08
「夢ー今日こそ付き合ってくれるよね?」
「んー今日もいいかな」
「もー付き合い悪いなー」
そうは言われてもそういう気分にならないんだから仕方がない。
部活動もやっていないし、残ってやりたいこともないから教室及び学校をあとにすると割とすぐのところで「おーい」と聞き慣れた声が聞こえてきて少し驚いた。
もちろん喋りかけてきたのは麻結で、さっきまであったもやもやもどこかにいった。
「すれ違いにならなくてよかったよ」
「でも、朝に連絡をしたら先輩と過ごすって話じゃなかったっけ?」
「ああ、嘉数先輩は楠さんが連れて行ってしまって一緒にいられなくなったんだよ」
なにをしているんだか、あとこの子も簡単に譲ったりしないで止めればいいのに。
「それでなんでこんなに珍しいことをしたの? まさか先輩に相手をしてもらえなくなったからじゃないよね?」
そういう理由で来られるのは悲しいから違う理由からであってほしかった。
「いつも来てもらってばかりだからかな」
「ふーん、まあいいけど」
「だから今日はこのまま夢花ちゃんのお家にいこう」
ナオとはなに触らせてもらってもっといい状態にするのもありだけど……珍しいから言うことを聞いておこう。
ま、私の家で過ごすにしても麻結の家で過ごすにしてもあっちで待っておけばいいと思うけどね。
「なんか元気ない?」
「うん、前に麻結に言ったように後悔中だからね」
「あ、まだそれで引っかかっていたんだ」
「は? そりゃその場の勢いで大して考えもせずに発言をしているわけじゃないんだから当たり前でしょ」
基本的にはいいのにたまにこうして煽ってくるからその場合はどうしようもなくなる。
しかもそれを自覚せずに「煽りたいわけではないからね」と重ねてくるからもうね。
「というか、麻結の中にはそういうのないわけ? 先輩とか楠がいればいいんですかね」
「高校生になって離れてからもこうして集まれているから満足できてしまっているのもあるんだよ」
まあ……これについては事実だ。
でも、それはあくまで私が行っているからであって、この子に全てを任せていたらこういうたまたまに賭けるしかないということになる。
別に自分ばかりが行くことになって嫌とかじゃないけど……そうなったときのことを考えるとそれこそ内側が暗く染まっていくんだ。
「麻結、手、繋ごうよ」
「いいの?」
「い、いいのってどういうこと?」
「いや……うん、手を繋ごう」
じゃれているときに手を握ったりすることはあったものの、手を繋いで歩いたことはなかったから地味に心臓が暴れた。
ただ、隣の麻結を見てみてもいつも通りの無表情だったからなんとか抑え続けるしかなかった。
先輩と色々なことをしてもうこんな行為は普通レベルのことなのかもしれない。
「はは、一人で歩いていたときよりもあっという間だったよ」
「まあ、話し相手がいるからでしょ」
「夢花ちゃんだからだろうね」
「なにそれ、どうせ先輩が相手のときにも言っているでしょ」
うーん、なんか自分のせいでやりづらい。
「ありがとう」
「急すぎ、なにに対してのお礼なの?」
「いまでも一緒にいてくれることに対してかな、私は離れ離れになったら終わると思っていたから」
はあ……? い、いやいや、怒ってはいけない。
この子が急に変なことを言い出すのはいまに始まったことではないんだ。
「そういえば今日もケーキがあるんだよ、食べる?」
食べたかったら全て食べていいと言われていたからこれを分けてもなにも言われない。
三つあって全てを食べようものなら太ってしまうし、気にしながら食べることになるぐらいなら麻結にあげた方がいいだろう。
「夢化ちゃんやご家族が困ったりしないなら食べさせてもらいたいな」
「困るなら最初から言わないから、それだと嫌な子になっちゃうでしょ」
「はは、そっか」
なんだ……? あ、笑ったときの感じが変わったからやりづらくなってしまったのかな。
この状態でも分かっていることは私は同じ場所から動き出せていないのに彼女の方は随分と先にいってしまったということだ。
と、とにかく、ケーキを出さないと嫌な子どころの話じゃなくなってしまったからケーキを出してから考えることにした。
「毎回安定して美味しいね」
「結構いいやつらしいよ、お母さんが買ってくるだけだからよく知らないけど」
一定のレベルがあれば味なんてどうでもいい。
それよりもこの子のことだ、帰ってしまう前に原因を突き止めないと。
「大丈夫だよ、二つ目を狙ったりしないよ」
「はい……?」
「夢花ちゃんはいま怖い顔をしていたからね、それぐらいしか浮かんでこなかったんだよ」
「別にそんなのじゃないから」
私がどう悩んでいるかも分からないから仕方がないよね。
だけどこの調子でいられると解決どころか怒りが……。
流石に自分勝手すぎるからぶつけたりはしないけど不満がないなんて言い切ることはできなかった。
「ということがあったんです」
「楠さんにそのまま付き合った私も悪いけどそのまま喜多さんのところに行くのもどうかと思うわ、それに手を繋いだって……誰でもいいということなの?」
「断ったら壊れてしまいそうだったからです」
「手を繋げない程度で壊れてしまう人なんていないわよ」
本当のところがどうであれ一緒にいられなくなりそうだと感じたからしただけだ。
あとはもう終わったことだからこれについてこれ以上言われてもなにかが変わったりはしないのだ。
「はい、もう恥ずかしがらないから私だけにしてちょうだい」
「え、このまま帰るんですか? 人だっているんですよ?」
「そんなの気にならないわよ、そもそも誰も見ていないもの。それになにより、喜多さんに取られてしまうことが一番駄目なパターンだから避けたいのよ」
「ははは、夢花ちゃんの中にはなにもありませんよ」
もしあるのだとしたら男の子相手に云々という話をする必要がない。
それを聞いたところで醜く嫉妬をしたりなんかしないし、そういう話を聞く度になにもないのだなというそれが強くなっていくわけだからもったいないことしかしていないからだ。
そもそも中学生のときだって目の前で男の子相手に頑張っていたというのにどう勘違いをすればいいのかという話だった。
「そこまで不安にならずに済んでいるのは楠さんがあなたとばかり盛り上がっているわけではないことね、普通に仲良くされていたらここまで冷静ではいられなかったわ」
「私としては少し寂しいですけどね」
「あなたには私がいればいいの」
私が動き出したからなのだろうか。
「もしかして最初からそのつもりだったんですか?」
「気になったから追ったけど少なくとも最初から全開だったわけではないわ」
「え、いやでも、スーパーにまで付いてきて全開でしたよね?」
あれのせいで大好きなしゅわしゅわをこぼしてしまったぐらいだからね、あれが全開、全力ではなかったとしたら怖いよ。
「す、少し追いすぎてしまっただけよ」
「そうですかね」
「その顔はやめて」
逆にあれが全開だったとしたら最近の先輩は抑え気味ということになる。
「千加子先輩ってお名前で呼ばせてもらってもいいですか?」
「千加子でいいわよ、というかよく覚えていたわね?」
「ちゃんと自己紹介をされたら忘れませんよ」
「楠さんのことは分かっていなかったのに?」
見事に真ん中に突き刺さった。
同じクラスでちゃんと自己紹介をされていたはずなのに楠さんのことを分かっていなかった私が偉そうに言えることではない。
「確かにツッコミを入れたくなる気持ちは分かります」
「冗談よ。それで本当に呼び捨てでいいから、さあほら」
「千加子」
「こうと決めたら躊躇がないわね」
「はい、本人が求めているなら気にする必要もないはずです」
悪くない、順調に仲良くすることができている。
「このことを喜多さんに言いましょう」
「そうですね、元々なにかがあったら報告をする約束をしているので私はあくまでいつも通りにやるだけです」
そろそろ微妙な状態から復活してくれるといいな。
いまはともかくなんでも吐かせてスッキリさせるのだ。
「じゃ、夢花ちゃんのところに――」
「やあやあ、夢花のところに行くなら私も行っちゃうよ」
楠さんはこういうことが多い。
まあ、なんでもいいか、寂しかったから少しでも一緒にいられればそれでね。
「楠さんが来るなんて珍しいわね」
「はい、そろそろいい加減私も田上さんと過ごさないといけないと思ったんです」
「麻結は渡さないわ」
先輩の方は歓迎ムードではなかった。
大袈裟でもなんでもなく睨みつけているぐらい、だけどこれは楠さんが嫌いだからではなくて私が関わっているからだ――というのは自惚れすぎかな……。
「あらら、いつの間にかそんなに進んでいたんですね」
「白々しいわね、いまだって隠れて聞いていて邪魔をするために来たのでしょう?」
「あれ、はは、バレちゃいました? なんてね、邪魔なんてしませんから許してくださいよ」
「ふん、そうするべきね、行くわよ」
逆にこういう組み合わせの方が見ている分には楽しかったりもする。
でも、先輩の中に楠さんへの気持ちはないから出していったりはしないけど。
「おーおー今日はまた勢揃いのようで」
「喜多さん、私と麻結はお互いに名前で呼び始めたわ」
「あ、はい――え、そのために来たんですか?」
連絡先を交換しているのだからそっちでよかったか。
「そうよ、この子がいる理由は分からないけどね」
「だからさっきも言ったじゃないですか、田上さんといたかったからです」
「そんなことを言っている割りには他の子ばかりを優先していて説得力がないのよねえ」
「ちょいちょい、喧嘩なんかしないでよ?」
「しないよ、先輩のこういう可愛いところは好きだしね」
ああ、益々怖い顔に……。
怖いからなにか言うこともせずに黙っていることが私にできることだった。
「ふふふ、先輩がいない間にこそこそとやらないとね」
「なんで手を縛られらているの?」
「それは先輩の前で女の子の顔をする田上さんを見たくないからさ」
確かに最近は意識をして変えているけど露骨に顔に出したりはしないだろうからそんなに警戒しなくていいのに。
「寂しい気持ちにさせてごめんよ」
「うん、それはそうだよ、興味を持ってくれたと思っていたのに最初以外はあれだったから寂しかった」
微妙とも言いづらくてあれ、なんて言い方になってしまったけどこれは事実だ。
どうせ関わるようになったからには挨拶だけで終わりになんかしたくはない。
「おお、はは、田上さんはやっぱりいいなあ。先輩がいなければ私が手に入れたいところだったけど先輩がいるからこそだと思うから本当に邪魔をしたりはしないよ」
先輩の影響が大きいのは本当のことだ。
先輩が近づいてきてくれていなかったら楠さんとも話せずに終わっていただろうし、夢花ちゃんの都合次第ではほとんど一人で過ごすことになっていた。
高卒資格を獲得できればそれでいいというのは本当のところだけど私だって人並みに高校生活を楽しみたかったからありがたい話だ。
「難しいならあれだけど千加子とも仲良くしてほしい」
「ま、嫌いじゃないから大丈夫じゃないかな、向こうにとっては睨んでくるぐらいだからどうか分からないけどね――ほら、いまだってこうして私の手をつねってきているぐらいだけど」
「はは、仲良しだね」
いたのは分かっていたし、彼女も分かったうえでの発言だからそのようにしか見えなかった。
「少し楠さんと話したいことがあるから連れて行くわね」と言って離れてから少しして何故か楠さんに頭を撫でられている先輩が戻ってきた。
「……正直に言うと私は楠さんが苦手だわ」
「またまたー素直になってくださいよー」
「あと麻結をこんなところまで連れてきてなにをするつもりだったのよ?」
「ただお喋りがしたかっただけですよ、それに邪魔はしないって言いましたよね?」
「ま、クラスに一人でも安定して喋ることができる子がいるのは大きいでしょうから許してあげるわ」
楠さんの笑顔はいつも気持ちのいいものだ。
だけどもっと時間を重ねることができればその笑顔の中に違うものが混ざっていると分かってなにかできるようになるかもしれない。
夢花ちゃんが相手のときもそうだったから同じようにしていきたいという気持ちが強くあった。
「そういえば先輩ってそういう人がいませんよねー」
「あら、そんなことはないわよ?」
うん、いつも特定の人と盛り上がっているなんてことがないだけで先輩は色々な人と過ごしているから楠さんのそれは間違いだ。
「おっと、からかうような笑みですね?」
「ふふ、あなた達と違って一年多くこの高校に在籍しているのだから違うわよ」
「じゃあ今度連れてきてくださいよ、お世話になっていますってお礼が言いたいんです」
「いいわよ、それなら来週の月曜日に連れていくわ」
でも、あの人達の中から誰を連れてくるのかは本当に気になるのでそのときになったらお邪魔させてもらおうと決めた。
「さ、これで言いたいことも済んだでしょうから麻結は返してもらうわよ」
「学校にいるときぐらいは私も一緒にいさせてください」
「仕方がないわね……」
結局は強気に出られずにこうなることは確定している。
少し呆れたような顔をしながらも律儀に付き合う先輩となんでも出していってたまに困らせることがあってもそればかりではない後輩と――余計なことをしなければよかったかな? と考えてももう遅い。
「私も麻結って呼んでいい?」
「ちょっと、そこまでは許可していないわよ」
「私は田上さんに聞いているんですー」
「麻結、しっかり断りなさい」
ただ、そのテンションのままこちらに絡んでくるのはやめてほしかった。
あと名前呼びの件は嫌でもなんでもないので好きにしてくれればよかった。




