9.二振りの刃と琥珀の一杯──この世界で見つける安息
・前回のあらすじ
三人のチンピラが親子を狙う公園の昼下がり、平和そうに見える風景を切り裂くような悪意の気配。
そこへ立ちはだかるのは、異世界から来た“死神”ヘルメスと探偵ルナ。
男たちを制圧するヘルメスの体術はまさに圧巻だが、事件はどうやら単なるひったくりでは終わらない!?
男の腕に刻まれていた奇妙な紋様が、アストレリアとの“異世界的”な繋がりを漂わせる。
嫌な気配が立ちこめる中、ふたりが踏み込む先には、ただならぬ陰謀の香りが漂っていた……。
連載形式で更新していく予定ですので、ぜひ最後までお付き合いください。
公園での騒動は、あの三人組が警察に連行される形で一応の幕を下ろした。
リーダーの腕にあった“怪しい刻印”は気になったが、そのときはそれ以上追及する暇もなく、通報を受けた警官による簡単な事情聴取だけ済ませて解放された。
翌朝、早くに目を覚ましても、なぜか胸の中がざわついて落ち着かない。
身支度を整えたあと、事務所のメインルームへ向かうと、彼女は既に机に向かい、昨日の事件に関連しそうな資料を読み込んでいた。
きっと、あの刻印や紋様について情報を探っているのだろう。
「おはよう、ヘルメス。早起きね」
「……眠れなかった。胸、ざわついて……刻印のこと、気になる」
正直に言ってしまう。
昨日の三人組のリーダーが腕に刻んでいた紋様が、どうにもアストレリアで見かけたものに似ている気がするのだ。
ルナはカップを置いて小さく息をつく。
「やっぱり? いろいろ調べてるんだけど、まだ明確に引っかかる情報は少ないわね」
「そうか……。でも、焦っても仕方ない」
考えれば考えるほど嫌な予感がこみ上げるが、現状は何もわからないままだ。
警察側も「ただの凶悪犯」と判断しているし、空振りの可能性だってある。
それでも気が散るのはどうしようもない。
そんな思いから、久々に剣の手入れをすることにした。
「……少し、気が散る。剣を……手入れ、する」
鞄から包んでいた布を広げると、まるで出番を待っていたかのように二振りの剣が姿を現す。
《陽焔》と《月影》――アストレリアでずっと共に戦ってきた双剣。
概念魔法でこの世界に飛ばされて以来、ろくに手入れしていなかったから、まずは鞘を抜いて刃の状態をざっと確かめる。
「……汚れ、少し。けど……まだ大丈夫」
布を湿らせて金属の表面を拭う。
細かな傷や曇りを見るたびに、激戦の記憶が甦ってくる。
俺にとって“剣”はまさに生き方そのもの。
手放せるはずがない。
拭き終えて鞘に収めるとき、カシッという乾いた音が部屋に響いた。
すると、資料に没頭していたルナが顔を上げる。
「ずいぶん大事にしてるのね。その剣、すごく強そう」
「……剣、俺の……相棒。長く、一緒」
やけに恥ずかしくて帽子を深く被り直すと、ルナはくすりと笑って面白がっているようだ。
「そう。あなたにとって“自分の証”みたいなものなのかもね」
その言葉には、どこか優しい響きがある。
気の利いた返事も浮かばず、ただ小さく頷くだけだった。
ふと布の奥を見やると、もう一つ小さな鞘が見える。
オル=ルミネール。
――魔王を討伐に出る直前、ある仲間が護身用に渡してくれた大切な小剣だ。
できれば血に汚したくないという思いが強い。
(……この剣がなければ、本当に危なかった。けど借りを返す前に、異世界へ飛ばされちまったからな……)
軽く鞘を確かめ、汚れがないのを見届けて再び包み直す。
すると、ルナが首を傾げた。
「ヘルメス? いま何か別の剣が見えたような……?」
「小剣……オル・ルミネール。あまり……使わない。非常時、だけ」
彼女は「へえ」という声を漏らし、再び資料へ視線を落とす。
これ以上深く訊かないのはありがたい。語れば胸の奥がざわついてしまうからだ。
双剣の手入れを終え、一息ついて伸びをすると、少しは気持ちが落ち着いてきたものの、オル=ルミネールの存在は頭の端に引っかかったままだ。
(いつか、ちゃんと感謝を伝えたい。……でも今は、この世界でやることが山積みだ。焦っても仕方ない)
そんな思いを抱えたまま、椅子へ腰を下ろして目を閉じる。
ルナが小さく微笑んでいる気配を感じたが、互いに口を開かず静かな時間が流れた。
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翌日、ルナに声をかけられ、再び街へ繰り出すことになった。
「少しずつこの街に慣れたほうがいいわよ。あなたには色々教えないといけないし」
正直なところ都市の喧噪はやや面倒にも感じるが、ここで生きる以上は避けて通れないだろう。
俺は静かに息を吐き、頷いてみせる。
「……わかった。街を知る、大事なこと」
こうして、ルナが身支度を始める横で、俺も着の身着のまま外出の準備を整える。
今は多少戸惑いがあっても、現代の生活に馴染むことが“この世界”で生きるために必要なのだ。
大きな書店や服屋、雑貨店を一通り回ったころには、正直もう頭がいっぱいだ。
ルナの説明を理解するのに精一杯で、気づけば午後もかなり過ぎている。
「最後に、ここよ」
そう言ってルナが連れてきたのは、“コンビニエンスストア”と呼ばれる小さな店。
狭い扉をくぐった瞬間、食べ物や雑誌、日用品などがぎっしり詰まっているのが見渡せる。
入口から奥までが見通せるのに、どの棚にも商品が山積みだ。
「……ここ、なんでも揃う?」
「ええ。24時間いつでも開いてるし、ご飯や日用品もそろう。わたしもよく利用してるわ」
異世界出身の俺から見れば、こんな狭い空間に何でも詰め込める技術があること自体驚きだ。
ふと視線を向けると酒コーナーが目に入る。
ワイン、ビール、ウイスキー……見慣れない銘柄が並ぶ棚があり、心が高鳴った。
「酒、ある……っ!」
思わず声が上ずり、ルナが「もー、静かにしてよ」と苦笑いする。
アストレリアを離れてからというもの、まともに酒を飲んでいない。
旧友たちと酌み交わした記憶が、急に懐かしさを伴って甦ってきた。
「ヘルメス、あんまり買いすぎないでよ? 飲みすぎると面倒なんだから」
「……大丈夫。一本、だけ」
くすりと笑みがこぼれ、瓶を一つ手に取る。
琥珀色の液体が照明の下で揺れ、かすかに美味そうな香りを想像させる。
ラベルを覗くと“シングルモルト”とあるが、詳しいことはわからない。
けれど直感で「うまい酒だ」と感じるには十分だった。
ルナは呆れながらも「仕方ないわね」と言って一本だけ会計してくれた。
金銭のやり取りは未だによくわからないが、まずは彼女に頼るほかない。
「ありがと」
瓶を袋に入れてもらい、俺は何度もそれを確かめる。
胸の奥のわずかなストレスが、この瞬間だけはすっと和らぐようだった。
ルナが呆れ顔のまなざしを向けてくるが、笑みも混じっているのがわかる。
そうして店を出ると、外は夕暮れの気配が迫っていた。
朝から歩き回って疲れていたのに、酒一本を手にできたことで妙な達成感が生まれる。
(この世界での新たな楽しみ、か。夜になったら……開けてみるか)
そんな小さな期待を抱え、ルナと並んで歩く足取りがわずかに軽くなるのを感じた。
アストレリアの戦場とはまるで違うが、ここにも未知の脅威や謎が潜んでいる――そう思うと油断ならないが、とりあえず今日くらいは平和に過ごせそうだ。
やがて事務所へ戻る道すがら、ルナは地図を広げて、次の捜査や調査方針を考えているらしい。
俺は、その横でビニール袋を大事に抱え込みながら、小さく笑みを浮かべた。
公園の事件もあの刻印も、いずれはっきりさせる日が来るだろう。
だが今は、ひとときの安堵を抱えて――
“死神”と呼ばれたこの俺もまた、少しずつこの世界に馴染み始めているのかもしれない。
最後まで読んでいただき、本当にありがとねぇ!
評価やブックマーク、レビューを頂くたびに、作者は嬉しさの余りハウスダンスしてます。
マジです。
小剣を渡してくれた仲間、一体誰なんでしょうねぇ! エ〇フだよ!