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婚約破棄? 恥をかくのはあなたの方ですよ?

掲載日:2025/11/21


「エリス、君との婚約を破棄する!」

「なっ」


晴れやかな祝賀会に響き渡る、婚約破棄宣言。

手を取り踊る者たちは足を止め、話に興じていた者たちは、グラスを片手に眉をひそめる。


ここは、グリモワール魔法学園にある「栄光の間」と呼ばれる大広間。

そこでは、6年生の卒業を祝うパーティーが華々しく催されていた。


その大広間に甲高く響く声は、グランツィール王国の王太子オスカー・グランツィールのものだった。

顔を朱に染めて、かなりご立腹の様子。

王太子が婚約破棄とは、全くもって穏やかではない。


さて、どうなることやら。

栄光の間に集う卒業生、その他諸々の関係者300と数十名の視線が、オスカー王太子へ向けられる。



    *



侯爵家令嬢エリス・クロムウェルこと私は、突然のことで言葉も出ず驚愕していた。

公衆の面前。

しかも卒業記念パーティーという晴れやかな舞台で、なんて事を言いだすの!?


そこに強い悪意を感じた。

婚約破棄したいならば、当事者だけで集まり伝えればいいものを、よりによってこのような場で。

そこには人前で私を辱めてやろうという、嗜虐的なものがあった。


呆気にとられた私の中に、時間差で理不尽な扱いへの怒りが満ちていく。

金髪碧眼のオスカー王太子を睨みつけた。


「何を言っているのオスカー様っ」

「もう一度、言おうじゃないか!」


オスカーはくるりと大広間を見回し、大仰に両手を広げる。


「さあ今年、僕と共に学園を卒業する諸君っ。

そして先生方や、学園に携わる方々っ。

ここにいるあなた方が、この忌まわしきエリス・クロムウェルを断罪する、生き証人となるだろうっ」


オスカーは私に話しかけているようで、全く私に話しかけていなかった。

言うべきことが既に決まっている口ぶりで、身振り手振りを交えて、このパーティー会場全体に話しかけていた。


「オスカー様、何をする気なの!?」


「ここにいるエリス・クロムウェルは、僕の婚約者でありながら、夜な夜な学園を抜け出していたのですよ!

そして何をやっていたかといえば。

口にするのも汚らわしいがっ、正体を隠し、歓楽街で男漁りに耽っていたのですっ」


「は!?」


「まあ皆さんっ。

突然こんな話をされても、何が何だかとお思いだろう。

ではひとつここで、その現場を目撃した生き証人を紹介しよう。

さあリリアーナ、怖がらなくて大丈夫だよ。

僕の後ろに隠れていないで、出ておいで」


隠れるも何も、大きく広がったドレスのスカートが、はみ出て見えているじゃないか。

さっきから、オスカーの後ろから顔をちらちら覗かせては、リリアーナ・セルシウスが勝ち誇ったような目を私に向けてくる。


リリアーナ・セルシウスは庶民の出ながら、光属性という稀な属性を持ち、このグリモワール魔法学園に特例として入学を認められた少女だった。

彼女はまだ4年生。

なぜこの卒業パーティーにいるのか。


リリアーナは名前を呼ばれた途端、手折られた花のように儚げとなり、オスカーの後ろからおずおずとでてきた。

私の視線に怯えるように、わざと顔を背ける。

なんだこいつ、さっきはニヤニヤしてたくせにっ。

私は一歩踏み込む。


「リリアーナさん、あなたはっ」

「リリアーナ、あんな女の言葉などに耳をかす事はないよ。

さあ怖いだろうが、君が見たおぞましき現場の話をしておくれ」


リリアーナは、オスカーの腕を抱きながら、ぽつりぽつりと話し始めた。


「私の実家は、裏町でパン屋をやっています。

その日は学校が休みで、父と母の手伝いをしておりました。

パン屋の朝は早いので、店先を掃除しておりますと、小道から男二人に腕を絡めたエリス様が出てきたのです」


「何を言っているのリリアーナさんっ、なぜそんなでたらめを!?」

「それでリリアーナ、先を続けてくれるかい?」


「はい、オスカー様。

ばったりと合って、しっかりと目が合ってしまったんです。

私は吃驚してしまいまして、頭を下げたんですけれど、その時のエリス様の私を見る目が、それはもう怖いものでした。

失礼ながら、まるで悪鬼(オーガ)のようでした。

私は、あ、これは見てはいけないものだと思いまして、逃げるように店に引っ込んだんです」


いつの間にか弦楽団も手を止め、静まる会場に、パーティー参加者たちのざわめきだけが聞こえた。

リリアーナの怯えたような口調のせいで、早くも彼女に同情し、私を非難する声が聞こえてくる。

何か言わなければっ。

私が焦り、口を開いたタイミングに合わせて、リリアーナが悲鳴を上げてオスカーの背中に隠れる。


「な!?」

「何ていう女性なんだ君は、エリスっ。今君はリリアーナに殺意を放ったねっ。

僕もしっかり感じたよ!」

「私、そんことしてませんっ」


パンパンパン!

オスカーが手を打ち鳴らし、聴衆に語りかける。


「皆聞いてくれ!

リリアーナは見たのさっ。

僕の許嫁、エリス・クロムウェルの不貞の朝帰りを!

そのためリリアーナは、その日から脅威にさらされているっ。

ある時は、頭上から重い鉢植えが落ちてきた。

またある時は、実家のパン屋でボヤ騒ぎさっ。

彼女は、常に誰かに見られているようで、気の休まる暇も無いと言う。

ああ大丈夫だよリリアーナ、怖がらないで。

君には僕がついているからね」


オスカーはわざと私に背を向け、リリアーナを抱きしめた。

リリアーナの手も、オスカーの腰に回されている。

背の高いオスカーが、胸の辺りまでしかない背の低いリリアーナを抱擁する姿は、完全に姫君の保護者だった。


なによこれ!?

こんな茶番に付き合ってられないわっ。

私はヒールでガツンと、よく磨かれた床を踏みしめる。


「冗談じゃないわっ。

さっきから聞いていると、根も葉もない嘘をまき散らして!

何がしたいの?

歓楽街なんて、いった事もありませんっ。

むしろオスカー様、不貞はあなたではなくて?

後ろに隠れているリリアーナさんと深い中なのは、公然の秘密も良いところではないですかっ。

あなたたちは学園のどこでだって、腕を組んでいたでしょう?

自分たちの事を棚に上げて、何が私の不貞ですかっ。

リリアーナさん、何がおかしいのですか。

あなたのような女性の証言なんて、何の証拠にもなりませんっ」


「ハッ、ハッ、ハッ、ハーッ。

証人が、リリアーナだけだと思うのかい?」


オスカーが三文オペラのような笑いを立て、肩をすくめる。

自分ではこの場を仕切る、演出家にでもなった気なのか。

おぞましい。


「エリスっ、君が夜な夜な派手に男遊びしていたお陰で、ちょっと調べたらボロボロと証人が出てきたよ。

さあ、次なる証人たちよ!」


オスカーが声をかけると、ダンスを(たしな)む者の中から、談笑者たちの輪の中から、弦楽団の中から、進み出る者たちがいた。

彼、彼女らが、次々に私の「罪?」を証言していく。


「私も不貞の現場を見ました」

「私もです」

「俺も」

「自分も見ました」


「私は裏通りで、熱く抱擁し合うエリス・クロムウェル様を見かけました。

複数の男性に胴上げされ、そのまま歓楽街へと消えて行きました」


「私はその歓楽街にある、宿屋『踊り子の月影亭』のフロントをしております。

エリス・クロムウェル様とそのお連れの方々には、いつも御贔屓にして頂いております」


「僕はその現場の部屋に呼ばれて、ムード作りのため、チェロを弾かされました。

部屋には甘ったるい匂いが充満していて、あれは恐らく禁止ハーブだろうと思います」


オスカーが額に手を当て、嘆かわし気に首を振る。


「ああ、なんてことだ。仮にも僕の婚約者だというのに。

不貞などという言葉では表し切れない!

俗物、恥知らず、下衆、貴族の精神に泥を塗る面汚し!

聞きましたか諸君っ。

部屋に充満した甘い匂いとは、恐らくルナ・ブロッサムでしょう。

ルナ・ブロッサムは、輸入が厳しく制限されている激薬物。

なぜそのような薬物が、歓楽街に蔓延しているのか!

僕はそこへさらに深く切り込み、調査をさせました」


パパン、パン!

オスカーが手を叩くと、さらに証人の第2陣がホール中央に進み出てきた。

私は眩暈がする。

一体、何人仕込んでいるの!?

偽の証人たちが、右から順に証言していく。


「歓楽街で密売されるルナ・ブロッサム」

「その売上のおよそ7割が、とある口座に入金されておりました」

「そこより、転々と引き出しと入金を繰り返し、口座を変えて行き着く先」

「そこはエリス・クロムウェル様の運営する、孤児を保護する慈善団体の口座だったのです」

「しかしその孤児院を詳しく調べますと、その実体は人身売買の闇組織でした」

「そこを拠点に、エリス・クロムウェル様は麻薬で得た金と、うら若き少年少女を、国内のあらゆる闇組織に融通して、陰の実力者として君臨していたのです」

「我がグランツィール王国と敵対する国々にも、その汚い金が流れているようす」

「恐らく外圧による、国家転覆を画策しているのでしょう」


「ばからしいわそんなの!」


私はその荒唐無稽な話に、思考が追い付かなかった。

いちいち訂正するのも、馬鹿らしいものばかりだった。

よくもそんな嘘を大真面目にっ。

突っ込みどころが多すぎて、どこから指摘して良いのか分からない。


その喉元に詰まった言葉からやっと繰り出せたのが、「ばからしいわそんなの!」だった。

私としては当然の反応なのに、周りの様子がおかしい。


「おい、言い返さないぞ?」

「やはり」

「そうだったのか」


私は慌てて周りへ叫ぶ。


「ちょっと待って下さいっ。こんな証拠も無い噓を信じないで!」

「証拠ならあるさエリス・クロムウェル」

「え!?」


証人として進み出た20数名が、次々に懐から物証?を取りだし掲げた。


「エリス・クロムウェル様が運営する、孤児院の裏帳簿を入手しました」

「これは宿屋『踊り子の月影亭』の宿帳です、ここにエリス・クロムウェル様のサインがあります。

宿帳には偽名を使っておられますが、筆跡を比べれば一目瞭然でしょう」

「俺はその部屋にいました。これがその時使用したルナ・ブロッサムです」

「これ、チェロを引いた時の代金です」


「ふざけないで、私は孤児院なんて運営していないっ。

そんなもの証拠にはならないわっ。全部こじつけよ!」

「おやエリス・クロムウェル。では証拠の魔力残滓を調べてみようじゃないか。

全て君の、魔力の残り香が沁みついているだろうから」


「オスカー!」


魔力残滓なんていくらでも捏造できる。

それさえ不確かなものでしかない。

けれど、私は気が遠くなった。


全てニセモノだと言うのに、それをニセモノだとどうやって証明すればいいの?

私ひとりで?

できたとしても、これだけの嘘を全てひっくり返せるの?

私には噓だと明白でも、第三者にはどう見えるの?

そう思ったとき、足元がぐにゃりと歪んだように感じられ、平衡感覚を失った。


オスカーは、たとえそれが安っぽい嘘だとしても、大量に積み重ねれば押し通ると確信している。

そしてその噓を調べ上げさせ、本物だと判じているのは、この国の王太子なんだ。

権力を嵩にかけての掛けての捏造。

それを一介の侯爵家令嬢が、ひっくり返えせるのだろうか?


私は平衡感覚を失って倒れこむ。

そんな私を支える手があった。振り返ればそこには――


「ユキカゼ?」


彼は金髪碧眼のオスカーとは対照的に、銀髪で闇色の瞳をしていた。

けれど私を支えるその手は温かく、誰よりも私を大切にしてくれる。


「エリス様、やはりこの世界はあなたに冷た過ぎる」


その言葉が、私の心に染みこみ暗い影を落とす。

でもその影を今まで払ってくれたのは、他でもないユキカゼだった。

そうだ、ユキカゼは知っている。

私が何者で、これまで何をして来たのかを――


私は生まれながらの、闇属性持ちだった。

闇の子はその本能により、自分が闇属性である事を隠す。


私は密かに代用の火魔法を習得し、そこそこの腕前だった。

そんな中途半端な炎より、生まれ持った闇属性の方が遥かに強力で、その闇から生まれて私に仕えてくれたのが、他でもないユキカゼだった。


まだ私と同じく幼かったユキカゼは、よく私に文句を言っていた。

いつも真夜中、枕元に立つ。


「今日のあのガキ、気に入らなかったら、俺がこっそり始末してやっても良いんだぜ」

「いいの、そんなことしないで」


私は枕を抱き、いやいやする。

その枕は私の涙で濡れていた。


「はあ、良く分からねえよエリスさま。あんたは闇属性だ。

隠してたって、周りの人間はどこかそれを無意識に感じ取り、あんたに辛く当たる。

だからこそ、俺がいるんじゃねえか。

俺を使ってくれよお、そのためにいるんだからさ。

邪魔者はみんな始末しちまえばいい。

そうだろ? それが道理ってもんだぜ」


「いいの私は大丈夫だから」

「甘いなあ、甘いよエリスさま。

この世は、あんたが思ってるより冷たいってのに」


そう言うユキカゼの手は温かく、私が眠るまで手を握っていてくれた。

私はその手に、今までどれほど癒されて来たことか。

けれどその手が、私が魔法学園中等部の頃、血に染まる。


家族で王国南部にバカンス中、私は金目当ての盗賊にさらわれた。

手がかりが無く皆が右往左往する中で、ユキカゼだけが私の魔属性の残滓をたどり、助けに来てくれたのだった。

そこでユキカゼの怒りが爆発し、私の「殺さないで」という言葉を無視して、盗賊たちを皆殺しにしてしまう。

殺してしまった事を嘆く私に、ユキカゼの積もり積もった怒りが爆発した。


「ふざけんなてめえっ、俺がお前を守って何が悪い!

闇属性の持ち主は、みんな自分を大事にして自分を守ってる!

なにのお前ときたらあ、盗賊の命を惜しむなんて。

なんでお前はいつもそうなんだよ!?

それでも闇持ちの子かよ!

お前は闇属性の面汚しだ、頭おかしいんじゃねえか!?」


涙をぽろぽろ流す私を見て、ユキカゼがハッと我に返る。

舌打ちして、私をそっと抱きしめ、背中を撫でてくれた。


「くっそ悪かったよエリスさま、言い過ぎた。だから泣かないでくれよお」

「ユキカゼ……わたし……わたしね、あなたの言うように頭がおかしいの」


「ごめん、それ言い過ぎた。謝るから忘れてくれよ」

「ううん、いいの。ユキカゼ聞いてくれる? 私今まで黙っていたことがあるの」


「はあ、俺に隠し事かよ、ちと傷つくぜエリスさま」

「きっと言っても信じてくれないわ」


私はユキカゼの胸でいやいやした。

そんな私をユキカゼは、ぎゅっと抱きしめてくれる。


「ふざけんなっての、エリスさまを信じない俺がいたら、俺がぶん殴ってやるっての。

いいから話してみろよエリスさま」

「うん……」


私はその時初めて、心の奥に秘めていた事を打ち明けた。


「まだ小さかった頃、私に取り憑いて、私の体を乗っ取ろうとした霊がいたの」

「はあ!?」


「その霊はとても強力だったけれど、私の闇属性としての力の方が上で、私が逆にその霊を吸収してしまったの。

その霊は自分の事を『転生者』と呼んでいたわ。

そして私たちの住むこの世界を、乙女ゲームと呼んでいたの」

「お、おとめ?」


「そして私の事を『悪役令嬢』と」

「あく……やく?」


「その霊は言ったわ。悪役令嬢とは多くの命を巻き添えにして、破滅に突き進む定めなのだと。

でもこうも言っていたわ。

けれどゲーム知識さえあれば、きっとその運命を乗り越えられると。

その霊は、私の中にゲーム知識を残して消えていったわ。

だから私、その運命を乗り越えたい。

ゲーム知識で多くの人の命も巻き添えにせず、私は私の運命を切り開きたいのっ」


ここまで言って、私はユキカゼの胸に顔をうずめる。


「ごめんなさい、荒唐無稽な話よね。

でも私には分かるの。

信じてもらえないと思うけれど、転生者の霊は本当のことを――」


「信じるさエリスさま」

「え」


「俺は信じるっ。たとえこの世の誰もが信じなくても、俺だけは信じる。

いいぜ分かった、殺しは無しだ。

運命をひっくり返すために、殺しは無しにしてやるよ。

だからさエリスさま。

これからはこの俺を、エリスさまの運命を切り開くために使ってくれ」


「ユキカゼっ」


こうして私たちは、定期的に現れる「イベント」という現象を回避していった。

悪役令嬢の私は、これまで誰も傷つけず、殺さずを通してきた。

霊の記憶では、私はメイドイビリもやるそうだけれど我慢した。


そう我慢。私は我慢する

私の中に悪役令嬢というキャラ設定が生きていて、そう言う気持ちがむくむくして、私をイベントの度に苦しめる。

けれど同時に霊の記憶と通して、それがむなしいものだとも知っていた。

時にはユキカゼに八つ当たりもしたけれど、ユキカゼはいつだって私を癇癪(かんしゃく)ごと包んで癒してくれた。


私にとってユキカゼは、大切な人。

いつの間にかユキカゼは、従者の立場を越えて私に触れてくれた。

私も自分からユキカゼを求めた。

私には子供の頃から、オスカー王太子の許嫁だったけれど、私の心はいつもユキカゼにあった。


「ユキカゼ、もし私が闇に落ちしたら――」

「縁起でもねえこと言ってんなよ。

つうかそもそも、エリスさまって闇属性だっての」


「ふふ、そうだった」

「まったく、でもまあ、もしそんなことになっても心配すんなよ。

俺が一緒に落ちしてやるよ、どこまでもさ。

俺だけは決して、エリスさまから離れないぜ」


「ああユキカゼ……」



   *



オスカーが叫び、周りの者たちがざわめく中で、私はユキカゼの囁きにだけ耳を傾ける。


「エリス様、やはりこの世界はあなたに冷た過ぎる。

あたながこれまで、その運命を退けようとしても、この世界はどこまでもあなたを追いかけてくるんだね。しつこい奴だ」


「私、やっぱり無駄だったのかな」

「無駄じゃないさ」


転生者が言っていた「ゲーム正史」では、今回告発されたほとんどの事を、悪役令嬢の私はやっていたらしい。

けれど私はユキカゼの力を借りて、その悪へと落ちていくイベントの全てを無効化してきた。

してきたはずなのに。

こんな嘘の証言という形で、結局断罪イベントが始まってしまうなんて。


「逃げられないわ」

「そうじゃない、逃げるんじゃなく立ち向かうんです。

いつだって俺たちは、そうして来たじゃないですか」

「でも」


「思い出して下さいエリス様。

これまでエリス様を悪へ貶める、さまざまなイベントが発生しました。

けれどそれを全て俺たちの力で、無力化してきたじゃないですか。

たとえ破滅の運命が追いかけてこようとも、エリス様はその運命をことごとく捻じ曲げてきました。

その際、エリス様は一人の犠牲者も出してはいない。

エリス様、あなたは運命に勝っていらっしゃる。

私はそんなあなたが誇らしく、そして愛おしい」


「ああ、ユキカゼ」


「なんだ、どこから出てきた!」

「きっと歓楽街で胴上げしていた一人だわ、昼間から抱き合うなんて下品!」


どっちが下品なんだか!

オスカーとリリアーナが、ユキカゼを罵倒する。

そんなふたりに、ユキカゼは氷のような視線を送った。


「ふん、そこの光属性のアホ女に心移りしたのなら、そうだとエリス様に伝えればいいだけの事を、こんな三文オペラにして」

「貴様、それが王太子に言う事かあ!」


「自分が不貞の汚名を被りたくないがために、全ての罪をエリス様に着せようなどと、なんて器の小さい男だ。

八つ裂きにしてやりたい所だが、我が力はエリス様をお守りするためのもの。

心優しき我が主に、感謝するのだな」


「僕はこの国の王太子だぞ!」

「それはもう聞いたさ」


ユキカゼに罵られ、頭に血がのぼるオスカーの横で、リリアーナが怪訝な表情をした。

しきりに会場を見まわしている。

私はそれを見て、さすが光属性のヒロインだと思った。


大広間にいる者たちが、知覚できない変化。

ほんの少しだけ、パーティー会場の光量が落ちていた。

そのことに、光属性のリリアーナだけが気づいたみたい。

けれど、それが一体どういう事なのかは分からず、困惑しているようだった。


会場の光量が落ちた原因。

それは私の横に立つ、ユキカゼの身体の一部が、会場の空間に溶けて薄く広がっているからだった。

ユキカゼは、私の闇から生まれた闇の住人。

だから闇へと戻るのは、造作もないこと。


その能力を使って、今やパーティー会場全体にユキカゼは薄く偏在していた。

私はその闇のヴェールへ働きかける。


ユキカゼがオスカーをおちょくっている間に、私は闇魔法「影の苦痛(シャドウペイン)」を唱えた。

その効果が発揮される直前。

異変を察知したリリアーナが、自分とオスカーの周りにだけ光のヴェールを展開した。

それにより、リリアーナとオスカーを除く会場の者たちに、シャドウペインが発動する。


シャドウペインは、人の「罪悪感」を暴走させる魔法だった。

この魔法は通常、攻撃対象が一名なのだけれど、ユキカゼの能力を併用して範囲攻撃へ強化することができた。


私が吸収した転生者の知識によると、シャドウペインは、悪役令嬢がメイドにかけてイビリ倒す際に使うらしい。

けれど私は、これまで一度もそんなことに使ったことはない。

そんな魔法は、こういう時にこそ積極的に使うべき。

私は嘘つきな証人たちへ、声をかけていく。


「私はこれまで、今は亡き母の言葉。

素直であれ、正直であれという言葉を胸に抱き、生きてきました。

私は、私を慈しんでくれた母に誓って言います。

私はあなた方の言うようなことは、一切しておりません。

なぜそのようなことを仰るのか、私には理解できません。

ですがきっと皆さんにも、深い事情がおありなのでしょう。

でもっ、でもっ……」


私はここで、もうこらえ切れないといった表情で目に涙を溜める。

まだ零さない。

私はじっと証人たちを見つめる。


偽証者たちが、胸をおさえて苦しみ始めた。

がくがくと膝が震えている。

私の潤んだ瞳が、証人たちを縛り付ける。

その心の中で「罪悪感」が暴走していた。


私は充分に間を取ったあと、ほろりと涙を零す。

その頬に伝わる一筋がトリガーとなって、罪悪感が証人たちの心を圧し潰した。

金で雇われた強欲な者たちが、次々に(ひざまず)き、私に許しを請う。


「うわああああ、俺はなんてことをっ」

「許して下せえっ」

「なんてこった、わしは金に目が眩んでっ」

「ここに来て証言すりゃあ、金貨10枚ってよお」

「私の言ったことは全部デタラメです、口から出まかせなんです!」

「エリス様はなんも、してねえですうっ」

「俺はなんてド畜生なんだあっ」

「僕、チェロなんて弾けねえんですう」



心が押しつぶされ、胸を搔きむしって自信を責め立てる。

そんな者たちを目の当たりにして、パーティー会場がどよめいた。


オスカーは口をあんぐりと開け、顔が真っ青になる。

その横で、しおらしい顔を捨てたリリアーナが、歯ぎしりした。


私はふたりを無視して、証人たちへゆっくりと近づく。

20数人の目が、すがり付くように私へ集中する。

私の靴を舐める勢いで、皆が知らない男に声をかけられ、口車に乗ってしまったと詫びた。

その額を床にこすり付ける。


たぶんその知らない男は、誰かさんの手下で、その誰かさんの名は言うまでもないだろう。

ねえオスカー様。


「皆さん本当の事を言ってくれて、ありがとうございます。

私はあなた方を許します」


その言葉に証人たちは涙を流し、会場のギャラリーが更に沸き立つ。

この会場にいる皆が、私を疑ったことに強い罪悪感を覚えているのだった。


パーティー会場が、割れんばかりの私への賛辞で埋め尽くされる。

その中でオスカーが何か喚いているけれど、全く聞こえない。

私はその狂騒の中でリリアーナに近づき、そっと耳元で(ささや)く。


「私は、幼いころから運命に抗ってきたの。

今のあなたなんて、私の敵じゃないわ」


リリアーナは目を丸くして後ずさりした。

可愛らしい聖女候補さまは、口から泡を飛ばすオスカーを引きずり、会場から逃げるように去っていった。

私は手を振り歓声に応える。


さあ、卒業記念パーティーは始まったばかり。

狂乱はそのままに、パーティーは再開された。


弦楽団はハイテンションに掻き鳴らし、皆で学園の校歌を熱唱する。

男子生徒たちが、着飾った女子をダンスに誘い、色とりどりのドレスが花咲くように揺れた。

会場内なのに、誰かが花火魔法を打ち上げているけれど、まあよいでしょう。


そんなタガの外れた卒業祝いから離れて、私とユキカゼは、テラスでグラスを傾ける。

今日はうまく切り抜けたけれど、世界(運命)はこれからも私を追いかけてくるだろう。

私が悪役令嬢としての役を放棄すれば、誰かが悪役化してゲームシナリオを進めようとするのだから。


でも心配はしていない。

私のそばにユキカゼがいてくれる。

ユキカゼがいる限り、私は運命を切り開き続けるだろう。


「私の、世界へ向けての『ZAMA』はこれからね」

「ざま?」


私の呟きに、ユキカゼが小首を傾げた。


「転生者の世界の言葉よ。

運命に抗う、魂をさす言葉らしいわ」


私はグラスを置き、ユキカゼに左手を差し出す。


「ねえユキカゼは、私をダンスに誘ってくれないのかしら?」

「我が君よ、喜んで」


私は花火が打ち上がる狂騒の中で、ユキカゼにリードされステップを踏んだ。




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