に、『これより後は、懐子さまの後ろ見として、弟君の(みつ)(あき)さまが御心を砕かれる由』と記されておりました」

 

光昭舅()()上が……」

 

 尊子は、その名を口にして、幼い記憶をたぐる。

 内裏の廊のかげで、優しく笑いかけてくれた若い舅父の顔。父帝の御気色が激しく揺らいだ日にも、懐子のそばに静かに控え、さりげなく言葉を添えてくれた、その姿。

 

「では、母上は、もうひとりぼっちではないのですね」


 摂関家の力の秤がどう傾こうと、賀茂の森の空は、変わらず高く静かであった。


 それでも、外祖父亡きあと、母の後ろ見となった光昭の名は、尊子にとって、都と自分とをつなぐ新たな細い糸のように思われたのであるが、母の懐子よりもだいぶ若いこの舅父が母を、弟皇太子を、そしてこの自分を守ってくれるのだろうか。尊子の心に不安の影が次第に広がっていった。


外祖父・伊尹を失ってからの都は、目には見えぬところで、少しずつ色合いを変えていった。


七、懐子が他界

 懐子の後ろ見となった舅父の光昭は、心ばかりは強く姉君を支えようとしたが、まだ官位も低く、殿上の天秤を動かすほどの力は持たなかった。

 そのことは、賀茂の森にいる尊子にも、折々の便りの端々から伝わってきた。

 

「懐子さま、日ごとに御心細くおはしまして……」

「御身の具合も、ときにすぐれずと聞き侍る」

 

 そんな言葉が文ににじむたび、尊子は人目なき夜更け、社の前の板敷きに直に手をつきて、額をこすりつくるばかりにぬかづいた。

 

 しかし天延三年(975)初夏のある日、その祈りを切り裂くような報せが、賀茂の斎院に届く。

 

「母君・懐子さま、ついにご他界あそばされた由」

 

 阿古が、いつになく低い声でそう告げたとき、尊子は何かの聞き違いだと思った。

 

「……今のは、誰の母上のことでございましょうか」

 

「尊子さまの、でございます」

 

 その一言で、尊子の世界は、音を立てずに崩れた。

 父はすでに御位を退き、外祖父もこの世を去り、そして今や、母までもが自分より先にあの世へ行ってしまったのだと気づいたとき、胸の内はただ真白になった。

 

「わたくしは、何を、橋じやと申してきたのでございましょう」

 

 尊子は、かすれた声でつぶやいた。

「父上と、内裏と、神さまとをつなぐ橋だと、母上はおっしゃいました。けれど、その母上が……」

 

 尊子の肩を抱いた阿古の手がかすかに震えていた。

 

「尊子さま。母君の御喪に服するためにも、ここでの御務めをいったんお離れなさることとなりましょう。都よりも、すでにその沙汰が参っております」

 

「ここを……やめるのですか」

 

「さよう。天延三年の今年をもって、尊子さまは斎院を退下なさることに決まりました」

 

 退下──その言葉は、かつて父の譲位の折、都へ帰れるのではないかと夢見たときに思い描いたものと同じでありながら、今はまったく違う重さで尊子の胸に落ちた。

 かつては帰還への希望でもあったはずの言葉が、今は母なき都へ戻らねばならぬ現実として、冷たく迫ってくる。

 

「母上のいらっしゃらぬ都へ、わたくしは、帰るのでございますか」

 

「亡き母君の御跡を弔うためにも、また尊子さまご自身のこれからの御行く末をお定めになるためにも、都へお戻りなさるほかはございますまい」

 

 尊子は、合わさった自分の掌を見つめた。

 冷泉の御代の安泰を願い、円融帝の世を祈り、弟師貞の立太子を祈り、そして外祖父の死と母の心労を思って重ねてきたその手が、異様に青ざめているように見えた。

 

「神さま。わたくしは、もう橋にはなれませぬか」

 

 誰にともなく問うたその声に、賀茂の森は静かに沈黙した。

 こうして尊子は、三歳から仕えてきた斎院の座を、母の喪に服するために退くこととなったのである。


八、母との最後の別れ

賀茂をあとにした牛車は、ゆるやかな揺れとともに、八年ぶりにふたたび都の土を踏んだ。

 かつて斎院へ向かう折には、未知へのお出かけのようにしか思えなかった旅路も、今はただ、胸の内を重く締めつけるばかりである。

 

 車の御簾が上げられると、見慣れたはずの京の家々と路の気配が、どこかよそよそしく尊子を迎えた。

 やがて牛車は、懐子の住まいであった邸の前で止まる。

 

「こちらが、母君の御邸にございます」

 

 阿古の声にうながされ、尊子はゆっくりと牛車を降りた。

 門は静かに開かれているが、そこから吹き込む風は、かつてのような温かさを帯びてはいない。

 

 一歩、門内へと足を踏み入れたとき、尊子は思わず立ち止まった。

 見上げれば、同じ軒、同じ庭木、同じ石畳。遠い賀茂の森で毎日のように思い描いた光景と、形ばかりは変わらない。

 けれど、そのどこを探しても、母の姿だけが見えない。

 

「母上」

 

 声にならぬ呼びかけが、喉の奥でほどけて消えた。

 廊には、女房たちが静かに控えている。その多くは、懐子がまだ健やかであったころから仕えてきた顔ぶれであったが、その表情には深い翳りが落ちていた。

 

「お帰りあそばしました、尊子内親王さま」

 

 最年長の女房が頭を下げる。その言葉のなかに、「斎院さま」という呼び名は、もうない。

 尊子は、かすかにうなずきながら、廊を進んだ。

 ふと、柱の陰や、几帳のかげから、ひょいと懐子が顔をのぞかせるのではないかと思う。

 「尊子」と名を呼ぶ、あの柔らかな声が、いまにも耳に届くような気がする。

 

 しかし、どこまで歩いても、その気配は現れない。

 

「こちらが、かつて懐子さまがお休みあそばした御間にございます」

 

 女房の案内で、尊子は一枚の襖の前に立った。

 すでに喪のしつらえは片づけられており、香の煙も薄れている。それでも、かすかに、母が好んで焚かせた香の名残が、空気の底に漂っていた。

 

 尊子は、そっと畳に膝をつき、手をついて頭を下げる。

 

「尊子、ただいま帰りました」

 

 その一言を絞り出したとたん、斎院としての八年あまりの日々が、一気に胸のうちに押し寄せた。

 賀茂の森で幾度となく唱えた祈りの言葉、父の御代と叔父帝の世、弟師貞の行く末、外祖父の安寧、母の安泰──そのすべてが、いまや「亡き人を弔う娘」の肩に重くのしかかる。

 

「母上。わたくしは、橋にはなれませなんだ」

 

 かすかな声が、静まり返った御間に落ちる。

 都と賀茂と、父と弟とをつなぐはずであった自分の務めは、母の死とともにいったん断ち切られたのだと悟ったとき、尊子は初めて、声をあげずに泣いた。

 涙は、斎院として身を清め続けた八年のあいだ、堪え続けてきたもののすべてを連れて、静かに頬を伝い落ちていった。


九、円融天皇との対面

 母の喪が明けたころ、尊子の身の上には、新たな沙汰が降りた。

 斎院を退いたのちも、その出自とこれまでの斎院としての清浄な務めが顧みられ、尊子はあらためて四品内親王として遇されることになったのである。

 その報せとともに、「円融天皇、尊子内親王を召して対面あらんと仰せらる」との言葉が伝えられた。

 

 その日、尊子は、喪の闇を脱いだばかりの身にふさわしく、彩りを抑えた(かさね)をまとった。

 白に近い浅葱、薄い柳色、その上にごく淡い紅をわずかに差したのみである。斎院の頃から身についた慎ましさが、自然と装いにもあらわれていた。

 

 清涼殿の御前に進み出ると、御簾の向こうから、柔らかながらもどこか冷ややかな視線の気配が伝わってくる。

 やがて御簾が少し巻き上げられ、円融天皇の御気色が、尊子の目にもはっきりと映った。

 

「これなるが、冷泉院の第二皇女、尊子内親王にてあるか」

 

 穏やかながら、どこか探るような声であった。

 尊子は畳に両手をつき、深く頭を下げる。

 

「ははあ。尊子にて侍る。父帝の御代より、賀茂の斎院としてお仕え申し上げておりましたが、今は母の喪ののち、かく再び内裏に召し返され侍る」

 

 顔を上げたとき、円融天皇の御目が、ふと驚きに見開かれるのを、尊子は見た。

 

 長く賀茂の森の風に晒されていたせいか、尊子の肌は雪のように白く、黒髪は夜の川のようになめらかであった。

 幼いころのあどけなさはすでに消え、その面立ちには、斎院として神に仕えた歳月が刻んだ静けさと、相次いで肉親を失った者だけがまとう深い影が、ひそやかに宿っている。

 

「……かねて人の申すを聞きおきしが、これほどの御容貌とは思はざりき」

 

 天皇は、思わず独り言のように呟いた。

 冷泉院の血をひき、懐子の気品を受け継ぎ、なおかつ賀茂の清浄に洗われた尊子の美しさは、宮中にひさしく見なかった異質の輝きを帯びていた。

 

「長きあいだ、都を離れ、さぞ心細き思いも多かったろう」

 

「恐れながら」尊子は静かに答える。「賀茂の森にては、ただ父帝と、叔父帝と、弟師貞皇太子の御代の安らかならんことを祈りつつ、日々を過ごして参りました。都を離れましても、わたくしの心は常に内裏に向いておりましたゆえ」

 

「そうか」

 

 円融天皇の眼差しに、ふと柔らかな色が差した。

 父帝の狂気と早い譲位、外祖父太政大臣の死、母懐子の逝去──そうしたものをすべて身に受けながら、なお静かに祈り続けてきたこの神々しい皇女の存在が、円融の胸に深く響いたのである。

 

「冷泉院の御代は短かりしが、その影は、かくのごとく清らかなる姫君として、今に残りたるか」

 

 天皇は、御簾の内でそっと息をついた。

 尊子の美貌は、生まれつきの顔立ちの美しさだけではなく、その背に負うた運命の重さと、斎院として培った澄明さとが、ひとつに溶け合って放つ光であった。

 

「尊子。これよりは、内親王として、わが御代をも静かに見守りてくれよ」

 

「ありがたき仰せに侍る。父帝の御影を今に伝える者のひとりとして、ささやかに御代を拝し奉りたく存じます」

 

 そう答える尊子の声に、円融天皇は、ふと胸の奥で何かが揺らぐのを覚えた。

 それは、冷泉の忘れ形見に対する憐れみであり、母を亡くした若き内親王への同情であり、そして何よりも、その輝くばかりの美貌と気品に心を奪われた、ひとりの男としての静かなときめきであった。


十、光昭の邸での歳月と入内の話

 円融天皇との対面ののち、尊子は、()()である光昭の邸に身を寄せることとなった。

 かつて太政大臣伊尹のもとに賑わっていた一族も、今は影を細くしている。光昭自身もまだ高い官にのぼりきれず、豪奢とはほど遠い邸であったが、その分だけ、尊子のまわりの時は静かに流れた。

 

 朝には仏前に香を焚き、母懐子と外祖父伊尹の冥福を祈る。昼は女房たちに歌や琴の手ほどきをし、ときに弟師貞のことを思い出しては、遠い空を仰ぐ。

 斎院としての日々に比べれば、世俗に近い暮らしであったが、それでも尊子の身のまわりには、どこか森のしじまを思わせる静けさが絶えなかった。

 

 そのような歳月がいくとせか過ぎた、天元三年(980)、尊子が十五歳になったころである。

 ある日、光昭がいつになくあらたまった面持ちで尊子の前に座した。

 

「尊子どの」

 

 そう呼びかける声には、慎重な響きがあった。

 

「内裏より、かたじけなき仰せが参っておる。帝、御身を後宮にお召し入れあそばさんとのお考えにてある」

 

「わたくしを……後宮に」

 

 尊子は、思わず言葉を失った。

 内親王として宮中に対面を許されることと、女御・更衣として「入内」することとは、意味がまるで違う。そこには、帝の側近くに侍り、後宮の一員として生きるという、新たな運命が待っている。

 

「なぜ、今になって……」

 

 尊子の問いに、光昭は静かに答えた。

 

「帝は、かねてより御身のことを忘れおかれなんだ。冷泉院の御忘れ形見として、また、斎院の清らかさを宿した内親王として、その御美貌と御心ばえを高くお買いあそばすゆえなり」

 

 尊子は、膝の上で手を組んだ。

 斎院としての務めを解かれ、母なき邸に戻ったあの日、自分は「もう橋にはなれない」と嘆いた。

 しかし今、再び帝の後宮へと召されることは、別のかたちで神と人とのあいだに身を置くことになるのかもしれない。

 

「舅父上は、どうお考えにてございますか」

 

 尊子の問いに、光昭は一瞬目を伏せ、やがて率直に口を開いた。

 

「伊尹公亡きあと、わが家の勢いは、かつてほどのものにはあらず。懐子どのがおわさねば、尊子どのの御行く末も、思うに任せぬところ多かりき。

 されど、今度の御沙汰は、尊子どのにとっても、わが一門にとっても、大きな光となりましょう。わたしにできる後ろ見などたかが知れているが、尊子どのの未来は、何としてもお守り申したい」

 

 その言葉には、弱小の舅父なりの必死さと、亡き姉懐子への遅ればせの供養とがにじんでいた。

 

「尊子」

 

 光昭が、あえて「内親王」ではなく、幼い日の呼び名で続けた。

 

「入内なされ。冷泉院の姫として、また、懐子どのの娘として、帝の御代を内より支え、御身の清らかさを、もう一度光のもとにお見せあそばせ」

 

 尊子は、長く沈黙した。

 賀茂の森の川音、斎院の白い几帳、母の邸の薄い香、円融帝の御前で交わした言葉──それらが胸の内で静かにめぐり、やがて一つの流れとなる。この舅父のため、弟皇太子のために、この身にできることはこの道より他にない。

 

「承りました。

 わたくし、尊子は、帝の後宮に参りとうございます。

 ただ、これを新たな橋の務めと心得まして、父帝の御影と、母上の教えとを胸に、慎みながらお仕えいたしましょう」

 

 その答えを聞いて、光昭は深く頭を垂れた。

 こうして、斎院として賀茂に身を捧げた尊子は、今度は一人の女として、帝のもとに身を寄せる道を選んだのであった。


十一、妃の宮から火の宮

尊子が入内したころ、円融天皇の後宮は、すでに静かな争いの気配に満ちていた。

 もとよりの中宮であった藤原媓子は、天元二年(779)にすでに崩御しており、そのあとを継ぐべき后の座をめぐって、関白藤原頼忠の娘・遵子と、右大臣兼家の娘・詮子とが、目に見えぬ綱を引き合っていた。

 

 頼忠は、自らの政権基盤を固めるために、貞元三年(978)、娘遵子を女御として内裏に入れた。兼家もまた遅れじと、同じころ娘詮子を女御として入内させ、天元三年(980)には詮子が第一皇子・懐仁親王を産み落とす。

 本来なら、皇子を産んだ詮子こそ、次の中宮に立てられて然るべきところであった。

 

 しかし、円融天皇がもっとも心を寄せていたのは、皇子の母である詮子ではなく、むしろ頼忠の娘・遵子であると、人々はささやき合った。

 兼家と頼忠という、二人の関白家の利害と感情が絡み合い、後宮の空は、華やぎのうちに薄い翳りを帯びていたのである。

 

 その(ただ)(なか)に、尊子は入内した。

 尊子の居間に初めて足を運んだ夜、円融天皇は、御簾越しに洩れる灯の色だけで、思わず息を呑んだ。

 尊子は、他の女御たちが競うようにまとった艶やかな衣装を避け、あえて色数の少ない(かさね)を纏っていた。

 白に近い薄紅、その下に淡い(もえ)()(あさ)()。斎院として過ごした歳月が、いまだに袖口から香り立つような静けさを湛えている。

 

「尊子」

 

 御簾を少し上げ、円融が名を呼ぶと、尊子は深く頭を垂れた。

 

「このたびは、恐れ多き御召しをこうむり、身に余る光栄に存じ奉ります」

 

 顔を上げたとき、灯明の光がその面差しを照らし出す。

 冷泉の血をひく気高い額、懐子ゆずりの柔らかな眼差し、その奥に、斎院として神に仕えた者だけが持つ澄んだ影が、淡く揺れていた。

 

「……やはり、忘れがたき御容貌よ」

 

 円融は、ひとりごとのように呟いた。

 権勢をほしいままにする兼家の娘でもなく、関白頼忠の政略の核である遵子でもない。

 (まつりごと)の計算の外側から、ただその出自と清らかさのみをまとって現れた尊子の存在は、藤原氏の娘たちが帝寵を争う後宮にあって、ひときわ異質な光を放っていた。

 

「尊子。そなたは、どの家にも属さぬわが血の姫にてある。

 この乱れがちな世にあって、そなたの清き影を見るとき、わしの心は不思議と鎮まるのだ」

 

 天皇の言葉は、寵愛の情を隠しきれない響きを帯びていた。

 後宮の女たちが、皇子と家柄をもって帝の御心を引き寄せようとするなかで、尊子は、ただその生まれと、斎院として磨かれた心ばえのみで、この上もなく寵愛されることになったのである。


 冷泉院の第二皇女にして、かつて賀茂の斎院として神に仕えた内親王「()の宮」──その名が後宮に伝わるや、女房たちはひそひそと噂した。

 

「帝は、あの斎院上がりの妃の宮を、ことのほかお気に召しておわすとか」

「帝の姪御で、かぐや姫のようなお方、ようせずは、中宮にも」


尊子は瞬く間に摂関家の娘たちの敵に回されたのである。


尊子が円融天皇の後宮に入ってから、まだひと月と経たぬうちのことであった。ある夜半、ふいに御所の一隅から火の手が上がり、たちまちのうちに炎は廊を伝って広がっていった。 

人々が「火事」と叫び交わし、女房たちが襲をかき寄せて走り惑うあいだにも、黒煙は星空を覆い隠していく。

尊子は、女房に手を引かれながら、燃えさかる屋根を振り返った。

帝の御在所も、后たちの局も、炎の赤に照らされて、昼とも夜ともつかぬ異様な光景を見せている。

間もなく内裏は焼け落ち、人々はそれぞれに親族や縁者の邸へと逃れていくほかなかった。

帝は故兼通邸へお移りになり、尊子もまた、叔父光昭の邸へと里下がりすることになる。

 

それからほどなくして、後宮には新たな言葉が生まれた。

遵子・詮子のまわりに仕える女房たちのあいだである。

 

「あの内親王が入られてから、ほどなく内裏が焼け落ちたではないか」

「妃の宮などと持ち上げられているが、あれではさながら()の宮にこそ」

「あの妃の宮は(ひのえ)(うま)年の生まれだもの、火の宮に間違いないわ」

 

丙午が火難と結びつけられる俗信から、「妃の宮」をもじって「火の宮」と呼び合う、悪意を帯びた戯れ言であった。

円融の寵愛を受ける高貴な内親王に対する、日ごろの嫉妬と反感が、内裏焼亡という出来事をきっかけに、一気に噴き出したのである。

 噂は、やがて尊子の耳にも届いた。

 

十二、二品宣下の知らせ

火事ののち、「火の宮」の噂の中で、新年を迎えた尊子は手習いで憂さを凌いでいた。早春のある日、尊子がいつものように光昭邸の一室で静かに()(づくえ)に向かっていると、表の方があわただしくなり、女房が息を弾ませて駆け込んできた。

 

「尊子内親王さま。朝廷より、宣旨を携えた使者がお見えにてございます」

 

 尊子は、一瞬手を止めた。

 火事ののち、帝の御文以外に、公の使いがここを訪れたことはなかった。

 何事かと胸が高鳴るのを抑えつつ、几帳の前に進み出る。

 

 やがて、装束を正した使者が広間に通され、朗々たる声で宣旨を読み上げた。

 

()、冷泉院第二皇女、尊子内親王を、今より二品に叙すべきの旨、主上の仰せにてある」

 

 その一言が、静まりかえった広間の空気を震わせた。

 女房たちは思わず顔を見合わせ、光昭は座したまま、両の手を畳につけて深く頭を垂れる。

 

 尊子は、しばらく声を失っていた。

 「火の宮」と陰で呼ぶ声がはびこるなかで、この身は帝の御心を騒がすばかりの、忌まわしい存在なのではないかとさえ思いかけていた。

 その同じ内裏から、今まさに自分を高める宣旨が届けられたのである。

 

「二品……」

 

 小さく繰り返したその言葉は、驚きと戸惑い、そしてかすかな安堵を帯びていた。

 

「帝は、なおも、わたくしを内親王としてお認めくださるのですね」

 

 尊子が呟くと、光昭はこみ上げるものを抑えきれない声で応えた。

 

「当たり前のことでございますとも。

 尊子どのは、元より冷泉院の御娘、斎院として神に仕え、今は帝の(きさき)候補として召されしお方。

 火事の噂ごときで、その御身の価値が損なわれてなるものか」

 

 そう言いながら、光昭の目尻には、うっすらと涙がにじんでいた。

 伊尹亡きあと、懐子を支えきれなかった悔い。

 懐子の死後、尊子の行く末に十分な後ろ盾を与えられなかった無念。

 そのすべてが、この二品宣下の一報によって、少しだけ救われたように思えたのである。

 

「帝は、世のうわさに耳を貸されぬ。

 尊子どのの清らかさと、高貴なる血筋とをこそ見ておられる。

 この昇叙は、そのあらわれにほかなりませぬ」

 

 尊子は、静かに頭を垂れた。

 

「火の宮と呼ばれながら、なお二品に叙せられることは、

 帝が、わたくしを災いそのものとは見ておられぬしるしでございましょうか」

 

「まさしく」光昭はきっぱりと言い切った。「これは、尊子どのが『火』ではなく『光』そのものであると、帝がお示しくださったに等しゅうございます」

 

 その言葉を聞いて、尊子の胸のうちに、わずかながら温かいものが差し込んだ。

 火事の夜から、ずっと自分を責め続けてきた心が、ほんの少しだけほどけていく。

 

「ならば、この叙任に恥じぬよう、

 わたくしは、いよいよ慎みを深くし、心を正して日々を送りとうございます」

 

 尊子はそう言って、静かに合掌した。

 その横顔を見つめながら、光昭は胸の奥で、亡き姉懐子に向かって、そっと語りかけた。

 

「見ておられましょうか。

 あなたの娘は、いまもなお、かくのごとく清らかに、この世に立っておりますぞ」


十三、里がちなる二品内親王

 残念なことに、二品内親王に昇叙されたこと、帝のこの格別なご寵愛が、かえって尊子の重荷とはね返ってきた。


「二品ともなれば、いずれは中宮に…」

「いいえ、そこまでお育て申すのは、わたくしたちの家の姫君でこそ」


笑いを含ませた声に、嫉みの(とげ)がまじる。

朝拝に出れば、几帳の陰からじっとこちらをうかがう視線がある。

夜更け、御帳台の内でひとりになると、灯りの炎がふと揺れただけで、昼のささやきが耳元に甦る。


「……わたくしは、ここにいてよいのかしら」


そう問う声は、誰にも届かない。

やがて尊子は、里へ下がる日が目に見えて増えてゆく。


「尊子様は、またお里下りとか」


女房たちは、曖昧な笑みを交わす。

病がちなせい、という名目はあった。

けれど、病の半分は、心に積もった疲れがかたちを変えたものだと、近侍の女房だけはよく知っていた。


里の邸に戻ると、風はやわらかく、庭の青さはまぶしい。

公達の馬のひづめの音も、御所の板敷を踏み鳴らす草履の音も聞こえない。


「ここでは、誰の顔色も見ずに息ができる…」


几帳も屏風も少なく、外の光がそのまま差し込む座敷で、尊子はほっと息を漏らす。

巻物を手に取っても、琴を弾いても、そこに競い合う相手の影はささない。

ただ、風と、鳥と、時折訪()う文のみに囲まれて、日々は静かに過ぎていった。


里にいるあいだ、尊子はふと、宮中での華やぎを思い出すことがある。

鳳凰の刺繍、薫物の匂い、女房たちの笑い声。

それらはたしかに恋しい。

けれど同じくらい、あの目に見えぬ綱引きの中に身を置くことの苦さも、胸を締め付けた。


「二品の位をいただいても、心の安らぎが得られぬのであれば……」


尊子は、庭の木陰に身を寄せ、ひとり言のように口の中でつぶやく。

その言葉を否定する者も、励ます者もいない。

ただ、木洩れ日の中で、彼女自身の答えだけが、少しずつ形になっていく。


やがて人は、「尊子内親王様は里がちであられる」と噂した。

しかしその陰には、華やかな位階の光の強さと、その裏面で静かにすり減っていった一人の内親王の心のありさまが、誰にも知られぬまま潜んでいた。


十四、舅父の光昭の死

 そうして二年の歳月が過ぎたころである。

 尊子にとって、わずかに残された支えであった舅父の光昭が、ある日、突然に病に倒れた。

 はじめは軽い熱と咳にすぎぬと見えたが、病はたちまち全身を侵し、やがて床から起き上がることもできぬほどになった。

 

「舅父上。どうか、またお立ちになれますね」

 

 尊子が枕元にひざまずき、そう問いかけても、光昭はかすかな笑みを浮かべるばかりである。

 

「尊子……そなたが中宮になる日を見届けとう思うておったが……どうやら、わしの身の方が先に尽きると見える」

 

「そのような、縁起にもなきことを」

 

 そう言いながら、尊子自身、言葉の軽さを感じていた。

 外祖父伊尹を失い、母懐子を失い、今また、この家を守ってきた舅父の命までもが、指の間から砂のようにこぼれ落ちていこうとしている。

 

 ほどなくして、光昭は静かに息を引き取った。

 邸の中庭には、いつもより低く鳥の声が響き、香の煙が、空へまっすぐに昇っていく。

 尊子は、棺の前にひとり座し、しばらくのあいだ、涙さえ出なかった。

 

「外祖父さま、母上、そして舅父上までも……」

 

 ようやく声になった言葉は、ひどく細かった。

 

「わたくしは、誰のもとにも、とどまることができませぬ。

 賀茂では斎院を退き、母の邸に帰れば喪の闇、内裏では火を呼んだと言われ、舅父上のもとに寄れば、このたびのごとく……」

 

 それは、運命そのものへの問いであった。

 冷泉の第二皇女というこの上ない高貴な生まれ、斎院として神に身を捧げ、帝に召されながらも火事と陰口に追われ、ようやく身を寄せた光昭の邸でさえ、今や主を失ってしまった。

 

「神さま。わたくしが橋になろうとすればするほど、つながるべき岸が崩れていくように思われます」

 

 尊子は、ふるえる手で数珠を取り上げ、合掌した。

 だが、その祈りの言葉は、かつて賀茂で唱えた清らかな祝詞ではなく、ただ沈黙と嗚咽とが混じりあった、乱れた息に過ぎなかった。

 

 こうして、外祖父と母に続き、最後の「後ろ見」であった光昭をも失った尊子は、文字どおりどん底へと突き落とされる。

 頼るべき親族をことごとく喪い、自らの存在が災いを呼ぶのではないかという恐れにさいなまれ続けた。


十五、光昭四十九日と尊子の出家

 舅父光昭の死から、七七日がめぐってきた。

 その日、邸の大広間には薄く帳がかけられ、香の煙が静かに立ちのぼっていた。庭には白砂を敷きつめ、いくつもの灯明が風を避けるように並べてある。

 尊子は質素な喪服に身を包み、光昭の四十九日の法事を取り仕切る役を務めていた。

 集まった僧たちの中には、かつて斎院として出立の前夜、旅の無事を祈ってくださった名高い高僧の姿もあった。今は山里の寺を預かる身と聞く。

 

 読経が始まると、堂内の空気は一段と重くなる。

 「摩訶般若波羅蜜多心経」

 経の声が幾重にも重なり、やがて一つの波となって尊子の胸を打った。

 外祖父伊尹のときも、母懐子のときも、尊子はその波に身を任せるように涙をこぼした。

 しかし今度は、涙の代わりに、胸の奥で別の決意が静かに固まりつつあった。

 

 読経が終わり、焼香もすべて済んだのち、参列者たちが一人、また一人と広間を辞していく。

 やがて残ったのは、尊子と、主だった女房たち、そして導師を務めた高僧だけとなった。

 

「尊子内親王さま」

 

 僧は、合掌して深く頭を垂れた。

 年老いたその顔には、長く世を見てきた者だけが持つ静かな憂いが刻まれている。

 

「このたびも、尊きご縁にて法事をお任せいただき、かたじけなく存じます」

 

「こちらこそ、舅父のために、心を尽くしていただき、ありがたく存じます」

 

 尊子もまた、丁重に頭を下げた。

 しかし、顔を上げたときのまなざしには、先ほどまでとは違う光が宿っていた。

 

「ひとつ、お願いがございます」

 

 尊子の声に、女房たちがはっとして顔を上げる。

 

「わたくし、尊子は、このたびの舅父上の四十九日を限りに、俗の身を捨てとうございます。

 願はくは、御手にてわが髪をおろさせ給へ」

 

 一瞬、広間の空気が凍りついた。

 女房たちは目を見開き、とっさに言葉を失う。

 高僧は、しばし尊子を見つめたのち、深く息をついた。

 

「内親王さま。

 すでに斎院として神にお仕えになり、後宮に入られて帝の御寵愛も深きお身。

 出家は、あまりに大きな決断にございます。よくよくお思いとどまりなされよ、と申し上げるのが人の道かもしれませぬ」

 

「そのようなことは、重々承知しております」

 

 尊子は、静かに首を振った。

 

「わたくしは、父帝の狂おしき御代を見、外祖父さまの死を聞き、母上の早世を嘆き、舅父上の最期を見送りました。

 賀茂では斎院を退き、内裏では火の宮とあざけられ、いくつもの縁が、わたくしの手の中で絶えてまいりました。

 もはや、帝の御もとに侍ってさえ、その災いを遠ざける力をわたくしは持たぬと悟りました」

 

 そう語る尊子の声は、不思議なほど落ち着いていた。

 

「ならばせめて、この身ひとつは、誰のものにもせず、仏と神に捧げとうございます。

 橋になろうとして、次々と岸を失った身でございます。

 今度こそ、どこにも架からぬ橋として、ただこの娑婆世界の一人間になりたく存じます」

 そういい終わらぬうちに、尊子は自ら用意していたハサミを静かに取り出した。


 高僧は、慌ててそのハサミを奪い取るようにして受け取った。そして、何かを決心したかのように、ゆっくりと口を開いた。

 

「内親王さまのご覚悟、しかと承りました。

 世にあって、ここまで己れの運命を見つめ、なお出家を願われる方は多くはございませぬ。

 この老僧めにてよろしければ、その身の髪を剃り、新たな道にお送り申しましょう」

 

 その言葉を聞いて、尊子は深く額を畳につけた。

 

 その夜、まだ線香の煙の残る広間の一隅で、簡素ながらも厳かな剃髪の儀が行われた。

 女房たちが息を呑んで見守るなか、高僧は尊子の黒髪を一束ずつ切り落としていく。

 床に落ちるたび、その一本一本が、斎院としての歳月、妃となりかけた日々、帝の寵愛、親族への未練といったものを、静かに手放していくしるしのように思われた。

 

 すべてが終わったとき、尊子はただ一人の尼として、そこに座していた。

 髪を失ったその姿には、かえって生まれつきの気高さと、長い祈りの歳月が刻んだ透明な静けさが、いっそうはっきりとあらわれている。

 その胸の内には、失ったものの痛みとともに、不思議な軽さが生まれつつあった。

 こうして尊子は、光昭の四十九日を限りに、ついに出家の道を歩み出したのである


十六、円融帝の憐れみと『三宝絵詞』

 尊子出家の報せは、ほどなく円融天皇の御耳にも届いた。

 冷泉の第二皇女にして、自らの后となるはずの姫が、身内を次々と失い、ついには尼となって俗世との縁を断ったと聞き、天皇は深く心を痛めた。

 

「尊子のような姫を、ついに世の光のうちに保ちえなんだか」

 

そう嘆息し、いずれ中宮にという思いも自然に断ち切った。

終に皇子を産めなかっら遵子を皇后に冊立した。

しばらくして、その遵子が「素腹の后」と呼ばれる噂を耳にした時、尊子はもう遠い別世界のことのように思えた。

 

そして、尊子の出家生活を案じる天皇は、学識高く筆力にも優れた源為憲を召し出し、仏法僧三宝の話を絵と詞で説き記す書の編纂を命じた。

 

「この世のはかなさと、しかしその中に宿る仏の光とを、人にも見せ、尊子にも届けたい。

 そなた、三宝のすがたを絵として描き、その由来を詞に綴れ。

 尊子の祈りが、ただの嘆きで終わらぬよう、その行き先を示してやりたいのだ」

 

 こうして始まったのが、『三宝絵詞』の編纂であった。

 円融帝の憐憫と信心とが、一人の内親王の運命を悼む思いと重なり合って、この稀なる仏教説話集を生み出したのである。


十七、庵での祈りと花山天皇の即位

 尊子は、出家したのちも、長く住み慣れた舅父光昭の旧邸を離れなかった。

 邸の一室を簡素な庵に作り替え、障子の内には仏像と小さな(きょう)(づくえ)を置き、そこを修行と祈りの場とした。

 朝には経を誦し、日が高くなれば、遠く内裏の方角に向かい、弟師貞の安否と行く末を祈る。

 「どうか、この身が背負った災いを、弟の御代からは遠ざけ給え。

 弟の御代が、父帝の影を越え、新たな光となりますように」

 

 その祈りがどこまで天に届いたのか、あるいはただの偶然であったのかは、誰にも分からない。

 しかし永観二年(984)、ついに師貞親王は花山天皇として即位した。

 尊子は、その報せを静かに受け止めた。

 

「これでようやく、父上の乱れた御代から続いてきた影の一端が、晴れたように思われます」

 

 庵の小さな庭に咲く花を見つめながら、尊子はそう呟いたという。

 自らは后として帝の傍らに立つことはなかったが、祈りのうちに弟の即位を見届けることができたこと、そして二年足らずで花山天皇が退位に追い込まれたのを知らずにいられたことは、尊子にとって最後の慰めとなった。


十八、若き最期

  しかし、その喜びを味わう歳月は、思いのほか短かった。

花山天皇の即位からほどなくして、尊子は病を得て床に臥すようになった。

もとより華奢な体つきであったうえ、相次ぐ悲嘆と出家後の精進が、静かにその身を削っていったのであろう。


やがて寛和元年(985)八月十五日未明、尊子は、わずか数え二十にして、灯火が消えるようにこの世を去った。

庵の枕元には、冷泉院・母懐子・舅父光昭の名を書き連ねた木札と、花山天皇の御代の安泰を願う短い祈りの言葉が置かれていたという。

橋になろうとして幾度も岸を失った姫君は、最後には、誰の岸にも繋がらぬ小さな庵の中で、静かに逝った。


尊子の(こう)(きょ)の知らせを受けた円融天皇は、その日が八月十五夜に当たることに気づき、即日火葬するように命じた。そして、


久方の遠き雲居へ帰るらむ

天つ乙女を留めかねつも


という歌を詠み、この世にこの高貴な姫君をついに留めおくことができなかった哀切の思いを語った。

この歌こそ、尊子を悼みたまえる御製として、ひそかに伝えられているという。




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