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「私と同じで極端だねえ」
「楠さんと同じかどうかは分からないけど雨ばかりだね」
夢花ちゃん的には髪がまとまらなくて嫌な季節らしい。
先輩も晴れていたときと違って元気がなくなっているからそういう点では早く終わってほしいと思う。
「遠慮はいらないよまゆまゆ、本当のことを言えばいいの」
「雨ばかりでお買い物に行くのが結構大変かな」
「そういえば基本的には作っているんだよね、今日だってまゆまゆの卵焼きを貰えて嬉しかった。本当に美味しく作れるよね」
「お母さんはお仕事で忙しいからね、あとは地味に作ることが趣味になっている感じかな」
それでもたまには甘えたくなってご飯を作ってもらってしまうのが私の悪いところだった。
食べている最中は美味しいから仕方がないと開き直り、食べ終わって少ししてから私は……と呆れる繰り返しとなっている。
母が「気にしないでいいよ」と言ってくれることがまだ救いかな。
「ほうほう、まゆまゆはいいお嫁さんに――ぐぇ、もうなんですか」
静かに現れる人だから違和感はない。
ただ、楠さんに対しては普通に攻撃的だからもう少しは抑えてほしいところだったりもする。
そんなに心配しなくたって彼女はお友達としていてくれているだけだから、寧ろなにかがあったら驚いて尻もちをついているところだ。
「その呼び方はやめてちょうだい」
「はぁ、先輩が怖いから麻結に変えるよ」
「だから名前で――」
「はいはい、これ以上は本人に言われたわけでもないので聞きませんよ」
「この子は……」
最初と比べたら慣れた方だけどこの顔にも負けずに、すごいな。
とはいえ、このまま放っておくこともできないから飲み物でも飲まないかと提案をしてみる、すると二人とも嫌ではなかったみたいだから自動販売機のところまで移動した。
あれだ、会話だけに集中しているから危ない状態になってしまうわけで、こうしてなにかを飲むとか食べるとか他にすることがあればある程度はそちらに意識が向いて避けられると考えたのだ。
実際、これは効果的だった。
「へえ、先輩って炭酸とか飲むんですね、お茶とか水とかばかり買うのかと」
「麻結に貰って飲ませてもらってから好きになったのよ。でも、それまでは事実その通りだったからあなたは間違っていないわ」
「ま、麻結に飲ませてもらった……だと?」
少しふざけているだけでこれも本気で言っているわけではないからセーフだ。
「口移しとかじゃないわよ? ただ少し飲ませてもらっただけよ」
それに千加子だって基本は冷静に対応してくれるから問題は起きない。
「ああ、友達同士なら普通にやることですねー」
「もっとも、同性が相手でもあれまでそういうことはしたことがなかったけれどね。これもあなたの言う通り、そういう存在がいなかったのよ」
「まあ、別にそれができていなくたって失格というわけじゃありませんからね、気にする必要はないと思います」
よしよし、仲良くできていることが自分のことのように嬉しい。
最近は当たり前のように一緒に過ごすようになってその日にあったいいことを聞かれることもなくなったけど、まだそれが続いていたらこのことを話しているところだ。
「あら、今日は優しいじゃない」
「別に先輩のことが嫌いなわけじゃないですからね」
「ふふ、ありがとう」
まあ、千加子からしたらここで嬉しがったり喜んだりしていないでなに二人で仲良くしているのかと嫉妬するぐらいが一番かもしれない。
これは勝手な妄想とかではなくて「嫉妬しなさいよ」と直接言われたことがあるぐらいなので間違っていないと思う。
「なんですか、そういうのは麻結に言ってあげてください」
「だけど名前で呼ぶのは駄目よ」
「聞きませんよー」
そのまま歩いていってしまったから二人きりになった。
「もう……」
「はは、楽しそうですね」
「だけどそうね、ああいう子とは初めていられるから新鮮だわ」
顔からよく伝わってくる。
ほとんど変わらない気がしたから私は違うのかと聞いてみると、
「あなたも一緒だわ、たまに攻撃的になるものね」
真剣な顔でそう答えてくれた。
なるべく味方をしてあげたいけどはっきり言わなければならないときもあるということだ。
そして千加子も遠慮をしないからこそ、いまこうして仲良くいられているのだから悪くない。
「お友達とちゃんと似ていてよかったです」
「いい点が似ているならそうね、でも、今回のは悪いことじゃない」
「悪いことではありませんよ」
まだ時間が経過していないから慣れていないだけ。
だから気にする必要はなかった。
「え、まだ関係が変わってないの?」
「うん」
「告白待ちとかやめた方がいいよ、あの先輩のことだからそういうときには勇気を出せなくて駄目になるよ」
「そっか、待っているだけでは駄目だよね」
分かりやすく私から動いたのは手を握ったぐらいだからそれぐらいはやらなければならないか。
物足りないということもないけどじっと見つめられることも多いから千加子も待っているのかもしれない。
女の子なら告白をする側ではなくされたい人も多いだろうから頑張ろうか。
「そうだよ、そもそも基本は先輩が動いているだけだからそういうところを気にしているんじゃないの?」
「そうかもしれない」
「じゃ、それは月曜日に麻結が頑張ればいいからこの話は終わりね」
明日はまだお休みだからそこで動く。
慌てさせたくもないからそれっぽいことを伝えておこうと決めて送っておいた。
「新しい男の子は見つからないけどこの前よりはマシな状態になったよ。ただね、麻結と先輩に影響されたのか女の子ばかり見ちゃっているんだよね」
「どうなの?」
「別に無理というわけじゃないけど相手の子がそういう目で見られないでしょ」
私が変わっていったように彼女も変わり始めているようだ。
いやでもまさかこんなことが起きるなんて――というのは少し大袈裟かもしれないけどいい存在と出会えることを願っている。
「いまはどうか分からないけど中学生のときは女の子にも興味を持たれていたよね、あのときは男の子一筋で一定の距離を保っていたのに変わるものなんだね」
「麻結のせいだぞ、どうしてくれる」
「はは、それならこれからも一緒にいてほしいな」
一緒にいられないとなにかを返すこともできないから続けてもらうしかない。
得なことがあるなんて言い切ることはできないけどなにも損なことばかりでもないだろう。
「えー麻結のせいって言っているのにそれじゃあ麻結に得しかない――」
「夢花ちゃん?」
私もナオが虫を捕まえて持ってきたときや、なにかを買い忘れてしまったことに気が付いたときは固まるからそこまで珍しいことではないとしても気になった。
「……いまの滅茶苦茶痛くない? なんか自分に自信を持ちすぎていて気持ちが悪いというか」
「そんなことないよ、夢花ちゃんがいてくれれば分かりやすく得だよ」
「あーもう先輩に怒られるからそういうこと言うのは禁止っ」
「はは、それでも変わらないけどね」
あ、あれ、早めに連絡をしてしまったせいでここに向かってしまっているみたいだ。
彼女と集まることは言ってあったからここにいることを知られていてもなにもおかしくはないけどこのままだと追い出されてしまいそう。
「一旦っ」
「おわっ、急になに?」
「一旦お家から出るだけで帰るわけではないから開けたままにしておいて!」
今日本格的にやるわけではないからまだ追い出されては困るのだ。
何故なのかは母から夕方近くまで帰ってこないでほしいと言われていたから。
喧嘩をしたとかではないけど頼まれて受け入れたからにはちゃんと守らなければならない、一人で延々と時間をつぶすのは現実的ではないから相手をしてもらわなければならない。
「ちょっと待ちなさい、なにをそんなに慌てているの?」
「千加子が来るみたいなんだよ」
「なんだそんなことか、寧ろ一緒にいる方が自然なんだから上げればいいよ」
いやあ、明日頑張ると決めているのにいま一緒にいられてもやりづらいというか……。
だけど彼女はもう聞いてくれそうになかった、それどころかチャイムが鳴って「あ、出てくるよ」と、千加子の方もすぐに来てしまい……。
「お家に上げてくれてありがとう喜多さん。それで早速で悪いんだけどこれを見てちょうだい」
「はい――え、もう、いちいち動くことを言わなくていいのに。そのせいで待ちきれなくなってこうして先輩が来ちゃったじゃん」
「千加子は『心臓に悪いわ』とよく言っているから慌てさせたくなかったんです」
でも、効果はないどころか逆効果だったのかもしれない。
それでもね、夢花ちゃんには悪いけど今日も一緒にいられて嬉しいかな。
誘っても受け入れてもらえなかったのと、夢花ちゃんが途中で誘ってくれたから一人寂しい時間にならなくて済んでいるのだ。
だから決して都合が悪いときだけ利用しているわけではないことを分かってもらいたい。
「いや、告白をされると分かっているだけでもう無駄よ、現時点のこれが答えじゃない」
「ほらあ」
「夢花ちゃん、これってもう告白してしまった方がいいのかな?」
「そうなんじゃない? ここまできたら裏でこそこそされるよりも思い切り見せつけられた方がマシだから頑張って」
「分かった」
まさかこんなときがくるとは思わなかった。
ただ、最初の方にも言っていたようにそういう気持ちがあるのに恥ずかしがって黙ったままでいることの方がもったいないので、
「千加子のことが好きなんです」
と、真っすぐに言わせてもらった。
一生縁のないまま終わるとかなんとか考えていた私だった、だけど心のどこかでは千加子みたいな不思議な存在が現れていつかは興味を持ってくれるはずだと期待している自分もいたのだ。
「あ、ありがとう」
「はい」
お礼を言いたいのはこちらなのでありがとうと言っておいた。
二人きりになったときに積極的になってもらいたいのでいまはこれぐらいでいい。
「おめでとー」
「夢花ちゃんもありがとう」
「ま、抵抗しても邪魔にしかならないから受け取っておくよ」
あ、不味い、このままだと空気を読まれて解散になってしまいそうだ。
それを避けたかったからがしっと腕を掴もうとしたときのことだった、夢花ちゃんにぎゅっと抱きしめられたのは。
「はあ!? な、なな、なにをしているのよ!」
「まあまあ、中学生のときはよくしていましたから」
千加子をからかいたくて冗談で言っているだけ、とも言えない内容のものだった。
確かに暇になったときとかはこうしてくっついてきていた。
あの頃はある男の子と仲良くできていたから気が気でなかった、必死に同性同士ならノーカウントになるのだろうかと考えたぐらいだ。
「中学生のときはよくてもいまは駄目よ!」
「うるさいなーもう先輩相手に敬語は使わなくていいや。あ・と、ここは私の家なんだから麻結に対して自由にやらせてもらうからね」
「……やっぱり一番怖いのは楠さんじゃなくて喜多さんだわ……」
「そりゃそうだよ、まだまだ楠なんかに負けるつもりはないよ」
煽りたいのではなくて事実を言っているだけだからどうしようもない。
あと抵抗しないからか睨まれている私だけど暴れるわけにはいかないからこのままだ。
「先輩もしたらいいじゃん」
「そうね、流石にこのままにはできないからするわ」
「おお、夢千加サンドイッチだ」
「麻千加夢サンドイッチよ」
夢千加サンドイッチなら美味しそう、麻千加夢サンドイッチは迷走していそう。
「うへえ、そんな細かいことはどうでもいいじゃん……」
「駄目よ、私と麻結はセットよ」
「でも、今日は夕方まであげないからね?」
ほ、なんとか夕方まで一緒にいられることが確定した。
参考にならないだろうけど少しは役に立てるといいな。
「一緒にいられればそれでいいわよ、喜多さんとの時間だって必要だからね」
「あーそういうのいいから、麻結もそうだけどこっちを落とそうとしてくるの駄目だから」
彼女相手に多少は効果があったからこうなっているわけで、昔とは違って夢花ちゃんに対してもゼロではない気がした。
「ふふ、アピールをしておけば可能性はあったでしょうね」
「そうしたら先輩が困っていたでしょ、麻結だって困っていたんだからこれでいいんだよ」
「そうね」
「あーもうその優しい顔は禁止っ」
「ふふ、全て駄目になるみたいね」
恥ずかしさを隠すためか思い切り力を込めてきたからなんとか呼吸をしつつ髪を撫でていた。
これに関しては効果があったとは思えないけど段々と力が弱まってきたので確認をしてみるとすーすと寝息を立てている夢花ちゃんが。
「勝手であれだけどお布団を出してそこに寝かせましょう」
「そうですね」
変な体勢で寝ると夜に寝られないとかよりも体が痛くなるだろうからその方がいい。
「ふぅ、なんかあっけなかったわね」
「みんなこんな感じですよ」
「でも、他の子がいるところで告白はしないと思うわ」
「その場合ならみんな違ってみんないいというやつです」
彼女はどうか分からないけど私は未経験だからこんなものだ。
細かいところまで求めすぎると動けなくなるのもある。
「ふふ、そういうことにしておきましょうか」
「はい」
分かっていないくせにみんなこんな感じなんだ~などと言った自分としては追及されなくてよかったと思う。
「でも、やっぱり喜多さんや楠さんに抱きしめられて抵抗しないところは複雑だわ」
「怪我をさせたくないんですよ」
「ま、毎日私にしてくれるなら許すわ」
「それは私がしたいことですね」
これからは遠慮をしない、石みたいになってしまってもちゃんと教室やお家まで届けるから安心してほしい。
「え」
「え、って、なにをそんなに驚いているんです?」
「い、いえっ、そうねっ、恋人同士ならお互いにしたいわよね!」
うん? なんでそんなに慌てているのか。
大きな声を出しすぎて夢花ちゃんに「うるさい」と言われているし、言い返すこともできなくて縮まっている彼女は正直に言って可愛かったのだった。




