06
「いまから隣の県に行くわよ」
「え、はい」
ナオとはなが仲良くしているところを見ていたら約束通りに現れた先輩がそう言った。
元々どこかにお出かけする予定ではあったから驚きは少ないものの、夢花ちゃんと同じぐらいには急だなあと思った。
「お母さんの実家に置いてきた物を取りに行きたいの、もちろんお金を払うだけ払わせてなにもしないわけではないから誤解しないでちょうだい」
「別になにもなくてもいいですよ、左でも右でもどちらでも他県にまで行くことって中々ないですからそれ自体が新鮮ですからね」
最後はご飯でも食べられて帰ることができればそれで十分だ。
電車で行くみたいだったので切符なんかを買って待っていると電車がやってきてそれに乗った。
窓際を譲ってくれたからなんとなく外に意識を向けていると「飴をあげるわ」とここでも飴を貰えたから舐めておくことに。
「んーそれでも喜多さんも連れてきてあげた方がよかったわね、流石に退屈でしょう?」
「全くそんなことはないですよ」
それに今日は男の子とお出かけをする日だからそもそも無理なのだ。
だから先輩が誘えたのは楠さんだけ、別に楠さんは私がいれば来るとか先輩がいれば必ず参加するとかでもないからそっちも同じような結果になっていたかな。
少しあれだったのは適度な揺れが実に眠気を誘ってくることで、ここにナオやはながいたら間違いなく寝てしまっていた。
「ちゃんと起こしてあげるから眠たければ寝ればいいわよ」
「そういうわけには、それにいま寝てしまうと夜に寝られなくなりますからね」
遊んで疲れて帰りに寝てしまう、とかならいいけどまだ朝だからそんなことはできない。
飴を舐めているのもいい方に働いた、ゆっくりしている内に着いて移動することになったのもよかった。
初めてというわけではないものの、やっぱり県内から出ることはないから新鮮だ。
あと、自分のところが田舎というわけではなくても都会のように感じてくる。
「次はバスに乗るわ」
「はい」
それとこれだけ公共交通機関を利用しているという点も普段とは違った。
「降りたら少し歩くから田上さんはどこかのお店で待っていてもいいのよ? 疲れたくはないでしょう?」
「付いていきますよ、上がらせてもらったりはしませんけど」
「そう? 田上さんがいいならこれ以上はなにも言わないわ」
一つ言えるのはいまが夏ではなくてよかったということだった。
汗をかいた状態で先輩の近くにはいたくないし、公共交通機関なんかを利用したくない。
「朝ご飯を食べてきていないからお腹が空いてしまったわ、だけど先に荷物を取ってきたいから我慢するしかないわね」
「先でもいいと思います」
「ゆ、誘惑しないでちょうだい、行くわよっ」
こうして付いてきたからにはちゃんと付き合うのに先輩も意外と細かいことを気にしてしまうということか。
黙って付いて歩いていると「ここね、少しいってくるわ」と先輩は消えた。
勝手に壁に背を預けておくのも微妙だから青い空に意識を向けて待っていると「待たせたわね」と五分も経たない内に出てきて驚いた。
「さ、なにか食べに行きましょう」
「はい」
近くにあった喫茶店に入ることになった。
あんまりがっつりと食べると動きたくなくなってしまうから軽い物とコーヒーを頼んでおく。
「それでなにを取りに行ったんですか?」
「これよ」
「手鏡……ですね?」
奇麗だけどこの小さな物一つのために他県までいこうと考えることがすごいと思う。
両親の実家なら一年に一回は行くということで私ならそのときに持って帰ればいいと判断するところだ。
「ええ、これはもういまはいないお祖母ちゃんから貰った物なの。いつも肌身離さず持っていたつもりだったのに最近まで置いてきてしまっていたことに気が付かないでいたなんてどうかしているけれど……」
「違うなにかに意識がいっていれば仕方がないと思います」
「でも、浮かれすぎてしまっていたのよ。ただ、あなたのおかげで思い出せたから感謝しているわ」
私のおかげと言われても困るけど……。
私はそもそもその存在を知らなかったわけだし、ヒントなんかも当然出せないから私のどこを見て思い出したのか。
自分の描いた私の絵と実物を見比べて鏡みたいに……なんてこともないだろうしなあ。
「あなたにもそういう物はある?」
「特にないですね」
物ではないけど両親、ナオ、はなには長く生きていてほしいと考えているぐらいか。
ただ、物持ちが悪いわけではないから昔から使用している物があって愛着が湧いているのも確かにある、今回は流石に先輩の手鏡と同レベルではないから出さなかっただけでね。
「お待たせしました――」
料理が運ばれてきて話はそこで中断となった。
軽めを意識したせいで実は物足りなく感じたりもしたけど表に出さずに終えることができた。
「まだお昼ね、どうしましょうか」
「私は帰ることになっても構いませんよ、そこまで移動にもお金がかかりませんでしたからね」
「確かに向こうの方が落ち着くわよね、特に行きたいところもないし……そうしましょうか」
どうせ出てきたからには! なんて考えが浮かんでくることもなかったから向こうの方がいい。
ちゃんと付き合うとか言っておいてあれだけどナオとはなに会いたくなっているのもあった。
そう考えると夢花ちゃんがお家に来る度に「もー可愛いんだから」と言いたくなる気持ちもわかった気がする。
大事なのは麻痺しないようにこうして少し離れてみることだったのかもしれない。
「こっちだとやりたいことがすぐに思い浮かぶのよね」
「夢花ちゃんと会いたい、そうですよね?」
「ふふ、それはあなたでしょう?」
いやだから今日は邪魔もできないから……って、何故か前から歩いていく夢花ちゃんが。
慌てて近づくと「よー」と呑気な感じで話しかけてきた。
「お、男の子とお出かけする予定だったんじゃないのっ?」
「落ち着いて、それにちゃんと遊んできたよ。いまこの時間に一人でいるのはお母さんから呼び出されて無理になっちゃったからで、喧嘩別れになっちゃったとか微妙な終わりになっちゃったとかそんなことじゃないから」
「でも、お母さんから呼ばれて無理になってしまったのなら微妙な終わりじゃない?」
好きな子と遊ぶためにせっかく勇気を出して行ったのにそんな終わりならもうね。
お世話になっているわけだから言うことを聞かなければならないのはそうだし、次はないなんてことはないけどなにかが折れてしまいそうだ。
だから彼女も本当のところは大人しくお家に帰る気分にならなくてこんなところにいるのではないだろうか。
「んー特に緊張もせずに一緒にいられたんだから微妙じゃないよ。それよりいまからは二人きりにさせないからね」
「駅の近くまで来ていたのならどこかに行きたかったんでしょ? 付き合うよ」
「ううん、ぶらぶら歩いていただけだからいいの」
それなら気にする必要もないと片付けて振り返ったらにやにやしながらこちらを見ている先輩がいて微妙な気持ちになった。
「ほら、私が言った通りでしょう?」とでも言いたげな顔をしていてツッコミを入れたくなる。
「へえ、隣の県まで行っていたんだ、よく麻結は付き合ったね。私なら友達の頼みでもお金がそこそこかかるから付き合ったりはしないけどな」
「はは、嘘つきだね、夢花ちゃんならなんだかんだ言いつつも付き合うところでしょ?」
「それは私を高く評価しすぎ」
「ふふ、自分に自信が持てないのね」
「それ先輩の真似のつもり? 麻結には大人感が足りないからやめておいた方がいいよ」
大人感なんてこれからもこの先もないままだから気にする必要はない。
あとは途中から参加しただけで彼女がメインではないからしっかり先輩にも意識を――スケッチブック片手に今度はやたらと真剣な顔だった。
「あの、絵のモデルなら私も夢花ちゃんも受けるのでちゃんと前を見て歩いてくださいね?」
「勝手に私も受け入れることにしないでよ」
というか、これはどこに向かっているのか。
先輩にどうにかしてもらわないといけないところだからこちらは腕を掴んでおくことにした。
「ナオ君とはなさんも描きたいから田上さんのお家にいきましょう」
「私はお菓子とか飲み物を買ってきますからそれならこの鍵を持って先にいっていてください――鍵は夢花ちゃんに預けるね」
「うん、じゃあ先に行ってるよ」
それならささっと済ませようと動いたところで先輩も付いてきていて、だけど足を止めることはせずにスーパーまで行ってお買い物を済ませた。
こちらになにか言う前に袋を取り上げて「行きましょうか」と先輩、今朝付き合ったからそのお礼みたいな感じなのだろうか?
別に意地を張って持たせないなんてこともないから普通に口にしてからでも悪くなかったと思う。
「あ、おかえりー楠が来たから上げておいたよ」
「ありがとう」
その楠さんは真ん中辺りに寝転んですやすやしているけど気にしなくていいか。
とりあえずは二人に飲み物とお菓子を出し、なんとなく楠さんの横に寝転んでみた。
というのも、夢花ちゃんの側ではなくてここに二匹も寝ているからだ。
最近ははなが付いてきてくれたりするのもあって猫に好かれやすいなんて考えた自分ではあるものの、これを見たら本当にたまたまなのかもしれなかった。
「丁度いいわ、描かせてもらうわね」
「はい」
対象が動いている状態でも描けるみたいだけど当然、同じ場所に留まってくれていた方が楽だろう。
多分先輩的には私達に頼まなくて済んだ点でもいいはずだった。
「ん……? おお、いつの間にか帰ってきていたみたいだね」
「飲み物を持ってくるね」
「いや、それは気にしなくていいよ――おお、先輩もいる」
「ナオ君とはなさんと一緒に描かせてもらっているわ」
「まあ、そこは自由にしてください、私はこの二匹に触ることができればそれでいいですから」
この二匹に会いに来ているだけだとしても別にいいから何回でも繰り返してほしかった。




