37.夜明け前――交わされる決意
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見逃さないようにブクマだけでもしてもらえたら!
作者は(。≖‿≖ฺ)ニタァってしてます。
嬉しいからね。仕方ないね。
・前回のあらすじ
取調室を出たヘルメスは、グラント刑事とともに夜明け前の警察署を歩きつつ「早くルナに会いたい」と落ち着かない様子。
待合で疲れ切ったヴィクターを見つけ、なんだかんだ奇妙な連帯感が生まれ始める。
カルトの脅威もまだ残り、まずはルナの容体を確認しに病院へ急ぐことに――物語はまだ波乱の予感を漂わせつつ続く!
連載形式で更新していく予定ですので、ぜひ最後までお付き合いください。
警察署のロビーに腰を下ろしてみたものの、ヴィクター・ハーグレイブはどうにも落ち着けなかった。
安っぽい長椅子が微妙にきしむ音を立て、夜明け前の薄暗い照明が床を青白く照らしている。
どこかで廊下の自販機がかすかな唸りを立てているだけで、人の気配はほとんどない。
まるで大きな箱の中に、一人だけがぽつんと置き去りにされたような錯覚を覚える。
(カルロスは依然行方不明で、ルナはあのまま倒れたまま…… このまま何もできずに終わってしまうのか)
そんな不安が頭をよぎるたび、ヴィクターの胸はぎゅっと締めつけられるように苦しくなる。
呼吸が浅くなる感覚を抑えきれず、指先が小さく震えた。
なんとか心を落ち着けようと長椅子の端をつかみ、深呼吸を繰り返してみるが、あまり効果は感じられない。夜勤職員が書類をめくる音だけがかすかに聞こえるロビーは、しばらく夜の闇を引きずったままだ。
そんな中、不意に視界の端で人影が動いた。
暗いロビーの奥から、グラント・ウォーカーとヘルメス・アークハイドが並んでこちらへ歩いてくる。
ヴィクターは思わず立ち上がりかけたが、傍らに置いていたアタッシュケースの重みによろけ、あわてて支え直した。
「ヘルメスさん!」
小さく上ずりそうになった声を押さえ込み、ヴィクターは笑みを作って二人に手を振る。
ヘルメスは最初こそ驚いたように目を見開いたが、すぐにほっとした様子を見せて歩み寄ってきた。
銀白の髪が蛍光灯の光をかすかに帯び、その姿が視界に入っただけで、ヴィクターを覆っていた孤独感が嘘のように和らいでいく。
まるで沈みかけた船で救援を見つけたときのような感覚だった。
「ヴィクター、俺を待っていたのか?」
問いかけるヘルメスに、ヴィクターは苦笑いを浮かべつつ、小さく頷く。
「まあ、ルナのことはグラントさんの妹さんがしっかり診てくれてるって聞いて、一安心はしたんだ。でも今度は気が抜けちゃって……一気に疲れがきたみたいでね」
その言葉に、横で聞いていたグラントが申し訳なさそうに口を挟む。
「悪いな、ハーグレイブ。二人ともここで少し休んでてくれ。俺は車を回してくる」
そう告げたグラントは足早にロビーを後にした。
彼の背中が視界から消えると、ヘルメスはヴィクターの隣に腰を下ろし、彼が抱えていたアタッシュケースへ目を向ける。
空調の効いたロビーの静寂は、かえって冷えた空気を張り詰めさせ、ヘルメスの低い声がやけに通った。
「俺の剣、ありがとう。……重かっただろう?」
軽い問いに、ヴィクターは少し気恥ずかしげに肩をすくめる。
「うん、想像以上だった。警察の人に手伝ってもらって、なんとか二人がかりで持ち上げたよ」
ヘルメスは苦笑まじりに「面倒をかけたな」と言いながら、アタッシュケースの表面に手を滑らせる。その動作はまるで愛着のある物を扱うような優しさがにじみ、ヴィクターは思わず息をのんだ。
ロビーには、夜勤職員が書類を整理するかすかな音が響いているだけだった。
(今の状況、全然終わってない。カルロスは依然行方不明だし、ルナもあのまま……)
内心でそう考えたヴィクターは、椅子の上で膝を抱えるようにしながら、意を決して口を開く。
「ヘルメスさん……この事件、まだ終わってないよね。カルロスは行方不明のままだし、あんな形でやられっぱなしじゃ悔しい。僕たちは、どうやって取り返せばいいんだろう」
自分の声がかすかに震えるのを感じつつ、視線を落とす。
ヘルメスは静かに頷き、「そうだな……」と短く応じた。
そのわずかな同意だけでも、ヴィクターの胸にあった硬い塊がいくらか和らぐようだった。
「父の研究、ルナのお爺さんの研究……それらが全部繋がってる。カルト教団アストラル・イニシエイトがそれを悪用しようとしてるんだ。それを見過ごしたくない。怖いけど、やらなくちゃいけない気がするんだよ」
そう言ったとき、ヴィクターは呼吸が詰まり、胸が苦しくなるのを感じた。
ヘルメスは彼を見つめたまま、意外そうな表情を浮かべる。
「ヴィクター、お前……」
「わかってる、僕は研究者で、戦うのは柄じゃない。でも……父やルナのお爺さんの努力を、あんな連中に踏みにじられたくないんだ」
声は震えていたが、ヴィクターは何とか言葉を続ける。
すると、ヘルメスがわずかに微笑んだように見えた。
「……男前な顔もできるじゃないか」
「なっ……そ、そういう顔くらいするさ!」
まるで「いつもと違うな」と指摘されたように感じ、ヴィクターは思わず声を荒らげる。
ヘルメスは首を軽く振り、真剣な眼差しを向けた。
「違う。俺はお前が“柄じゃない”なんて思っていない。研究所での応急処置がなければルナは危なかったんだ。おかげで助かった。どちらも必要だった、ってことさ。誇れよ。お前はすでに“戦士”として十分に闘っている。……俺たちの戦いはこれからだ。今後も力を貸してくれないか?」
その言葉を聞いた途端、ヴィクターの胸にあった怯えが一気に溶けていくようだった。
恐怖は消えないが、「この人と一緒ならやれる」と思える心強さが湧き上がってくる。
「……うん。やるよ。何度でも立ち上がる。ヘルメスさん……いや、ヘルメス。僕で良ければ、全力で協力する」
そう言うと、ヴィクターの緊張が少しだけ解けた気がした。
ヘルメスはかすかに柔らかな眼差しを向け、二人が視線を交わしたとき、物音を立てずにグラントが戻ってくるのが見えた。
「よし、車を回してきたぞ。あとは検証も必要だが……準備を急ごう」
グラントの声に、ヘルメスは立ち上がる。
ヴィクターも同様にアタッシュケースを抱え直そうとするが、ヘルメスが手を伸ばした。
「これは俺が持つ。ありがとな」
そう言って、ヘルメスは容易くケースを持ち上げる。
あれだけ重く感じた物が、彼の手に渡ると拍子抜けするほど軽々しく扱われている。
アタッシュケースを大事そうに脇へ抱えると、ヴィクターに向かい静かに笑みを返した。
「……問題ないよ、ヘルメス」
ヴィクターはそう言って立ち上がる。
すると、ふと長椅子の隅に置かれていた帽子に気づいた。
「あ……ヘルメス、これ。落としていったよね? 研究所を出るとき拾っておいたんだ」
慌ただしさの中で渡す機会を逃していたらしく、ようやく思い出したのだろう。
ヘルメスは少し意外そうに目を丸くし、それからふっと笑う。
「ありがとう、助かる。……これがないとどうも落ち着かなくてな」
銀白の髪に帽子をかぶり直すと、先ほどまで漂っていた疲労がいくらか薄れたように見える。
夜明け前の冷えた空気がロビーを浸す中、グラントが先を歩き、ヘルメスがアタッシュケースを抱えて後に続く。
夜明け間近の街はまだ眠りに落ちているだろう。
ロビーの外は暗く、ひんやりとした空気が流れていた。
それでも三人の胸には、それぞれにやるべきことが明確に浮かんでいる。
(よし、行こう。仲間を救うために、ルナを守るために)
心を奮い立たせるようにヴィクターは歩き出し、ヘルメスと肩を並べて警察署のロビーを出た。
廊下に漏れる蛍光灯の淡い光が、夜の闇をわずかに照らしている。
恐怖を抱えながらも、もうここで立ち止まるわけにはいかない。
ようやく仲間になれた“剣士”と共に、一歩ずつ前へ進む——今のヴィクターには、その思いが何より力強い励みになっていた。
最後まで読んでいただき、本当にありがとねぇ!
評価やブックマーク、レビューを頂くたびに、作者は嬉しさの余り泣いています。
マジです。




