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39.朝の病室――再び動き出す刻

毎週【月曜日・金曜日】に更新!

見逃さないようにブクマだけでもしてもらえたら!

作者は(。≖‿≖ฺ)ニタァってしてます。

嬉しいからね。仕方ないね。



・前回のあらすじ


ルナは病室で目を覚まし、見舞いに駆けつけたアーディアに抱きしめられて大騒ぎ。

魔法毒の危機を回避したものの、体にはまだ痛みと痺れが残る。

そこへヘルメスとヴィクターの足音が近づき、ルナはほんの少し安堵と期待を浮かべながら笑みをこぼす。

優しい朝の光がレースカーテンから差し込み、再会の瞬間を淡く照らし出すのだった。


連載形式で更新していく予定ですので、ぜひ最後までお付き合いください。

 長く続く廊下を、ヴィクターと並んで歩く。


 ここまで俺を車で送ってくれたグラントは、警察署へ戻ると言って先に去っていった。

 朝方とはいえ病院の館内は静まりかえっていて、消毒液の匂いがかすかに鼻を刺す。

 隣を歩くヴィクターはどこかぎこちなく、緊張と疲労が同時に滲み出ているようだ。


「ルナは大丈夫だって言ってただろ? そんなに気を張らなくても平気さ」


 試しに軽く肩を叩いてやると、ヴィクターはびくりと身体を揺らしてから、ようやく申し訳なさそうに笑みを返す。


「でもヘルメス、今回は僕の依頼が原因で大変なことになっちゃったから……やっぱり申し訳なくてさ」


 そう言いつつも足どりだけは、病室へ急ごうと速まっている。

 よほどルナの顔を早く見たいのだろう。

 俺自身も、彼女が本当に大丈夫なのか早く確かめたくて仕方ない。


「だが全員生きてる。違うか?」


 問いかけると、ヴィクターはほっと息を吐きながら歩みを少し緩める。


「……そうだね。本当に死ぬかと思ったけど、無事に戻れてよかった」


 その声の奥にある苦い思いは、俺も同じだ。


 あの研究所でルナが倒れたときの光景が、いまだ焼きついて離れない。

 とはいえ彼女は搬送されて一命を取り留めたというし、とにかくそこに望みを置くしかないだろう。


 やがてルナの入院している部屋の番号が目に入り、ヴィクターは一瞬だけ戸口の前で躊躇したあとノックをする。


「ルナ、僕だよ。ヴィクター。ヘルメスも一緒にいるよ」


 部屋の奥から、はきはきとした声が返ってきた。

 ヴィクターが「失礼します」と扉を開けるのに合わせて、俺も後ろに続く。

 病室に漂う消毒液の匂いと、ひんやりした空気が朝の柔らかい光と混じり合って感じられる。


 目に入ったのは、ベッドに腰掛けるルナと、その横で立ち上がった女性――アーディア、とやらだ。

 どうやら彼女がグラントの妹で、ルナを心配してすぐ飛んできたらしい。

 話には聞いていたが、長身でプラチナブロンドが目を引く印象的な人だな。


 一方ルナは、倒れて入院しているとは思えないほど顔色が良い。

 もう少しくたばってるかと思いきや、まるで朝の準備でもするかのように身体を動かしている。


「もう動けるのか……? ルナ、てっきり数日間はベッドで動けないと思っていたが」


 驚きを隠さず問いかけると、ルナは待ってましたと言わんばかりに腕を大きく回してみせた。


「え? 大したことないわよ。ヘルメスが解毒してくれたんでしょ? 見て、こんなに元気!」


 その様子に、「わ、わ……」と半ば悲鳴じみた声でヴィクターが制止を試みる。


「無理しないでよ、ルナ! 寝とくべきだって!」


 だがそんな止め役をよそに、ルナが元気そうに振る舞っているだけで、俺も胸の奥が安堵に満たされる。

 視線を横に向けると、アーディアがまるで値踏みするような目つきで俺を見ていた。


「えっと、ヘルメスさんにヴィクターさんね? 初めまして、私アーディア・ウォーカーよ」


 一歩踏み出した彼女は、動物のように鋭い眼差しでこちらを観察する。

 この視線、ちょっとした殺気すら感じるが、グラントの妹なら納得もいく。


「危険な男の匂いがするわね……」


 次の瞬間、ルナが枕を投げつけたが、アーディアはそれを簡単にキャッチする。

 まるで稽古でもしてるのかと思うほど手際がいい。


「もう! アディ、いい加減にしないと怒るわよ!」


「やーん、もう怒ってるー♪」


「覚えてなさい……!」


 息を荒げるルナに、わざとらしくご機嫌取りをするアーディア。

 二人のやり取りは何だか姉妹喧嘩みたいで、見ているこっちまで気が緩む。

 それとも、本当に仲が良いのか悪いのか、外からじゃ分からないが、少なくとも笑える光景だ。


「ともかく全然大丈夫だから! 二人ともありがとう。ヘルメスもヴィクターも怪我はないの?」


 話を変えるように訊いてくるルナに、俺たちは手短に状況を伝える。


「僕はまったく無傷だよ。ルナのほうこそ、本当に平気なのかい?」


「俺も問題ない。……ただ、すまない。制御宝珠は持ち去られた。研究所で」


 言葉を吐くたび、胸に疼くものがある。


 あれがあればもっと有利だったはず……。

 しかしルナは「しょうがないわ」と静かに首を振って受け止める。

 その横でヴィクターがメガネを押し上げながら沈黙する姿に、少しの間気まずい空気が落ちた。


「何々? もう秘密を共有する仲なの? なにそれ、私にも聞かせなさいよ」


 口火を切ったのはアーディアだ。

 腕組みしてやや睨むようにこちらを見ている。

 ルナは息をついてから、アーディアへ向き直る。


「実は、アディに調べてほしいことがあるの。アストラル・イニシエイトって知ってる?」


「……その名前をどこで知ったの? ルナ」


 アーディアが低い声を出すので、俺が代わりに説明する。


「研究所を襲った連中がそう名乗った。ルナの祖父とヴィクターの父の研究を盗んで、さらに研究員を攫ったんだ」


「えぇ、それも世界を揺るがしかねない大事な研究をね」


 ルナの追い打ちに、俺は唇をぐっと噛む。

 このままじゃ大勢が巻き込まれる恐れがある。

 アーディアは複雑そうに眉を寄せながら、しばし沈黙する。


「その連中に深入りすると危ないわよ。確実にろくな死に方しないって噂があるの」


「でも黙ってられないの。祖父の手掛かりにもなるし、あのまま彼らが研究を濫用したら大変なことになる」


「僕も……父の研究を勝手に使われるのが耐えられなくて。彼らを止めたい」


 二人の意志が固いのを確認して、俺も言わずにいられない。


「アーディア――」


「アーディア“さん”でしょ。ルナと親しい仲でも私は甘くないわよ?」


 ちょっとピリッとした声色に、俺は心の中で苦笑する。

 ともかく彼女が情報屋を兼ねているなら、何か手掛かりを得られるかもしれない。


「……アーディアさん、悪いが、力を貸してほしい。このままじゃ被害が拡大する」


 すると彼女はわざとらしく渋い顔を見せながら息を吐く。


「はぁ……分かったわよ。ここで話すのはまずいから、ルナが退院したら私の店に来なさい。その時に詳しく話すことにする。……ちゃんとお金を落としてもらうわよ?」


 それを聞いてルナが俺のほうに視線を送ると、まるで“あんた大丈夫?”と言いたそうだ。

 俺は勘づいて、首をかしげる。


「どういうことだ?」


「アーディアの店って、バーなのよ。しかも高くて度数の高いお酒ばかり。情報を聞くにも一筋縄じゃいかないわよ?」


「なに……? 情報も貰えて酒も飲めるのか!?」


 思わず身を乗り出すと、アーディアが呆れたように目を細める。

 ルナは、ああもう、とため息をついてから笑みを浮かべた。


「呑むのが目的じゃないから。でも、ヘルメスは酒好きなんだものね?」


「……酒なら大歓迎だ。出されたものは全部飲んでやるさ」


 俺が得意気に言うと、アーディアが頭を抱えて「うわぁ……」と苦笑する。

 だが、まんざらでもなさそうな表情がチラリと見えた。


「ま、いいわ。そっちのほうが商売繁盛するかもしれないし……。とりあえずルナ、あんたは今はおとなしくしてなさいよ。怪我人なんだから」


「もう怪我人じゃないってば。ほら、ほら!」


 言いながらルナが腕をぐるぐる回して見せるので、ヴィクターが悲鳴混じりに「無茶しないで!」と止める。

 そんな様子を見ると、俺の胸には自然と笑みがこみ上げる。


 みんな無事にここにいる、それだけで十分に喜ぶ理由だ。


「……とりあえず、今はこれでいいか。ルナ、退院したらまた動くんだろ?」


「そうね。みんなの協力があればもう一度やれるわ。今度はあの連中の計画を食い止める番よ」


「うん。僕だって、父の研究を守りたいんだ」


 ヴィクターも眼鏡の奥で決意の光を宿している。

 アーディアは腕を組みつつ口元をとがらせて「大変そうだけど、付き合ってあげるわよ」と小声で呟く。


「ありがと。……ヘルメス、あなたも無茶はほどほどにしてよ。もしまた危機があって、私ばかり助けられてちゃ、さすがに格好がつかないもの」


 ルナが口調を少し柔らかくして言う。俺は軽く首を振り、


「安心しろ。俺は酒では潰れないし、戦闘でも簡単にはやられない。お前を何度も救ってやるさ」


「なによ、その上から目線。――でもまあ、期待してるわ」


 そう言い合ったあと、朝の光がカーテン越しに病室を暖かく染めているのに気づく。

 どこか遠くで看護師がカートを押す音がして、病院らしい忙しさが戻り始めているようだ。

 俺はルナの元気そうな顔と、ヴィクターの決意を秘めた様子を視界に収めながら、胸の奥で密かに誓う。


(これから、さらに厄介な戦いが待っているだろう。だが、もう一人で立ち向かうわけじゃない。酒もあるし――)


 心の中でにやりと笑いながら、ベッド脇でふと息をつく。

 アーディアはそんな俺の顔を見て、何か言いたげに目を細めるが、言葉にはしない。


 みんなの思惑が入り混じるなかで、新たな一幕がここから始まる――そんな予感が、病室のやわらかな光に溶け込むように広がっていた。

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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