7.魔王を倒した英雄と名探偵──公園で交わるふたつの世界
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見逃さないようにブクマだけでもしてもらえたら!
作者は(。≖‿≖ฺ)ニタァってしてます。
嬉しいからね。仕方ないね。
・前回のあらすじ
異世界最強の“死神”剣士が、まさかの言葉学習に四苦八苦!?
ルナ探偵の事務所で人類の言語を必死に覚えつつ、帽子で角まで隠しちゃう始末。
だけど「アリガトウ」だけじゃこの世界は乗りこなせない!
さて、ついにヘルメスは初めての街へお出かけ開始。
未知のテクノロジーやビル群に度肝を抜かれながら、果たして迷わず行けるのか?
言葉の壁とカルチャーショックてんこ盛りの外出編、開幕!
連載形式で更新していく予定ですので、ぜひ最後までお付き合いください。
俺は空を見上げる。
広いはずの空が、この街に差し掛かるたび、まるで細く狭まるように感じるのが不思議だ。
帽子のつばを押さえながら、見慣れない“街”の景色を眺める。
見上げれば、巨大な建造物が天へと突き出している。
アストレリアのどの都市ともまったく違う。
壁面には光る文字や映像がぐるぐる流れていて、しかもどれも眩しいほどカラフルだ。
(……鉄とガラスでできた塔、ってか……? 本当に大きいな。魔力は感じないのに、こんな高さまで積み上げる事なんざ出来るのか?)
ルナの話では、あれらはすべて普通の建物らしいが、俺からすればまるで“乱立する魔術の尖塔”だ。
通りを行き交う人々も、妙な四角い板を耳に当てて喋っている。
だが、傍に人の姿は見えない。
彼らはいったい誰と話しているのか……理解できないことばかりだ。
それに、道を疾走する金属の箱。
馬や馬車ではなく、腹の底に響くような轟音を出して信じられない速さで滑っている。
それなのに、皆まるで日常の風景のように慣れているらしい。
「……ここ、ヘンな街」
片言になりながらも、俺は正直な感想を口にする。
隣を歩くルナが、くすっと笑う。
「ふふ、ヘンなのはヘルメスのほうよ。もしあなたが普段通りにあの大きな剣をぶら下げて歩いていたら、さすがに注目されるでしょう?」
「……そう、か」
言葉をうまく操れないが、言いたいことは何となく伝わっている気がする。
帽子の奥に隠した角も、今は人目につかないとはいえ、周囲の視線を多少集めているのを感じる。
それとは対照的に、ルナは街の人々からどんどん声をかけられていた。
「ルナちゃーん、最近どう?」
「ルナ先生、手伝ってほしいことがあるんだが……」
「ルナさん、この辺りちょっと物騒になってないかい?」
笑顔で受け答えしながら、ルナは器用に会話をこなしている。
俺には何を言っているのか半分も分からないが、彼女がこの街で“認められた存在”なのは見てとれる。
探偵という仕事柄、人々から相談を受けたり信頼されているのだろう。
「……お前、有名?」
小声で尋ねると、ルナは「ま、名探偵だからね」とウインクしてみせる。
俺はその言葉を一瞬飲み込む。
“名探偵”の定義がうまくつかめないが、とにかく人々に頼りにされる存在らしい。
そんなやり取りをしていると、前方から誰かが呼びかけてきた。
「おーい、ルナちゃん! 隣の男、彼氏かい?」
軽口を叩く商店の女主人だ。
ルナは苦笑して答える。
「違うわよ。ちょっと同居してるだけ。お仕事でね」
「へえ……またおかしな事件に巻き込まれてるんじゃないでしょうね?」
「さあ、どうだか」
ルナが肩をすくめて歩き出す。
俺は引き続き、人々の軽口の意味を探っていたが、よく分からない。
すると今度は切迫した声が飛び込んできた。
「ルナさん、助けてくれ!」
突然、切迫した声が聞こえ、慌てた様子の男が駆け寄ってくる。
宝飾店の店主らしく、ポケットを何度も探って血の気が失せた顔をしている。
「何者かに“店の鍵”を盗まれたんだ! 監視カメラには誰も映ってないのに、ポケットから忽然と消えたんだよ!」
「鍵と一緒に入れてたものは何?」
「ライターだけだが……ライターは残ってる。どうして鍵だけが消えたんだ……?」
(盗まれたのに、誰も映っていない?)
ヘルメスは首をかしげる。
男が取り出した銀色のライターを見つめるルナは、微かに笑う。
「店主さん、あなた鍵を盗まれたんじゃなくて、自分で捨てたのよ」
「……は?」
男は呆気に取られた顔をするが、ルナは店先のゴミ箱を指差す。
「ここ、タバコの吸い殻入れも兼ねてるわよね? ライターを取り出したときに鍵も一緒につかんで、つい捨てちゃったんだと思うわ」
慌ててゴミ箱を探る男。
すると、そこには鍵が落ちていた。
男は自分のうかつさに赤面しつつ、ルナに深々と頭を下げる。
「ありがとう……助かったよ。さすが名探偵だ……」
「気をつけてね。思い込みって怖いものよ」
男が駆け去ると、ヘルメスはルナを見つめてぽつりと言う。
「……お前、魔法?」
「違う違う。ただちょっと考えただけ。勘違いはよくあることなの」
その手軽な“事件解決”に、改めて周囲が彼女を頼る理由が分かった気がした。
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昼下がり、青空が眩しい公園にルナとやってきた俺は、ベンチに座って簡単な食事を取ることになった。
ルナが“サンドイッチ”と呼ぶ、パンに具を挟んだ食べ物を手渡してくれる。
「……これ、手で食べる?」
「そう。かじるだけで大丈夫よ。ほら、やってみて」
恐る恐るかじってみると、ふわりとしたパンの中に肉や野菜の旨みが広がる。
初めての味に、つい目を見開いてしまった。
「……うまい」
「でしょ?」
ルナは得意げに微笑む。
その仕草を横目に見つつ、俺は周囲の光景を一瞥する。
子どもたちが遊び、大人はベンチで休み、金属の箱が通りを往来する音が聞こえる。
この世界に来てから、まだ戸惑いは大きいが、こんな穏やかな時もあるのだと少し安堵した。
だが、ルナが古いメモを取り出し、ひとつの言葉を指さした瞬間、その空気は変わった。
“AL’ZARAF”——その覚えたての文字の意味に覚えがあり、俺は心がざわつく。
「ヘルメス、“アルザラフ”……知ってる?」
一瞬、胸が痛む。“魔王”の名……。
俺はつばを飲み込み、帽子の下の角に触れそうになる。
深く息を吐き、やがて頷いた。
「アル=ザラフ。……魔王。俺、戦った。……倒した……けど、概念魔法で飛ばされた。ここに」
「概念魔法…? ……やっぱり、あなたは異世界から来たのね……」
ルナの声が震える。
そりゃそうだろう。
“魔王”なんて、この世界ではおとぎ話に過ぎないはず。
だが俺にとっては紛れもない現実だった。
「……俺、死神って……呼ばれた。魔族には恐れられて、人には……英雄扱い、かな。でも、消えた、みんな……きっと俺のこと、心配。……帰りたい、でも、わからない」
自分の言葉はまだ拙いが、何とか伝えるしかない。
ルナはわずかに息を呑むが、それでも「大丈夫」と微笑んだ。
「祖父のノートに“異世界転移”の方法みたいな断片が書かれてた。もし探し出せば、あなたを元の世界に戻す手がかりになるかもしれない。私も協力する」
「……ありがとう。俺、できること、手伝う。ルナ、探偵……すごいから」
言葉に詰まりながら、俺は心からそう思う。
この人なら、きっと手がかりを見つけてくれるかもしれない。
俺は戦う力しか取り柄がないが、少なくとも何か役に立ちたいと思った。
こうして、お互いの目的が少しだけ交わった。
俺はアストレリアへ帰る糸口を探し、ルナは祖父の研究を解明する。
その過程で“アル=ザラフ”の謎が再び立ち上がるなら、俺は避けて通れない。
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ベンチに差し込む昼の陽射しの中で、ルナと俺はわずかな信頼を育みつつあった。
死神と呼ばれた俺は、今や言葉もままならないただの漂流者。
だけど、ルナがいるなら、もしかしたらこの世界で“戦う理由”を見つけられるかもしれない。
そんな期待を抱きながら、俺は最後の一口になったサンドイッチをかじる。
(……美味い… まぁ、この世界でもう少し過ごすのも悪くないかもな……)
──そう思った瞬間、ふと視界の隅で、木陰に潜む三人組の男が目に留まった。
彼らは黒や灰色のパーカーを着て談笑している風を装っているが、まるで敵の動向を探る兵士のように互いの顔色を窺い合い、時おり周囲を警戒するように視線を走らせている。
(何を企んでいる……?)
疑問を抱きつつ隣を見ると、ルナも彼らに気づいていたらしい。
彼女がそっと俺の耳元で囁く。
「ヘルメス、あれは何をしていると思う?」
俺は一瞥して落ち着かない挙動を観察し、低く答えた。
「あぁ……人を……見ている。獲物、だ」
わざわざ人目につかぬ木陰に陣取り、標的を選んでいる。
ルナは微かに微笑み、問いを重ねる。
「そうね。もしあなたが彼らの立場なら……誰を狙う?」
公園全体を見渡す。
ベンチで休む老人、スケートボードの少年、犬を連れた人々……。
その中に、幼い子の手を引く母親の姿があった。
バッグを提げ、親子の手はぎゅっとつながっている。
「あの親子だ」
そう口にすると、ルナは首を傾げて問いかける。
「どうして?」
「母と子ども……仲は良好。もしバッグを奪われても……母は子を置いて……追えない。
子どもを危険にさらせない……泥棒を追う……迷う」
まだ言葉は不器用だが、言いたいことは伝わったようだ。
ルナは満足げに微笑み、肩を軽く叩いて立ち上がる。
「いいわね。行きましょう」
彼女の声には、すでに次の行動を決めた意思が宿っている。
俺が立ち上がる時には、三人組の動きが少し親子へ傾くのがわかった。
胸の奥で不穏な警鐘が響くが、ルナの後に続かないわけにはいかない。
……この先、単なる小競り合いに終わるのか、それとも――
公園の穏やかな昼下がりに潜む陰謀の幕が、ここから上がろうとしている気がした。
最後まで読んでいただき、本当にありがとねぇ!
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マジです。
次回戦闘シーンだよぉ…