42.免許取得の第一歩――異世界最強の酒豪、第一関門へ
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見逃さないようにブクマだけでもしてもらえたら!
作者は(。≖‿≖ฺ)ニタァってしてます。
嬉しいからね。仕方ないね。
・前回のあらすじ
ヘルメスが「車の免許を取る!」と宣言しただけでもカオスなのに、まさか頭に“角”まで隠していたとは…!
ヴィクターは好奇心全開モードで「こ、これは研究材料だ!」と暴走し、角をベタベタ触り回して大興奮。
酒も進むし、異世界の話も聞きたいしで、夜はまだまだ長そう。
肝心の免許取得はどうなるのか? そもそもこの姿勢で筆記試験に受かるのか!?
うっかり角を見せてDMVの人を卒倒させないかが心配である。
連載形式で更新していく予定ですので、ぜひ最後までお付き合いください。
朝は静かに始まった。
探偵事務所のソファに腰を下ろし、俺は筆記試験の問題集をめくっている。
紙面に並ぶ交通標識や州法に関する設問が新鮮で、俺の知っている戦術や剣技とはまるで別世界だ。
だが、こうして活字を追うのは嫌いではない。
まだ日の光が薄い中でしばらく文字を追い続けていると、携帯端末が震えるように光を放ち、画面に“Victor”の名が浮かぶ。
ルナが手配してくれた仮の身分証と同時に与えてくれたこの端末にも、もう慣れたものだ。
「ヘルメス、もしもし。寝てないんじゃない?」
受話口から響くヴィクターの声は普段より湿っている。
辛そうな息遣いに、今朝の体調が良くないことが伺える。
「本を読んでいただけだ。お前は頭でも痛むのか?」
問いかけると、彼は参ったように小さく笑う。
「うん……昨日、たくさん飲んだでしょ? 僕は二日酔いで頭が割れそうだよ。大丈夫そうなのは君だけだね」
「昨日はつき合わせてしまって悪かったな。俺はまったく何ともないんだが、仲間に酒に強い連中が多くてな。ついその調子で飲んじまったから、お前にはきつかったかもしれない」
「うわぁ……やっぱり底なしだね。正直うらやましい……。とにかく、昼過ぎにDMV(Department of Motor Vehicles)に行くんだったよね。僕も業者対応の合間に時間が取れそうだから、車で迎えに行くよ」
「助かる。お前がいないとあの複雑な手続きに戸惑いそうだ。……まあ、ルナもいないしな」
ルナはまだ入院中だ。
セシリアの毒がどの程度のものか分からないが、命に別状がなかったのは不幸中の幸いだった。
入院とはいえ、彼女はベッドから起きてあちこち動きたがるに違いないが――それでも当面は休んでもらわねばならない。
「そうだね……ルナがいればいろいろサポートしてくれただろうけど、当分は無理だ。変な事件に巻き込まれる可能性もあるし、慎重に動かないとね」
ヴィクターの言葉に、俺は短く相槌を打つ。
探偵事務所がしばらく休業となれば、俺も日常的な仕事はない。
でもこういう時こそ、車の免許を取るという試みに集中するには好都合だ。
「分かった。昼に頼む。……あまり無理はするなよ」
「ありがとう。じゃあ、あとでね」
電話が切れ、室内に静寂が戻る。
時刻はそろそろ正午が近い。ひとまず朝の勉強を続けるか。
それとも簡単な食事でも済ませておこうかと考えながら、数枚の交通標識が載ったページをめくった。
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昼頃。探偵事務所の前で待っていると、ヴィクターの車が角を曲がってゆっくりと近づいてきた。
助手席側の窓を少し開けたまま、彼は弱々しくこちらへ視線を向ける。
「ヘルメス~……ごめん、少し遅れた。業者とのやり取りで手間取ったよ」
ヴィクターの顔色はあまり良くない。
額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
「頭痛はまだ引かんのか」
「まだ少し痛いんだよ。もう10時間くらい経っているのに……これは完全に二日酔いだね。君は本当に平気?」
「俺は全く何ともない。飲んだ分だけ喉が渇く程度だな」
「うらやましすぎるよ……じゃあ、乗って?」
彼の誘いに頷き、助手席へ回り込む。
ドアを閉める動作も、だいぶ慣れたものだ。
エンジンの振動が足元から伝わり、ヴィクターはゆっくり車を発進させる。
「一応オンラインで予約してあるから、そんなに待たずに筆記試験が受けられるはずだよ。とはいえ、DMVはいつも混んでるイメージだけどね」
「確かに、昨晩もサイトで事前に確認した。予約がないと待ち時間が膨大になることもあるとか」
「そうなんだ。まるでこの世の地獄みたいに言う人もいるよ……それでも予約しておけばマシだと思う。書類も全部持った?」
「問題集と身分証、それと光熱費の領収書の写し。お前が教えてくれたリストどおりに準備してある」
「完璧。さすがに抜かりないね」
ヴィクターが小さく笑ってハンドルを握り直す。
車が大通りへと進むと、通りには多くの車が行き交い、ビル街を行き来する人々が見える。
平日の昼間にこうして車に乗るのは久々だが、アストレリアでは得られなかった都市の活気を感じる。
「ずいぶん人が多いな。オフィスやカフェも盛況そうだ」
窓の外を眺めながら零すと、ヴィクターは頷き、調子が悪そうな体をこごめつつも言葉を続ける。
「この時間帯はちょうど昼休みの人が多いからね。みんなランチを求めて出歩く時間帯だ」
ヴィクターがハンドルを握りながら、少しだるそうに呟く。
街の大通りを進む車窓から、ビル街の歩道を行き交う人々が見えた。
スーツ姿で急ぎ足の者や、手軽な食事を買いに出る者――活気に満ちている。
ふと目を向けた先に、青い看板の店が視界に入る。
外観はどこかレトロで、初めてルナに連れて行かれたときの印象が蘇る。
「……あの店だな」
俺は小さく呟きながら、思い出すようにヴィクターへ声をかける。
「ルナと一度だけ行ったんだ。確かアメリカ風の揚げ物が名物で、あれはなかなかボリュームがあった」
「へぇ、あそこか。青い看板の店は目立つから知ってるけど、僕は行ったことないんだ。美味しかったの?」
「ルナの口癖を借りるなら……『ヤバいほど量が多い』、だったな。フライドチキンとか、やけにスパイシーなつけ合わせとか……」
「へぇ、気になる。ルナが退院したら、みんなで行ってみようか。彼女にとっても良い気分転換になるかもしれないし」
「そうだな。早く退院してくれればいいが、まだ安静にしていないといけないらしい」
信号が青に変わると、ヴィクターは軽くアクセルを踏む。
車は歩道脇を通り抜け、さらに先の交差点へ向かって進んだ。
「やっぱり、こういう日常が戻ってくるといいよね……とにかく今は、ルナを無事に復帰させることと、君の免許取得が当面の大きな目標、かな」
「退院が待ち遠しい。早く元気になってもらわんと困るが……無理は禁物だろう」
「うん、本当にそうだね。――あ、次の信号を右折したらDMVだから、そろそろ到着するよ。駐車場はあのビルの裏手だと思う」
車内にはやや低い音量でラジオが流れ、英語によるニュース番組が延々と交通情報を伝えている。
ときどき聞き慣れない単語が流れるが、ヴィクターが解説してくれるおかげで、徐々に意味をつかめるようになってきた。
次の交差点でヴィクターはウインカーを出し、ゆっくりと右折。
ちらりと運転席に目をやると、彼はまだ少し青ざめた顔色だ。
「大丈夫か? 頭痛がひどいようなら、先に車で休んでいてもいいんだぞ」
「いや、せっかく予約も取ったし……たしかに二日酔いはつらいけど、なんとかなるよ。うう、これに懲りたら次回は飲み方を控えるべきかもね」
おどけてみせる彼に苦笑しながら、俺はフロントガラスの向こうに視線を走らせる。
そこにはDMVと大きく掲げられたプレートのある建物が見えた。
敷地内には何台かの車が止められ、列を作っている人影も見える。
ヴィクターは駐車場へ車を滑り込ませながら息を整え、唇を引き結ぶ。
「着いたね……よし、あんまりダラダラしてるとまた具合が悪くなりそうだから、さっさと中に入っちゃおうか」
エンジンを止め、車を降りると、昼の日差しが少しまぶしい。
アスファルトとコンクリートの匂いが鼻をかすめる。
数人が建物の入口付近で並んでいるのが見え、いかにも役所らしい味気ない雰囲気が漂っていた。
「今日はとりあえず筆記試験だけだな?」
「うん。合格すれば仮免許がもらえるから、それを手にしたらいよいよ実技の練習って感じだね。……うう、何かもう一度寝たい……」
「無理するなと言っただろう。倒れたら元も子もない」
そう釘を刺すと、ヴィクターは気丈に笑い、ふらつく足取りで俺を促す。
「ほら、早くしよう。予約の時間、ギリギリなんだからね」
近くで立ち話をしている人々や、書類を抱えて待合らしきベンチに座っている人々。
アメリカの官公庁施設特有の無機質な外観を見やりながら、俺は建物へ足を運ぶ。
ルナのいないこの状況も、まだしばらく続くかもしれない。
けれど、その間にできることはやっておきたい――そう思いつつ、DMVの扉をくぐる自分の姿がガラスに映った。
一歩を踏み出すたびに、どこか新鮮な気持ちが生まれてくる。
異世界の剣士である俺が、アメリカの運転免許を手に入れる。
少し不思議な喜びを噛みしめながら、俺はこの新たな挑戦の入り口へと足を踏み入れた。
(――次は筆記試験だ。どれほど複雑な問題が待っているのか、むしろ楽しみだな)
最後まで読んでいただき、本当にありがとねぇ!
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やる気、出るんでね!