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38.病室の抱擁と朝の足音──待ちわびた再会が運ぶ光

毎週【月曜日・金曜日】に更新!

見逃さないようにブクマだけでもしてもらえたら!

作者は(。≖‿≖ฺ)ニタァってしてます。

嬉しいからね。仕方ないね。


・前回のあらすじ


ヴィクターは警察署のロビーでヘルメスと再会し、「もう引き下がれない」と覚悟を新たにする。

重いアタッシュケースもヘルメスが軽々と受け取り、グラント刑事の車で夜明け前の街へ急行。

ルナを守るため、仲間を救うため、仲間になった異世界剣士と共に新たな一歩を踏み出すのだった。


連載形式で更新していく予定ですので、ぜひ最後までお付き合いください。

 静まり返った病院の一室には、かすかな消毒液の匂いが立ちこめていた。

 遠くのほうで機械の作動音らしきかすかな振動が伝わってくる。


 血圧計か、あるいは点滴のポンプかもしれない。

 窓の外からは朝の光がうっすらと差し込み、レースカーテンを柔らかく透過している。


 そのベッドに横たわるのは、探偵を生業とするルナ・フォスターだった。


 まだ浅い眠りの中で、幼いころ祖父と歩いた屋敷の庭を思い出しているらしい。

 庭には薄紫のハーブが咲き誇り、穏やかな風が足元を撫でていく。


 鼻先をくすぐるハーブの香りがするたび、彼女は小さな手で祖父の手をぎゅっと握り返す。

 だが夢の結末はいつも同じだった。


 祖父の姿がふっと消え、取り残された幼いルナを俯瞰する視点が空高くから現れる。泣きじゃくる小さな女の子がぽつんと残されるだけで、夢は唐突に終わる。


「……お爺ちゃん、どうして……」


 夢の中で誰にも届かない声を吐き出すように呟いたあと、ルナははっと目を開けた。

 まだぼんやりしている視界には、寝かされていた枕や点滴スタンドが映り、頬に温かい涙の跡を感じた。

 途端に自分が泣いていたことに気づくが、その涙をそっと拭ったのは、グラントの妹であるアーディア・ウォーカーの手だった。


(……暖かい)


 ルナは頭にずきりとした痛みを覚えていたが、それも不快というほどでもない。

 まぶたを開き、その手の主を追うと、白い肌にプラチナブロンドのセミロングが印象的なアーディアが心配そうにこちらを見つめている。


 彼女はいつも落ち着いた雰囲気をまとう女性だが、今はかなり動揺しているようだ。


 ルナが目を覚ましたと気づくやいなや、アーディアは弾けるような笑顔で抱きしめてきた。

 力強くも優しい抱擁に、ルナは思わず呼吸を詰まらせてしまう。


「ルナぁ! よかった、もう! どれだけ心配させたと思ってるの!」


 アーディアの髪が胸もとに触れ、甘い香りが鼻をくすぐる。

 息苦しさと安心感が同時に押し寄せ、ルナは顔をそむけながら声を上げた。


「だ、大丈夫だってばアディ! ちょっと、苦しい……!」


 しかしアーディアは離れようとせず、ルナの髪をさすりながらさらに畳みかける。


「でも毒で大変なことになったって、グラント兄さんから聞いたのよ。あんた死ぬかも知れないって言われて……店をそのままにして飛んできたわ。看護師さんの話じゃ、毒はほとんど残ってなかったって言うし……あれは何だったの?」


 アーディアの言葉に、ルナは控えめに微笑みを浮かべながら窓のほうへ目をやった。

 ほんの少しだけ胸が熱くなり、彼女は呟くように答える。


「……優秀な助手が助けてくれたのね」


 “助手”という言葉を思い出すと、ルナは自然と微笑んだらしく、その様子を見たアーディアが好奇心を光らせる。


「え? まさか噂になってる……ビルの屋上に落っこちても平気で、銃弾を弾いちゃうっていう例のビル落下男?」


 ルナが少し説明しかけるやいなや、アーディアはまたルナを抱き寄せた。

 勢いそのままに何かを訴えようとしているのがわかり、ルナは身を硬くして“またか”と覚悟を決める。


「それを言いたかったのよ! ダメよ、ルナ! 得体の知れない男を事務所に連れ込むなんて、正気じゃないわ。もし……妙なことをされたらどうするの!」


「さ、されないわよ! ば、馬鹿じゃないの!? ……うっ、馬鹿じゃないの!」


 ルナの声がやや大きくなった途端、病室の空気がざわついた気配がした。

 するとドアが開き、ナース服の女性が呆れ顔で覗き込む。


「お静かに。……でも、元気そうで何よりですね」


 そう言い残して去っていく看護師に、ルナとアーディアは同時に息をつき、互いの目を見合わせた。


「はぁぁ……ほんと、大騒ぎしちゃった。アディ、私ならもう大丈夫だから落ち着いて」


「だってルナは、お人形さんみたいに可愛いんだから。変な男に騙されたらどうするのよ。……健全な恋愛なら、まだ譲れるけど」


「そ、そんな事言ってるから、アディも……彼氏ができな――」


「――あ、言ったわね、この小娘!」


 子どもの頃に戻ったような気分で、視線をぶつけ合う二人。

 つまらない言い争いのはずが、どこか懐かしさと安堵感を伴って、ルナの胸の奥が少しだけほぐれていく。


 アーディアにまた心配をかけてしまったと思う反面、それでも彼女の存在が心強い――ルナはそんな思いを胸に深く息をついた。


 ところが不意に、アーディアがさっと耳をそばだてるようにして身動きを止める。

 表情が一転し、鋭い聴覚が何かを捉えたらしい。


「ん? どうしたの?」


「……男が二人、こっちに近づいてくる。片方は少し緊張した踏み込み、もう一人は体がしっかり鍛えられてる感じ。足音の振動が違うわ」


 アーディアの分析を聞き、ルナは少し笑みを浮かべる。


「ヘルメスとヴィクターね。私の仲間たち。……ビル落下男はやめてよ? 本人が嫌がると思う」


 アーディアは鼻を鳴らしつつ「ふぅん……」と首をかしげる。


「まあ、そうかも。で、そのヴィクターってのは何者?」


「幼馴染よ。祖父の研究を手伝っていて――」


 一瞬だけ言葉を飲み込み、ルナは続きを止める。

 自分の中で整理できていない話は、実際に二人が来てから話したほうがいいと判断したのだろう。


 アーディアもすぐに察して黙る。


 廊下から聞こえるふたつの足音は、ますますはっきりと近づいてきていた。


 ルナはかすかな高揚感と安堵を覚える。


 毒の後遺症でまだ体が思うように動かないが、彼らが来てくれる安心感のほうが勝っていた。


 ルナは呼吸を整えてゆっくり身体を起こす。

 まだ痺れが残る腕や背中にあまり力は入らないが、それでもほんの少しだけ期待が込み上げる。


(来てくれたんだ。……ヘルメス、ヴィクター)


 そう思うだけでルナの唇は自然にほころんだ。


 ドアの向こうでかすかな会話が聞こえ、数秒もすれば病室に入ってくるはずだ。

 髪を整えようと手を伸ばすと、アーディアが隣に腰を下ろして腕を組み、その訪問者たちを迎え撃つような姿勢を取る。


 朝の光はレースカーテンを透かして病室を白く染め始めている。


 ルナは胸のざわつきを抑えるように深く息をつき、これからの話に備えるように唇をきゅっと引き結んだ。

 ノック音が鳴ったと同時に、彼女は自然と笑顔になりながらドアのほうを振り返るのだった。

最後まで読んでいただき、本当にありがとねぇ!

評価やブックマーク、レビューをよろしくお願いしますぅ!!


やる気、出るんでね!



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