09
「今日は泊まってもらうわ」
「それはいいですけど放課後まで黙っておく必要はあったんですか?」
「あるわ、朝とかお昼に言うと断られそうだから直前に言う必要があったのよ」
朝でもお昼でも放課後でも無理なら無理と断って大丈夫なら受け入れるだけだけど。
一応二ヵ月目に入っているところだからそろそろ分かってもらいたいところではある。
「あと、喜多さんや楠さんを参加させるのはなしよ」
「そもそもいまも言ったように知りませんでしたし、既に千加子のお家の近くなので誘えませんよ」
「ナオ君とはなさんに頼るのも駄目ね」
「流石に連れ出すわけにもいきませんから自然とそうなりますね」
今日はやたらと気にするな。
最近は楠さんとまたいるようになって不満が溜まっているのだろうか。
「それと夜は食事に行きましょう」
「それならこのまま行きます?」
「駄目よ、十九時ぐらいがベストね」
「あんまり遅い時間に出歩かない方がいいかと、千加子なんかは特に気を付けなければ駄目ですよ」
変に拘って危ないことに巻き込まれて後悔するのは彼女なのだ。
今回も止められる状態なら止めなければならない、なんでもかんでもはいはいはいと受け入れればいいわけではない。
「それ、私だからじゃないわよね?」
「千加子だからこそですよ」
「だったら尚更いくわ」
「なにか誤解していませんか? 危ない目に遭ってほしくないから言っているんですけど」
先輩は腕を組んでこちらを少し怖い顔で見てきていた。
でも、なにも間違ったことを言っていないつもりだからこちらも目を逸らしたりはしない。
「なるほどね、あなたがどういうつもりで言ったのかは分かったわ。でも、たまにはいいでしょう? そんなに気にしていてもなにも楽しめないわよ」
「でも……」
「お願い」
うっ、その顔はずるい……。
なにもないときはどちらかと言えば怖い感じがする人だからより効果的というか……。
この先、これを多用されたらただただ敗北数を重ねるだけの私が誕生だ。
「そ、それならせめて十八時半にしましょう」
「分かったわ、本当のところを言えばあなたと行ければそれでいいのよね」
「な、なら最初からそれでよかったと思いますっ」
いけない、なに一人で興奮しているのか。
案の定「ふふ、そう怖い顔をしないの」と笑いながら言われるし、かあと顔が熱くなった。
いまは見られたくなくて今度こそ違うところに意識を向けていると「拗ねないの」と頭を撫でられてより複雑な気持ちに。
「あなたのそういう子どもみたいなところが見られてよかったわ」
「……どうせ千加子からすれば全てが子どもみたいなものではないですか」
「全くそんなことはないから安心しなさい」
安心しなさいと言われて安心できるのであればこうはなっていないのだ。
ただ、このまま外でこんなことを続けていても恥ずかしい時間になるだけだからささっと着替えを取りにいくことにした。
ナオもはなもいるここに帰ってくるともう出なくていい感じすらしてくるけどそんなことをしようものならあの先輩が怒るだろうからそれもできない。
「にゃ~」
「ごめんね、いってくるね」
今回も腕を組んで待っていた彼女に少し攻撃を仕掛けたくなったものの、なんとか抑えて歩き始めた。
「んーいま考えていたけどどうせあっちでも完全に二人きりにはなれないわけだから別に私の家で集まる意味ってないわよね」
「それなら戻ります?」
「でも、また家に戻って着替えを取りにいくのも面倒くさいわ」
一人で行くと言ったのに聞かなかったのが先輩だった。
だから言っても意味はないと思いつつも、
「それならご飯を食べた帰りに取りにいけばいいと思います」
こんなことを言ってみた。
私としては自宅の方が落ち着けるから悪いことではない。
「いえ、やっぱり今日は私の家でやりましょう?」
「千加子って結構いい加減なところがありますよね」
「あら、今日はころころと表情が変わって忙しいわね」
やっぱり一人で行くべきだったと後悔してももう遅い。
まあ、これ以上このことで考えても気分が沈んでいくだけだから片付けて前に進むことにする。
少ないものの、課題が出ているからそれで切り替えられたのも大きかった。
「お腹が空いたわね」
「まだ十八時にもなっていませんが」
「ふふ、早めの方がいいと言ったのはあなたでしょう? もう行きましょう」
ああ、そういうことかと分かってしまった。
私と一緒にいてくれる存在はみんな夢花ちゃんみたいになってしまうのだと。
みんな急にキャンセルしてなかったことにするわけではないからまだマシだけど振り回してくるところはそっくりだ。
「そろそろ機嫌を直しなさいよ」
「いえ、美味しい料理が食べられているので十分です」
値段が全てではないし、先輩達の全てが悪いわけでもないから別に不機嫌とかではない。
「千加子は夢花ちゃんに似ています」
「あら、私と出会う前は一番の存在だったわけだからそれは褒め言葉にしかならないわよ?」
「ま、実際のところがどうであれ、また千加子のことを知ることができてよかったですよ」
だから悪いことではない。
いまは料理に集中するべきだと考えて、だけど全てスルーはできないから適度に相手をさせてもらった。
「雨だ」
「久しぶりね」
今日は朝からばたばたしていて予報なんかは見ていなかったから傘は持ってきていない。
「降らないと後々困ることになりますからいいことですね」
それでもいま言ったように降らなければ困るのも事実だ、たまには濡れて帰るぐらいでいいのかもしれない。
「それでも限度はあるけれどね」
「そうですね、台風とかは過剰です」
直接自分達のところに被害がなくてもどこかでなにかが壊れたとか、誰かが怪我をしたとかそういうニュースを見る度に怖くなるからそこまで力を込める必要はない。
「でも、雨ならあなたに来てもらいやすくていいわね」
「はい? 千加子なら雨とか関係なく誘ってきますよね?」
いま一緒にいるのだって千加子から来たからだ。
大人しく帰るのかどうかは分からないけどどうせ千加子のお家の近くまでいけば流れで上がらせてもらうことになるはずだから、うん。
「普段は勇気を出しているところもあるのよ?」
「ないですね、夢花ちゃんがここにいても同じことを言っていると思います」
「また喜多さんのことを出してこの子は……」
なら楠さんでも同じように言っていたと思いますとそっちにしておいた方がよかっただろうか、なんてね。
結局のところ誰を出そうが変わらない、ここで人ではないナオやはなのことを出そうと同じように反応されるだけだ。
「それでどうします? この勢いだとやまないでしょうから帰ります?」
「そうね、それであなたは私の家でシャワーを浴びればいいわよ」
ということは彼女も傘を持っていないのか。
ただ……彼女のことだからお家でシャワーを浴びてほしくてわざと持っていないふりをしている可能性もあるのがなんとも言えないところだ。
「まあ、着替えは何故かあるのでそれでも構いませんが」
「何故かではないわ、私が勝手に持ってきたんじゃない」
「いや、真顔でそんなことを言わないでくださいよ」
夢花ちゃんにも昔、一組奪われて悲惨な姿になって帰ってきたことがあった。
彼女のことだから実験には使わないだろうけどだからといってなにができるというわけでもないのだ、いま一度冷静になってほしいところだった。
「だって置いていけって言っても置いていかないからじゃない」
「だっていまの千加子のお部屋に置いていくと悪いことに使いそうですし……」
「悪いことってなによ、別に匂いとか嗅いだりしているわけじゃないのよ? ただ少し抱きしめてみたりするだけでね」
冗談で言ってみただけなのに実際に考えていた通りになるとそれはそれで困るものだ。
「それなら本人にしてくださいよ」
「簡単にできるなら困っていないわよ」
それにまだ一度もできたことがないとかそういうわけでもないのになにを気にしているのか。
基本的には彼女が動くことでなんとかなっているわけだから自分の方からしておいた。
そうすると途端に壁みたいになってしまうのが彼女で、やめて少し離れてみると目は開いているのに起きているのか起きていないのかよく分からない状態になる。
「はっ、ここはまだ学校なのよ?」
「それはそうですよ、お互いに傘を持っていないみたいですから外でやっていたらびしょ濡れになってしまいます」
たまには濡れてもいいかもというだけで積極的に濡れたいわけではないから避けられる限りは避けるだけだ。
「ふっ、たまには濡れるぐらいがいいのかもしれないわね……」
「落ち着いてください。いいですか? これからは本人を抱きしめてくださいね?」
「え、ええ、だけどあなたも覚悟しておくことね。私、一度やると決めたらどこでもやるから」
「それなら待っておきますよ」
まあ、今回は避けられないときなので急いで二人で帰ることになったけど。
「はぁ……はぁ……たまには体育以外で走るのも悪くないわね」
「それより千加子は先にシャワーを浴びてきてください」
「それならあなたも行くわよっ」
え、あ、ただ効率はいいか。
濡れて冷えた体も熱いお湯のおかげですぐにぽかぽかになった。
やる気がなくなってしまう前にと千加子がご飯作りを始めたので手伝っておく。
「もう今日はこのまま泊まればいいわ」
「流石にあれから時間も経過していないですから後でお父さんに迎えに来てもらって帰りますよ」
「駄目よ、もう入浴も済ませて食事も済ませてしまえばそれでいいじゃない」
「でも、歯ブラシなんかがないです」
「新しいのがあるからあげるわ」
うん、言うと思ったけどね。
言うことは聞いておくけどなんか急に夢花ちゃんと話したい気分になったからそっちの方はやらせてもらうことにした。
やり取り中、怖い顔で睨まれていても気にしたりはしなかった。
「はなは少し大きくなったね」
「にゃ~」
「ナオは男の子なのに変わっていないね」
この二匹は本当に仲良しでいつも一緒にいる。
仲良く遊んでいることもあるけど基本的には二人で静かに休んでいることが多い。
家族が来たらその都度動いて、ある程度時間が経過したら元に戻すの繰り替えしだ。
「わ、重いよ」
「わ、重いよ、じゃなくてお客さんの相手をしてくれない?」
「もうスマホを弄るのは終わったの? それならいいけどね」
「なんかちょっと調子に乗ってない? 先輩の存在はよくも悪くもって感じだね」
いやいや、やり取りだけでは足りなくて寂しいから呼んだのに最初からそれで相手をしてもらえていなかったのだからなにも間違った発言はしていないと思う。
「そもそもさあ、なんで先輩の家に泊まっているときに連絡なんかしてくるんですかね?」
「今日誘う前にも言ったけど寂しかったからだよ」
「せめて一人のときに連絡してきてよ、なんかついでみたいで気になるじゃん」
「それはごめん」
「酷い子にはこうだ」
二匹と一匹――一人が乗ってきていて先程よりもだいぶ辛い。
でも、これも甘えてくれている感じがしてよかったからなにも言わずに同じように撫でておいた。
「にゃーん、ごろごろごろー」
「夢にゃん、男の子とはどうなの?」
機嫌がよさそうな内に吐かせておかなければならない。
不公平とかではなくて中途半端に知ることができてしまっているからだ、どうなったのかを聞きたくなるのは当然だ。
「あーそっちの方はもう駄目だね、だからとりあえずは探すところからって感じかな」
「そうなんだ」
「友達ではいられているんだけどね、それ以上先を望むのはちょっとねー」
「それでも私達がいるから」
「麻結からすれば所詮便利屋ぐらいの扱いだけどねー」
大丈夫、少し素直になれないだけだ。
だから引き続き頭を撫でていると「も、もういい」と止められてやめる。
「あ、あのさ、先輩に嫉妬されて攻撃をされるのは私なんだから気を付けてよね」
「同性ならノーカウント――とはいかないか、相手が同性だからね」
「そうだよ、あと引き続き楠には気を付けること。ああいう子は油断しているとやばいんだよ」
「最近はまた一緒にいられるようになって嬉しいよ」
「はぁ、こんな感じでいいのかねえ」
こんな感じでいいのだ。
なにも露骨に変えているわけではないから先輩にしたって少し呆れたような顔で「あなたらしいわね」と言ってくるだけだ。
誰かに合わせすぎてしまうのも問題だから私らしくを貫いていくだけ。
そもそも急に変わったらその私は好きになってもらえないだろうから変えるわけにはいかなかった。




