6.異世界で拾った言葉──『ありがとう』から始まる新生活
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見逃さないようにブクマだけでもしてもらえたら!
作者は(。≖‿≖ฺ)ニタァってしてます。
嬉しいからね。仕方ないね。
・前回のあらすじ
魔王どころか修繕費のお支払いも大問題!?
空から落ちてきた剣士(実は角まで生えてる)と、天才探偵ルナのトンデモ共同生活がスタート。
謎の角は何を意味するのか、連続失踪事件も絡んで街は混沌まっしぐら!
軽く笑えないほどの額を一括支払いしたルナの運命やいかに!?
連載形式で更新していく予定ですので、ぜひ最後までお付き合いください。
金属でできた奇妙な“箱”の中に押し込まれ、俺は黙って座っていた。
揺れとともに地面を滑るように進むこの箱は、まるで生き物のように低く唸っている。
窓の外に見えるのは、上へ上へとそびえ立つ巨大な光の柱。
石と鉄が組み合わさったようにも見えるが、アストレリアで見たどの城とも違う、むしろ“無数の塔”の群れのような建造物だった。
どこまでも広がる怪しい光。
空を彩る灯りは、炎とは異なるまばゆい輝き——まるで俺が知っていた“理”とは別の法則が支配する世界に迷い込んだようだ。
(……ここは、本当に“異世界”なんだな)
先ほどは同じような金属の箱が何台も走り去っていった。
なぜ衝突しないのか、どうやって動いているのか、まるで見当がつかない。
運転席に座る女——ルナは細長い輪のような物を握り、足元を巧みに動かしてこの箱を操っている。
(魔術か……? いや、魔力は感じない。あるいは何か知らない技術か?)
そんなことを考えているうちに、金属の箱は音を立てて停車した。
ルナが手で合図するので、戸惑いながらも扉を押し開ける。
外に出ると、やや古びた造りの扉がいくつも並ぶ建物が目に入った。
俺の知る城や砦ともまるで違う、不思議な“空間”だ。
「着いたわ。ここが私の“仕事場”、探偵事務所よ」
ルナに先導され、数段の階段を上り扉をくぐった瞬間——俺は異様な感覚に襲われた。
空気が冷たく、金属の匂いと大量の書物の匂いが混じり合っている。
アストレリアの砦や城には感じられない“合理性”の塊だ。
床は堅い木製で、踏みしめるたびに微かに軋む。
壁際には箱状の機械が並び、金属製の机が光を反射している。
そして、剣を研ぐ音ではなく、何かを打つ“カタカタ”という音が絶えずしている。
……一体何の音だ?
(……ここが、“ルナの城”なのか?)
そう問いかけようとしたが、言葉が出てこない。
この世界の言葉を知らない以上、俺の声はただの喉の震えにしかならないのだ。
「……あなた、強いけど、この世界じゃただの迷子も同然ね」
ルナが腕を組み、皮肉めいた笑みを見せる。
確かに、俺は剣士としてはそこそこの自信があるが、この世界では言葉ひとつ通じない。
それは“敵地”にいるも同然で、情報も地形も満足に把握できないということだ。
(これでは戦えない……!)
焦燥を噛み殺しながら、ルナが何か言おうとしているのを見つめる。
彼女はペンらしき道具を取り出し、紙に文字を走らせる。
その文字を指さし、ゆっくりと口を動かして教えてくる。
——「マイ、ネーム、イズ、ルナ」
次にペンを俺の方へ向け、“同じように言え”と促す。
紙を睨んでから、慎重に口を開く。
「……マイ、ネーム……イズ、ルナ?」
ルナは少し笑い、そのまま短く何か言う。
表情を見るに、「惜しいけど違う」という意味らしい。
(言葉が通じなくても、表情や仕草から推測はできる)
剣の間合いを測るように、相手の細かな反応を観察していけば、意思の一端は汲み取れるはずだ。
俺は剣を使うように言葉を“技術”と捉えることにした。
鍛錬し続ければ、きっと身につく——そう信じて。
(俺は……まだこんなところで折れるわけにはいかない)
そう胸中で誓う。
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俺はルナの下で、この世界の言葉を学ぶことに没頭した。
最初は発音すら上手くできず、苛立ちが募るばかりだったが、剣の鍛錬と同じように何度も繰り返す。
夜になってもノートと呼ばれる紙束に向き合い、ルナが発する単語を片っ端から書き写し、発音しては訂正される日々。
形の分からぬ文字に目を凝らし、舌が回らずに苦しむこともあったが、眠るわけにはいかない。
「……Hello. Thank you. My name is Hermès」
声に出すたび、ルナが首を傾げたり笑ったりして指摘をくれる。
それを修正し、また口に出し……いつの間にか朝になることもあった。
ある朝、ルナが食事を運んできたので、思い切ってこの世界の言葉で礼を言った。
「……アリガ……ト、ルナ」
ルナの瞳が一瞬だけ大きく見開かれ、そのあと柔らかく笑う。
「今、“ありがとう”って言ったのね? 正しくは“ありがとう、ルナ”よ」
「……アリ……ガトウ、ルナ」
「うん、それなら合格」
その笑みに、俺はホッと息をついた。
——アストレリア《異世界》で“死神”と呼ばれたこの俺が、初めて“ここで通じる言葉”を得た瞬間だった。
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それから数日が経ち、片言ながらルナと会話できるようになったある日。
ルナが立ち上がり、テーブルの書類を片付けながら言う。
「ヘルメス、そろそろ外に出てみる? ずっとここで勉強してても、限界があるわ」
「……外? どこ……行く?」
まだまともに文章を作れないが、伝わっているだろう。
ルナは軽く頷き、帽子と古いコートを取り出して俺に渡す。
「行き先はあとで教える。でも、その前に問題があるの。あなたのその……角を隠さないと、下手したら騒ぎになるから」
俺は自分の髪に手をやる。
銀白色の髪の奥には、魔族の血を証明するような黒い角がある。
「これ、祖父の形見なんだけどね……角を隠すには帽子が最適でしょ? 服も今のままよりは目立たないと思う」
袖の通し方に戸惑っていると、ルナが呆れたように手伝ってくれる。
最後に帽子を被せると、角は見えなくなったらしい。
「……意外と似合うじゃない」
俺は馴染まない布の感触に戸惑いながら、帽子の縁を確かめる。
「……これで……大丈夫?」
「ええ、警察——要するに、あなたを捕まえようとする連中に怪しまれにくくなるわ」
警察とは、俺がビルから落ちたときに遠距離武器を向けてきた連中らしい。
詳しくはまだ理解できないが、とにかく危険を避けるための対策なのだろう。
「さあ、それじゃあ“地球”っていうこの世界を案内してあげるわ。ほら、……行くわよ」
ルナが鍵の束を持ち上げ、軽く合図する。
俺も帽子を被り直し、コートの裾を確かめる。
(異世界で“死神”と恐れられた俺が、こんな姿になるとは……)
妙な感慨を覚えつつも、ここに留まるわけにはいかない。
言葉と文化を学び、俺はこの世界で何とか生き延びねばならないのだから。
こうして、俺は“この世界の街”へと、初めて足を踏み出すのだった。
最後まで読んでいただき、本当にありがとねぇ!
評価やブックマーク、レビューを頂くたびに、作者は嬉しさの余りコンテンポラリー・ダンスしてます。
まぁ、そんな評価もらったらずっと踊り続ける事になるな。