05
野生の猫ちゃんと遭遇して頭を撫でていたらなんともまあ無警戒にごろごろと喉を鳴らし始めてしまった。
とはいえ、それで調子に乗って撫で続けていると本気でナオに怒られてしまうのでほどほどのところでやめておく。
そもそもいまの私は先輩のお家に向かっているところだから寄り道をしているわけにはいかないのだ。
ただ、何故かそのまま付いてくる猫ちゃん。
「着いてしまった」
チャイムを鳴らすために立ち止まっても同じような距離感で存在し続けるだけだからまるで仲間のように思えてきてしまう。
「来てくれたのね」
「はい、猫ちゃんもいます」
「ナオ君……ではないのね、好かれるということなんだろうけど怒られてしまうわよ?」
「そうですね、私もそう思ったのですぐに離れようとしたんですけどこれなんですよ」
「まあ、とりあえず上がってちょうだい」
問題だったのはここでも付いてこようとしたことだ、それでも先輩は気にした様子もなくその子もお家に上げてしまったけど。
「大人しい子ね」
「それより今日はなにがしたかったんですか?」
「喜多さんを描くための作戦会議よ」
地味に誘われていたのに先輩から誘われているからと断って出てきたのにこれとは……。
受け入れて連れて行ってあげればよかった、その方が二度手間にならなくて済んだ。
「それならお家に行きましょう、それが一番ですよ」
「ふむ、それもそうね、行きましょうか」
流石にもう付いてこないのかと考えていたらまだ付いてくるからお土産に丁度いい、みたいに浮かんできたのを慌てて捨てた。
「麻結の裏切り者、ナオを裏切るとか許せないから」
「あ、そっち?」
「というかその子は本当になんなの?」
「分からない、だけど出会ったときから付いてくるんだ」
もしこのまま付いてくるようなら相談してみてもいいかもしれない。
だけどこちらがその気になったらこの子は離れていくだろうから期待はしていなかった。
「性別は――あ、普通に確認させてくれるのね……ふむ、女の子だね」
「ナオに会わせたらどういう反応をするんだろ」
「麻結についたナオの匂いに反応しているのかな? よし、連れ込んでしまおう」
先輩も猫ちゃんと戯れている彼女が描けていいのではないだろうか。
相談してみても「別にいいけど」と抵抗もしないみたいだし、私は私で紙を貰って描いてみるのもいいかもしれない。
「先輩って絵とか描くんですね?」
「ええ、最近は田上さんばかり描いてしまっているわ」
「それは後で見せてください」
「本人に許可を貰えたらね」
先輩が描いた物だからそちらで判断してくれればいいと言いそうになってやめた。
何故なら謎の先輩目線で美化されてしまっているからだ、あれをそのまま見られてしまっていいものなのかどうか……。
他人の彼女なら、いや他人の彼女だからこそ「麻結はこんなんじゃありませんよ」と真顔でね、うん。
「できたわ」
「お――いやこれ誰ですか」
「あなたよ」
「流石に美化しすぎですよ、上手に描けるのはすごいことですけどね」
自分のはあれでも他人のならセーフということで見させてもらったけどまんま彼女だった。
「このように真っすぐに受け止められる人ばかりではないということです」
「ふふ、参考になったわ」
「は? ちょ、なに二人で盛り上がっているの、あとなにきみも平気でごろごろしているの」
あ、描くことに集中しすぎて猫ちゃんを連れこんでいたことを忘れてしまっていた。
撫でようと近づいたら紙を取られて「あははっ、やっぱり麻結の絵はへっただね!」と気持ちがよくなるくらい笑ってくれた。
「見てください、私に対してはこれぐらいでいいんですよ」
「ふふ、可愛い絵ね」
「そんなのいいから嘉数先輩の絵を見せてもらいなよ」
「そうだね、麻結コレクションでも見るかあ」
あれはデフォルメされた物、そういう風に片づけておけば恥ずかしさは全くない。
あとは現実逃避するのに最強の存在、猫ちゃんがいたから撫でて待っていた。
「まあ、結論は先輩は絵を描くのが上手い、だね」
「ふふ、ありがとう」
「あとできればご飯を作るのも上手い、だったらいいですね、お腹が空いたんです」
自分でも作れるけど先輩が来てくれているのなら、という考えからか。
だったらあんまり出しゃばらない方がいいのは確定している、それでもなにもしないというわけにはいかないから難しい。
「食材を使わせてくれれば作るわよ?」
「よし、言ってみるものですね」
先輩がと言うよりも彼女の方が先輩を気に入っているように見えてきた。
どちらであっても会わせてあげることができたのはいいことだから今日は気持ちよく寝られそうだ。
「麻結も手伝ってよね」
「いいの? 嘉数先輩だけの味ではなくなってしまうけど」
「いいの、変な言い方になっちゃうけど麻結の味だって好きだからね」
確かに、まるで直接食べているみたいに聞こえてくるけどそうではない。
とにかく、これで気にせずに手伝えるからもっといい時間になることは確定していた。
「さて、時間も経過したけどこの子はどうしようか?」
「夢花ちゃんのお家で飼うのは無理?」
「うん、無理だと思う、前にナオに憧れて猫を飼いたいって言ったことがあるけどお母さんはずっとぶつぶつ言っていたからね。先輩は?」
「私のお家も残念ながら無理ね、それに田上さんのことを気に入っているみたいだから田上さんのところが一番いいと思うわ」
「やっぱりそうか。まあ、命を預かるということだから簡単には決められないだろうけど麻結に預けるね」
もうここまでいてくれていると離れるのも寂しい感じがするから相談してみるか。
ということで二人と別れて家まで連れていく、ナオも流石に警戒をするだろうから一気にお部屋まで連れて行ったのにあっさりとバレてしまった。
かといって、ふーふー怒ったりすることもなくお互いに見ているだけで。
「にゃ~」
そういえばこの子は全く鳴かないな。
彼が頑張って声をかけ続ければその瞬間が見られるかと思えばそうではなく、結局母が帰宅するまで鳴いたりしなかった。
そしてちゃんとお世話をするならということで許可を貰えた私はもう遅いような感じもするけどお風呂に連れていくことにする。
「わしゃわしゃー」
「にゃ~」
「ナオはこの前入ったでしょ、今回は駄目だよ」
ここでも鳴かない、暴れない、あとはこちらをじっと見てくる子だ。
女の子だから大人しい……なんて関係ないよね。
長時間は春だろうと危険なのでお互いに風邪を引かないようしっかりと拭いて洗面所及びお風呂場をあとにする。
「名前どうしようかな――もしもし?」
忘れ物をしたとかそういうことだろうかと出てきたところで「ビデオ通話をしよう」とまた急なあれだった。
「うん、それはいいけど――はい、見える?」
「うん、あの子が見える、その感じだと飼うことにしたんだね」
「そうだね、それでいまは名前をどうしようか考えているところだよ」
ナオはカタカナだからひらがなの名前でもいいかもしれない。
それこそ夢花ちゃんから貰ってはなとかでも可愛いのではないだろうか。
「それなら麻結の麻と夢花の夢で麻夢かな」
「え、なにその名前……自分の名前をつけているみたいで恥ずかしいんだけど」
「なら麻結の結と花で――」
「こっちで考えておくね、それより夢花ちゃんはかけてきた理由を教えてよ」
うん、自分の名前が一文字だけでも入っているのが受け入れられないだけでゆめかとかだったら全く構わなかったりする。
なにか言いたいことがあるならはっきりと言うタイプだからじっと見てくるこの子とは違うものの、響きが可愛ければなんでもありだ。
それに飼ってもいない状態であんなに付いてくるなんて夢かって――これ以上はやめよう。
「それがさ、男の子から今度遊ばないかって誘われていてね」
「おお、いいことだね」
「それはそうなんだけど……緊張するから麻結も来てほしい」
「いやいや、それはできないよ」
なんでこのことに関してだけはこんなに弱々しくなってしまうのか、まだデートではないのだから硬くなる必要はないのに。
「そういえば今日もそうだけど麻結は裏切り者だよね」
「嘉数先輩のおかげで結局集まれたんだから許してよ」
「ぶぅ、じゃあこのまま寝る時間まで通話状態ね」
「それはいいよ、二十一時には寝るけどね」
なんて言いつつも夜ご飯の時間があったりするからどうせそこで「またねー」と終わると考えていた自分、だからこそ本当に寝る直前まで通話状態のままで驚いたことになる。
しかも二十一時になっても寝させてもらえないというオチ、なんなら物足りないから会いたいなんて言い出した彼女がいた。
「まだここに来たばかりのこの子といてあげたいから夢花ちゃんが来てくれるならいいよ」
「行くから待ってて」
残念ながら行くと言ったら行く女の子で、あとは単に暗い中一人で歩かせるわけにもいかないからこちらも一旦はお家から出ることになった。
暗闇が苦手とかそんなヒロイン属性はないからとことこと歩いていると「おーい」と少し離れたところから呑気に話しかけてくる彼女がいて……。
「だってあのままただ話して終わりだったじゃん、寂しいじゃん?」
「私達なんて基本的にその繰り返しでしょ? それに嘉数先輩に頼むとか色々とやりようがあると思うけど」
連絡先を交換できているのにそちらの方は全く使用されていなさそうだ。
というか、私達が寧ろ中学生時代よりも一緒にいられていることが面白かった。
前に言ったかもしれないけどすぐに飽きて男の子や他のお友達に集中していくと考えていたからね。
「迷惑だった?」
「迷惑ではないけど夢花ちゃんはいつも急なんだよ」
「はは、だってふとしたときに〇〇がしたいってなるんだから仕方がないでしょ? 今回はしたいじゃなくて麻結と一緒にいたいとなっただけだよ」
「それにしたって夕方頃からずっと話していたんだよ?」
「まあまあ、結局こうして出てきてくれている時点で麻結だって私といたかったってことなんだよ」
まあ、外で言い合い的なことをしていても疲れるだけだからお家まで連れていこうか。
ナオ達の移動が楽になるように今回も客間的場所でゆっくりしているとあの子だけがここにいた。
「許可さえ貰えたら家で飼いたかったけどなあ、そうすればこの子目当てに麻結がもっと来てくれるようになるかもしれないし」
「あと嘉数先輩とか楠さんが来てくれるのもいいよね」
「あ、まだ誤解しているでしょ」
「だってすぐに会いたがったりと露骨だったからね」
「麻結の友達だから気になっただけ、そもそも私が興味あるのは普通に男の子だからね」
そこは一貫しているから疑いはしない。
「それで名前はどうするの?」
「ひらがなではなって名前にしようかな」
彼女みたいに元気な女の子に育ってほしい。
これまた年齢は分からないけど小さめではあるからまだまだこれからも側にいてくれるはずだ。
「あれ、それってもしかして私の花からだったり?」
「そういうのはあるよ、響きが可愛くていいよね」
「私自身も可愛いからもっといいね」
「うん」
「あ、あれ」
そういうことに関しては昔から事実だから認めたくないとか素直になれなくて違うことを言うとかそんなことをしたことはない。
彼女がこういう発言をする度に同じように返しているのに今回は反応が違った。
「の、喉が渇いたなーぐびぐびーっと」
「夢花ちゃん?」
「ぶふ!? ごほっ……ごほっ……」
「わ、タオルを持ってくるね」
でも、同性相手にこんな感じでは気になる男の子と遊びに行く際に緊張してしまってもおかしくない感じがしてきた。
だからといって参加します! なんてできるわけがないし……。
「はい」
「あ、ありがと」
先輩を誘って二人を監視するとしてもそれはあくまでお出かけができているだけで効果はないだろう。
となると、やっぱり本人に頑張ってもらうしかないか。
「気になる男の子とは二人きりで頑張って」
「……ま、自分で言っておいてあれだけどあの子からしたら麻結がいてもちんぷんかんぷんだろうしね、なんとか頑張るよ」
「うん、応援しているよ」
彼女が大好きなナオも結局来てくれてそれが一番のパワーになっているはずだった。
これで少なくとも一ヵ月以内には更にいい情報を教えてもらえることが確定しているわけだからもっと気分がよくなった。
「じゃあ次は麻結のいい話を教えてよ」
「嘉数先輩が上手に絵を描けることかな、あとは楠さんが飴をくれたことだね」
最初から最後まで健全でいいのではないだろうか。
なにかが起きればいいというわけではない、そしてそういう小さなことでも相手のことを知ることができているわけだからいい方に働いている。
向こうは私と過ごすことでなにかいいことがあるのだろうか?
「平和だねえ、じゃないっ、なんか全く仲が良くなっているように感じないんだけど!?」
「うん、だってあの二人と比べたら夢花ちゃんとばかりいるからね」
「わ、私のせいだったか……」
まあ、まだこうして夜に一緒に過ごしたりするのは彼女だけだから差ができているだけだ。
これから二人との時間が増えていくのかどうかはやっぱり私次第ではなく相手次第となる。
「んー先輩はあれだけ興味を持っているのになんで踏み込もうとしないんだろ」
「前提が間違っているんじゃない?」
「はい、だからって勝手にこっちに興味を持っていることにするのは禁止ね」
今回は全くそんなつもりはなかったから言いたくなってしまったものの、なんとか抑えた。
「それこそ私がなにかしてあげたらいいんだけど……うーん」
「男の子と上手くいったら頑張ろうかな」
「言ったからね!? ふふふ、上手くやってみせるぜ」
なにもない場所なのにどこまでも楽しそうな女の子だった。
そんな賑やかな女の子を見てナオは「にゃ~」と、はなはじっと見つめているだけだった。




